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2.これが私たちの世界ですか?(後編その1)

 ルイス・キャロルは自分の左隣に掛けているインコに向けて、七枚の手札を、三枚、二枚、二枚という三段に分けて並べていた。

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 ■ ■ ■

 彼女に近い方の三枚が、一段目という扱いである。ルイスは言った。

「さあどうぞ! どれでも()り取り見取りですよ!」

 インコは黙ったまま、伏せられたカードとルイス・キャロルの顔を交互に睨みつけている。手元では三枚のチップをカチャカチャいじっていた。が、彼女はにわかに気色ばみ、ルイスに向かって声を上げた。

「ちょっとあんた! あんたこそ、よくもぬけぬけと……! やってくれたわね!」

 ルイス・キャロルもイモムシもネズミも、怪訝な顔をする。インコが続ける。

「チップもカードと同じじゃないか! このあたしが最初にあんたにチップを支払うと、あんただけ、最初に三枚より多くのチップを持ってスタートする事になる! とんでもなく有利だ! この人でなしめ! 抜け駆けしようったってそうはいかないよ!」

「あっ!」

 ルイスがすぐさま声を上げた。他の二名の対戦相手は彼を殺さんばかりに睨みつけ、ギャラリーたちはどよめいた。ルイス・キャロルは素早く両手を振り、慌てふためいてインコに言う。

「これは失礼しましたッ! 気付きませんでしたっ。ホントですッ! 抜けてました……! ええっと、そうですねぇ……」

 彼は少し考えたかと思うと、すぐにこう言った。

「ではでは、こうしましょう! 払うチップは一枚から三枚ですから、平均である二枚を、今この時点で私は放棄します」

 彼はそう言って自分の手元の三枚のチップから二枚取り、それを脇に置いておいたチップのケースにカチャリと収めた。その惜しげもない様を見て、インコはやや面食らいながら思った。

 ……この男、苦い顔一つ見せずに……。ほんとにウッカリ見落としたの……? だとしても、このあたしが払った分を受け取らない事にする、とかじゃなくて、こんなに潔く二枚捨てるなんて……。このあたしが一枚しか使わなかったら、こいつは二枚スタートじゃないか。……フンッ! 公平通り越して馬鹿だよ……! さっき配り方云々で非を認めなかったこのあたしが、大人気なく見られるじゃないか……。

 インコはくちばしを噛むと、鼻から息を一つついて、低い声で言った。

「……そこまでするんなら、このあたしも大目に見てやろうじゃないか。……あんたたちも、それでいいだろ?」

 イモムシがうなりながらうなづく。ネズミは舌打ちをした後、嘲笑うようにして言った。

「ハッ! ナメられたもんだぜ。チップの一枚や二枚、余裕ってわけかよ。後で吠え面かくがいいぜ!」

 ギャラリーの一部はまだブツクサ言っていたものの、ルイスはちょっと安堵の溜め息をついて、それからインコに向かって言った。

「いやはや申し訳ありませんでした……! ではでは、気を取り直して、インコさん、どうぞ」

 彼は両手を広げて七枚のカードを示した。インコはくちばしを引き結ぶと、再び紳士の顔と、伏せられたカードを交互に見つめて、考え始めた。

 ……むう……。カードを配ったのはこのあたし……。ババに相当する絵札を、このあたしには来ないようにして、他の三人にだけ行くように配った……。けど……、これは墓穴だったかも……! ぐぬぬ……! 特に、隣のこいつに絵札を三枚押し付けたのはマズかったわ……! 初っ端このあたしが、こいつから引く羽目になるとは……! 目の前の七枚中、三枚が絵札……!

「ほらほら! お姉さん、ウィンドウショッピングですか?」

 ルイスがおどけて言った。インコは彼を睨みつけながら考え続ける。

 ……このゲーム、基本はババ、あるいはババになりうる『絵札』を、相手が手を出し安い下段に置くのが普通でしょうね……。つまり、チップ一枚で引ける一段目は、絵札が置かれてる可能性が高い。もちろん三段に分散させてる可能性もあるし、テキトーに置いてる可能性もあるわ。けどこのあたしなら……、最低でも一段目に絵札二枚、二段目に絵札一枚、とかって置く……。絵札三枚、全部一段目かもしれない……。ここは……。

「チップ二枚払って、二段目を引くわ……!」

 インコはそう言って手元からチップを二枚取り、ルイスの方に押し出した。そのままその手で、二段目右側のカードを掴む。手首を返して中身を確認した瞬間、インコの顔は固まった。

 ……J……。畜生ッ……!

「まいどありッ!」

 ルイス・キャロルは満面の笑みで、残りの伏せ札を手元に戻していた。両者の様子を見て察しを付けたネズミとイモムシはにやにや笑い、傍らで見守っているドードーも、少し遅れて口元をほころばせた。インコはくちばしを噛みしめる。

 ……この男……! クソッ……! こんな事なら、素直に一段目にしとけば良かった……! そうすりゃこいつをチップ二枚スタートにしてやれたんだし……! どうしてこんなにツイてないのよッ!

「おらおら! 早く並べろよ。後がつかえてんだぜ?」

 ネズミがインコに言った。インコは左隣の彼に体を向けると、今引いた一枚を手札に加え、軽く混ぜた後、自分だけが見えるように顔のすぐ下で開いた。

 ……いいわッ。ゲームは始まったばかり。既にババだと確定してる、Kを引かなかっただけマシ。切り替えるのよ。……このあたしの手札の中で、邪魔なのはこのJだけ。持ち続けてたらそのうち他の二枚がペアになって――今、他の二枚のJはネズミとイモムシのとこだ――、あたしのこのJがババになっちまうかもしれない。さっさとネズミにコイツを引かせるに越した事はないわ……!

 しばらく頭を悩ませた末、インコは七枚の手札をテーブルに並べた。三枚、二枚、二枚。

 インコが顔を上げると、ネズミと目が合った。互いに互いの目を睨む。ネズミはちらちらと伏せ札にも目をやりつつ、やがて自分のチップを掴むと、ガッとテーブルに叩きつけるようにして、大きな声でインコに言った。

「二枚払って二段目を引くぜ!」

 ネズミは二段目の左側のカードを引いた。彼はそれを顔の前まで持っていって開くと、手札の方も覗いて照らし合わせた。

「ハッハ! ペアだッ!」

 ネズミはテーブル中央に向かって、カードを二枚放った。8のペアができていた。

 ギャラリーの一部から歓声が上がる。インコは歯ぎしりをするようにし、イモムシは鼻で笑った。ドードー鳥は僅かにうめき声を漏らし、そしてルイス・キャロルは、ぴくりと眉を上げた。

「ハッハ! ツイてるぜ! 流石俺様。さて、それじゃあ、どうすっかな……」

 ネズミはそう言いながら五枚になった手札を眺めると、やがてそれを左隣のイモムシに向けて並べた。相手側から、二枚、二枚、一枚、と。

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 水タバコをコポコポ吸い込んでいたイモムシは、ネズミが並べ終わると口からもくもくと煙を吐き出し、伏せられたカードをじっと見つめた。

「ゴホゴホッ……! クソがッ……! おら、さっさと引きやがれ」

 ネズミが咳き込みながら言った。イモムシはネズミの言葉を無視し、相手の伏せ札と自分の手札を見比べていた。やがて彼は僅かに表情を歪めると、チップを手に取り、ネズミの方へ二枚滑らせた。

「二枚払って、二段目を……!」

 イモムシはカードを引いて手元で手札と照らし合わせると、おもむろに二枚を合わせてテーブル中央に放った。

「ペアだ。Jのペアさ……! つまり今誰かさんが持ってる残りの一枚のJは、この時点で行き遅れのババになったってわけだ」

 ルイス・キャロルが笑う。

「フフッ! (ジャック)なのにババとは、これいかに?」

「てめえが考えたルールだろうがッ!」

 ネズミがにやけながら声を上げた。インコだけが不機嫌そうに黙っている。

「さて、と……!」

 イモムシが言った。彼は手札をテーブルの下にある手で混ぜながら、ルイスの顔と彼の手元を睨む。

「まったくメンドくさいゲームだよ。うーむ……」

 イモムシは手札を目元まで持ち上げ、低くうなった。その時。ルイス・キャロルが、イモムシに声を掛けた。

「『苦虫を噛み潰したような顔』って表現がありますよね?」

「……その言い方はあんまりいいとは思わないね。今は黙ってもらえるかい?」

 イモムシはルイスを睨みつけて言ったが、ルイスは声を落として更に言った。

「そうですね……! 今言うべきじゃありませんでした。もう少し前か、もう少し後に言えば良かったで」

「ほら! 引きなよ!」

 イモムシはカードを並べつつ、やや声を荒らげて言った。彼のカードは五枚。ルイス・キャロルから見て、二枚、二枚、一枚と並べられた。ルイス・キャロルはほくそ笑んでいる。

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