8. 江藤先輩
ひなのさんと喋ってから3日程たったある日の夜、スマホを見てるとひなのさんからのラインが入った。
『明日、大学で一緒にお昼を食べよう。前に言っていた薬学部の子も来るからね』
やったー! 明日は大学でひなのさんに会える。それに学部の先輩とも会えるし…
兎に角先輩には気に入られないと後に響く。これからの大学生活に先輩からの情報は絶対必要だからな。
明日はちゃんとオシャレして大学に行こう… ひなのさんとも会うんだし。
何だか明日が楽しみだ…
そして次の日、午前の講義も終わり昼食時間となった。
スマホを見るとひなのさんからラインが入っていて、場所と時間が指定してあった。
時計を確認するとちょうどいい頃合いなので指定された場所に向かう。
「愁一、こっちだよ」
前を見ると俺の名前を呼んで手を振っているひなのさんがいる。
今日は薄いブルーのワンピースにカーディガン… 相変わらずお美しい。
ひなのさんの元に行くともう一人の女性が立っている。
「この子は私の友達の江藤美葉さん、愁一にとっては学部の先輩だね」
「初めまして。江藤美葉です。ええっと…同じ薬学部なんだよね…」
「そうです。はじめまして… 僕は安角愁一です。薬学部の1年です」
「それじゃ、行きましょうか」
そう言ってひなのさんは歩き始めた。学食で食べると思っていたのだが、どうやら大学近くのお店で食べるらしい。ひなのさんに連れられて歩いていくと古風でオシャレな洋食屋さんに到着した。
「ここの料理は結構評判なんだよ」
ひなのさんは明るい笑顔でそう言うと入口の扉を開けて中へと入っていく。
出迎えに来た店員についていくとゆったりとしたテーブル席に案内され3人で腰を下ろして落ち着いた。
今日はひなのさんお勧めのオムライスにしようと言うことになり、種類の違ったオムライスを3つ注文する。
それから3人で歓談が始まった。
ひなのさんと江藤さんは地元のお嬢様高校時代からの同級生で学部は違うが同じ大学に進学した。
何でもひなのさんの行っていた高校からは結構な人数がこの大学に入っているらしい。
二人は高校時代からの親友で3年の付き合いになる。そして今は同じテニスサークルに所属する。
ひなのさんは結構身長が高いのに対して江藤さんは少し小さめで小柄、顔は一言で言って可愛い。
まるで愛くるしい小動物を思わせるような可愛さだ。
ただ、俺が一番驚いたのはその可愛い顔ではなく小柄な体に似合わない巨乳。
基本俺は女性の胸をガン見することなど絶対にしないが、どうしても目がそっちに行ってしまう。
俺の正面に座っているが、テーブルの上にその大きな2つの膨らみがのせられているように見えて余計に目立つ。
最初は綺麗なお姉さん2人を前にして緊張していたが、ひなのさんや江藤さんが色々と話題を振ってくれたので徐々にリラックスして楽しく話せるようになった。
「安角君ってひなのの妹の家庭教師やってるんだね」
「そうなんです。親戚の人から紹介があって…」
「でも昌の相手は大変でしょ?」
「まあ、… でも頑張ってくれてますよ」
そんな感じで話をして段々と会話も進んでいった。俺としても是非仲良くなって欲しいと思っていたので出来るだけ会話を盛り上げるように頑張った。多分これだけ会話したのは中学生以来だと思う。
「安角君って学部内で友達出来た?」
「…いえ、まだいません」
江藤さんは何気ない感じでそう聞いて来た。学部内どころか高校時代から友達はいません。
「だったら… 今のうちから作っておいた方がいいよ。専門に入ると実験もあるし卒業研究も一人じゃ無理だし…」
「…ですよね…」
やっぱボッチじゃ生きていけないよね…
「テストの過去問とかだったら私が何とかしてあげられるけどね…」
「そ、そうですか… 是非お願いします!」
やったー! これで欲しい情報がGETできる。
「今後もわからない事とか教えて貰っていいですか? 江藤先輩」
「そんなに可愛く言われると断れないね… ウフフッ… 先輩に任せなさい」
「ありがとうございます。先輩…」
よかった~ これでこの先取り敢えずは安泰だ。
ホントにラッキー! 情報貰えるし… 先輩可愛いし… 乳でかいし…
俺は嬉しくなって夢中で江藤先輩と喋っていた。
だが可愛い先輩と仲良くなれて未来が明るく見えてきたのに何故か体に冷気を感じる。
なんだろ?… もう春も終わりなのに真冬並みのこの冷気…
そう思って冷気が来る方を見て見ると… そこには女神がいた。氷の女神が…
液体窒素で冷やされたくらいにキンキンに冷えているひなのさんの視線…
その視線は雪女ですら凍らせるほど冷たかった。
…………どうして? むっちゃ怖いんですけど…
普段美しく見える切れ長の目は別の意味でキレた目となり俺を見詰めている… いや、睨んでいる。
…そうか、…そうだよな。
俺は江藤さんに気を遣うあまり、完全にひなのさんのことを忘れていたことに気付いた。
俺のことを思って江藤さんを連れてきてくれたのに…
お世話をしてくれたひなのさんを俺が無視したらそりゃあ怒るよな…
「ひなのさん、今日は本当にありがとうございます。こんないい先輩を紹介して頂いて感謝します」
俺がそう喋り掛けるとひなのさんの険しかった表情は一気に緩み、いつもの優しい顔に戻った。
「気にしなくていいよ。それより良かったね… 知り合いができて。 美葉も愁一の面倒見てあげてね」
「任せて頂戴… 可愛い後輩の面倒見てあげる」
明るい笑顔でそう言ってくれた江藤さん… 本当に愛らしくて可愛い。
リスのようなクリっとした目や小ぶりな唇… 全てのパーツが可愛い。見てると本当に抱きしめたくなる。
そうして話しているうちにオムライスも運ばれてきたので、それからは食事をしながらの会話となった。
「ひなの、やっぱここのオムライスは美味しいよね」
「だよね、私はこのお店のが一番のお気に入り」
美味しそうに食べる二人… 俺も一口食べて本当に美味いと思った。
また今度来よう…一人で。
「そう言えば安角君って彼女いるの?」
俺が機嫌よく食べていると江藤さんはニヤリと怪しい笑みを浮かべていきなり軽い感じで聞いて来た。
やっぱり女性はこの手の話が大好きみたい…
「いえ… 彼女はいません」
彼女はいません… って言うより人類に友と呼べる人自体がいません。
「愁一って… 本当に彼女いないの?」
「ええ、高校の時からずっといませんよ…」
ボッチなもんで… はい。
「ふう~ん… だったらさ、好きな人とかは?」
ひなのさんはそう言って前のめりになって聞いてきた。なんか急に目を輝かせて興味津々といった感じ…
「私も聞きたいな… 安角君って好きな人いるの?」
なんか江藤さんまでノリノリ。
女の人は恋バナが大好物なのは知っているが、ボッチな俺の恋愛事情を聞いて面白いの?…と思ってしまう。とにかく俺には彼女達を喜ばせるような話のネタは何もない。
それに好きな人がいるのかと聞かれてもね…
「ひなのさんに一目惚れしました」なんて本人に言えるわけねーじゃん。
こんなとこで「ひなのさんのことが好きでーす」なんてカミングアウトしたら一瞬でこの場の空気が固まるだろ…
「いやー、好きな人っていうか… 今まであんまり女性と出会うような機会もなかったので…」
「え~ッ… 高校時代とかクラスに可愛い子がいたでしょ?」
江藤さんがそう突っ込んできたが、よく思い出してみてもひなのさんや江藤さんほど綺麗な女の子はいなかったと思う。それにクラスの女子の名前もほとんど覚えてないぐらい関りもなかった。
「…いや~ あんまりいなかったですけど…」
「へえ~、でも安角君かっこいいから高校の時とか結構モテたでしょ?」
そう聞かれたので本当は、「俺のことイジって遊んでるの?」と聞き返したかった。
高校時代の俺を知る奴がその質問を聞いたら腹を抱えて全力で笑うと思う。
江藤さんはイメチェンした今の俺しか知らないからな…
それにかっこいいと言われてもあまりピンとこない。今までの人生で一度も言われたことないし…
イメチェンしたところで今も昔もそんなに変わってないと思うんだけど…
仕方がないのでお茶を濁すように適当な返事でもしておくか。
「いえ、全然モテないですよ。 それに女子とはあんまり関わらなかったので」
「そっか~ 安角君ってずっと彼女いないんだ… 欲しくは無いの?」
江藤さんは更にぐいぐい聞いてくるが、もうそろそろこの話は勘弁して欲しい。
彼女は欲しい、しかもその相手は目の前にいる。
でもそのことを本人に悟られないようにしないといけない。ばれたらどうせフラれるだろうし…
だから物凄く答えにくい。ある意味拷問に近いものがある。
仕方がないので「大学に馴れればそのうち彼女も………」と言って誤魔化したが、俺が言った適当な返事を二人の綺麗なお姉さんたちは真剣に聞いていた。