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英雄達の交友譚  作者: 笹矢ヒロ
第一章 春
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授業

そのセナンの言葉の通り、授業が始まってからもペルセは一日中好奇の視線と戦う羽目になった。

教室が分けられたのでその分だけ昨日より人が減ったが、それでも廊下ですれ違うたびにささやき声が聞こえてくる。

「いい迷惑だよな。」そういいつつあしらっていく姿はさすがだとセナンは思う。セナンもその出自からいろいろと目立つ立場だがペルセのそれは群を抜いている。その様な中で文句をこぼしつつもペルセは日々の授業をこなしていた。


マルセス国立学園に通う生徒たちの多くの目的は官吏を目指すことだが具体的な目標は大きく二つに分かれている。

一つは書記官や事務官として文官を目指す生徒。もう一つは騎士などの武官を目指す生徒。ここからさらに細かく分けることもできるのだが、それはさておき、入学した生徒たちは一年の時点で漠然と進路が決まっている生徒も多い。しかし一年生のうちはたとえ文官を進路に志望している生徒でも武器の取り扱いや体術の指導、模擬戦闘をこなすのである。専門的な分野を学ぶのは高学年になってからで文武両道をモットーとしているこの学校では基礎段階は総合的に取り組むのである。


つまりは学ぶことが多すぎて、たとえ貴族であっても気を抜いてはいられないということだ。ほとんどの生徒が授業についていくのに精いっぱいなのである。国内の生徒でこんな感じなのだから、授業で使う言葉からして違う生徒はさらに大変だった。


その中の一人、アリナ・クレイシアがこの学校に入学するにあたって真っ先にしたことはエルンセル語を完璧にすることである。夜中まで勉強に励み発音から何までエルンセル人と同じように変わらないようにするようにすることだった。今では何とか不自然ではないくらいに会話ができるようになっている。声だけならエルンセル人かと間違えるだろう。

これは彼女の純粋な努力の結果だが、彼女の実家が伯爵家だということを考えるとそのくらい当然と言えば当然の結果である。


この学校に通う貴族の生徒の中には早くから家庭教師をつけているものも多い。ペルセやセナンがまさにその例といえるだろう。将来の事を考えると勉学を始めるのは早ければ早い程いいのだから。その中にはもちろん語学も含まれている。事実外交官には他国との交渉に備えて二、三カ国語話せる人間もいる。とはいえ、これはあくまで男子に限った話である。女子は他国に嫁がない限りそこまで語学に励まないし高度な教育も受けることはない。最近は貴族の女性がこのような名門と呼ばれる学校に入ることが増えてきたがそれは一種の箔付けの様なものであって、職業を手に付けるためということはない。・・・将来の貴族同士の付き合いの事を考えてという面もあるのだろうが。平民出身の女子生徒のように将来の事を考えてという訳ではない。


そういった事情がある中で女性の割合はこの学校でも全体の二割もいない。他国でもアリナのように高度な教育を受ける女性は貴族でもめったにいない話だったし、由緒正しき伯爵家の令嬢がわざわざ留学してまでこの学校に来るなんてある意味目立って当然の話だったのである。


そこまでしてアリナが入学したのはそれなりの理由があるのだが、それをまだ人に告げようとは思っていなかった。もちろんアリナ自身も自分の異質さを十分に理解してはいたがそのことについてどうこう思い悩むことはしなかった。


この様に様々な立場の人間が様々な理由でこの学園に入学したのである。


座学は文法や歴史、古代文字など高級官僚に必要な教養を一通り習わなければならない。

入学前からペルセは習っていたとはいえ、もともと数学は個人的に苦手としていたし、修辞学、論理学、政治、経済はまだまだ未知の分野だった。その上授業でペルセの名前が呼ばれるたびに視線が集まるのだ。ただでさえ授業中に実力を推し量られているかのような教師の態度は気分のよいものではなかったし、生徒もそうなのだから機嫌の悪さに拍車をかけた。

夕食後そのことをセナンとマラフに愚痴ると、あきらめろといった感じで慰められた。

一週間が過ぎてようやく実技が始まるといったときには思わず歓声をあげてしまった。それをセナンに笑われたのも気にしなかった。それほどストレスがたまっていたのである。

その日の午後、初めての実技を受けるためにペルセとセナンは芝生をよぎって演習場に訪れていた。

「今日から実技か。初めは剣技からだっけ。いいよね、ペルセは楽勝でしょう」

「楽勝って程でもないけどな。ありがたいことに一通りはやらせてもらっているよ」

認めたくはないが父と祖父、その他、武闘派の使用人のおかげで幼い頃から鍛えられてきたペルセの剣の腕前は一人前の大人の騎士も手こずる位の実力があると自負しているし、そうお墨付きも貰っている。

一方のセナンは貴族の嗜み程度にしか剣を習ったことがない。

入試の際に要求されたのはおもに基礎体力の面だったし、それもこの班を決める参考位でしていなかったため好成績で入れたが、授業ではそうはいかない。

実技においてはずば抜けているペルセが新入生の総代に選ばれたのは家柄も大いにあるだろうがそのことも影響しているだろう。それでも実際に剣を持つと素人と経験がある人間との差は歴然だった。

ペルセ達のような一部のものを除いては真剣どころか木剣さえ握ったことのないものも多く、その握りかたから直されていた。

実技は男子と女子で分かれて実施される。反対側の演習場に女子生徒たちが固まっているのを見ながらセナンは木剣を手に取った。木剣は実戦を想定してあえて堅く、重たい木材で作られている。

木製で患部には当て革を巻いているため死にはしないが打撲や骨折くらいは普通にある。これをまっすぐ振り下ろすだけでもかなり力がいる作業だった。

よく「素振りで打ち方が決まる」だなんていうがまさにその通りでそれから1時間ほどみっちり振るった後まともにたっていられたのはペルセ含めほんのわずかでセナン含め貴族の生徒でもまだ春も肌寒いのに汗だくになっている。

無駄な動きをなくすことが出来れば、思うように剣を操ることが出来るようになる。そのことを骨身にしみて教え込まされてきたペルセの動きは理想に限りなく近いものだった。

先生はペルセの動きがどんなに素晴らしいかをみんなに見せた後、それまでの厳つい顔から一転満面の笑顔を向けた。「さすがソルディン家」誰かがそう呟いた。

ペルセの方をみると案の定顔を背けて聞かなかったことにして水を飲みに走った。セナンのそれにつられるようにして水飲み場に走って行った。

水飲み場に溜まりながらふと反対側の練習場を見る。鳥のさえずり、木々のざわめきに混じって女子たちの華やいだ声がきこえてくる。振り返ると案の定、剣を持ったまま興奮しながら騒いでいた。

「まったく、女子はうらやましいぜ。」そういってげんなりとしているペルセの顔をみた。確かにあれではまじめに取り組んでいるかどうかも怪しい。それどころか何人かは剣を振るう気すらないようだ。

「まあ、女子生徒にとっては実技なんて所詮さわりだけのものでしかないだしな。」

試験こそないが、女子にも実技の実習はある。

滅多にないが、女官や侍女としての仕事には主人の護衛なども含まれるし、貴族の女性でも嗜みにと武芸を習う女性もいる。だからこの学年では基礎課程までは男女ともに武芸を習う。しかしそれはあくまで女性しかいない場所での話であり男性がいるときは当然護衛や戦闘は男性の役割である。実際に女性が前線に立ったという話は聞いたことはない。だからまじめにやらないのも理解できる。

「女の子たちのを見ていても僕たちが楽になるわけじゃないよ」セナンがペルセに話しかける。

「・・・それをいったら貴族の嫡男も真剣にやる必要がない気もするんだが?」

「へえ?ペルセがそれを言うんだ」

「それもそうだな」そう言いながらペルセは荒々しくタオルをつかむと演習場に戻っていった。



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