謎解き
そのアリナは医務室に訪れていた。
「こんにちは、スピナス。体の調子はどう?」
「アリナちゃん。来てくれたの。」スピナスの声は笑っているが弱々しい。顔も真っ白だ。
「これ、お見舞いに」そういって花束と果物の籠を置く。
「怪我、大丈夫?」心配そうにアリナはスピナスを見た。
「ええ、まあ」嘘だと言うことはすぐ気づいた。もしかしたら怪我が治っても傷は残るかもしれない。
「そう、ごめんね。私がもっと注意していればよかったんだけど」
「そんな、アリナちゃんのせいじゃ絶対無い。周りはみんなアリナちゃんのせいじゃないか言っているけど、私は少なくとも違うって信じているから」それだけは力強くいったスピナスにアリナは涙をこらえて笑った。
「安心して、あなたを襲った犯人は誰であろうと私が絶対に捕まえるから」スピナスの手を両手でしっかりと握りしめ、アリナははっきりと宣言した。
それからしばらく談笑し、保健婦に追い出されるような形でアリナは出て行った。
「ふん、ウェルセルム貴族の割にずいぶんお優しいことで」
「カタリオ様、どうしましたか」カタリオだけではなくオリオもいる。
「スピナス嬢に話を聞こうと思ってな」そういいつつアリナへの嫌悪を隠そうとしない。確かにウェルセルムの貴族達は何かに付け貴族と平民の違いを比べ、見下しているが、エルンセルの貴族達はそういったのに比較的寛容だ。しかし彼のこの態度はウェルセルム人みんなを因循姑息な人間だと思っているようだ。
全ての人間がそうというわけではない。ただ、主流だというだけで。アリナはそういった人を上辺でしか見ない人間が嫌いだった。彼だって見下してはいなくても貴族であることの恩恵を少なからず受けているはずなのに。
「今はやめておいた方がいいかと思います、薬を飲んで寝たところですから」
「事件の話はなにか聞いた?」
「いいえ、なにも」
「そうか」なにがいいたいのだろう、この人は。
「そうか、お前のその様子じゃとりあえず一安心といったところか」
「もしかしてとは思いますけどまだ私のこと疑っていらっしゃる?でしたらあまりいい気はしませんね。」
「まったくその通りですね。アリナ様」
「レコン先輩」いつの間にかレコンが他の二、三名とともにやってきていた。
「まったく心得違いもはなはだしい。我々が犯人かもなどと、アリナ様にいたっては最初の事件で襲われているのに」
「うっ・・・確かにそうだが」
「そもそもなんでそんな考えが出たのかお聞きしたいですね、カタリオ殿」
「カタリオ先輩、アリナとスピナスは同じ班で親しい間柄でした。彼女は少なくともスピナスをあんな風にするとは考えにくい」へえ、アリナは軽く驚いた騎士団活動に熱心なのは聞いていたが団長に反対したりするのか」
「勘違いするなよ」レコンとカタリオが去った後、オリオはアリナに向かって口を開いた。
「お前をかばいたかった訳じゃない。そもそもお前の班のペルセでもない。だいたいペルセのことは今でも嫌いだ」
「そのようですね」
「ウェルセルムにはないから知らないだろうが俺とゾラスの実家は寄親、寄子関係にあってな」
「ああ、そうなんですか。それは、放ってはおけないでしょうね」ウェルセルムにはないがエルンセルには寄親、寄子という地域に分けて格式に分かれた家同士の主従関係がある。寄親は寄子の面倒を見て、寄子は寄親の言うことを聞く。時にはこの関係の間で親戚にもなるのだ。
「寄親としての義務だけじゃない。ゾラスは俺の最初に出来た今での一番の友人だ」怒りで目が燃えている。こういった瞳は嫌いじゃない。
「俺は、ゾラスを傷つけた奴を捕まえたいだけだ。団長達はこの事件を使ってお前らを蹴散らしたいらしいけどな。それは騎士の仕事じゃない」
「あなたは私を信じてくださるのですか」
「お前はきっとこの国でできた最初の友人をあんな事にはしない」
「ありがとう。その通りよ」貴族と平民の間の差は激しい。それをあっさり飛び越えてくれたスピナスはほんとに得がたい女の子である。
「それにしても、なんで私たちが疑われているのかしらね」
「ウェルセルム人だからだろ」
「ああ、そういうこと、今のところ襲われたのは全員エルンセル人ですものね。まったく、自ら手を汚すようなまねをウェルセルム貴族はしないわよ」
「お前が言うならそうなんだろうな」
「そうなのよね・・・」
セナンはもう一度最初に事件が起きた演習場に潜り込んでいた。
「やっぱり、警備が厳しいな」
「しかたないよ。ファントム・ナイフが実際に襲った所なんだもの」そういいながらマラフは葉っぱをあちこちに付けたフードを脱いだ。セナンもだ。
「僕はここから実際にアリナがどう動いたか試してみる。マラフはここで待っていてくれ」
「ペルセは?」
「先に荷物を持って行ってる」そういってセナンは森に消えた。
ペルセとオリオが戦った広場をセナンはアリナが抜けたのと同じように脇にそれた。
「ここの茂みに隠れたんだよな」そもそも作戦を考えたのは自分だ。試合中、確かに自分の作戦通り動いていた。なら自分が見つけなくてはいけない。
ここで、マラフが来るまでの時間にファントム・ナイフはセナンを襲い、それからアリナ達に来た。上はここ以外ほぼ丸見えだった。
「やっぱそういうことだよね・・・分かったよ、ペルセ」
その夜セナンはアリナを呼び出していた。奇しくもそこはペルセとアリナが最初にあった中庭だった。
「こんばんは、アリナ」
「こんばんは、セナン」そういうアリナは微笑をたたえている。
「なんで笑っているんだい?」
「え、だってククルシオ家の嫡男が学園内で逢い引き。他の人がみたら目をむくわよ。それもこんな夜更けに」
「逢い引きの定番は夜遅くだよ。君もまさか本当に逢い引きだとは思ってないんだろ」
「ええ、もちろん」
「なら、本題に入ろうか」
セナンが演習場にて見つけたのは木の上で見つけたかすり傷だった
「あれは間違いなくナイフがこすった後だった。問題なのはその場所だよ」セナンはよじ登ってようやく見えた位置だった。
「あれを至近距離で投げたならかなり高いね、ファントム・ナイフは、五メートル位じゃない?」アリナは黙って聞いていた。
「そうじゃないなら考えられることは一つ。ファントムは高い位置からナイフを投げたんだ。そう、ナイフをね。そしてあの時一番高い位置で誰にも見られずにいたのは君だ。アリナ・クレイシア。君はあの時矢の代わりにナイフを弓につがえて射ったんだ。二回目の時は木と木の間にでも弦を張っていたんだね。それを君はコッソリ隠し持っていたナイフで切った。だから
君は被害者になったしファントムは探しても見つからなかったんだ」
「二番目の時はもっと簡単。だって君は忍び込むまでもなく最初から女子寮にいたんだから。」
事件はもともと人の目に付きやすい場所でおきていた。一番目と二番目は。このことから騒ぎを起こすことを目的としている。でも三番目は違った。ペルセ達が見つけていなければ気づかれない、すぐに見つからない可能性もあるような場所に隠されていた。それならだれかをまた襲った方が手っ取り早い。
「つまりは一、二番目事件と三番目の事件は矛盾している、とあなたは考えたのね」アリナの言葉にセナンは頷いた。
「さすが理解が早いね。だから僕は思った。三番目はファントム・ナイフにとっても予想外じゃないかって」
三つ目が予想外ならスピナスは犯人の目をそらすつもりで襲った。だからアリナ君じゃないかと思った。でもそれだけでは証拠が足りない
そうしてセナンが思い付いたのは最初の事件が起きた演習林だった。
事件後封鎖されていて中に人は入っていない。一番濃く事件の後が残っているのはあそこだ。
「あそこで君の動きを指示したのは僕だ。君が何か違う動きをしているならすぐに分かる」
それから少し小さな声でつぶやいた。
「あの噂が本当だと思いたくなかったけど」
アリナは腕を組んでセナンを見ていた。
「お見事よ、セナン。」




