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4.愛という名のちょっとした狂気(その3)

 ヤマネと野ウサギは目を丸くした。一方、帽子屋はその表情に嘲笑を浮かべると、再びルイス・キャロルに顔を近付けて言った。

「フハハッ……! カジノ潰しめ……! 早くもそう来るか!」

 帽子屋はルイスから離れると、彼の座った椅子の周りを、ゆっくりと歩き回りながら喋った。

「察しはついているぞ? 今までもそうやってカジノオーナーたちに勝負を吹っ掛け、周りの客共の興奮を味方に付けて、後戻りできなくさせていたのだろう。フハハッ! だが、いささか強引だな、ドッドソン? ここには私たちの他、誰もいないし、こちらが応じるメリットは何もない……!」

 ルイス・キャロルは椅子に縛られたまま、僅かに肩をすくめてみせた。帽子屋は彼の正面に戻ってくると、歪んだ笑みをたたえて彼を見下ろし、声高に言った。

「が! あえて! その提案に乗ってやろう!」

 野ウサギは顔を引きつらせ、ヤマネはクスクスと笑った。帽子屋は続ける。

「フハハ……! やってやる! きっとあの方はお喜びになるだろう……! 数多の勝負師たちが敵わなかった男を、この私が打ち破るのだ! その輝かしい勝利という花を添えて下手人を差し出せば、私の覚えもめでたくなるに違いない! そうとも、必ずやあの方はご満足なさる!」

 ルイス・キャロルはほくそ笑みながら、虚空を見つめる帽子屋に言った。

「ではでは、提案に同意してくださるという事で。どうしましょうか。四人でやれるゲームというと……」

 帽子屋は我に返ると、ルイスに向かって鼻で笑って答えた。

「フンッ。いいや、私とお前、一対一の勝負だ。それでこそ真の頭脳戦になろうというもの。お前たちも、それでいいな?」

 帽子屋は仲間たちの方を見た。ヤマネが答える。

「おいらは別にいいよ!」

 野ウサギもぎこちなく言う。

「それは、もちろん。ゲームは君に任せて、僕たちは脇で見ている。見ているとも」

 帽子屋は再びルイスに向かって言った。

「……それよりもドッドソン。お前はもっと、他の事をはっきりさせたいのではないのか?」

「……と、言いますと?」

「無論、何を賭けるか、さ……!」

 帽子屋がそう言うと、ルイスは大袈裟に両の眉を上げて言った。

「とんでもない! 私はただ、ひたすら自分の事だけ話し続けるのもナンですから、楽しくゲームでもしながら……」

「フハッ!」帽子屋が笑った。「カマトトぶるのは止めて、思っている事を言うべきだぞ。お前の望みは自由の身になる事だろう? 望み通り、お前が勝てば、ここから解放してやろうではないか!」

 ルイスは作り笑いをして言った。

「これはこれは、ありがたい! 期待してますよ、仰った事が思ってらっしゃる事だとね。それでは反対に、あなたが勝った場合は? 当初の予定通りにと言いますか、私が自分の事を、包み隠さず一気に喋ればよろしいですか?」

 すると帽子屋は笑って答えた。

「フハハ……! それは勝敗に拘らずやってもらうさ……! 解放云々はあくまでその後の話。そして先程も言ったように、私が勝った暁には、勝利そのものが私の報酬になる……! お前を倒したという事実こそが、あの方へのこの上ない贈り物になるのだ!」

 それから彼は拷問道具の方に目を向けた後、再びルイスを見下ろし、一層醜く口元を歪めて言った。

「フ……、けれども勝利の際には私も興奮で我を忘れて……、何か少々、やりすぎてしまうかもしれぬな……!」

「あははッ!」ヤマネが笑った。「それは仕方ないなッ、仕方ない! 負けた時だって結局悔しさで我を忘れちゃうかもだけど、それも仕方ない! おっと、負けないだろうけど!」

 ルイス・キャロルは嫌悪感で顔を歪めた。一方で、顔を青くした野ウサギが、帽子屋に声を掛ける。

「おい……、本気かいっ? こいつは言ってみれば、女王様のモノだろ?」

 帽子屋は鼻で笑って答える。

「言っただろう? 傷が残らないようなやり方はいくらでもあるし、私は元々どちらかと言えば、『精神』を破壊する拷問の方が気に入ってるのだから」

「それにしたって……、もし引き渡した時、イカレてまともに話もできない状態だったら……」

 野ウサギが言うと、ヤマネが口を挟んだ。

「捕まえた時には、もうイカレてたって事にすればいいじゃん。恐怖とかストレスでさッ」

 帽子屋は歪んだ笑みを浮かべた。

「そういう事さ。……それに結局、それこそが、あの方のためなのだよ……!」

 帽子屋が最後に野ウサギを睨むようにすると、野ウサギは引きつった笑顔を作って、それ以上何も言わなかった。そんな彼を、ルイスはじっと見つめる。

「さて!」帽子屋が声高に言った。「チャールズ・ラトウィッジ・ドッドソン! 一対一のゲームという話だったな? 念のために言っておくが、私はお前の拘束を解くつもりはないぞ。どうする? ブラインドチェスでもするか?」

 椅子に縛られたまま、ルイス・キャロルは涼しい顔で言った。

「フフッ、そうですねえ……。チェスでも私は構いませんが、それでは読者、もとい、ギャラリーの方々が付いてくるのが厳しいでしょうし、またの機会にして……」

 ヤマネが立腹して言う。

「なにぃ? おいらたちの事、馬鹿にしてるのか? チェスぐらい分かるぞ! ポーンの動き以外は完ぺ――」

 帽子屋が遮る。

「お前は黙っていろ。……ならばどうするんだ、ドッドソン。なぞなぞか? カラスと書き物机が似ているのはどうしてか、答えられるか?」

「フフフッ! なぞなぞも捨て難いですが、厳密なゲームにするのが少々難しいですね。ですが、言葉だけでできるという線で行くと……」

 ルイス・キャロルはうつむいて少し考えたかと思うと、すぐに顔を上げてこう言った。

「こういうのはどうでしょう? 私が今考えたオリジナルゲームですがね。単語の中の一文字だけを変えて、同じ文字数の別の単語にするんです。例えばMADイカレているという単語のMをBに変えてBAD(悪い)、BADのDをTに変えてBATコウモリ、BATのBをHに変えてHAT(帽子)、と、こんな風に私とあなたで、交互に一文字ずつ変えていく。変える単語が出てこなくなった方の負けというのは?」

 帽子屋はほんの一瞬頭を巡らせると、すぐに鼻で笑ってルイスに言った。

「フハッ……! なるほど。悪くはない。が、それではほとんど切りがないな。私はこう見えて忙しいのでね。何千手も掛かるゲームにかまけている暇はないのだよ」

「……うーむ、いいゲームだと思ったのですが……」

 ルイス・キャロルが呟いたところ、帽子屋はこう言った。

「フハッ! 早合点するな。終わるようにすればいい……! 即ち! スタートとゴールの単語を設定するのだ! 無論、制限時間も設けてな!」

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