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英雄達の交友譚  作者: 笹矢ヒロ
第一章 春
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お茶会

第一戦を無事に終えた後、その後ささやかな祝勝会をペルセ達は開いていた。セナンはまだまだだと苦笑いをし、おいしいところをかっさらっていったアリナはさっきの自分の行動について何か言われるのをどこか恐れているようで終始気にしていた。どうやらさっきの行動がよほど気恥ずかしかったらしい。それは貴族の令嬢としては普通の反応だ。でも今回の殊勲者は間違いなく彼女だ。

ほかの貴族の令嬢と違ってどこか溌剌とした彼女にセナンは親しみを抱きはじめていた。一応反省会も兼ねているのだがペルセもセナンもとてもそんなことをする気にはなれず、ゆるく会話をしながらマラフがどこからか持ってきた菓子をつまんでゆっくりと夕食までの時間を過ごしていた。

そんなペルセ達に一人の男子生徒がやってきた。菓子目当てにときどきやってくる生徒達がいたのでこいつもその一人かと思ったが、その割には態度がどこかおかしい。

彼が見ているのは間違いなく菓子ではなくアリナの方だった。アリナの顔をもの珍しそうに見ている。迷惑そうなアリナは口を拭くようにして顔を隠した。確かにウェルセルム人の彼女の顔立ちは珍しいし人目を引くため時々のぞき見るものはいるがここまであからさまなのはさすがにたちが悪い。どんな理由であれ特に知りもしない女性の顔をじろじろと眺めるのは失礼だろう。それに気づいたセナンもそいつを見る。ブロンドの髪の気位の高そうな少年だ。

面倒な実家の肩書きもこういうときは非常に役に立つ。さして強くにらんだわけで訳ではないがペルセとセナンに冷たい目を向けられたそいつは思わずたじろいた。が、すぐにむくれた様にこちらを見返してきた。そのあまりにも子供っぽい態度にペルセは立ち上がった。同じ国の貴族の人間ならこちらの味方に当然なってくれると思ったのかもしれない。だとしたらそれは大きな間違いだ。一気にその場の空気が凍り付く。

「少しいいかな」長身の上級生がペルセとそいつの間に割りこんでくれなかったら喧嘩が始まっていたかもしれない。ペルセが負けることはまず無いだろうが、相手が大けがでもしたら厄介なことになる可能性もあるのだ。セナンはほっとしてその上級生に礼をする。

ほっとしたのはアリナも同じだ。悪くないとは言え、自分が原因で迷惑をかけるのは心苦しい。事をおさめてくれた上級生に立ち上がって頭を下げる。

「いや、さっきの彼じゃないけど僕もアリナ嬢に興味があっただけですから、けれどなかなか機会がなくて。」確かにアリナよりは薄い色だがその顔はウェルセルム人の顔立ちをしている。久々にみる故郷の人間にずいぶん自分が故郷を寂しく思っていたことにアリナは今初めて気付いた。

「どちらの方ですか?」同じ留学をしている、故郷の人間、興味があるのは当然だろう。

「テノンと申します」なるほどね。初対面とはいえ相手の口調はかなり堅苦しくしゃべる先輩にアリナは彼が平民であることを悟った。ウェルセルムのエルンセルよりも厳しい階級社会で育った人間にとっては同じ貴族で年下の少女にですらこんな些細なことでも遠慮してしまうのだ。

「あなたのおかげでこちらも助かりました。どうぞもっと楽にしてください、それでなにか御用事があったのでしょう」こういうときは自分から話を進めなくてはいけない。いかにも和やかな空気を作り出して話しかける。

「はい、茶会への招待状を渡そうと思って。」

「招待状?」そういってアリナに渡された封筒をみんながのぞき込む。ウェルセルム風の紋章が入ったものだ。アリナにはそれだけで招き主まで分かる。

「ぜひ参加させて頂きますとお伝えください。」アリナがそう返事すると役目を終えたテノンは一礼して去って行った。

「それなんの招待状だ?」

「ウェルセルムから来た留学生達の交流会・・・場所はこの学校内ね」


茶会は西の四阿で行われる。学園内でも隅に位置するこの四阿はよく生徒達が集まって話をするのに使われていた。この四阿は四方を高い壁と生け垣に囲まれているがその間は広い芝生が続いている。生け垣でできた門さえ閉まってしまえばここは完全な密室状態となる。壁の外から盗み聞き等は到底できない。密談するにもピッタリの場所だった。

茶会は貴族の間では一般的だが学園内で行われる茶会は初めてだ。手土産などはいらないがやはりそれなりに気を遣う。いつもと変わらない制服姿だが髪もいつもより念入りに整えてリボンも一番上品なものを選んだ。茶会が招かれる四阿の真ん中にはこの季節に本来は咲かない華やかなローゼスの花が飾られている。それが招き主をより引き立てているように見えた。

「お招き頂きまして、ありがとうございます。レコン様」最も上座に座った最上級生に向かって一礼する。

『ようこそ・アリナ嬢』がゆったりとした会釈をする。ウェルセルム語で返された返礼に彼女は目を軽く上げた。

「普段はエルンセル語ばかりで堅苦しいだろう。ここではゆっくりと故郷の言葉で話してくれ」彼は招待状を届けさせたテノンにアリナをエスコートさせて自分のすぐ左隣に腰掛けさせた。テノンはそのまま座らずに紅茶の準備をしている。周りにいる生徒達もウェルセルムの人間だ。そのすべてが貴族で、アリナよりも格上の家の人間も何人かいる。

当然というか、やはり女性はアリナだけだ。

今回の茶会の招き主であるレコンの実家カノルド家はウェルセルムの国内では十指にはいる侯爵家だ。

本来ならいくら伯爵家の人間とはいえここは新参者の一年生の女子生徒が座っても良い場所ではない。

やはりそういうことかと彼女は招待状には書かれていなかったここに呼ばれた真意をほぼ確信していた。さすが侯爵家が主催しただけあって茶菓子も茶も高級なものばかりだ。一人一人にテノンが丁寧に注いで回っている。こんなところでも家格の違いはでるらしい。そのすべてに花の香りがしている。確かにローゼスの季節かもしれないが、ここまでやると行き過ぎな気もする。本当にレコン様はローゼスがお好きなんだなあと、どこか現実逃避的に考えていた。

その当人はゆったりとカップを回しながらつぶやいた。

「うん、良い香りだ。花茶の中では摘み立てのローゼスの蕾に勝るものはやはり無いな。ウェルセルムからわざわざ取り寄せただけのことはある。」

花の蕾や花びらから作った茶を飲むのはウェルセルムだけの風習だ。他の国ではあまり飲まない。茶菓子の焼き菓子も砂糖をとびきりきかせた贅沢品だ。いくら彼が侯爵家の人間とはいえ学園内で留学生がこれほどの物を用意できたことに驚きを隠せない。

茶菓子といい、この場の人間が全員そろいもそろってウェルセルムの人間であることといい、この四阿だけ見ればここがエルンセルの学園内であるとはとてもおもえないだろう。当然会話もウェルセルム語だ。確かに気安いが、エルンセルの人々からみたら面白くないかもしれない。

そんな彼らのの話題は、もっぱら自分たちの班のチームについてだった。そして大抵は自分たちの班の仲間に対しての不平不満である。自分たちの各班の仲間を批評しながら悪口をまくし立てている。アリナはというと、もしこんな所を誰かに聞かれていたらと思うと気が気で落ち着かない。

「そういえば、アリナ様は最近ソルディン家の嫡男とずいぶん親しげでいらっしゃいますよね」一人が笑いながらアリナに話しかける。

「そうそう、ククルシオ家の嫡男とも親しいご様子で」デッロ子爵家のダロスもその言葉に続く。その言葉に周囲の目が一斉にこちらに向かった。

「そうですね。同じ班になったご縁で、よくしていただいております。まだ出会ってから間もないのでそこまで深い仲とは言い切れないのですが。」当たり障りのない言葉で返事をする。

実際知り合って間もないのは事実だ。

「あら、そうなのですか。こちらもいろいろとお話を聞かせていただかったのだが」それほど残念な様子でもないようすでダロスが質問をやめる。これもまちがいなく本音だろう。だが、彼の本題は別だろう。

「とりあえず、あなたはそのまま仲良くしていてください。いずれ彼らはこの国に深く関わってくる人材だ。私たちの助けになることはまちがいない。」アリナの目の前、ハルハノの右隣に座っているパズマがふっと笑って

「先日の模擬戦は素晴らしかった。あれ以来ぐっとペルセ殿やセナン殿もあなたに興味をいだかれたようだ。騎士の家系でしょうか、お淑やかな令嬢よりも活動的な方に惹かれるのでしょう。」

いちいち嫌みがかった言い方をする。やはり先日の模擬戦での様子は見られていたようだ。

あれは彼らからすると模範となるべきウェルセルムの貴族の娘の行動には見えなかったようだ。まあいい、今やるべきはウェルセルムの貴族のご機嫌取りではない。

「ソルディン家の方々はそれで良いとしても他の方々はそうはいきませんね、やはりどこかエルンセルの貴族の社交界に参加すべきだと思うのですけれど。」

「まあ、そうでしょうね」

「それではそれは貴方たちにお願いします。ごちそうさまでした」そういって表情を出さないようにして慎ましやかな笑顔を浮かべて受け取ると席を立ち上がった。

今まで媚びを売られた事しか無かった輩にはまさか招いておきながら媚びの一つも売ろうとしない令嬢がいるとはさぞ驚きだっただろう。アリナの媚びは少なくとも彼ら達に売る物ではない。

立ち去ろうとするアリナをテノンが追ってきた。

「アリナ様。これをハルハノ様からあなたへと」それは一枚の白い封筒だった。

「これは私からのささやかな贈り物です。期待しています」そう金の文字がメッセージカードにはエルンセルの文字で書かれてあった。今度は全く別の家の紋様が入っていた。少なくともウェルセルムの貴族のものではないことは確かだ。これは多分エルンセルの貴族の夜会への招待状だ。

「これ、あなたはどう思う?」

「私の・・・考えですか?」テノンは不思議そうな顔でアリナを見た。

「ええ、あなたのよ。彼らの相手を四六時中しているあなたなら考えが読めるでしょう。あなたの価値がわかる人はわかるでしょう。存在感をあたえるにはいい機会じゃない。」

「特には。ここに集まる貴族達は比較的ウェルセルム貴族にも好意的だと聞いていますが」

「よく知っているわね。」アリナは素直に感心した。おそらく、これは彼らエルンセル貴族がハルハノ達の実家、ウェルセルム貴族にとって貸しを作るための材料だったのだ。それにしても既に用意してあるとは見直した。もっとも、もったいぶっている内にアリナに利用されてしまうとは、ハルハノの手腕はまだまだだが。

「あなたのそういう能力。私はとても希有だと思うけども」

「恐れ入ります」そういってすっかり召使いの顔に戻ったテノンは一礼して下がっていった。



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