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3.人殺しの女王(その7)

「あれあれっ? なんだか元気なくなっちゃった?」

 自分の下半身を招き寄せていたチェシャ猫が、ルイスの方を向いて言った。

「やだよ? 面白いのは最初だけ、なんて。いっつもそうなんだから。すぐつまんなくなっちゃう」

 ルイス・キャロルは口を結び、鼻から息をついた。料理番は彼を見つめてうろたえていたが、カエルを初めとする他のギャラリーたちはどこか薄ら笑いを浮かべていた。猫はルイスに向かって話し続ける。

「革命の時もそう。あの人が焚きつけて、つまんない古いものが全部ブッ壊れた時は『自由の女王様最高ッ!』なーんて思ったけどね。最近はまた退屈しかけてたんだ。そこへようやく、あんたみたいな人が現れた。カジノ潰しさん? もっとあたしを、わくわくさせてよ!」

 ルイス・キャロルは黙り続けていた。間もなくチェシャ猫が更に何か言おうとすると、ここでようやく、彼は言葉を発した。

「……チェシャ猫さん、あなたはいくつか、思い違いをしていますね」

「は?」猫の瞳孔が大きく開かれた。「あたしの何が間違ってるって?」

 するとルイス・キャロルは怪しく笑って言った。

「フフッ……! 誤解なきよう。思い違い、と言ったのですよ。『退屈』『つまらない』『何か面白い事はないか』……、あなたはずっとそう思っていますね? 革命前ならいざ知らず、今のこの世界(ワンダーランド)で、そんな風に本当に思っているのでしょうか?」

「ニャ……、何がいいたいわけッ? 言ったよね? あたしはイカレてるって!」

 猫は声を荒らげたが、ルイスは低い声で更に言う。

「それもこれも、(ハート)の声を、黙殺しているからではないですか? つまらないと繰り返すあなたが見て見ぬふりをする、あなたの心の内に本当に存在している感情……、それはズバリ、『不安』でしょう。この、見通しの利かない暗い世界への……!」

 チェシャ猫の表情が固まった。ギャラリーたちの一部も、はっと息を呑む。しかし猫はすぐに大声で言った。

「ニャハッ! そう思いたいならご自由に! ここは自由な世界なんだから! 自由になったんだからね! スペードの女王と革命のおかげで!」

「自由、大いに結構」ルイス・キャロルは再度きっぱりと言った。「私だって、皆さんには自由でいてほしいと思っています。……ですが、行き過ぎた自由は、不自由と同じ。奇妙な言い方ですが、今の皆さんがそうじゃないですか」

 周囲が再びざわめき始める。ルイス・キャロルは続けた。

「……深い森に放り出されて、どちらに向かったらいいのかも分からない根無し草……。他者との繋がりは利益絡みだけで、めまいがするほど騒がしいのに、孤独は一層強まるばかり。改革という名の後先考えぬ破壊で、実現したのは動物以下の弱肉強食。得をするのは利口者で、一番損なのは賢者でしょうか。……挙句の果てが、カジノですって?」

「ニャハッ……! 負け犬のたわごとだね!」

 猫は嘲笑ったが、ルイスは尚続ける。

「……チェシャ猫さん、あなたはスペードの女王の事を、『自由の女王様』と呼びましたね? 自由の名の下、王侯貴族を殺し、民の暮らしと心を壊す……。これがこの国の女王ですって? いったい何者なのだとしても、彼女はつまるところ、人殺し……。『人殺しの女王』と呼ぶのがふさわしいでしょう!」

 チェシャ猫は歪んだ笑みを浮かべて聞いていたが、ギャラリーたちはにわかにうろたえ始めた。目に涙を浮かべて聞いていた料理番も、ここで慌ててルイスに言った。

「っお前さんっ! 滅多な事言うもんじゃないよッ……! そんな物言いが伝わったらッ、いよいよスペードの女王に粛清されちまう! その猫が女王に何を言うか……!」

 するとルイス・キャロルとチェシャ猫は、ほとんど同時に肩をすくめた。それから両者共にちょっと笑うと、猫がルイスに向かって言った。

「言いたいように言えばいいよッ。そんな悪口、あたしには関係ないもん。ただ、あんたの長広舌にはうんざり! さっきも言った通り、勝たなきゃただの、負け犬の遠吠え。あたしの言いたい事、分かるでしょ?」

 ここでチェシャ猫は足を大きく開き、拳を持ち上げて身構えた。

「さっさとゲームを続けようって事! 行くよッ! カジノ潰し!」

 猫の目をじっと見据えて、ルイス・キャロルも構えに入った。至近距離で向かい合う両者の姿は、まるでリングの上のボクサーのようである。ギャラリーたちが息を呑む。ルイスと猫は、同時に声を上げた。

「「ジャン、ケン……!」」


 ルイス・キャロルの意気込みも空しく、チョキに対してグーを出され、彼はこの回、敗北した。チェシャ猫はグーの二軒分プラスおまけの二軒で、大きく前進(下半身のみ)。

 S|□□☆ル□☆☆ネ□☆□□☆□☆□□□☆□|G


 しかし、ルイス・キャロルは諦めない。続く八回戦、グー対チョキで、今度はルイスが勝ち、両者は再び並ぶ。

 S|□□☆□□☆☆(ル・ネ)□☆□□☆□☆□□□☆□|G


 九回戦。なんと三回連続のグー対チョキ。勝ったのはルイス・キャロルだった。十軒目のおまけを踏んで、十二軒目まで先行する。

 S|□□☆□□☆☆ネ□☆□ル☆□☆□□□☆□|G


 が、続く十回戦。ルイスのパーに対し、猫はチョキ。両者は三たび並ぶ事になった。

 S|□□☆□□☆☆□□☆□(ル・ネ)☆□☆□□□☆□|G


 ……うううッ……! 二人の力は互角……! この人が引き離されなかったのはいいけどもッ……、逆に猫の奴を離す事もできない!

 ルイスに付き添う料理番は、震えながら考えていた。

 ……まずいよ、お前さん……! 一軒飛ばしでおまけが並んでる! そこに止まれば、一気に五軒進むって事! 更には、ゴールの二軒前にもおまけが……。って事は……。

 ちょうどその時、狂気じみた笑顔を浮かべて、チェシャ猫がルイスに大声で言った。

「ニャハッ! 最短、後二回で終わっちゃうかもね! 負ければハラキリ! そろそろ覚悟はいいッ?」

 料理番やカエル、その他周りの全ての者が息を呑んだ。一方、ルイス・キャロルは額に薄っすら汗をかきながらも、呼吸は乱れてはおらず、顎に片手を当てながら、じっと猫の目を見据えていた。

「……フフッ……、フフフフッ……」

 突然、ルイス・キャロルが笑いだした。笑い声は次第に少しずつ大きくなり、ギャラリーたちは怪訝を通り越して恐怖を覚え始めた。

「アッハッハッ!」

 と、ここでルイスはぷっつりと黙ると、眉をひそめるチェシャ猫に不敵な笑みを向け、次のように言ったのである。

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