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英雄達の交友譚  作者: 笹矢ヒロ
第一章 春
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社交界2

その日の午前、アリナは部屋でゆったりと体を動かしていた。パーティーは戦場だ。戦場に出る前に準備運動も何もしないのはやはり気分として落ち着かない。まあ今日のパーティーは夕方からだから、今はまだ普段着でもいいのはだいぶ気が楽だが。

少し時間に余裕があるので、ウェルセルムの実家から上がってきた手紙を眺めつつなるべく急いで返事を送るやはり手紙が届くまでの時間を考えると、私が状況を把握する頃には状況が変わっていることもあるし。やはり自分で常に情報に敏感でいなければ。

「アリナ様。そろそろお迎えが」テノンの声で馬車の音に気がついた。やはり考えごとをしていると時が経つのは早い。

遅れる訳にはいかないので、化粧の確認だけするとヒールの高い靴を履いて出かける。今日は夜のパーティーなので、公式行事程ではないがそれに近い感じのドレス。今日のドレスはレコンに触発されたといっては癪に触るが、薔薇のような赤色のもので形はエルンセルで流行のデザインだ。

髪をアップに纏め、アクセサリーもそれに合わせたものに。それ以外はシンプルなデザインにした。

あまり派手にしない方が自分の雰囲気に似合っているだろう。

「・・・よし」鏡で念を押す様にのぞきこむと馬車に乗り込んだ。そのまま馬車に乗って、侯爵家に向かう。

ホストへの挨拶を終えた後、私は会場を見回わした。ウェルセルムとはだいぶ違う・・・それが最初の印象。

もっとも多いのはやはり貴族だが、貴族の中でも何らかの功績をたてて取り上げられた方々。その他にも平民でもその技術や芸術の才能に期待を寄せられている人々もいる。後はその付き添いの人々か。ウェルセルムには貴族の、それも同じくらいの爵位の人々で集まるのが一般的だが、自分が驚くのも仕方ないことだろう。ペルセやセナンといった見知った顔もそこにいる。

もしかしたらいるかも知れないと思っていたがやはりというか自分がこの場所に来たことに驚いているようだ。ともかくソルディン家の人間があまりいつまでも一人の人間相手に驚いているとお互いによくないかもしれない。助けに行くか。


そうして先ほどの一幕に戻る。

「さっきはどうも」壁の方に近づきながらペルセはアリナと歩いていた。セナンがちょうどよくアリナの分の飲み物をとってやってくる

「ありがとう」そう言ってグラスを受け取ると三人そろって壁の花になりながらきらきらとした空間を眺めていた。

「舞踏会じゃないものね、少し踊るって訳にもいかないな」最低限姿勢を正したペルセがつまらなそうにつぶやいた。

「あら、ペルセ。あなた踊れるの」意外そうにアリナがペルセの方をみた。

「これでも、いいところの貴族なんでな。一通り」その様子をセナンが面白そうに見ていた。確かにペルセは踊れるがお世辞にも上手いとは言いがたいし、そもそもそんな好きではない。アリナの言葉もそんな意味だったんだろう。それでも大人達としゃべっているよりは好きというところか。そんなペルセをみて楽しむのがセナンのいつもであった。

「少しいいですかペルセ様・セナン様」

「あ、サルブリド伯爵、挨拶もせず失礼いたしました。」サルブリド伯爵がここにいるということは、アンジー伯が帰る前に何か話しでもするということか。サルブリド伯爵とアンジー伯との仲まではよく知らないが。

けれどもサルブリド伯爵は元々宮中にて政治をする宮廷貴族。地方に領地を与えられているアンジー伯爵とは特に話すようなことはないと思うのだが。

「そちらのお嬢様をご紹介頂いてもよろしいでしょうか」やはりそう来たか。普通に考えてアリナの存在は十分に目立つ。

アリナはスッと一步前にでて美しい所作で礼をする。

「初めてお目にかかります。サルブリド伯爵。アリナ・クレイシアです。ペルセ君やセナン君とは同級生になります。顔から分かると思いますがウェルセルム出身です。」

「彼女はウェルセルムの伯爵家の人間なんです。サルブリド伯爵もマルセス学園の卒業生なら分かると思いますが彼女も同じ班なんです。」セナンが補足説明をする。

「なるほど、それにしても珍しいね。ウェルセルムからの女子留学生とは」ぱっと見は穏やかな人物だが、見た目通りとはとても思えない油断のならない目つきをしている。国の政治のなかでも重要な位置にいる彼が初対面の彼女に目を留めるとはまあ当たり前かと思いつつも正直驚いた。

「なにか特別な訳でもありますか。」アリナは黙ったままサルブリド伯爵を見つめている。ウェルセルム人のアリナはともかくペルセ達はその名前を知っていた。

サルブリド伯爵は、この国の人務大臣を務めている。平たく言えばセナンの父とは同僚なので、セナンには面識があった。確か伯爵はその力量を買われて今の地位に抜擢された方。なんせ長年、あの王城内で一癖も二癖もある人々達と渡り合ってきているのだ…とてもその見た目通りだとは思えないというのが父とセナンの共通の見解だ。

「困りましたね、淑女らしくしていなさいと言われたのに。お転婆な正体がばれてしまいますわ」アリナは相変わらずほほえみを浮かべたままだ。アリナも彼の名前くらいは聞いていた。

それにしても国の行政の中でも、重要な位置にいる彼がまさか直接やってくるとは思いもしなかった。


「おやおや、あなたは十分立派な令嬢に見えますよ」サルブリド伯爵は、アリナの言葉にただただ、笑みを深めている。その様子は一見、何も変わっていないように見えるけど明らかに彼女に興味を確実に引かれはじめている。

「ふふ、そうですか。他の人にもそう見えてくれればいいんですけど」

「見えますよ。その服もお国で」

「いいえ。これは、ただ単に王都の衣服店に注文したものです」

「ほう、そういえばその形は確か王都で流行のものでしたな。確か娘も似たようなものを持っていたような気がします。」

「ええ、折角ですからエルンセルでのものでそろえてみたくて。この飾りはウェルセルムのものですけど」そういってアリナはさりげなく髪に手を添えた。

「それは・・・真珠ですね」

「よくご存じで」今日一番の笑顔でアリナは微笑んだ。

「真珠が採れると言うことは海が近いのですよね。海に面しているということは塩の精製、他国との交易で得る外貨…交易に関しても順調そうですな」

流石、サルブリド様だ。各国の動向もしっかり把握されていらっしゃる。

サルブリド伯は今や完全にアリナに興味を引かれているように見えた。

本来なら貴族同士の会話は、二、三言で終わらせるのがルールだ。これだけグイグイと質問してくるのはやはり、おかしい。

ペルセもアリナを注視する。瞳の色も艶やかな黒髪も薔薇のような紅色の絹のドレスの光沢もすべてが輝いているように見えた。

「なるほど、やはり噂通り聡明な方だ。王子も、貴女のことを高く評価されていました。」

「まあ・・・殿下が」

「・・・驚かれないのですね?」ちょっと意外そうな顔でサルブリド伯がアリナを見た。

「驚いてますよ」

そんな二人の駆け引きを見ながらそろそろペルセ達の方が声を上げたくなってきていた。

そんな二人をよそに二人は会話を続ける。

「つい長話になってしまいましたね。失礼を。」

「サルブリド伯の様な方ならいくらでも」

「・・・お前どこで王子のこと聞いたんだ」サルブリド伯が離れた隙を見計らってペルセが腕を引っ張る。

「一国の王子の事だもの、それ位は耳に入るわ。」

ペルセの耳に手を当ててアリナが話す。

「むしろペルセの立場で知らなかったことのほうが驚きだわ。」

それもそうだ。ペルセは言葉が詰まる。アリナも周囲の目を気にしている辺り分かってはいるようだが。

「じゃあまた学園でペルセ、セナン」それからしばらく過ごしてからアリナは退出していった。

ペルセとセナンを取り残して。


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