3.人殺しの女王(その5)
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『賢者・愚者・利口者』
すごろくを模した適当な数のマス目からなるコースを設定し、スタートとゴール、及び複数箇所の『おまけマス』の位置を決める。
ジャンケンをして、プレイヤーがグーまたはチョキで勝った場合は二マス分進み、パーで勝った場合は一マス分進む。
プレイヤーが各おまけマスに止まった場合は、追加で更に二マス分進む。
先にゴールに辿り着いた、あるいは先にゴールを通過したプレイヤーの勝利となる。
ルイス・キャロルとチェシャ猫の戦いの舞台、件の奇妙な橋は長さが七十フィートほどあり、その上に二十軒分の建物があった。スタート位置は橋の袂、建物の入り口前とし、ゴールは反対側の最後の建物を出た所、即ち二十一軒分先と定められた。二十軒分の建物の中には賭場が計七箇所あり、そこに止まる事ができれば、プレイヤーは更に二軒分進める。
料理番がルイス・キャロルのために、以下のような図を紙にしたためた。☆で表した箇所が賭場、即ちおまけマスである。
スタート|□□☆□□☆☆□□☆□□☆□☆□□□☆□|ゴール
「それじゃ、準備はいいよねッ?」
チェシャ猫が隣のルイス・キャロルに向かって言った。両者は橋のアーケード入り口前に並んで立っている。周りには料理番とカエルを初めとして、多くのギャラリーが集まっていた。料理番はルイスの鞄とステッキを進んで預かり、豚の赤ん坊は代わりにカエルに押し付けていた。
ルイスはコースの見取り図をちらりと確認すると、猫に向かって言った。
「ええ、始めましょう! 掛け声及び作法は先ほど教えてもらった通りですね? では……」
ルイスと猫は共に半身になって向かい合い、それぞれ右手を握って腰だめに構えた。
「「ジャン……!」」
両者が揃って掛け声を上げ始める。料理番は脇でルイスを見守りつつ、初戦の展開を予想していた。
……最初の賭場、つまりおまけマスがあるのは三軒目……。って事は最初はそこまで届かないんだから、まずはおまけ云々は考えなくていい、シンプルな勝負さね……。このゲーム……、一軒分しか進めない、紙で勝つのはメリットが小さい……。なんたってグーとチョキは二軒分、つまりパーの倍進めるんだからね。グーかチョキを出して勝ちたいって思うのが普通だよ……。
「「ケン……!」」
……そんでもって、そのグーとチョキだったら、グーの方が勝つ。……って事はつまり、グーが一番、「効率のいい手」って事になる……! ……けど、その多く出されそうなグーに勝つのが……、進める距離の少ない、パー! って事は、パーは一番「勝ちやすい手」って事になる! でもって、チョキは……、相手の狙い、つまりパーが来るのを読み切った上で使う……、自分が二軒進めるか相手が二軒進むか、「ハイリスクハイリターンの反撃技」……! お前さんッ……、いったいどう出るつもりだいッ……?
「「ポンッ!」」
重なり合う大きな声と共に、ルイス・キャロルとチェシャ猫の手が振り下ろされた。
「ニャッ!」
「アッ!」
「おおッ」
猫、料理番、カエルが声を上げた。猫のグーに対し、ルイス・キャロルの手は、パー。
「やったッ! お前さんッ! 初戦勝利だよッ!」
料理番が歓声を上げた。ルイス・キャロルはにっこり笑い、チェシャ猫は口を尖らせる。ルイスは猫に言った。
「フフッ! それじゃあ猫さん、一足お先に」
彼は数歩歩いてアーケードの中に入り、ほとんど入り口の所で猫の方に向き直った。料理番とカエルも少し建物側に移動する。移動しつつ、カエルは料理番にこう言った。
「けどさ、所詮はパーで勝っても一軒分だもんな。大したリードにはならないな」
料理人は顔をしかめて言う。
「……フンッ! 分かってないねあんた。そのちょっとしたリードが大事なんじゃないか」
「ふ~ん。どういう風に?」
カエルは挑発気味に尋ねた。料理番は歯ぎしりしながら頭を巡らせる。
「ぐぬぬ……。うーん……。アッ!」ここで彼女は目の色を変えて言った。「あたいも、さっきまでこの一回戦はおまけとか関係ないって思ってたけどさッ。よく考えてごらんよ! 最初の賭場は三軒目だ。今一軒目まで来たこの人は……、次にグーで勝ってもチョキで勝っても、賭場の所に止まれる! おまけで進める可能性が高いだろッ? 反対に、その分猫は次、迷う事になるよ!」
ネ|ル□☆□□…
カエルを含め、これを聞いていた周囲の者たちはちょっとした歓声を上げた。料理番はうっとりした目でルイスを見つめる。彼は笑って軽く肩をすくめた。その時。
「さ! ほらさっさと続きをやるよ! あたしが飽きちゃわないうちにさ!」
けろりとした笑顔でチェシャ猫が言った。対するルイス・キャロルもほくそ笑みながら言う。
「やれやれ……。そうだ! 『せっかちなあなた』は、『子供をほったらかしにする親』に似ていますね! なぜなら……」
「『せわしない』って? ニャハッ! じゃ行くよ~……!」
チェシャ猫はルイスに先んじて謎掛けの答えを言ったかと思うと、拳を握って次戦の体勢に入った。決まり悪そうにしながら、ルイス・キャロルも身構える。
「「ジャン、ケン……!」」
猫とルイスの掛け声が始まった。料理番はその様子を見守りながら再び考える。
……二マス先がおまけマス……。ここはやっぱり二マス分進める、グーかチョキで勝ちたい、いや、勝ってほしい……! そうすりゃこの人は大幅リードだ! ……あ? でもひょっとして……、猫は次、グーを出すんじゃっ……。そうすりゃこの人は、グーでもチョキでも勝つのは不可能になるから……! しまった……! お前さんッ……!
「「ポンッ!」」
猫の手は先ほどと同じ、グー。それに対し、ルイス・キャロルの手はと言うと、こちらも先ほどと同じ、パーだった。ギャラリーたちから歓声が上がる。
「流石だよお前さんッ! 猫の考えてる事、読んだんだねッ!」
料理番がルイスに黄色い声を送る。ほくそ笑むルイス・キャロルに対し、チェシャ猫は仏頂面をしていた。
「ウニャ~……。フンッ。ま、いいや。二連勝したところで、結局たった二マス分なんだからね! すぐに追いつけるもん」
料理番はむっとしたが、ルイスは笑いながら猫に言った。
「フフッ。ではでは、中でお待ちしていますね!」
彼はアーケードの中をゆったりと歩いていった。通路の床は橋本体であって石造りだが、周りの建物は木やレンガでできているものがほとんどで、壁の各所に蝋燭の明かりが掛かっている。一軒当たりの間口は、今のルイス・キャロルの歩幅で七、八歩分といったところだ。
一軒目と二軒目は狭いながらも旅籠屋のようで、酒の臭いを通路まで漂わせていた。ちなみに通路は荷馬車がぎりぎりすれ違えるほどの幅と高さがあるように、今の大きさのルイス・キャロルには感じられた。料理番も彼のすぐ後ろを付いていく。
「それじゃあ次、行くよ~!」
二軒目の前まで来たルイスが入り口の方に向き直るより早く、チェシャ猫が声を大きくして呼び掛けた。ルイスは苦笑いをしつつ身構える。
「「ジャン、ケン……!」」
料理番は考える。……今の状況はこうだ……。
ネ|□ル☆□□☆☆□□☆…
……今いる場所の次が賭場、つまりおまけマス……! そこに止まるには、パーで勝つしかない。それって、この人は三回連続パーを出す事になる……。反対に、猫は三回連続、グーを出して負ける事になる……。そんなのって耐えられるかい? まさかとは思っても、猫は三回連続でグーは、出せないんじゃないかい……? なら、猫の選択肢は……。
「ポンッ! ……ニャっ!」
猫の手は、チョキ。対してルイス・キャロルの手は、グーだ。周囲から一斉に歓声が上がる。料理番も狂ったように声を上げた。
「やったッ! やったよお前さんッ! 三連勝ッ! 命の掛かった勝負の序盤で、三連勝ッ! 圧倒的さッ! こりゃもう先行逃げ切り確実だよッ!」




