2.これが私たちの世界ですか?(後編その7)
言葉を発する者は最早いない。勝負は遂に、最終局面に来たのだ。
現在、ルイス・キャロルの手札はKと9で、手持ちのチップは四枚。ゲーム開始時に彼が説明したような両面待ちの状況ではないが、イモムシの三枚の中に、確実に9がある事は分かっている。それを引く事ができれば、ルイス・キャロルの勝利だ。
ちなみにインコとネズミの手札はそれぞれ四枚と二枚で、チップは両者共に二枚。イモムシのチップも二枚である。イモムシは全身から汗のような液体を流しながら考えていた。
……ここを凌げば……、ここを凌げば……! まだこのボクにも、勝ち目はある……! 馬鹿どもから巻き上げまくって築き上げたこの城を手放さず、それどころかオマケにもう二つ手に入れて、ムカつくよそ者を拷問して殺せる可能性は、まだ残ってる……!
……この男はインクの秘密を見抜いた。けど印が見えてるわけじゃない。横にいるドードー鳥にも見えない。それは確かだ……。チップ四枚も持ってるから、このイカレ男は三段目だろうとためらわずに引いてくるだろうけど、それでも確率は三分の一……! 三分の一だ……! ここは凌げる……! このボクなら凌げるはずだ……! このボクは強者なんだから……!
一方で、ルイス・キャロルは顎に軽く手を当てて、涼しい顔をしながら、イモムシの顔と伏せられた三枚のカードを、代わる代わるゆっくりと見つめていた。
「……フフッ……、見えますよぉ……」
やがてルイスが笑いながら言った。
「見えます……! カードの中身が……。あなたの心が……。そして私の勝利する姿が……!」
「減らず口をっ!」
たまらずイモムシが声を上げる。
「虚勢を張ってるだけさっ! ホントは外すのが恐くてたまらないんだろッ? 負ければキミは、最高に苦しんで死ぬんだからな!」
「フッ、フフフフフ……! 成虫になれない、幼虫の反応そのものですね……! そういう台詞は、全てご自分に跳ね返るというものです。この一手……、確率は三分の一なのでしょうか? ……フフッ! イモムシさん、あなたの考えは、私には手に取るように分かりますよ!」
イモムシを含め、一同は息を呑んだ。ルイス・キャロルは伏せられたカードを指差し、言葉を続ける。
「あなたはこう考えた。『普通なら……、長期戦の可能性もあるから、チップ三枚払うのはためらうとこだけど……、このイカレ男なら三段目だろうと構わず引いてくるだろう……。9は三段目には置くべきじゃない……』、と……!」
イモムシは一瞬表情を強張らせた後、笑って言い放った。
「ハッ! 下らないカマ掛けだね……!」
しかしルイス・キャロルは、微笑んで言った。
「分かるんですよ! なぜなら私は小説家――、登場人物の気持ちを考えるのが仕事ですから! フフッ! なぁんて! 続きはこうです。『9は一段目か二段目に置くべき……。一段目に置くか、二段目に置くか……。けど、どっちに置くにしても、これといった決め手がない……』」
イモムシの表情は険しい。
「ここで、」ルイスは言った。「自分を強者だと思っている裸の王様……、他者から奪って自分は勝ち続けられると、なぜか確信している大いなる子供は、次のように考えました。『……9を一段目に置くか二段目に置くか……。決め手はない……。けど……、ならせめて……、勝負がもっと長引いた時……、つまりこいつが、9以外の「外れ」を引いた時……、チップ一枚じゃなく「二枚」欲しい……!』、と!」
ギャラリーたちがざわめき始めた。インコ、ネズミ、ドードーは息を呑み、イモムシは身動き一つできずに、心の中で愕然としていた。
ルイス・キャロルは自らのチップに手を伸ばしながら、声高に言った。
「ひるがえって言えば! 例え『外れ』を引かせてこの場を凌いでも、チップ一枚しか得られない事になる置き方を、あなたはしなかった! 『外れ』は『二枚』、あるいは『三枚』がいい! よって、一段目……! そこにこそ……! あなたが価値がないとして切って捨てた、最も下の、この場所にこそ――」
ルイス・キャロルはチップを一枚伏せ札の横に置くと、一段目のカードを素早く掴んで顔前で開き、そのまま手首を更に返して、胸の前で正面に向けた。
「勝利の冠が置かれているのです!」
クラブの9が、そこにあった。
ホールの中は一斉に沸き上がった。よそ者の優男、道化の如き驚異の魔法使いが、三人の王たちを打ち負かしたのだ。




