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5.艱難たる生(その4)

 彼女以外の五名は、多かれ少なかれ戸惑いの色を露わにした。けれども間もなく、チェシャ猫は鼻で笑って言った。

「ニャハッ! 女王様、その話はとっくに終わっててね。早い話が、負けた方が素直に罰ゲームに従う保証はなんにもないわけ。神様にでも誓ってみる?」

 するとロリーナは不敵な笑みを浮かべて言った。

「フッ。あなた如きが、神様なんて軽々しく口にしない事ね。保証ならあるわ……! 私がスペードの女王なんて呼ばれてこの国を支配できているのは、(ひとえ)に私自身のカリスマによるもの。自分から言い出した勝負に負けて、その上醜態を晒すような事があれば、あなたたちはおろか、ここにいるグリフォンたちからも侮られ、私の今の立場も危うくなるでしょうよ。要するに、私の誇りが私自身を縛るという事よッ……!」

「ニャハッ。どうだか」

 チェシャ猫は再度鼻で笑った。するとほとんど同時に、グリフォンとナンチャッテウミガメが呻くようにロリーナに言った。

「女王……! あんた正気なのかッ……?」

「ムゥ……。女王よ、お主はなぜそうまでしてこの男を……」

 ロリーナは横目で彼らを見ながら、こう答えた。

「私は至って正気よ。分からないの? これは反革命の動きに終止符を打つチャンスなのよ……! 彼の訪れた町は変わり始め、『カジノ潰し』の噂も各地で囁かれてるわ。私たち新政府への不満の声も目立ってきてる。しかもこの無節操な猫が付いた以上、最早力尽くで彼を止める事はできない。ここで公平な条件を突き付けて、彼の馬鹿げた行いをやめさせるのよ……!」

 これを聞いて猫はルイス・キャロルに言った。

「だってさ。どうするの? 色々怪しいけど、向こうがイカサマしようってなら、あたしはこの目で見逃さない自信はあるよ?」

「ぼっ、僕の耳もですっ……!」

 野ウサギも体を強張らせながら言った。沈黙を続けていたルイス・キャロルは、尚しばらく間を置いた後、苦しそうにロリーナに言った。

「……ロリーナ……。私のお願いは、聞いてくれないのですか……? 私の言葉は……、君には届かないのですか……?」

「……残念だけど、届かないの。アリスに関する言葉だけはね……!」

 ロリーナは刺々しく言った。ルイス・キャロルは唇を噛み締めた後、大きく息を吸ってこう言った。

「分かりました。ならば君の提案通り……、ゲームで決着を付けましょう……! 互いの誇りに掛けて、負けた方が言う事を聞くとしてッ……!」

 ロリーナとチェシャ猫は不敵な笑みを浮かべ、野ウサギとウミガメは唇を引き結び、グリフォンは引きつった笑みを浮かべた。それから猫が大きな声で言った。

「ニャッハッハッ! また面白くなってきたッ! それじゃッ、ゲームは何で勝負するの? それをいったいどうやって決めるのッ?」

 すかさずロリーナが言う。

「こうしましょ。ゲームの大まかなジャンルを、まず私が決める。その上で、ドッドソンさんが具体的なゲームを決めるの。もちろんその後二人で詳細を決めていく必要があるけど……。どうかしら? それならそれなりに公平でしょう?」

 野ウサギやウミガメの表情が緊張する。ルイスは少し考えてから、ロリーナに返事をした。

「……いいでしょう。それで構いません。それではロリーナ、大まかな指定をどうぞ」

 するとロリーナはゆっくりと手を上げ、先ほどグリフォンたちが興じていた、長机の上の亀の甲羅と、そしてその中のダイスを示して言った。

「あれよ……! やるのはダイスゲーム……! ダイス二個のみを使ったゲームよッ……!」

 他の全員の表情が凍りついた。が、間もなくグリフォンとチェシャ猫は笑って言った。

「ヒャッハッハ……! なるほど、そう来たかッ……! いいさッ、どうせこの世は幻想なんだからなッ!」

「ニャッハハッ……! やっぱりスペードの女王はイカレてたねッ……! この人自身が、紛れもないギャンブル中毒ってわけだ!」

 ウミガメはうろたえて言う。

「ううっ……! 女王よ、本気なのかっ? ダイスゲームなどと……! 破れかぶれでっ、運を天に任せるつもりかっ?」

 ロリーナは不敵な笑みを浮かべたままだ。一方、ルイス・キャロルはここで作り笑いをして言った。

「ふーむ、ではでは、『バックギャモン』はいかがでしょうか?」

「認めない」ロリーナは声高に言った。「バックギャモンはダイス二個以外に、駒もボードも使うゲームよ。主として使うのはダイス二個のみ。私が決めた範囲であなたが考える。そういう風に納得したはずよね?」

 野ウサギは悔しそうに言う。

「そんな……! ダイス二個だけじゃあ、バックギャモンのような先読み力を発揮できるゲームはできない……。デュドみたいな心理を突くブラフゲームも……! ダイス二個だけじゃっ、クラップスみたいな運だけのゲームしかできないっ! ルイスさんの実力を封じて、女王は五分五分の勝負に賭けるつもりかっ?」

 ロリーナ・リデルは目を爛々と見開いて笑っている。一方ルイス・キャロルは、今やうなだれるようにして床を見つめていた。けれどもやがて、彼は不安そうに顔を上げると、静かにこう切り出した。

「……ロリーナ……。チーム戦にしても、構わないでしょうか……?」

「……チーム戦……。フフッ、認めるわ。三対三で収まるならね」

 ロリーナは無邪気に笑い、野ウサギは訝しんだ。するとルイス・キャロルはこんな風に言ったのである。

「ではでは……、思い付きましたよ……! 元にするゲームはクラップス……」

 他の五名は銘々驚きを顕わにしたが、ルイスは続きを言った。

「と! 確か『ピッグ』という名のゲームだったと思いますが……。それをアレンジしたゲームでして! プレイヤーは一人ずつ順番にダイスを二個振ります。出目の合計、あるいは任意の片方を、『ターンポイント』として加算していきます。プレイヤーはそのまま複数回ダイスを振り続ける事ができますが……、合計2、3、11、12の目を振った時、ターンポイントはゼロになり、プレイヤーはターン終了となります!」

 チェシャ猫が口を挟む。

「1-1、1-2と6-6、6-5は駄目ってことね。一番小さい目と大きい目だ。それでそれでッ?」

「一方、合計7の目を振った時は、7か出目の片方をターンポイントに加えてターン終了。それ以外はプレイヤーがターン終了を宣言した時を終了とし、貯まったターンポイントをプレイヤーの『トータルポイント』に加算して、次のプレイヤーに交代します」

 考えながら野ウサギが言う。

「……つまり『ターンポイント』はあくまでも仮の点数で、基本的には自分でターン終了を宣言しないと、持ち点として確定されない……」

 ナンチャッテウミガメも言う。

「ムゥ……。どれほどターンポイントが膨らんでおっても、2、3、11、12を振ったら全て水の泡となってしまう。流れを読んで引き際を見極めるわけだな……」

 ルイス・キャロルは笑って言う。

「フフッ、その通り! 最後はトータルポイントが100点以上になったプレイヤーの勝利としましょう! ただし一点、特別ルールとして……、ゲーム中に他のプレイヤーとトータルポイントの数値が重なった時。先にその点数だったプレイヤーは、トータルポイントをゼロに戻されるのですッ……!」

 ここでロリーナは眉根を寄せ、一方チェシャ猫ははしゃいで言った。

「ニャハハハッ! そうかッ、チーム戦って言い出したのはこれが狙いだねッ! 早い話が、バックギャモンの『ヒット』のルールだ! なるほど面白いッ! これなら運以外にもいろんな要素が関わってくる! なかなか刺激的なゲームだよッ!」

 ルイス・キャロルはじっとロリーナを見つめて言った。

「大まかなルールは以上です。ここから詳細を突き詰めていく必要はありますが……。君の出した条件は満たしています。メモ用紙くらいは要るでしょうけどね。……よろしいですか、ロリーナ……。本当に……、このゲームで勝った方が、この世界の運命を決めるとしても……!」

 ロリーナは歯ぎしりしながらルイスを睨んでいたものの、やがて大きく息をつくと、目を見開いて声高に言った。

「望むところよッ! やりましょうッ!」

 野ウサギやグリフォンたちは息を呑んだ。一方チェシャ猫は笑いながら言う。

「ニャハッ! ところでゲームの名前はどうするッ?」

 ルイスは苦笑い気味に言う。

「えーっと、そうですね……。『ピッグ』というのは、おそらく豚を『強欲』の象徴とみての事でしょうから……、これをそのまま用いて……」

 しかし猫が遮って言った。

「欲望のままサイコロ振り続けて、オジャンにしちゃうって? あたしに言わせればこのゲームは『ピッグ』というより『チキンゲーム』だけどねッ♪」

 ルイス・キャロルはふと真顔になった後、ほくそ笑みつつこう言った。

「なるほどなるほど……! ではではこうしましょう! 運と度胸のイカレたサイコロゲーム……! その名は、『チキン・クラップス』ですッ!」


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