2.これが私たちの世界ですか?(後編その6)
三オーナーは青ざめながら、唇を噛みしめるようにしている。ルイス・キャロルは手をひらりと動かし、インコに向けて言った。
「さ、インコさん。カードを並べて、ゲームを続けましょう!」
インコは最早絶望に打ち震えながら、手札を伏せていく。ネズミに近い方から、二枚、二枚、一枚。一段目に置かれたのは、ババであるQとJだ。チップ一枚のネズミはそのどちらかを引くしかない。
ネズミは顔を引きつらせながら、チップを一枚インコの方に放り投げ、右手を一段目の右側のカードに伸ばした。その時。
ガッ!
「ウッ!」
ネズミの右手を鋭く打ち付ける物があった。ルイス・キャロルが、テーブルに掛けておいたステッキを素早く掴み、伸ばすようにして柄で叩いたのだ。
「ネズミさん、見事な手付きですが、それは『お手付き』ですね!」
ルイスは言いながら、ステッキの曲がった柄をネズミの手に掛け、ひねり上げる。
「イッ、痛ッ……!」
インコの伏せ札にかざされたネズミの右手から、カードが一枚こぼれ落ちた。スペードの6だ。瞬間、ホールがどよめく。ルイス・キャロルは言った。
「スペードの6は既にペアで出たはずですねえ。いつ捨て札から取ったんでしょう? インコさんの一段目からあたかも6を引いてきたかのように見せかけて、手札の6と共に出し、勢いに任せて上がりを宣言するつもりだったのでしょう」
「グ……! 畜生ッ!」
ルイスのステッキと周囲のざわめきを振り払うようにネズミは叫び、それからインコの一段目の伏せ札を引っ掴むと、乱暴に手札を混ぜて自分の前に並べた。イモムシに向けて、一枚ずつ、縦に三段だ。
イモムシは歯を食い縛るようにしながら、ネズミの伏せ札と、微笑んでいるルイス・キャロルの顔を交互に睨んだ。間もなく彼はチップを手に取ると、ネズミに向けて二枚放り、二段目のカードを取った。すかさずルイス・キャロルが言う。
「流石、決断がお早い。やはり『見えている』と違いますね!」
イモムシの青い顔は一層青ざめ、同時にホールは騒然とした。
「『見えている』ッ? どういう事だッ!」
「まさか、イカサマッ……!」
「イモムシ様までッ? 信じてたのにッ!」
「汚えぞ卑怯者ッ!」
「ハッ! どの口が言うってッ?」
「なんだとてめえッ!」
ルイス・キャロルは笑いながら、ギャラリーをなだめるように言う。
「まあまあ皆さん、お三方とも何かしらやっていたのですから、これでおあいこですよ! おそらく彼の用意したこのトランプは『ジュースカード』。即ち、何らかの目印が付いています!」
「っ言い掛かりはやめろっ……!」
イモムシは言ったが、インコとネズミはすぐにカードの裏面を調べ始めた。イモムシは歯ぎしりするようにしながら思った。
……クソッ……! この男……! やっぱりこいつは気付いてた……! このボクのイカサマに……! カードの秘密に……!
……モンシロチョウやカラスの雄雌の見た目の違い……、それがネズミや小猿には、衣装なしでは分からないという……。あんなにはっきり色が違うのに、だ……! 鳥の連中はこのボクとかなり近い風に見えるらしい。が、それでも見え方に差はある。このボクは蝶の鱗粉、花の蜜、ネズミの尿などを水や酒や油で煮出して、ギリギリこのボクにしか見えない特殊なインクを作り出した! そしてそのインクを使って、裏から内容が全て分かるトランプを、このカジノの地下の工場で製造した! 今この勝負で使っているのはそれだ! この目印はこのボクにしか見えない。そのはずだ……! なのに!
……この男はゲーム中ちょくちょく、「見えてるんでしょう?」と、このボクに言わんばかりの行動を取ってきた! ついさっき……、三ラウンド目の最初、インコが男から引く時も……! この男がインコにバラす前から、このボクにはインコがペアができるはずもないのに長考してるのが分かってて、イラついてた……。そこへこの男が胸糞悪い笑顔を向けてくる。このボクは思わずインコに、さっさと一段目を引け、みたいに言ってしまった。一段目は9が置かれてたからだ……! けどその結果、インコは反発。この男の手元には上がりのための9が残った……!
……その前に三枚払ってこのボクの三段目を引いた時も……! おそらくこの男は、このボクが自分と相手の手札を『見比べ』て、ペアにできないカードを下段に置いた、って予測したんだ……!
8
9
4
……あの時の並べ方はこうだった……! この男のその時の手札は、K、Q、9、8……。こいつにとっては、むしろチップ三枚払う方が、安全策に思えたに違いない……!
「分からねえ!」
ここでネズミが、カードから目を上げて言った。
「違いがあるようには見えねえぞ……。寄り目にすると浮き上がるとかでもねえ。てめえは分かるかよ?」
彼はインコに向かって尋ねた。インコは目頭を押さえながら答える。
「……この紫の模様の色合いが、所々微妙に違うような気もするけど……。こんな印刷ムラにも満たないような違いで……」
「俺様にはそれすら分からねえ……! おい、よそ者ッ。てめえはなんでジュースカードだと思ったッ?」
ネズミがルイスに尋ねた。傍らではドードー鳥が、彼のカードを見ながら首をひねっている。ルイス・キャロルは少し笑って言った。
「イモムシさんは一ラウンド目から、カードを引く前に、『苦虫を噛み潰したような顔』をしてましたからね! カードを引いて中身を見た時、ではなく、カードを引く前、伏せられたカードを見た時に、ですよ? フフッ! 犬や猫やネズミさんは、色があんまり見えないらしいじゃないですか。インコさんの言い方で当たりが付きましたよ。おそらく、昆虫にしか見えないような、特別な色の目印が付いているんじゃないでしょうか」
なるほど、という声が四方八方から上がった。イモムシは例の顔をして思った。
ウウッ……! そうか……! このボクは、状況がいいとは言えないのを目印から読んで……、それを顔に出してしまったんだ……! クソッ! なんて子供じみた真似をッ! だからこの男にイカサマを気付かれた! そして逆に利用されたッ! 目印そのものじゃあなく、このボクが見えているという事実をッ……!
「クッ……! 言い掛かりっ! 言い掛かりだっ! 印象操作だっ! 印象操作っ!」
イモムシは子供のようにわめいた。彼は先程ネズミから引いたカードを手札に加えると、三枚となったそれを、テーブルの下の手でせわしなく混ぜ始めた。周囲の冷めた視線が、彼に突き刺さる。
「まあ図らずも、この町に昆虫さんはあなたしかいないようですし、今は証明する手段はありません」
ルイス・キャロルが言う。
「それに証明してもしなくても、ゲームの結果は変わらないですもんね。フフッ!」
イモムシ、インコ、ネズミの表情が強張る。ルイスは喋り続けた。
「先刻広場で私、ランスロットとガウェインとトリスタン、円卓の騎士の中で誰が最強なのか、なんていいましたが……、全くナンセンスな疑問でした! 最も強いのは、マーリン。全てを見通す魔法使いが、最も強いに決まってます!」
やくざ者たち全員の表情が険しくなる。ルイス・キャロルは不敵な笑みを浮かべながら、オーナーたちの顔を見渡した。
「お三方ともいろいろ技術をお持ちのようでしたが、あなた方は……、そう、私にとっては、『宝の地図をしたためた海賊』と同じ……」
一同、きょとんとして首を傾げる。ルイスは言った。
「要するに、『カクシタ』という事です」
やくざ者たちは歯ぎしりし、一般の客たちは噴き出した。ルイス・キャロルは大きな声でイモムシに言う。
「さあ! 長い戦いも次で終わります! このラウンドで勝者が決まると、先程私は言いましたね? 最後の手番はこの私。予言が成就する時が来たのです!」
イモムシは呼吸を荒らげながら、震える手付きで、手札を三枚、縦に並べた。




