3. 変身
「安角さんって、確か○○大学でしたね…」
「えっ! そうなんだ… だったら私達大学で会うことがあるかもだね」
冴子さんとひなのさんの会話を聞いていて俺は驚いた。俺とひなのさんは同じ大学なんだ…
「ええ、俺は○○大学の薬学部の1年生です」
「へぇ~ 凄いんだ… よく入れたね」
「はい、高校時代は凄く勉強を頑張りました」
「お母さん、凄いよ… 安角さん、うちの大学の薬学部だなんて」
「ひなのさんは何学部なんですか?」
「私は文学部の英文の2年生… でも同じキャンパスだね」
なんという幸運… 今度キャンパスで捜索活動を行おう。
「ひなのとも大学で出会った折にはよろしくお願いします」
冴子さんはそう言って頭を下げてくれたが、宜しくして欲しいのはこっちの方である。
まだ入学したばかりで大学にも不慣れなので、ひなのさんに教えてほしいことは山ほどある。
「こちらこそよろしくお願いします。大学では後輩ですし…」
「そうよね… クスクスッ… 分からない事があったら何でも聞いてね」
そう言って微笑むひなのさん… まるで天使のような微笑みだ。
「ねえ、安角君… 連絡先交換しとこうよ…」
「はい、そうですね」
願ってもないラッキー… 何とひなのさんの連絡先をGETできた。
それから暫くなんだかんだと楽しく話をした後に俺は碓井家を後にした。
昌はともかく割のいいバイト料とひなのさん… この家庭教師を紹介してもらって本当によかった。
だが安心してもいられない。昌は虎視眈々と俺を辞めさせようとしてくるに違いない。
これを回避するためにもアレを実行するしかないな…
碓井家を後にした俺はそう考えて本屋に立ち寄り一冊の本を購入して家に帰った。
ようやく家に到着。
俺の家は比較的大学の近くであり、割と良い1LDKの賃貸マンション。
国立大学に合格したご褒美で結構いいマンションに住まわせてもらっている。
バイトも自分のお小遣いを稼げばいい程度なのでこの家庭教師のバイトは非常に有り難い。
取り敢えず昌対策だな…
この家庭教師のバイトは色んな意味で是非とも続けたい。それには昌に対抗しないと…
それにボッチとモブを馬鹿にしやがって… 目にもの見せてくれる。
今日のことを思い出しても昌の態度はかなりムカつく。こんな時はアレだな。
そう思って俺はパソコンの電源を入れる。大学入学時に購入しておくようにと指示があったので、入学祝もかねて欲しかった高スペックのノートPCを買ってもらった。何せ性能がいいのでサクサク動く。
電源を入れて立ち上がるとすぐにあるサイトに入る。
そのサイトは小説などを自由に投稿したり読むことができるサイト。俺はこれのおかげでボッチになったと言っても過言ではない。
様々なジャンルがあり、読みたいものを好きなジャンルから選んで読める。しかも無料。
投稿数も多く飽きれば別のジャンルを見ることができるので小説好きにはたまらない。
高校の時は暇さえあれば学校でスマホを使ってこのサイトで小説を読んでいた。
おかげでクラスの誰とも親しくならなかったのでボッチでモブとなる。
ただ、クラスの殆んどのやつらはそんな俺を特別バカにしたり、イジメたりはしてこなかったので凄く平和なボッチ生活を楽しめた。
今日は昌と喋ってイラついたので最近お気に入りの小説を読んで嫌なことは忘れよう…
最近俺がハマっている小説… それは何とラブコメ。
以前は絶対にこのジャンルだけは読まなかったのだが、週間ランキングで断トツのトップを取っているものがあり、試しに読んでみたらどっぷりハマった。
高校が舞台のラブコメものなんだが、主人公が女子高生で好きになった男を振り向かせようとするのだが、勘違いしまくり、勝手な思い込みし過ぎ… そんな感じで主人公が空回りする姿がとてもおかしく描写されている。
それに、もう一つ… 俺が気に入ったところは、情景描写が上手でまた古典的な比喩なども上手く使われている。単純に面白可笑しいラブコメではなく、しっかりと小説の体を成している。作者は余程古文や古い物語に精通していると思われ、俺は尊敬の念を抱いてその作品を読んでいる。
今日は更新されてるかな… あ、ラッキー… 2話新しいのが読める。
あははははは~ この女子高生の主人公なんで好きな男から別の男紹介されてんの?… ウケる。
相変らず立ち回りの要領が悪い主人公を上手く描写していて読んでて楽しい。
そんな感じで読んでいるうちに昌の事も忘れて楽しい気分になっていたが、読み終わるとすぐに大事なことを思い出した。
こんなことをやっている場合じゃないな… 次に家庭教師に行くのは2日後か。
それじゃ準備にかかろうか…
そうして2日後、今日は2回目と言うか今日からが本格的な家庭教師の開始となる。
大学の講義は午前中で終了したのでいったん家に戻り時間を調整して準備を整えていざ出発となる。
碓井家は俺が住んでいる場所から電車で2駅ほど離れた場所。
電車に乗り目的の駅に到着してここから徒歩10分ほどで碓井家に到着する。
時刻は夕方4時、これから昌とのバトルが開始される。
インターホンを押して冴子さんに出迎えてもらい、いよいよ昌の部屋へ入る。
「こんにちは… 今日から本格的に勉強をするぞ」
「あぁーっ? なにいってん……………」
相変らずウザそうな感じで俺の方を向いた昌は… 固まった。
「あ、あんた だれ?………」
「お前の大好きなボッチでモブな家庭教師の安角愁一だよ」
昌は未だに目をぱちくりとさせてボーっとしながらこっちを見ている。
どうだ…昌 これで文句もねーだろ?…
この2日間で俺は変身を遂げた。
はじめてこの家に来た帰りにメンズ雑誌を人生で初めて購入し、近所で評判の良い美容院を検索、そして流行りの服を購入する。
そして俺はただの「愁一」から「スーパー愁一」へと変貌を遂げた。
(ただし中身はボッチでモブのままである)
はっきり言ってこの変貌では自分の方が驚いている。
美容院に行ってメンズ雑誌を見せて「これにして」といったら流石に流行りの美容室だけあって、「う~ん、もう少しアレンジして色もこうして…」そんな感じで美容師さんのセンスでアレンジしながらカットと染めをしてもらった。
美容師さんに、「いい髪質してるね… これだったらどんなスタイルでもできるよ」そう言われたのでお任せでやってもらい、ついでにお勧めの色に染めてもらったのだが、出来あがりの自分の姿を見てびっくりした。鏡の中に見知らぬ男が映っている…
それからが大変だった。買い物に出かけても電車に乗っても大学に行っても何処へ行ってもじろじろと見られる。その度に、派手すぎるのか?…似合ってねーのか?…バランス悪いのか?…
そんな不安が付きまとい外出するのが嫌になってきた。
もともと俺はモブである… こんなに注目されたことなんてある訳ない。
だからみんなの目が怖くてしょうがない。
だが、鏡を見ても前よりは明るくなって見栄えも良くなっているとは思う。
昌は俺がイケメンだったら勉強を頑張ると言った。
さすがにイケメンにはなれないが、これでブサメンではない筈だ。
モブでボッチな種族でもキチンとそれなりに変身できることを昌に見せつけてやるつもりだった。
「昌… 2日前に会ったばかりだろ… 忘れたか」
「………ホントに愁一? マジ?」
「マジに決まってんだろ… どうだ、納得いったか?」
偉そうには言ったが自信はゼロ… 後は昌の判断次第…
「…ふ、フンッ… それでイケメンのつもり?」
ぐうっ… それを言われると辛い… だがしかし… 俺も結構苦労したんだ(金もかかってるし…)
このまま押し通してやる!
「イケメンに決まってるだろ? 大学でも急に女子から連絡先の交換を申し込まれるようになってね…」
うっそでーす! そんなもんある筈ねーよ! 中身は全く変わって御座いませぬ…
「…そ、それぐらい普通―じゃん… ちょっとましになったからって調子こくな!」
昌の様子を見て思った… こいつ結構動揺している… これはいける!
なんで昌がこうなっているのかなんてどーでもいい。昌に付け込むのは今しかない!
「昌も納得してくれたみたいだから、さっそく勉強頑張って貰おうか?」
反論されたらどーしよ?…と思いながら偉そうに言ってみたら昌は「フンッ」と鼻を鳴らしただけで素直に教科書を広げ始めた。マジでよかった… これだけの時間と金の苦労が報われて。
昌、思い知ったか? モブでボッチの男の意地を… やればできるんだ!(と思っています、はい)
俺はお前に意地を見せるためこの2日間… どんなけ辛い思いをしたのか知ってるか?
大学や街の中、電車で若い女が俺を刺すような目で見てくる…
なんで急にあんな目で見てくるの? 俺がなんかした? あんな怖い目で見られるのやだ…
やっぱモブでいい。 ううん…モブがいい。
俺のイメチェンの効果?があってか昌は素直に勉強をしている。こちらが出す例題にも真剣に考えて取り組んでくれる。
ただ、その顔は全く納得はしていない。どちらかと言うと悔しさを滲ませていた。
そんな悔しそうな昌の顔を見ると流石の俺も少し大人げなかったかと思い…
『ざまぁ~!!!』 と言ってやりたい気分でいっぱいになった。
あははは… あの悔しそうな顔… どうなの? なんか言いたいことあるの?
取り敢えず今日は俺が勝てそうだ。 昌に打ち勝ってこの家庭教師の仕事を死守するぞ!