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英雄達の交友譚  作者: 笹矢ヒロ
第一章 春
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模擬戦

春も中頃のある日、ペルセが何時ものように教室に降りると、教室内がいつも以上に緊張と興奮にざわめいていた。

「おい、マラフ。何事だ?」ペルセはコッソリとマラフに近づいた。

「ああ、ペルセ、今日からチーム分けが発表されるんだよ。」

「ああ、なるほど」チーム分けとは生徒達が五人一組によって分けられる班のことである。分けられたチームで課題や武術を教えあい、お互いに補い合って高め合うことを目的としている。そしてその班の最も大きな役割は春の終わり頃から始まる模擬戦だ。春頃から徐々に本格化してきている実技はまさにこのためだと言ってもいいだろう。

そしてここでできたチームがそのまま親友になることも珍しくはない。ペルセとセナンの両親もその一例だ。そのチーム分けが今朝の朝食後、大広間に発表された。

マラフに素早く確認してもらったペルセ達は今現在、大広間の一角にそのチーム五人で集まっていた。ペルセにとって問題なのは男女混合だったことだ。同じチームにセナンがいたのは幸運だったが、てっきり男女別なものだと思っていた。他に男子だとマラフ。女子はスピナスとあのアリナだった。女子が他よりも一人多いのはペルセという実技一位の有力者がいるためであろう。相変わらずアリナは美しさを周囲に漂わせている。そんな彼女に気軽に話しかけることは出来なくて、なんとなくタイミングを逃したまま模擬戦の一カ月後の初戦に備えてペルセ達一班は寮の前の談話室に集まってきていた。

やはり第一の問題は女子生徒をどう配置するかである。

「やっぱ、女子たちの方が実技の時間は少ないよな。」女子が実技の実力で劣っているのならその分の練習時間を増やさなくてはならない。せめて基礎の動きだけでももう少ししっかりしてもらいたいのが偽らない本音だった。それに男子も連携して動けなければならないし、必要なら補って動く必要がある。

学園では男子と女子では授業が微妙に違う。女子は減らされた実技の分、女性に必要とされる教養の授業が入っている。

「まあね。音楽や裁縫の分少なくなるから。その分はどうにかしないと」ねえ、そういって課題の刺繍をこなしながらスピナスはアリナに同意を求めた。男子は高学年からの選択科目にならないと音楽の授業はないし、裁縫の授業はそもそもなかった。

「そうね、私達は武術がそのまま役に立つことは少ないのだけれど、だからといって何もしなくてもいいということはないから」そういってアリナは早くも刺繍を終わらせて文法の宿題に取り掛かっていた。刺繍に関して言えば彼女はとても器用だ。それに彼女はウェルセルム人でありエルンセル語を母国語としていない。しかし問題なくエルンセル語を話せており、当然エルンセル語で行われるこの学校の入学試験での筆記でも上位に入っている。エルンセル語を後天的に学習したせいか特に文法についてはかなり得意としておりマラフの宿題を見てやれるくらいの実力がある。そのことが彼女のお嬢様的要素を高めていた。

「とにかく一度見せてくれよ。ふたりともどのくらいできるのか知りたいし」

「わたしはぜんぜん」スピナスが花柄の刺繍が入ったハンカチを放り投げるようにしていった。まあ予想していたことなのでペルセは何も言わなかった。

「でも実技に関してはアリナさんけっこう余裕そうだね。私へとへとだよ」

へえ、意外な顔をしてペルセ達はアリナの方を見た。

視線を向けられたアリナは不意を突かれてマラフの宿題から目を上げた。

「そうなの?」セナンが代表として質問した。

「そこまでのものでもないわ」アリナは淡々とした口調で言った。

「そう?私なんか二、三回振っただけでもう息が上がっちゃって。アリナちゃんにはそんなことなかったよ」

「へえ?」セナンがアリナの方をじっと見る。

「気のせいよ。それより実力を見るなら早く練習場予約しちゃいましょう。さっさとしないと埋まっちゃうから。」


夕暮れの薄明りの中ペルセ達は校舎を出て演習場に向かった。練習場は森の木々に囲まれていて遠くの方は既に橙色に輝いていた。

「さすがにこの時間ならだれもいないな」夜間外出禁止のこの学校で夕飯前ギリギリのこの時間に予約を取るところはさすがに他にいなかったようだ。

「ソルディン家とククルシオ家と張り合う生徒はそうそういないんじゃない?」とマラフが取るときに言っていが、ペルセからするとそんなことでいちいち家の権力を使いたくない。

これで気兼ねなく周りの目を気にしないで練習に励むことができる。練習場には砂利が敷かれており、ペルセはセナンと共に藁人形を一定の間隔をあけて立てていた。その他の実技で使う道具はマラフたちに借りてきてもらうよう頼んである。

「さっき実技のトランバルド先生から手紙を受け取ってきたよ。今回の模擬戦の場所は第二演習場だって。」マラフが道具が入った木箱を置きながらいった。

模擬戦とは二週間後からはじまる班対抗のリーグ戦のことだ。実技では個人技の他に集団での演習も行われる。

当たり前だが実際の戦場は敵味方入り乱れて戦うわけだし隊長や将軍ともなれば戦術を練って味方を指揮して戦うことになるのだ。

この班はただ単に勉強や武術を教えあうだけのグループでなく、一緒に模擬戦闘を行う際のチームメイトなのでもある。模擬戦闘の結果は成績に直接関わってくるので、班の代表になったペルセを初め、全員が今から集まって作戦を立て、とりあえず一度模擬戦に向けて練習してみようという結果になったのだ。

もっともセナンは今回の模擬戦のことについては実のところあまり心配していない。

今回の試合はセンター・フラッグ形式であり、中央に掲げられた旗を先に奪取するか相手を殲滅したほうが勝ちだ。この場合ディフェンスに力を割かなくていいので必然的にすべての人数がオフェンスとなる。ペルセに敵う生徒は客観的に見て同学年には見当たらないし、セナンも得意というわけではないが貴族のとしてある程度稽古を付けられているし、ここ最近の実技の練習でだいぶ様にはなってきているのでまあ一人くらいならなんとかなるだろう。支障があるとすれば残りの三人だ。

マラフは初心者で武器の扱いがなっていない。まあ、その代わり体力と反射神経はそれなりにいいが。攻撃ならともかく防ぐだけならなんとかなりそうだ。これなら下手に剣を習っている貴族よりよほど役に立つだろう。スピナスは予想通り戦闘向きじゃない。まあ一般的な女子生徒なら当然だ。

唯一例外だったのはアリナだ。思ったより剣筋がしっかりしている。それなりに修練を積んでいる動きだ。

「やっぱりなんかやっていたの?」

「少しだけ、行儀見習い程度のことだけど。これでも一応伯爵家の娘だから」たしかに貴族の嗜みとして剣は珍しいことじゃない。

まあでも、これはうれしい誤算だ。彼女も自分一人の身くらいならなんとかなりそうだ。これなら後はペルセに暴れてもらえばどうにかなるだろう。この事をペルセに言えば突っ込まれそうだが、それはペルセの実力を信頼しているからなのである。

「後は武器だな」

「僕とペルセは普通に剣でいいよね、接近戦が多くなるだろうし」

「ああ、あとは残りの三人の武器をどうするかだが・・・槍の方がリーチをとれるけど使いこなすのが難しいからな。」

「まともに使おうとするならね。まともに使えなくても戦い方はあるさ。」

「頼りにしてるぜ、セナン。なら実際に試してみようか。それでいろいろとわかるだろう」そういって基本方針が決まったところで、ペルセは剣を取った。後は動きながらの方がいいだろう。


一通りの稽古が終わった帰り道、アリナは寮の自室に向かって歩いているところだった。寮はこの学校の一番西側に建てられている。手前側が男子寮で奥が女子寮だ。

女子寮に向かっての道を先ほど知り合ったスピナスと歩きながら彼女は会話を続けていた。彼女の父は役人でもそれほど身分は高くないらしく身分で言ったらアリナに到底及ばない。しかし伯爵家の令嬢、留学生と何かと耳目を集めやすいアリナにも気さくに話しかけてくれるありがたい人物であった。彼女には兄弟が多数いて、跡取りの長兄とすでに嫁いだ姉の他に、下にはまだ弟と妹がいるらしい。アリナには跡取りとなる兄しかいない。もっとも父に貴族の習いとして妾の一人や二人いてもおかしくないので知らないだけで兄弟が他にいてもおかしくはないが、今のところそう言った話は耳に入ってこない。

まあいたとしてもアリナの兄が存命である以上、地位も財産も相続権を持つことはないので正妻であるアリナたちの母が放っておいているのかもしれないのだが。

賑やかそうな彼女の家を多少うらやましく思ったが彼女からすればそうでもないらしい。

「だまって家で花嫁修行していてもさ、親に任せていたらいい嫁ぎ先は期待できないかもしれないじゃん。だったらさ、いっそのこと女官にでもなって自力で見つけてやろうと思って。」なんなら在学中に将来の旦那を捕まえてやる。そう冗談めかして話した彼女につられて思わず笑みが浮かんだ。

この国だけに関わらず、女性がつける職種は限られている。それでもその彼女のたくましさは見習いたいところだ。

「ところでアリナはなんでこの学校にきたの?」

「・・・そうだね、この学校で学ぶほうが家で家庭教師に習うよりも面白い気がしたからかな」

結局、言葉に出して言えるのはそのくらいだった。こういうとき自分自身には明確な理由も意志もないことがなんだか情けなくなってくる。実際のところ彼女にたいした理由なんて無い。

「いいんじゃない、それだけで留学してくるなんて大したもんだよ。やりたいことなら見つければいいじゃん」そして伯爵家なら縁談には大して困らなそうだしね、と笑いながら続けられた。

事実女兄弟もいないアリナの実家にはすでにアリナ宛の縁談の話はいくつか舞い込んでいるので苦笑いで肯定することしかできなかった。



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