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5.艱難たる生(その10)

 ロリーナ・リデルは目を見開いて絶句した。ルイスはここで幻獣たちにも視線を移しつつ、更に言う。

「……そして、それと同じ事が……、君の引き起こした、この血生臭い革命についても言えるのです。先程帽子屋さんは、スペードの女王とその理想に対する、狂信的なまでの愛を吐露していましたよ……」

 するとグリフォンとウミガメは目を血走らせて怒鳴った。

「革命が嫉妬だって言うのかッ? 俺たちが間違ってるって言うのかッ? ふざけるなッ! 悪いのは貴族共だッ! ハートの女王は気紛れで平民の首を刎ね、こいつらに至ってはその首でスープの出汁を取られていたッ! お前の言う事は全部幻想だッ!」

「そうだともッ! 変化に犠牲は付き物なのだ! 圧制者らの血が流れるのは致し方ない事ッ! 必要な犠牲だッ!」

「いいえッそれは違いますッ!」

 猫や野ウサギも驚くほどの大声で、ルイス・キャロルは叫んだ。

「あなたたちこそッ、幻想を見させられているのですッ! ハートの王や女王たちは、圧制者などではなかった! 私はそんな風に描きませんでした……! 首を切れ切れ言っていても、実際には誰も死刑にはなっていないはず……! 彼女たちがいくら偉そうにしていても、所詮はただの空威張り、『やれやれまったくイカレてる』って、鼻で笑い飛ばすような存在だったはずッ……!」

 他の者たちは口をつぐんだ。ルイス・キャロルはここで声を落とし、更にこう語った。

「……私たちは生きている限り、ありとあらゆる不合理と理不尽に曝されます……。身分や姿かたちによる差別、人と人との争い、突然の不幸……。いいえ、この世にこのサイコロのように投げ出された時からして、私たちは涙と共にある……! この艱難かんなんたる生を! 私たちは生きていかねばならないッ……!」

 彼は幻獣たちを見て言う。

「そうして刻まれてゆく心の傷は、長く生きれば生きる程に増える事でしょう……。傷をなぞって自分で自分を傷付ける者もいれば、復讐のための爪を研ぐ者もいる。あるいは安全な殻の中に閉じ籠る者もいる。そして後者二つの反応は、得てして連鎖して悪循環を引き起こします。即ち、恨み辛みで思考が停止するのです……! 更にはそこへ、希望を掲げて焚きつける者がいれば――」

 ここでルイスはロリーナを見た。

「火の手はすぐに上がるでしょう……! 燃え盛る炎に身を包み、心の声はこう言うのです。『自分たちは苦しんできた。傷付けられてきた。自分以外の誰かが、この責めを負うべきだ。罰を受けるべきなんだ……! 見ろ、あそこに敵がいる!』、と……!」

 幻獣たちや野ウサギは愕然としている。ルイス・キャロルは声を張り上げて言った。

「これこそが革命の原理! スペードの女王、即ちロリーナが、この国の民を動かしたメカニズムなのですッ!」

 ロリーナ・リデルはヒステリックに叫んだ。

「嘘よっ! 根拠のない出まかせよッ! あなたは私やここの住民を侮辱してるッ! 私たちが成し遂げた勝利をッ……! 愛の精神をッ! 物事を極端に単純化してッ、人類の歴史まで侮辱しているのよッ!」

 するとチェシャ猫が真顔で言った。

「いや……、そうは思わないね。この人は大衆の心理ってもんをよく分かってるよ。あたしにだって心当たりがあるもん」

「あなたは黙ってなさいッ! この負け犬の裏切り者ッ!」

 ロリーナは怒鳴ったが、猫は冷ややかに笑って言う。

「ニャハッ! さっきも言ったけどさ、負け犬はあんた自身だよ。負け犬ってのはね、勝負に負けた奴の事じゃないの。あたしは実際一度負けたけど、その時に分かったんだ。……それまでのあたしの考え方こそが、負け犬だったんだってね。要するにッ、なんでもかんでも人のせいにして、自分で自分を縛っちゃう被害妄想野郎。それこそが負け犬! それこそが、今のあんたなのさ!」

 ルイスは黙って少しだけ微笑んだ。一方、ロリーナは目と歯を剥いて猫を睨みつけている。

「ま、頭に血が上ってちゃ分かんないよね♪」

 チェシャ猫はあっけらかんとして言った。

「ねールイスちゃん、そろそろ再開しない? ゲームをさッ! ちなみに三ラウンド目の四番手。亀が29点、兎が41、女王が61、で、ルイスちゃんが44点ッ」

 グリフォンとウミガメは戸惑い、野ウサギは慌てた。一方、ルイス・キャロルは開いた掌の上でダイスを少し転がすと、笑いながら猫に言った。

「フフッ……! これはこれは、読者に説明、もとい、自分で確認する手間が省けましたよ」

 それから彼は、ロリーナの事をじっと見つめて言った。

「……ロリーナ……。私が勝ったら、君にはできる限りの事をしてもらいますよ……。この国と……、アリスの心を、元に戻すために……!」

 ロリーナは歯ぎしりしながら睨むのみであった。ルイス・キャロルは呼吸を整え、甲羅に狙いを定めて言った。

「それでは行きます……! ハイッ!」

 一投目の出目は5。

「続けて行きます……! ハイッ!」

 出目は4。野ウサギが声を震わせて言う。

「っこれでッ、暫定53点っ……! 女王との差っ、8点っ……!」

 グリフォンの腕が動きかけるが、即座にチェシャ猫も牽制の動きを見せる。猫以外の者が一様に固唾を飲む中、ルイス・キャロルは三投目を振った。

 カッカラランッ!

「「6-4の10ッ……!」」

 出目を目にするや否や、幾人かが同時に声を上げた。続けて野ウサギとウミガメが、

「跳び越え……」

と同時に言いかけたところで、彼らは考えの誤りに気付いて押し黙り、一方は目を輝かせ、もう一方は苦しそうに表情を歪めた。ルイス・キャロルは言う。

「6は不採用。4のみ足して、ターン終了です……! トータル57点で、次のチャンスを待ちましょうッ……!」

 チェシャ猫は声を高くして言った。

「いいじゃんいいじゃん! ロリーナちゃんとの差は4! 4が出るのは14通りもあるッ! その前にウサギがヒットできる可能性もあるしッ? ニャハハッ! こいつは勝負ありかなッ♪」

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