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2.これが私たちの世界ですか?(後編その2)

 ルイスは自分の手札を手元で少し広げると、その中身を確かめた。彼の斜め後ろで立っているドードーにも、その内訳が見えた。彼の手札は、既にババだと確定しているK、これからババになるかもしれない(プレイヤー間に計三枚漂っている)Q、それから数札の9、8、5、3の六枚だ。チップの方は、手持ち三枚。ドードー鳥は黙って考える。

 ……カードは二枚ずつ減るから、お客さんはここから三回ペアができれば上がりだ……。運が良ければ、意外と決着まで時間はかからない。けど、多分ゲームが進めば進むほど、ペアを作れる確率は下がっていくだろう……。ネズミとイモムシはペアを作った。お客さんも、ここで引き離されちゃいけない……。

「さあて……!」ルイス・キャロルが言った。「どれにしましょうか。目移りしてしまいますねえ!」

 彼は身を乗り出して、伏せられたイモムシの五枚のカードを見つめる。続けて彼は、その体勢のまま上目遣いでイモムシの顔を見て言った。

「フフフ……! 私は人一倍運がいいですからねえ。ペアを引けるような気がしますよ~! 流れを感じるんです……!」

 イモムシは苛立ちを紛らわすかのように、水タバコを咥えてコポコポ吸った。ルイスが更に言う。

「おや! また例の表情をしていますね? 苦虫を噛み潰したような。私の戯言がそんなにお気に触りますか?」

 イモムシは煙を吐きながら声を荒らげる。

「う、うるさいからだよっ! キミの言い方、喋り方はカンに障るんだ……! さっさと引きな!」

「これは失敬。ムシできないんですね。フフッ! ではそろそろ、お言葉通り、引くとしましょうか……!」

 ルイス・キャロルは右手を自分のチップに掛けると、タンッと小気味良い音を立てて、伏せ札の横に一枚置いた。

「一枚支払い、一段目をいただきますよ!」

 彼は一段目の二枚の内、右側の一枚を素早く掴むと、眼前で開いて、すぐに笑った。

「アハッ! 本当にツイてますね!」

 彼は手札の一枚と合わせて、テーブル中央にカードを放った。3のペアだ。ドードーが思わず手を叩いて言う。

「やったッ! お客さんッ!」

 イモムシも、ネズミもインコも、苦虫を噛み潰したような顔をして、この得体の知れないよそ者を睨んでいた。


 これでゲームの第一ラウンドが終わった事になる。現在の状況はこうだ。

 インコ:カード六枚、チップ三枚。

 ネズミ:カード四枚、チップ三枚。

 イモムシ:カード四枚、チップ二枚。

 ルイス・キャロル:カード五枚、チップ二枚。

 実際にはルイス・キャロルはこの後引かれる番なので、カードは四枚に、チップは少なくとも三枚以上になる。

「やった……!」ドードーが再び言った。「お、お客さんの、一歩リードだ……!」

 ルイスは笑って彼の方を振り向き、声をひそめて言った。

「フフッ……! 一歩ですって? それ以上ですよ……! ま、見ていてください……!」

 彼は手札を手元で軽く混ぜると、顔の下でちょっと開き、すぐに自分とインコの間に並べ始めた。インコに近い方から、二枚、二枚、一枚。

「さーて、第二ラウンドです!」

 ルイス・キャロルが声高に言った。インコは手札を一度確認すると、伏せられたカードとルイスの顔を、代わる代わる睨みつけた。彼女は黙って考える。

 ……この五枚の中に、Kが一枚、Qが一枚ある……。さっきはチップを二枚も払ったけど、完全に裏目だったわ……。結果、このあたしが明らかに他の連中より出遅れてる……。ここは絶対にペアを引き当てたい……!

 と、その時。

「インコさん……、あなたはおそらく、9を持ってますね? 狙ってます?」

 ルイス・キャロルが、不敵に微笑みながら言った。インコは仰天して、彼の顔と自分の手札に、交互に目まぐるしく視線を動かす。

 ……持ってるっ。確かにこのあたしは、9を持ってる……! なんで? なんでこの男にそれが分かるっ?

 ネズミとイモムシも目を白黒させている。ルイスは笑って、更に言った。

「フフッ! どうやら当たりみたいですね……! いや~、でも、すみませんね。あいにく当店、9は品切れでして。代わりにお客様、こちらの品はいかがでしょう?」

 そう言った後、彼はその手を、伏せられた自分のカードの方に伸ばした。そして――。

  ■

 ■ 5

 ■ ■

 なんと彼は、二段目の伏せ札の一枚を、自らめくって表にしたのだ。ホールの中は一斉にどよめいた。

「なっ……! てめえっ!」

「おおおお客さんっ?」

「何をやってるっ? そんな事っ……!」

 ネズミとドードーとイモムシも声を上げた。が、ルイス・キャロルは悪びれず言う。

「あれっ? いけませんかね?」

 ネズミたちは言葉に詰まる。インコも絶句していた。

 ……いけないもいけなくないもないっ……! 訳が分からなすぎるッ……! イカレてる!

 ホールのざわめきは続いていたが、紳士のこの行為を、自信を持って咎められる者はいなかった。インコは脳をフル回転させて考える。

 ……畜生、こいつめ……! カモの役だったはずなのに……。逆にこっちが、こうも振り回されるとは……! いったいこいつはなんなのよ……!

 ……いや……、いや、待てよ……? ひょっとして、これがこの男のギャンブルなのッ? 5は相手が持っていない、と予想して、その分、他のカードの中からババを引かせる確率を上げるため……? なるほど……! それなら戦法としてありかもしれない……。けど……、残念ながら、このあたしは5は持ってるのよ……!

 ……けれども問題は……、この5に飛び付いて、すんなり引いてもいいのか、って事……。このあたしは、さっきこいつが言った、9も持ってる。いったいなぜこいつにそれが分かったの? ハッタリ? こいつが9は持ってないって言ったのは本当? ……この5は、嫌らしい事にチップ二枚の二段目に置かれてる……。ひょっとしてこいつの真の目的は、ここで確実に、チップを二枚、手に入れる事……?

「ほらほらインコさん! 今だけのお買い得商品ですよ!」

 ルイス・キャロルが言った。インコはやや顔を引きつらせながらも、手持ちのチップに手を掛ける。やがて彼女は、二枚掴んでテーブルに打ち付けた。

「フンッ! いいわ! 乗ってやろうじゃないッ! 二枚払って、この5を頂くわ!」

 インコは表にされた二段目の5の札を引っ掴むと、すぐに手札からも一枚引き出し、テーブルに放った。

「ホホッ! ペアよッ!」

 ギャラリーの一部の荒くれ者たちから歓声が上がる。ルイス・キャロルはにっこり笑い、ドードーは困惑の表情で、イモムシは苦い顔をしている。そしてネズミは、手札を並べるインコを見ながら、にやにやと笑っていた。

 頭をひねりながらカードを並べていた彼女は、並べ終わってからそのネズミの態度に気付き、動揺を隠しきれないまま彼に言った。

「っ何? 気持ちの悪い顔で見つめないでほしいわねっ……!」

 しかしネズミは笑って言った。

「ハッハ……! 思わずニヤケちまってな。なんたって、これでまた上がりに近付くんだ。俺様の勝利に……! 予告してやる。この手番、俺様は確実にペアを作るぜ!」

 ギャラリーたちがざわめいた。インコは顔色を失った。彼女の前には五枚のカードが並べられている。二枚、二枚、一枚だ。ネズミは手元のチップを掴むと、大きな音を立ててインコの手元に叩き付けた。

「ここが張り時だ! 三枚払って三段目をいただくッ!」

 ギャラリーたち、特にネズミの部下たちがどよめきの声を上げる。ボスは手持ちのチップを全賭け(オールイン)したのだ。

「ハッ! 9のペアだッ!」

 ネズミがカードを放りながら叫んだ。ホールに歓声が上がった。インコはくちばしを噛みしめる。イモムシも同様だった。が、ルイス・キャロルだけは涼しい顔で、

「お見事ッ! 流石ですねえ!」

などと言いながら、手を叩いていた。それがドードーには不可解でならない。

 さて、ネズミは左隣のイモムシの方を向くと、手札を混ぜながら言った。

「金は底を突いちまったが……、なあに、このイモムシ君はビビッて一枚ずつ賭けるようなケツの穴の小さな奴じゃねえ。すぐにまた貯まってくるぜ」

 ネズミは手札をテーブルに並べた。彼のカードは、既に三枚。縦に一列、各段が一枚ずつ並んだ。

「ぐぬぬ……」

 イモムシはうめくように言って、伏せられたカードを睨んだ。が、彼の決断は早かった。彼はチップを掴み、それをテーブル上に滑らせながら言った。

「一枚。一段目だ……!」

「チッ……! しけてやがんなあ、おい!」

 ネズミが顔を歪めながら言った。イモムシは彼にタバコの煙をフッと吹き掛けると、カードをめくって手札と合わせた。

「ペアさ! Qだ。これで残りのQがババになった……!」

 ルイス・キャロルがすかさず言う。

「文字通りに、ですね! これでとうとう、役者が揃いましたね! K、Q、Jの三枚、王家の方々はその尊厳を貶められ、大衆に忌み嫌われる存在になってしまった! (あが)められるのは最早金だけ! ババという名の亡霊たちを、いかにかわし、いかに他人に押し付け、いかに自分が成り上がれるか! ゲームはいよいよ佳境です!」

 手札を握って水タバコを吸っていたイモムシは、ルイス・キャロルの口上が終わると、彼に煙を思いきり吹き掛け、鼻で笑って言った。

「フン……! まるで革命が悪い事だったみたいな口振りだな。理由も意味もなくふんぞり返って、偉そうにしてる連中がいる世界の方が、キミは正しいとでも言うのかい?」

 周囲のカジノ関係者たちからも、嘲笑がこぼれたようだった。ルイス・キャロルはゴホゴホと咳き込んだ後、涙ぐみながら肩をすくめた。

 イモムシは再び鼻で笑うと、手札をテーブルに並べ始めた。彼の手札も、今や三枚になった。カードはイモムシとルイスの間に、縦に三枚並べられた。イモムシは声高に言う。

「強い奴が勝ち上がり、弱い奴がババを引く! そういうゲームだよな? ほら、引きなよ!」

 ルイス・キャロルの目に、ここで初めて、鋭さのようなものが宿ったようだった。

 しかし、その時。

「ッ大変ですッ! 姐様ッ……! インコ様ッ!」

 けたたましい声を上げながら、ツバメが一羽、ホールに文字通り飛び込んできた。ゲームの始まる前に、インコが隣町まで使いに遣ったツバメだ。息を切らしながら、ツバメはインコに報告する。

「そのよそ者ッ、その男ッ……! 確かに一昨日の夜、向こうのカジノでオーナーとサシの勝負をして、店を手に入れていますッ……!」

 ギャラリーがざわつく。インコは苦い顔をして言う。

「フッ……! ホントの事だったみたいね。道理で……」

 しかしツバメは一層色めき立って言った。

「違いますッ! そうじゃないんですッ! 確かにこの男は勝ってカジノを手に入れたッ……。けどッ、既にそれを、手放しているんですッ! 昨日の事ですッ! 今の彼はカジノの所有者じゃないッ! 彼は、無い物を賭けているッ!」

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