5.艱難たる生(その9)
ルイス・キャロルは打ちのめされたかのようにして声も出せずにいた。が、ここでチェシャ猫がロリーナを見下ろして、呆れたように言った。
「ニャハ~ッ。まったく、人間ってのは、こうもこじらせられるもんなんだね。男取られたからって、よその世界に八つ当たりまでしてさッ。それって完全に負け犬の思考じゃん!」
ロリーナは猫を殺さんばかりに睨みつけて怒鳴る。
「黙りなさいッ! あなたのような空っぽの尻軽に何が分かるというのッ!」
チェシャ猫は尚挑発の姿勢を見せたが、野ウサギとウミガメが慌ててそれぞれのチームメイトをなだめた。ロリーナはウミガメを振り払うと、ルイス・キャロルを見つめて言った。
「最後に勝つのは、この私よ……! 私は勝つ……! 勝ってあの子から……、あのずる賢い悪魔から、あなたの心を解放してあげる……! さあほらッ! ゲームの再開よッ!」
ウミガメはロリーナに促されてダイスを手に取った。ルイス・キャロルは口をつぐんで伏し目がちにしている。
三ラウンド目の一番手、ナンチャッテウミガメは緊張の色を見せつつ、ダイスを振った。
「……やったっ、11……」
と言いかけて、彼は歯ぎしりした。チェシャ猫がすかさず言う。
「ざ~んねんッ! 11はリセット目! あんたのターンはこれでお終いッ!」
野ウサギは胸を撫で下ろし、ロリーナとグリフォンは揃って舌打ちをした。ウミガメは低い声で言う。
「ムゥウ……! ハァ……。通常のクラップスなら、11はシューターの勝ちだというのに……。ハァ……」
続く二番手の野ウサギは、各プレイヤーの点数を確かめながら呟く。
「……僕が30点、ルイスさんが44点……。そして女王が、39点……! もしここで僕が女王をヒットできれば……。向こうが逆転するのは絶望的になる……! 僕がこのターンで、この9点を埋める事さえできれば……!」
チェシャ猫や幻獣たちは息を呑んでいる。野ウサギはダイスを手に取り、意を決して振った。
「4……! 残り5……! また5の差だッ……! っ行けるッ……!」
そうして振った野ウサギの二投目は、しかしながら6-1の計7であった。苦痛に顔を歪めるようにして、彼は言う。
「クッ……! うううッ……! そんな……。7は強制終了……」
「オラッ! 目が出て終わりじゃないんだぜ! さっさと点数を宣言しな!」
グリフォンが急かした。野ウサギはルイスの表情を窺うが、彼は気を落としたままで、上の空に近い。野ウサギは考えながら言う。
「……ええっと、今34点だから……、35点か、40点か、41点の三通り……。女王はこの後すぐ振るわけ、ですよね……? 手前で止まって安全を取るか……、それとも少しでも進んでおくか……」
これを聞き付けて猫が声を上げる。
「安全ッ? 冗談でしょッ? そんなの安全とは言わないの! いつまでもビビッてんじゃないよッ!」
「っ分かったよっ……! 7を足して41点ッ……! ターン終了……!」
野ウサギがそう言うや否や、ロリーナは甲羅の中のダイスに手を伸ばした。
「フフフフッ……!」彼女は怪しく笑って言う。「さあて、私の番ね……! ねえチャールズ? ここからあなたを捕まえられる確率は……、4の後1が出る場合も考えると、およそ四割ってところかしら?」
ルイス・キャロルはようやく顔を上げたものの、切なげにロリーナを見つめるのみで、返事はしなかった。一方、彼女はダイスを握りしめると、声高にこう言った。
「私は勝つわ! 私の愛が、私をあなたに引き寄せるの! ああ、愛! そう、愛! 愛こそ世界を動かしめるのよッ!」
ロリーナはダイスを振った。が、出目は6-4の計10であった。すかさず猫が嘲笑って言う。
「ニャハハハハッ! 愛だのなんだの言っちゃって、あー恥ずかしッ!」
他の者たちは皆表情を険しくしている。ウミガメが恐る恐る、女王に尋ねた。
「ムゥウ……。どうするのだ……? 4だけ採用すれば43点……。二投目で1が出る事に賭けるのか……」
ロリーナは少し考えて言った。
「……フッ! いいえ、それじゃあ向こうの思う壺よ……! かくなる上は、突き進むまでッ……! 10をそのまま加算して二投目よッ!」
彼女はダイスを手に取り、振った。
「グッ……! ここでかよ……!」
グリフォンが呻くように言った。間の悪い事に、ロリーナは二投目になって計5の目を出したのだった。彼女は歯を食い縛りながら、続けて三投目を振った。
「7……! ムゥウ……! ここで強制終了……。ハァ……、流れが悪くなった……」
ナンチャッテウミガメが言った。ロリーナは眉間に皺を寄せて言う。
「……フンッ……! 7をそのまま足して、ターンポイント22。トータル61点で終了よ……!」
野ウサギは九死に一生を得た思いで息をついたが、反対にグリフォンは鼻から大きく息を吐いて口惜しそうに言う。
「畜生……! 7は強制終了ってルールが効いてやがる……。一番大きい目と小さい目が駄目っていうのもそうだ……! 運の偏りは最小限になって、いざって時に大きく引き離す事ができないッ。ええい忌々しいッ……!」
これを聞いて野ウサギやウミガメもルイスの事前の意図に気付き、感心したり悔しがったりした。
他方、当のルイス・キャロル本人はゆっくりとダイスを手に取り、ここでそれまでの沈黙を破った。
「……ロリーナ……。君は、本当は私を愛してはいないのだと思います」
ロリーナはすぐに耳を突くような声で怒鳴った。
「はッ? 何ッ? どうしてそんな事を言うのッ? どうしてあなたにそんな事が言えるのッ? いいえッどうしてッ! あなたに私のッ、この愛が分からないのッ?」
しかしルイス・キャロルは動じずに言った。
「一人の人間を愛する心は、他の誰かを憎む事はできない――。君の言う愛は、他の存在に対する憎しみの裏返しです。……私の振る舞いが、君に不公平な思いを味わわせた事は、本当に申し訳ないと思っています。ですが今の君は、妹アリスへの嫉妬から、私に恋をしていると思い込んでいるに過ぎません……!」




