逮捕劇
セナンがアリナを呼び出す少し前の夜、久しぶりにペルセはマラフとセナンと共に談話室に集まっていた。隅っこに身を寄せしゃがみこんだ。小声で話せばおいそれと分からないだろう。それでもどこか熱がこもっているのは仕方がない。なんせこれからやろうとしているのは三度目の集団演習なのだから。
内容はもちろん事件のことだ。前は五人だったのが今は三人。どこか寂しい。事件を解いたセナンはペルセ達にそれを告げた。
「あの、アリナが・・・で、それでどうする」
「そうなんだよな、どうしようか」
「ずいぶん熱心に議論してるのね」その声に三人同時に驚きの声を出した。
「・・・・・いつから聞いていたんだアリナ」
「ほぼ最初から。本当は最初から聞いていたかったんだけど、尾行がついていたから」不自然じゃないように巻くのは大変だったわ。眉をひそめて優雅に座る。なるほど改めてみるとその姿は王太子妃に十分ふさわしい風格があった。
「その尾行とやらは多分お前の取り巻きの一人だろうな」
「そうでしょうね」無表情でアリナは言った。
「ねえ、ところで大切なこと貴方たち忘れていない。そもそも貴方たちの推理は私が王太子妃候補として邪魔な障害を排除するために動いているという前提のもとで成り立っている。でもね、そのきっかけは私自身が言ったってこと」そういえば彼女が王妃の姪で王太子妃だと知ったのは彼女が自らいったからなんでしょ。そもそも彼女が言わなかったら起こらなかったはずだ。正式に王太子妃に決まっていたらここじゃなくてもう王宮にいるはずだし彼女にとってこの事実はまだ伏せておいた方がいいはずだっただろうに。
「なんでわざわざ言ったんだ?」
「なんでだと思う?」
「サルロー公爵家」ペルセのポツリとつぶやいた言葉にセナンは振り向いた。
「この間アリナに聞かれた。サルロー公爵を知っているかって」
「なんて答えたの」セナンが聞いてきた。
「いや、あまりよくは知らないって、なんかお前知っているか」
「いや、僕もあまり。そういう噂話は父上や母上達の方が知っているだろうし。親戚にも学園内にサルロー家の人間がいるわけでもないし」
「今金遣いがかなり荒いって母上が前こぼしていたな」
「あ、それなんか聞いたことがある。なんか大々的に催し物をしているって」
「でもアリナがそういうんだ、なにか大切なことなんだろうなと思って考えてみた。サルロー公爵は確か西部の貴族。それでフラクタル家はサルロー家の寄子関係にある」
「サルロー家とフラクタル家は寄親、寄子。ああ・・・そういえばそうだね」貴族の社会において寄親、寄子は爵位に匹敵する主従関係だ。
「それで俺はサルロー家のこと、親父達に調べてもらった。なんでお前がわざわざそんなこといったのかそれを突き止めるために」ペルセの言葉をセナンは黙って聞いていた。
ペルセは彼女を今でも信じている。貴族によくある相手を見下すような悪癖もない。そこは彼の長所だと思う。同時に欠点や甘さにもなり得るが、少なくとも今回のことに対しては自分の推理にまだ欠けている点があるはずだ。
ペルセとセナンの実家から得られた情報はこの二点。
「西部はかなりの財力をもっている。血筋もいい」
「でもあまり宮廷の中ではそれが役に立たない」宮中のなかで強い勢力を占めているのはそれこそソルディン家とかククルシオ家のような宮廷貴族達だ。
エルンセル国には通年のように領地にこもって治めている領地貴族と、王都やその近辺に住み国政に携わっている宮廷貴族の二種類がいる。
オリオの実家のアンゴレ家も領地貴族だ。そのオリオはペルセに喧嘩を売っていたことからわかるように、領地貴族はもともと宮廷貴族に対して敵対心を持っている。念のためペルセはオリオにあってきた。いやそうな顔をしながらもオリオは頷いた。
「当たり前だろ。領地を持たないお前らがさ、宮中では幅きかせていて、俺たちは領地のことで日々頑張っている。けどお前らはどうだ。毎日の様に社交界やらなんやらを開くだけじゃないか」
ここからペルセは一つの考えに至った。
「それに西部の領地貴族達は不満を持ち始めた。財力もある。血筋だって王家に匹敵する。そんな自分達が日陰者でいることが我慢できない。ましてやウェルセルムの風下になって絶対に立ちたくない。だから宮廷内での権力が欲しくなったんだ」
「人の権力は一度望むと際限が無いから」セナンのその言葉にアリナが深く頷いた。
「そしてその筆頭が西部の大領主。サルロー公爵家だった」どうやって権力を握るか。どんな時代でも一番早く権力を握れる方法は次期国王の外戚になること、そして今宮廷は運よく王太子妃探しの真っ最中だった。ウェルセルムと同時にエルンセルの領地貴族達もまた王太子妃を出そうとやっきになっていたのだ。
「でも、サルロー家には娘はいない。で、寄子のフラクタル家から出すことにしたんだ」これも確認済みだ。
「そういえば、前アリナちゃんが言っていたね、ミリヤ先輩はお人形のようにとても可愛い人だって」マラフの言葉になるほどと頷いた。それだけ可愛ければ王太子妃候補として十分だろう。
「これが二番目の事件でミリヤ先輩が襲われた目的だよな、アリナ」
「ええ、ミリヤ先輩が王太子妃候補だってことは気づいていたから」カトリーン先輩にブローチを見せてもらったときからミリヤ先輩が王太子妃候補だと分かった。あのガラス細工には金がふんだんに使われていた。エルンセルの西部ではガラス細工に使う砂と共に砂金が取れるのだ。金脈を背景にしているならあの連日のように行われているパーティーの資金源は納得できる。でもその目的はなにか。あれが一種のアピール行為だとアリナは結論づけた。
莫大の財力を利用した王宮へのアピール。西部領主を身内に取り入れる事に興味を持たせるための戦略の一つだったなら納得だ。
「でも、それでも分からない。なら最初の事件の目的はなんだ」
「・・・・あれはアピールだったの」
「アピール?」
「そしてウェルセルム側をおとしめるための最初の布石。両方の陣地を狙って、私たちの陣地は無傷。オリオ達の班は仲間にけが人を出させた。そうやって次にエルンセル側の王太子妃候補を狙えば犯人はウェルセルムの人間だと。そうやって周りに思わせるためのね」
「・・・・ってことはこの事件は全部お前の指示じゃないんだな」
「ええ、知っているでしょ。ウェルセルムの貴族は自分で手を汚さない、私なら少なくともこんなところでスピナスをあんな目に遭わせたりしないから」そういうアリナの目はよく知った力強い、輝きだった。
「犯人の目的は分かったでしょ。私も目的が分かったところでその正体も多分分かったわ。捕まえるの、手伝ってちょうだい。」
そうしてアリナと会話を終えたセナンは元来た回廊を歩いていた。その天井に潜んでいた猫のように俊敏な男の黒い外套をかぶった影がセナンの上に飛び乗ってくる。男は勢いそのまま背中からナイフを突き刺そうとして次の瞬間宙を飛んでいた。腰を落とし、男の腕をつかんだセナンがそのまま投げ飛ばしたのだ。
「話には聞いていたけど。俊敏だな。さすが本物のファントム・ナイフと言ったところだ」ペルセが行き先の回廊を塞ぐようにして飛び出してきた。素早く立ち上がった男は焦りつつも中庭に逃げ出した。
その後を追ってペルセが石畳を蹴って中庭に躍り出る。手にはいつもの木製の剣をもっている。
「反対側の回廊に逃げようとしても無駄だぜ。オリオとマラフで道を塞いでいるからな」既に回廊は槍と剣で封鎖済みだ。
四人の男子生徒達に回廊から中庭から出る道をすべて塞がれたにもかかわらず男は迷わなかった。この状況をいち早く突破するためにマラフの方に、一番弱い囲いに素早くむかったのだ。
「まあ、そうだよな。普通ならそうすると思ったよ」セナンが厳しい顔のままいった。自分は今回の事件で犯人を見つけられなかった。目的を見破ったのは結局ペルセだった。正体にいたってはアリナが教えてくれた。せめて捕まえる作戦くらい智のククルシオ家の人間としてやりたい。だから危険な役目は引き受けた。
最初の推理、セナンはわざと間違った推理を披露した。アリナが犯人だと決めつけ、弦を使った仕掛けの話までしたのだ。
事実は違う。最初から犯人はあの茂みに潜んでいた。アリナがあの茂みを離れた後、セナン達の陣地を襲いそれから場所を移動してゾラスを狙った。そして混乱に乗じて抜け出したのだ。
アリナのさっきの賞賛はよくまあもっともらしい推理を考えたという意味だったのだ。
だが、この男はそれを知らない。口封じのつもりなら彼は殺すつもりだとアリナに言われた。
それが出来るくらいにやばい相手だとも。それでもペルセには譲らなかった。はっきりとこのままペルセに負けたくないと思ったのだ。
「次は頼んだよ。アリナ」その言葉を合図にしたかのようにアリナが石畳の舞台に上がった。
「貴女だとは思いたくなかったのだけど」アリナが弓を取ってマラフをかばうように立ちふさがる。その姿に彼はかつてないほど動揺していた。
「取り囲め!」アリナが姿を現したことで周りの男四人で一斉に周りを狭める。ようやく今の状況を思い出したのか男が辺りを見渡す。
「さあどうする?」一瞬迷った男はハッとしてセナンの方にまた向かった。武器をもっていないのは囮だったセナンだけだ。
「やっぱり、君はアリナを狙えないんだね」セナンは身がまえた。作戦は失敗したときの方法まで含めて考える物だ。当然自分が人質に取られた場合も含めて。
「頼む!」そういって、セナンは噴水を飛び降りた。その脇で男が天高く登っていく。
中庭にはあらかじめセナンとマラフで事前に用具部屋と物置から借りて作った網とロープでつくった罠が張ってあったのだ。ペルセ達男四人の力で引っかかった男は木に吊り下がった。
それでも男はまだもがいていた。ナイフは没収されてない。網が切れれば逃げられる恐れもある。
「いい加減にしなよ」そういって矢が男の手に当たった。アリナだった。その言葉に一気に力が抜けたらしく男は大人しくなった。




