模擬戦2
集団演習の初戦の日時は抽選の結果によりペルセたち一班対四班の試合は第三試合。休日の最後に行われることになった。第二演習場は通称「丘」と呼ばれる演習場だ。その名の通り起伏のある地形が特徴となっている。雨が降っていなく、地面がぬかるんでいないのは幸いだが日差しはすこしきつく、丘の上が逆光となってよく見えない。ペルセとしてはもっと日差しのきつくない曇り空のほうがコンディションとしてよかったのだがそこは仕方がない。
控えの天幕の中でペルセたちは呼ばれるのを待っていた。
「みんな、準備はいいね」その言葉にペルセが気負いなく、マラフとスピナスはやや緊張気味にうなずいた。意外だったのはアリナだった。
その顔には緊張の色は見られない。落ち着き払ったその姿は静謐という言葉がピッタリと合い、その姿につられてペルセの他の仲間達も落ち着きを取り戻していく。
「なあ、アリナの実家って実は武門の家柄かなんかか?」彼女と出会ってまだほんの少しなので詳しく知らないが武芸を習っていたのならそういったこともあるかもしれない。
「う~ん、そうねえ、親戚の中には騎士になる人もいたけども、私の家柄はだいたいは文系のはずだよ」そこでアリナは一度言葉をくぎった。
「貴族でも殿方でならともかく女性はまず鍛えられないにきまっているじゃない。
試合にしてもせいぜい試合を何度か見に行ったことがあるくらいだわ。」
「そうか、ずいぶんと落ち着いているものだから」
「ソルディン家の嫡男に言われるとは光栄ね。」少し皮肉がかったアリナの物言いにペルセはちょっと反省した。そこまで深い意味はなかったのだが、どうやら彼女の癇に障ったらしい。確かに日々鍛えているペルセにたくましいと言われてはいやみにしか聞こえないかもしれない。
「ちょっとペルセ、試合前に問題起こさないでよ。女性を怒らせるなんて貴公子失格だよ。」セナンが笑いながら呆れたようにペルセを見る。たとえペルセがいくら貴公子らしくない性格だとしてもペルセの実家は名門中の名門の貴族だ。
「ああ、悪かったな。」あわてて謝るアリナに謝る。
「別にいいわ。その分ペルセ君には活躍してもらいましょう。」そういうアリナの顔はさすが伯爵家の令嬢というべきか淑女然とした上品な笑みを浮かべる。「解決したところでそろそろいくよ。」セナンの言葉にペルセたちは天幕を出た。
試合開始の合図とともに全員一斉に走り出す。丘を挟んでいるので相手の姿はよく見えないが目的は中央にある丘の頂上の旗なのは確かだろう。ペルセ達も最終的な目的はそうなのだが、ある程度昇ったところでペルセはマラフと別れ横にそれた。第二演習場は丘と言っても単純にひとつの山になっているだけではない。真ん中の丘の他に幾つかの丘陵ができている。その稜線沿いペルセは相手に駆け寄っていた。もちろん相手から姿を隠しながらだ。最後の丘を登り始めたところでペルセは勢い任せに相手に剣を構えて駆け下りていった。
起伏のある丘は走っても時間がかかるし体力も消耗する。それはこちらも同じだが、山を登っていこうとする相手と勢いを付けて駆け下りるのでは速さと負担が違う。それを利用してセナンは今回の作戦を立てた。
セナンの考えた作戦はこういったものだった。ペルセにはまずマラフと共に一気に丘の上まで駆け上がってもらう。しかし丘の上では積極的に旗を取りに行かせない。途中でマラフと分かれた後、ペルセには突撃してくるであろう敵を激戦が予想される最後の丘付近で相手の足をとどめておいてもらう。これはペルセの実力がこの中で最も高くおそらく相手に一番意識されていることを考慮した結果だ。そのペルセがいきなり死角から奇襲を仕掛けられたら確実に意識はそちらに回る。更に丘を下ってくる相手と登ってくる相手では下ってくる方が圧倒的に有利だ。ペルセはその有利を存分に生かして最初に当たった相手をあっさり昏倒させると二人目の相手に取り組む。目標は足止めだがペルセは相手を完全に圧倒していた。更にペルセは勢いに任せて足を滑らせないよう鍛えてもいる。決着が付くのにそう長くはかからなかった。そうやってペルセが相手の意識を向けさせている間に丘の頂上付近では遅れて走ってきていたセナン・アリナ・スピナスはマラフと合流していた。マラフはこの日のためにいかに早く丘にたどり着ける時間をよりちぢめるために健気にも毎日のように丘を全力で駆け登らされていた。
ペルセとセナンの武器は剣、それと盾を構えた一般的なスタイル。ペルセに関しては一番扱い慣れているのをそのままつかわせたのだがセナンにはそれ以外の理由があった。ペルセを無視して、と言うより味方二人に任せてやってきた敵をアリナとスピナスと共に迎撃するためだった。丘に登ってきている三人は横になり三方向から旗を狙うつもりのようだ。が、どうしてもばらつきが出てきている。最初に飛び出てきた男子一人の初撃をセナンは受け止めた。このまま一対一でもいけそうだが確実をきすためにもう一つの作戦を考えたのだ。相手の初撃を受け止めたその直後スピナスが槍を突き出して相手を下がらせる。これなら槍の動きはただまっすぐに突くだけなので複雑な槍さばきはいらない。相手の牽制には充分になる。この日のために繰り返し練習してきたのでアリナはもちろんスピナスも問題なく動けている。隙をついて横から襲おうとした別の敵の攻撃を盾で防ぎながらセナンは周りをみていた。たとえ二人掛かりで来られてもそのときは三人で対応すれば良い。
ペルセは二人を倒してリタイアにした後すぐに丘に登っていた。三人の内一人はどうにかなりそうだが残りの二人が旗に行かれるのはまずい。
「ペルセ君、後ろ!」スピナスの声と共に鈍い音がした。ペルセが後ろを振り向くとセナンが相対していた相手が仲間の援護をしようとペルセを妨害したのだ。幸い突かれたのは足で模擬戦では無効だが止められたのは確かだ。その隙に残りの二人に旗を取りに走られた。セナンとスピナスが追って一人は止めたがペルセは妨害してきた相手を倒すのに時間を取られ出遅れた。慌てて残りの一人を追いかける。マラフの方が旗に近いが、そいつはいきなり剣を投げ飛ばしてきた。その予想外の攻撃に一瞬唖然とする。彼の狙いは効をそうし、旗への距離を一気に縮めた。
一瞬セナンすらそのまま旗を取られると思った。だが次の瞬間小柄な影がその間に割り込んでそれを阻止したのだった。影になっているのでよく見えないが、棒で突かれたと同時に相手が崩れ落ちたようにみえた。皮肉にも先ほどの攻撃で剣を手放したそいつはあっさりと倒されマラフは無事旗を取った。
それがアリナの攻撃であることにペルセは数秒遅れて気付いた。そのくらいペルセからしても洗練された綺麗な突きだったのだ。
「ありがとう。助かった」
「どういたしまして」アリナの顔は相も変わらず淑女然としている。
こうしてペルセ達の波乱に満ちた第一試合は予想外の結末で終わりを向かえたのだった。




