5.艱難たる生(その5)
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ゲーム名『チキン・クラップス』
プレイヤーは一人ずつダイスを二個振り、出目の合計、あるいは任意の片方を、自らの「ターンポイント」として加算してゆく。
△ただし、合計2・3・11・12の目を振った場合、プレイヤーはターンポイントを全て失い、強制的にターン終了となる。
◇また、合計7の目を振った場合、7または出目の片方をターンポイントに加えてターン終了とする。
○それ以外の出目の場合、プレイヤーは自らターン終了を宣言するまで、何回でもダイスを振る事ができる。
プレイヤーのターンが終了した時、累積したターンポイントをそのプレイヤーの「トータルポイント」に加算し、次のプレイヤーに手番交代する。尚、手番はラウンド毎にトータルポイントの低いプレイヤーから順に行う事とする。
ターン終了時に他のプレイヤーとトータルポイントの数値が重なった場合、先にその点数を保持していたプレイヤーのトータルポイントをゼロとする。これを「ヒット」と呼ぶ。
プレイヤーのトータルポイントが100点以上になった時、そのラウンドの最後のプレイヤーまで順番にゲームを続け、最終的に最もトータルポイントの高いプレイヤーの勝利とする。
以上が、ルイスとロリーナを中心として定めた、このゲームのルールである。
一同は既に、例の長机の周りに集まっていた。椅子の一つに手を掛けながら、ロリーナはルイスに言った。
「ところでチーム戦って話だったけど……。ゲームは二対二という事でどうかしら? 三対三だとちょっと繁雑過ぎるし……、このグリフォンにはイカサマその他、卑怯な行為に対する見張り役に徹してもらいたいと思って」
彼女がちらりとチェシャ猫の方を見ると、すぐに猫は嘲笑って言った。
「ニャハッ! それはこっちの台詞だね! ルイスちゃん、残念だけど、あたしもガードマンをやった方が良さそうだ。場外乱闘が始まらないとも限らないからね!」
ルイス・キャロルはやや間を置いてから、うなづいてロリーナと猫に言った。
「……なるほど、分かりました。それでは二対二という事で。ではではチェシャ猫さん、お願いしますよ、フェアプレーのために……。おっともちろん、フェアプレーというのは、『両チームお互いに』、ですよっ?」
チェシャ猫は含みのある笑みで返事をした。一方、野ウサギはうろたえて言う。
「ええっ……! それじゃあっ、僕だけでルイスさんのサポートをするって事っ……?」
するとチェシャ猫が苛立ちを顕わにして言った。
「サポートとか言ってんじゃないの! トップ取るつもりでやりなッ!」
ルイス・キャロルは困ったように笑って言う。
「まあまあ、その辺りは追々……。野ウサギさん、気負わなくて結構ですよ。幸いこのゲームはホイストなどとは違い、非公開の手札や何かがあるわけではありません。必要ならば私からも指示しますから」
野ウサギは依然緊張しながらも、先程よりは落ち着いたようだ。
「……分かりました。どうかっ、宜しくお願いしますっ……!」
一方、相手チームの方ではナンチャッテウミガメが憂鬱そうに溜め息を漏らしていた。
「ハアァ……。うう……、こんな事になるとは……。どうしてわしが……、うう……。わしには荷が重過ぎる……」
するとロリーナは嘲笑うかのように彼に言った。
「フッ……! あなたは自由にプレイしていればいいわ。あなたの口癖でしょう? 流れは革命以来、この私たちにあるんだから……!」
こうして、ロリーナ・リデルとナンチャッテウミガメが長机の上座に、ルイス・キャロルと野ウサギが下座に、チーム同士隣り合って椅子に掛けた。チェシャ猫とグリフォンはそれぞれのチームの背後に立って目を光らせる。
机の中央に小さな亀の甲羅が置かれ、その中に更に小さなサイコロが二つ入っている。また、甲羅の周りには先刻グリフォンたちがクラップスをしていた際のチップが、整理されて積まれた。プレイヤーのポイントを、このチップで表す事になったのだ。
「ダイスは問題なしです。もちろん、甲羅の方も」
ルイス・キャロルが、改めてダイスを数回振ってから言った。
「ではでは、プレイを開始する順番についてですが……、こうするのはいかがでしょう。私とロリーナで一回ずつダイスを振って、出目が小さかった方のチームの一人が最初のプレイヤー、大きかった方のチームの一人が二番手、三番手は小さかった方のもう一人で、四番手が大きかった方のもう一人。チーム内でどちらが先になるかはご自由にという事で。どうでしょうか、ロリーナ」
すると野ウサギが驚き交じりに言った。
「あっ、そうか……! このゲームは、後の手番の方が断然有利……! 後なら他人がどのくらい点数を取れたか分かった上で振れるし……、ヒットして敵を振り出しに戻す事もできる……!」
一方、ロリーナは笑って答える。
「フフッ……! あくまでフェアにやろうというのね。二ラウンド以降、またすぐ入れ替わるのに。ま、いいでしょう、そのやり方で」
こうして二人がダイスを振り、それぞれチーム内で話し合った結果、順番は最初が野ウサギ、以下、ナンチャッテウミガメ、ルイス・キャロル、最後がロリーナという事に決まった。
「それじゃあッ、覚悟はいいわねッ……!」
不敵な笑みを浮かべながら、ロリーナが刺々しい声で言った。野ウサギとウミガメはその表情をいよいよ強張らせ、グリフォンとチェシャ猫は刮目した。そしてルイス・キャロルはどこか切なさの混じった眼差しで、じっとこの国の女王の顔を見据える。女王、即ちロリーナ・リデルは声高に言った。
「己が誇りを審判に! 世界と魂を賭け代に! 乾坤一擲、賽は投げられる! チキン・クラップス、ゲームスタートよッ!」
野ウサギは震える指先でダイスを掴んだ。
「……第一投は僕……。1-1、1-2、6-6、6-5は駄目……」
彼が呟きながら掌の上でダイスを転がしているところに、グリフォンが声を掛けた。
「ヒャッハ! 言わずもがなだが、甲羅から外にダイスが出たら、ターンポイントとやらはゼロで手番終了だからな!」
「いっ……! そんなっ……! 聞いてないっ……!」
野ウサギは激しくうろたえたが、チェシャ猫は呆れたように笑って言う。
「ニャハッ! 言ってなくても、そんなの流石に常識でしょ? ったくしっかりしてよッ……!」
一方、ルイスは穏やかに野ウサギに言う。
「大丈夫ですよ、大丈夫……。甲羅の縁で、そっと手を傾けるだけでいいんです。大丈夫……」
野ウサギは歯を食い縛ると、やがていかにも苦しそうにしてダイスを振った。
カッ、カララン……!
出目は4-1で計5。野ウサギは安堵の溜め息をついて呟く。
「ふぅう……。でも、5か……。ゴールは100点……。流石にもう一回くらいは振らないと……」
「オラッ! 続けるのかやめるのか、どっちにしろさっさとしろッ!」
グリフォンが怒鳴る。野ウサギはグリフォンを睨めつけると、再びダイスを手に取ってそれを振った。
「……9っ! 9だっ……!」野ウサギが声を上げる。「これで14点……。ここでターン終了を宣言して14点をきっちり確保するか、それとも更に振って点数を伸ばすか……」
彼はそう言って、ルイスの表情をうかがった。ルイス・キャロルは微笑んで、
「お任せしますよ。序盤も序盤ですし、口出しばかりも嫌でしょう?」
と言うのみである。野ウサギは少し考えた後、再びダイスを手に取って言った。
「もう一回振る……! 振りますッ……!」
三投目の結果は、しかし、1-2のリセット目であった。ロリーナチームから失笑の声が聞こえてくる。野ウサギはがっくりと肩を落として言った。
「ううう……。やってしまった……。ルイスさん……、ごめんなさい……。これでさっきまでのターンポイント、14点もパア……。トータル0点……。最悪の出だしになってしまいました……」
チェシャ猫は鼻から大きく息をついたが、ルイス・キャロルは笑って彼をなだめた。
「いえいえ、いいんですよ。私だって今のは三投目を振ります。まだまだ勝負はここからです。まったく問題ありませんよッ」
彼らがそうこう言っているうちに、二番手のナンチャッテウミガメが、その海亀のひれの先に、器用にダイスを二個乗せていた。それから彼は低い声で言う。
「ムゥ、そうだ……。分かるぞ……。わしもその昔、学校でたっぷり勉強させられたからな、飲み吐き算数を……! サイコロ二個の出目は36通りで、その内合計が2、3、11、12となるのは合わせて6通り。合計が7になるのもまた6通りだから……、36分の12、即ち3分の1は強制終了になる。平均して三回しか振れぬという事だ……! よし……、行くぞ……!」
ナンチャッテウミガメがダイスを振る。出目は8。それから続けて4、9と出したところで、彼は息をついて言った。
「ムフゥ……! これで三回、計21……! だが……。まだ行ける……! ムフフ……! 流れが来ている……! 行くぞ……!」
ウミガメの四投目は5。そして更に五投目で4を出したところで、彼はにわかに色めき立って言った。
「プハッ……! もういいっ……! ここで終了だっ……! 流れが悪くなったし、駄目な目は確率6分の1だから、六回振ったら水の泡になってしまうっ……! トータル30点っ……、ここでターン終了だッ……!」
グリフォンはウミガメと同様に大きく息をついた。ロリーナとチェシャ猫は不機嫌そうにしていて、野ウサギは悔しそうに唇を噛んだ。一方、ルイス・キャロルはほくそ笑みながら、ダイスをその手に取ったのである。




