休み時間
諏訪が校舎の反対側から長い道のりを掛けて私の机の前までやって来た。
あいつは六組なので凹の字の右側の先端に教室がある。私は一組なので凹の字の左側の先端に教室があるわけだが、あいつは短い休み時間の三分の一ほどの時間を費やし、私にとってあいつが朗報だと思えるものをもたらしに来たのだ。教室に入って来た時から早く私にその朗報をもたらしくてウズウズしているのが分かる、立ち話をする生徒の一団をもどかしそうに迂回しながら窓際の私の席までようやくやって来たのだ。
『新しい替え歌が出来たんだな……』
私は言わずもがなさっそく察知した。諏訪はその前の授業中にきっと頭をフル回転して考えていたんだろう。教科書を手に持ち先生の話を熱心に聞く体を保つことで、周囲を欺きながら、宙空を見据える内部的な瞳。その内部に向かう瞳は様々に取捨選択しながら一つ一つのピースをしかるべき場所に嵌め込むという作業を人知れず行っていたのだ。
「出来たで……」
「聞かして……」
あいつは周囲を見回し憚りながら口をすぼめ息を漏らした。その息と同時に吐き出されるメロディーライン。辛うじて聞き取れる改変された言葉。作詞家の思いにそぐわない卑猥な言葉たち。あいつの的確な言葉は作曲家が苦しみながらようやく生み出したメロディーに新たな別の生を付与している。われわれは顔と顔がくっつきそうな距離でこの秘密めかしたひとときを楽しんだ。
そして、諏訪は校舎の反対側へと再び長い道のりを掛けて自らの教室に戻っていくのであった。窓から中庭を挟んだ丁度対面の教室の様子を窺うと、チャイムの音と同時にあいつは着席し、わざとらしく教科書を取り上げる。その教科書を両手で持った姿勢で固まってしまった。微動もしない。ここからは彼の視線は窺えないが、その瞳はきっと深く内部に沈み込んでいることだろう。