6. 昌の悩み
昌はリビングで愁一達と話した後、部屋に戻り一人考え事をしていた。
ベッドに仰向けになって転がり、ボーっと天井を見つめている。
どうしてこのタイミングでボッチの愁一が家庭教師に来たんだろ… 最高の嫌がらせだね…
昌がどうしてあれほどボッチでモブな者たちを否定するのか… 当然それには訳がある。
昌は愁一が家庭教師に来る1週間ほど前にフラれた。 正確に言うと迫ろうとしたが拒否られた。
昌を拒否したそのお相手はなんとボッチである。それ故今はボッチに敵対心を燃やしている。
昌には1年前から気になっている男子がいた。名前は江藤逸樹。
碓井と江藤… 出席番号が並ぶため学年が始まる最初のころは必ず席が前後となる。
江藤逸樹…彼は見た感じでは硬派で男っぽく見える。無駄口もたたかないので殆ど喋らない。
昌も後ろの席の江藤に何度か話しかけたが何の返事も帰ってこなかった。
授業間での休憩時間、昼休み、江藤は常に一人でいる。やっていることと言えば寝ていたり小説を読んでいたり…
周囲の男とも殆ど話さないので必然的にボッチとなる。
ただ、用事があるときはしっかりと誰とでも会話ができるのでコミュ力は普通にあるようだった。
江藤の見た目は凛々しいというかちょっとイカツい感じなのでみんなあまり話しかけにもいかない。
普通はそんな男など女子も無視するのだが、何故か昌は江藤に興味を持った。
2年生の2学期にもなると、江藤のことなどクラスの皆がその存在を忘れているのに、昌だけは余計に興味を膨らませて注視していた。
昌ははっきり言ってかなり可愛い… というかクラスで一番可愛いとみんなが認めている。
ただ、その容姿は結構派手であった。短めのスカートに茶髪、そして化粧も少ししていて軽くビッチである。
1年生の後半から友達とオシャレを競っていたら、気が付けば行き着くとこまで行ってしまっていた。
ただ元々スタイルも抜群で可愛さも群を抜いている昌がビッチになるとその色気は物凄い。
エロいのが大好きな男共からは神のように崇められていた。(当然エロスの神)
あまりエロくない男子でも昌を見ると普通に興奮する… 昌に迫られて断れる男などまずいなかった。
明るく陽気な昌… なのに何故か暗い感じの江藤に惹かれるものを感じる…
昌が感じる江藤の印象
江藤の暗さ → 落ち着きの証
江藤の無口さ → 大人の静けさ
友達のいなさ → 孤高の証
昌は江藤の状態を勝手に脳内変換してどんどん惚れ込んでいった。
もしかしたら昌は本質的にボッチが好きなのかもしれない。
そうして2年生も終わる頃にはどっぷり江藤に嵌っていた。当然他の男子から告白など多数あったが、それらに見向きもせずに江藤のことだけを見ていた。
ここまで好きならさっさと告白でもすればいいのだが、昌もそこは世間体や乙女心を気にする。
自分は大好きだが他人から見ればただのボッチ… なので友達にも江藤の事が好きとは打ち明けられない。
自分はクラスというか学年でもトップクラスの可愛い女の子… もし自分から行ってフラれたらどうする?…
この2つがネックになってなかなか前に出れなかった。
なんとかクラス替えになる3年までには… そう思っていたが結局告白できないままで終了…
諦めるか… と思っていたところでまさかの3年生も同じクラス… もう行くっきゃないでしょ!
最高に盛り上がる昌… 江藤をモノにすることを決心する。
まずは軽くジャブ… 同じ趣味であることを強調してきっかけをつくろうとした。
昌は江藤が小説をよく読んでいるのを見ていた。だから昌も小説を読むようになり、今では普通に趣味となっている。3年生になったばかりで座席も今は前と後… 振り向けば江藤がそこにいる。
昌は意を決して江藤に話しかけた。
「え、江藤君ってさ… 小説好きなんだよね…」
「…………」
江藤は何も返事を返さない。
昌は頑張ってもう一度押してみた。
「江藤君ってどんな小説が好きなの?」
「……………碓井…」
やっと反応した! 昌は大喜び…
「………なに?…」
「…おれ、ビッチな女って苦手なんだ… だから話し掛けないでくれ…」
…………ビッチって… そんないい方しなくても…
その言葉は昌にとってショックどころではなかった。昌は一瞬でその淡い恋心を砕かれた。
大好きでどうしようもなくて… やっと決心がついて頑張って初めて近付いたときに言われた言葉が、
『ビッチは苦手だから俺に話しかけるな…』
昌は死にたくなるような深い絶望を感じたが、同時に大きな怒りも湧いてきた。
どうしてビッチは駄目なの?
私はオシャレが好きだから自分が気に入った格好をしているだけ…
ボッチだって結局自分の好きなことを一人で我儘にやってるだけでしょ?
どっちも他人の言うこと聞かないで好きにやってるんだから同じでしょ?
なのにどうしてそんなことを言うの?
結局はこれがきっかけとなって昌はボッチの事が許せないと思うようになってしまった。
そしてその1週間後に愁一と出会うことになる。
初めて愁一を見た昌… 愁一の感じがどことなく江藤にそっくりだと思った。
そして愁一を見た昌は思い出す… 江藤に言われたあの言葉を。
だから昌は江藤に言われた言葉への反感を愁一にぶつけてしまう。
昌が言うように愁一との出会いは最悪のタイミングとしか言いようがない。
愁一も江藤も同じタイプのボッチである。自分の好きなようにした結果、友達が誰もいない状態となった。同じボッチでも本当はボッチになりたくないと頑張ったが、結局ボッチになってしまったような者たちとは違う。
愁一と江藤の場合は自分の我儘を通した結果、自然とボッチになっただけでそれを何とも思ってない。
ある意味二人とも自分の好き勝手をやっているだけである。
私は好きなように自分を表現しているだけ…
私はビッチじゃない。男の子にモテたいと思ってやってるんじゃない。
人から見れば派手で下品だと思われるかもしれないけど、私は自分が気に入った自分なりの装飾を施しているだけ。自分をどう見せるかを自分で決めて何が悪いの? 地味なものは美しく派手なものは下品なの?
それに… 私はボッチだからとかイケメンじゃないからとかいって他人を非難したことは無かった。
それなのに私がビッチに見えるからって、どうしてそれが理由で私自身を認めようとしてくれないの?
私のことを好きだと言って近寄って来る男の子は多い。だけどその殆んどは私を見た目だけで判断した結果だ。そして江藤君も同じ… ビッチに見えるから好きになれない… 結局見た目で判断された。
私はビッチじゃない… 近くから私の事を真剣に見てくれればそれを分からせてやる自信はある。