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2.これが私たちの世界ですか?(後編その5)

 インコはルイスが伏せたカードと、彼の不敵な笑み、そして自分の手札を代わる代わる睨みながら、歯ぎしりをするようにして考える。

 ……くそぅっ……! このあたしがこの男から一枚引けば、こいつは残り二枚……。ネズミとイモムシも同じだ。このあたしだけが、三巡目にして残り四枚……。このラウンドで勝者が決まるだって? このあたしは既に眼中にないっていうわけッ? クソッ! なんとしてもここでペアを作らないと……! けど、この男の三枚の内、二枚は最初にこのあたしが配ったKとQ……! それがそのまま残ってる……! クソゥッ!

 その時、インコと全く同じ表情を、テーブルの反対側にいるイモムシもしていた。ルイス・キャロルは未だ動かないインコから視線を外して、何気なくイモムシの方を見ると、彼ににっこり微笑みかけた。

 イモムシはルイスを無視すると、インコに向かって苛立ちの声を上げた。

「おいッ! さっさと引きなよッ! 長考したって無駄だ! もう一段目でいいだろッ!」

 インコが素早くイモムシを睨みつける。それから彼女は再びその視線を、伏せ札と、ほくそ笑むルイス・キャロルの顔に戻した。やがて彼女は自分のチップに手を掛けると、少しもてあそんだ後、遂にそれを掴んで言った。

「決めたわッ……! 三段目よッ! 勝負ッ……!」

 彼女はチップを三枚テーブルに叩き付け、一番奥のカードを引っ掴んだ。

「グッ……! うぅっ……!」

 インコはうめき声を上げた。引いたのは、Qだった。……チップ三枚払って、ババ……!

 ネズミは彼女の悶え様を見てほくそ笑み、彼女の部下たちと、それからイモムシは歯ぎしりをした。そして――。

「クスッ……。フッフフフフッ……!」

 ルイス・キャロルは、声を漏らして笑い始めたのだった。インコは殺さんばかりに彼を睨みつける。間もなくその視線に気が付くと、ルイスは彼女に、こう言った。

「フフッ……! 失礼ッ! ですが、どうしてもこらえ切れなくって……! フフッ! だってあなたがペアを作れるカードは、どっちみち私、持ってないんですから! それにこれで――」

 一同はざわめいた。インコは目を白黒させてルイスに言う。

「なッ……! どういう事ッ? なんで分かるッ! まさかあんたッ!」

 ルイス・キャロルは手を振りながら言う。

「勘違いしないでくださいよっ? 誰かさんと違って、私は一切イカサマはしてません! けど、分かるんです。フフッ! インコさん、あなたの手札は現在、J、6、4、2、それから今引いたQですね!」

「なっ……!」

 インコは言葉を失う。ルイスは早口で更に言った。

「ちなみにネズミさんは6、4、2の内二枚持っていて、イモムシさんは一枚は9を持っています」

 イネズミとイモムシも愕然とする。ギャラリーたちのざわめきが大きくなった。ルイスの傍らから、ドードーが声を上げる。

「どっ、どどど、どうしてっ? どうやってっ?」

 ルイスは笑って肩をすくめながら、

「フフッ! 魔法です!」

と言った。が、ドードーはうろたえる。

「まっ……。おお客さんッ……! ま、まずいですよッ……! イッ、イカサマだと思われたら……」

 ルイスは周りをきょろきょろ見渡す。やくざ者たちの一部が牙を剥いていた。

「あっ、確かに……! そうですね、うっかりしてました。……フフッ。ではでは皆さん、ご説明しましょう! まずは、そうですね……。このゲーム、カードには何種類の区別があると思いますか? 最初にカードを配られて、ペアを整理した状態を考えたとして。ハイッ、ドードーさん?」

 突然の質問に、ドードーは面食らいながら考える。

「しゅっ、種類っ……? ババと、それ以外……。あっ、あと、ババになる前の、KならK、QならQが、まだペアにならずに三枚残っている、その、バ、ババ予備軍。その、三種類……?」

 周りの者たちも、戸惑いつつドードーと同じ事を考えている。ルイスは答えた。

「残念ながら、それでは不充分ですね。これは通常のババ抜きに於いても同様ですが、ババと無関係の普通の札の中に、更に厳然たる二種類の区別があるのです。そもそも私がこの『王家抜き』を思い付いたのは、その二種類の差を活かして面白くするためでして……」

「無駄口はやめろ! さっさと説明しろ!」

 たまらずネズミが怒鳴った。ルイスはちょっと口を尖らせてから、言葉を続ける。

「……最初にペアを整理した段階で、場の普通の札に二種類の区別が生じるのです。即ち、プレイヤーの間に二枚が漂っているカードと、四枚が漂っているカード。今のゲームでは6、5、4、3、2がプレイヤーの間に二枚ずつ漂っていて、9と8が四枚漂っているカードでした」

 一同がざわめく。ドードーが言った。

「ど、どうしてそんな事が分かるのですっ……?」

 しかしルイスは笑って答える。

「いやいや、見ていれば分かるじゃないですか! プレイヤーが銘々テーブルに、できたペアを捨てていく。一枚も出てこない数字があれば、その数字は四枚ともプレイヤーの手札の中に、分散されて残っている。ペアが一組だけ出てきた数字があれば、その数字は二枚が、別々の二人の手の中にある!」

 インコが気付いて声を上げた。

「アッ……! あんたはッ、そうかッ……! 見ていたんだわッ! このあたしがカードを配っている間ッ……! ネズミとイモムシはペアを整理してどんどん捨ててたのに、あんたは手も動かさず無駄口叩いて、その後もこのあたしよりも準備が遅かった!」

 イモムシがテーブルに雑然と散らばったカードを見て、声を漏らす。

「無造作に次々捨てられていくカード……。二十枚以上あったはず……。それを見て、プレイヤーに残った方を把握してたって……?」

 ルイス・キャロルは言った。

「フフッ。そういう事です。さて、二枚残っている札と四枚残っている札、これをそれぞれ『二枚札』と『四枚札』と呼ぶ事にしますが……、重要な点は、私たちプレイヤーは四名なので、四枚札は各々が一枚ずつ持っているという事。即ち隣のプレイヤーから引き当てれば、必ずペアが作れるわけですし、誰かがペアを作ってテーブルに捨てれば、残りの二枚は誰と誰が持っているのか、はっきり分かるという事です!」

 ドードーが驚嘆して言った。

「……ぎゃ、逆に言えば、他者の手札の一部が、そ、そうやって少しずつ分かっていく……!」

 ギャラリーたちは絶句し、カジノオーナーたちは声にならないうめきを漏らした。ルイス・キャロルは明るい声で喋り続ける。

「手札推理の手段はそれだけではありませんよ! この際最初から行きましょうか! インコさんがカードをシャッフルして、配ってくださりましたね。流れるように動く羽の美しさの陰で、彼女は先に述べた偶数奇数の仕掛けの他に、不正な配り方をしていました。セカンドディールとか言うんでしたっけ?」

 ネズミとイモムシ、及びその部下たちがどよめきの声を上げた。ルイス・キャロルはなだめるように両手を上げて、声を大きくして言った。

「まあまあ皆さん! 結局は墓穴だったと、彼女の現在の手札枚数が表してるじゃないですか! 彼女がやったのは些細な事です。私は自分の手札にK、Q、Jが一枚ずつ入っているのを見て、当たりを付けました。即ち、インコさんは自分には絵札を配らず、他の三名にそれを、三枚、二枚、二枚と押し付けたのだろう、と」

 ネズミとイモムシは歯を剥き出してインコを睨む。ルイス・キャロルは続けた。

「そうして一騒動あった末の一手目、インコさんは、七枚中三枚が絵札という私の手札から引かなければならなかったのです。もちろん私は大事な四枚札である8と9は、しっかり三階に避難させています。イモムシさんも確実に持っているわけですし、インコさんに引かれたらペアを作られて、踏んだり蹴ったりだからですよ? 結果、彼女が引いたのはJ。これは他の皆さんも勘付いたでしょう」

 インコがくちばしを噛みしめた。ルイスは続ける。

「その後、ネズミさんがインコさんから8を引いてペアができました。これは私にはラッキーでした! 8が四枚札だからです! つまり、これで私とイモムシさんの所に8が残り、十中八九私が8をペアにできる事になった。さてさて、続いてイモムシさんがネズミさんから苦い顔をしながら引き……」

 イモムシが表情を強張らせた。

「Jのペアができる。続いて私がイモムシさんから引いて、3のペアができました。イモムシさんの手札五枚の内、四枚札の9、元四枚札の8、インコさんが押し付けたであろうQは最低でもあると分かっているので、チップは節約して一枚です。そしてこの時点で、インコさんの手札は、私には全て分かりました」

「ゥイっ……?」

 インコが小さく奇声を上げた。ルイス・キャロルは笑いながら説明する。

「フフッ。分かるのですよ。インコさんの最初の六枚は、絵札がなくて四枚札の9、8がある。残りは二枚札の6、5、4、3、2の中から四枚というわけで、そこへ私が、3のペアを作った。つまり3以外の6、5、4、2を持っているという事です!」

 インコは声を震わせて言う。

「……じゃあ、あんたがその後……、このあたしに、9を持ってるか、とか、5はどうか、とか言ったのは……、全て見抜いた上で……! ッだとしたら、あの5を晒した意図はッ……?」

 ここでネズミが、低いうめき声を上げ、その顔に苦悶を浮かべながら言った。

「……この男は、誘導したんだよ……。あの一手で……。てめえと俺様の、両方を……!」

 インコはネズミの方を見て戸惑う。ルイス・キャロルは微笑む。ネズミは更に言った。

「インコ、てめえのあの時の反応で、俺様はてめえが9を持ってると分かった。分かるだろ? 俺様も9を持ってた。それからおそらくてめえも、その優男が9を持ってるんじゃないかと予想した。実際、9はみんな一枚ずつ持ってたんだ。てめえは次のラウンドにペアを作れるかもしれない自分の9を、まず引かれないだろうと三段目に置いた。が、俺様はそれを見抜いた……!」

 イモムシが怒りの形相で声を上げる。

「見抜いちゃった、って言うべきだろ! 畜生めッ! キミが大枚はたいて9のペアを作ったせいでッ、このボクとこの男に9が残り! またこいつが有利になったんだッ!」

 ……そ、それだけじゃない……! ドードーは心の中で驚愕していた。……本人ももう気付いているだろうけど、ネズミのチップは、現在一枚だけ……。インコの手札はQ、J、それから6、4、2だっけ……? お客さんは、ネズミはその6、4、2の内二枚持っていると言っていた。なら、本来なら次でネズミは上がる可能性もある……。けど! インコはこの後、確実にQとJを一段目に置く! こんな風に……!

  6

 4 2

 Q J

 ……ネズミのチップが一枚なのは分かっているからだ……! つまり、ネズミはババを引くしかない! お客さんはあの『5晒し』の一手で……! 自分のペア一組を確実にし! イモムシとインコからその権利を奪い! ネズミを嵌めて動きを封じた! かッ……、神懸かりッ……! まさにこの人は神懸っているッ! この人はさっき、笑い声を漏らして、インコにペアを作れないと言った後、何か言いかけていた。『それにこれで――』って。ひょっとしてあれは、こう言おうとしたんじゃないのか? だからこそ、手品の種も、こうして余裕で喋るんじゃないのか? きっとこんな風に言おうとしたんだ……! 『それにこれで――、私の勝利は、確定しました』と……!

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