女子寮にて
ペルセ初の巡回当番は三日目のことだった。
あくまで目的は巡回で戦闘ではなく、もし遭遇してもむやみに立ち向かわないようにと何度も言い含められているが、威嚇と牽制ということで全員武器を所持している。相手が主に短剣を使用していることから、リーチの点で長剣を選んだ。もっとも向こうは真剣。こっちはただの木剣だが。というか、そもそもナイフを投げてくる相手を剣一本で迎え撃つのは厳しいのでさすがに殆どの人間が盾を持っている。強情にも何人かは持っていないが。騎士の誇りが持たせなかったのだろうか。
エルンセルの騎士は盾を持たない。守るという概念が希薄で、頼れるのは愛馬に剣一本、槍一本という考え方の騎士がほとんどだ。要するにやられるより先にやれ、の精神が強い。学校の実技にも盾を使った授業よりも剣をいかに相手に当てるかという点に重視をおいていることからもそれがうかがえる。
巡回ルートはいくつかのチェックポイントを見回る以外は自由となっている。これは他の団員からのあまりルートをきめるよりも不規則なほうが不審者に予測されづらいという意見を団長が採用したためだ。
そういうわけでペルセはなるべく人目につかなさそうな場所を二年の先輩と回っていた。主要なチェックポイントは全部で五ヶ所だか学校のすべてを見回るとなるとなかなか大変で最後のポイントを回ったときには既に日が暮れかけていた。
「これで後は本部に戻って報告書提出するだけだな」
「それは俺がやっておきますよ。先輩は先に戻って置いて下さい。」今日は体を動かす授業はなかった一年のペルセと違い、上級生になると本格的に騎士志望の生徒には毎日のように実技がある。そのためペルセは先輩を気遣ったのだ。
「ああ、頼んだ。」そういって先輩は素直にペルセに頼み、ペルセは報告書を先輩から預かった。
寮までの道のりを歩いているとペルセは途中で見知った顔を見かけた。
「スピナスじゃないか。何してるんだ?」
「あ、ペルセ!・・・そうかペルセも学園騎士団に入ったんだったよね。ちょうど呼びに行くところだったの」
「騎士団を?」
「女子寮で騒ぎが起こって。けが人が出たの」スピナスはショックを受けたらしく少し青い顔をしていた。
「!!一大事じゃねえか」あわててペルセは騎士団本部へスピナスと共に急いだ。
スピナスの話から怪我したのは二年の女子生徒。寮内の自室で切られたことが分かった。これまで寮内は安全と思われていただけに反響は大きく噂好きな生徒達が余計な詮索をしないためにその先輩は療養という名目で自宅に帰されていた。
「困ったことになったな」そう呟いてペルセらから話を聞いたカタリオは騎士団本部で重苦しい顔をしていた。
事件が起きた女子寮は学園内でもっとも不可侵の領域といっても過言ではない。事件が起きた以上寮内は見回りの対象になってくるが、騎士の卵が常駐している男子寮のほうならともかく、女子寮はたとえ教師であってもなかなか男性が入ることを許されない場所なのである。
そもそも現状でペルセたち学園騎士団を認めるくらい人手不足なのである。これ以上の人員を割くのはなかなかの難題だった。
「女性の教師に見回ってもらえるよう頼むのはどうだ?」渋い顔をしながら最上級生にして副団長をつとめるメリオーズが意見した。
「そう簡単にはいかないだろう」その言葉をカタリオが否定した。
確かに寮内に問題なく入れる女性教師がみまわれば簡単な話だろうが、そもそも女性教師は圧倒的に人数が少ないし、そのほとんどが裁縫や礼儀作法や音楽などおよそ武術に縁のない人たちばかりである。さらに彼女達はみなすでに若くないため夜に見回りをさせるのは心苦しかった。確かに彼女達にいざというときに対応できるとはとても思えない。
「・・・となると残った選択肢は女子生徒たちに自分で身を守ってもらうか・・・」
「そんなこと可能なのか?」三年の先輩がムリだろう、といった顔をした。
「いや、女官を目指している生徒達には護身術くらいならある程度身に着けることを求められている。それに女官や侍女達には常夜番の仕事もあるんだから夜の見回りもできるんじゃないか」その意見に何人かが納得した。何も犯人を捕まえなくてもいいのだ、身を守れればそれでいい。
「だがしかし問題はそれが出来る女子生徒が何人いるかだな・・・」一年の頃は実技を習っているといっても学年が上がってやめてしまう生徒が圧倒的に多い。十人いればかなり多いといったところか。そこでオリオがハッとしたようにペルセの方を見る
「ペルセ、お前の班の女子はどうだ?特に留学生の方。」
「ああ・・・アリナか。多分実力的には問題ないんじゃねえ?」
「ソルディン家嫡男のお墨付きなら大丈夫だな。後は二年と三年から何とか募ってみることにしよう」ドランという二年の先輩はそういって二年三年の実力者や有力者を集めて心当たりを聞き出し始めた。慌ててペルセとセナンが言葉を続ける。
「アリナの実家はなかなかの貴族の家柄ですよ。頼んでも頷いてくれるかどうかはわかりませんよ」
「留学に来ている位行動力があるなら大丈夫だろう。それじゃあペルセ君とセナン君は彼女の説得をお願いできるかな」有無を言わさぬ先輩の言葉にセナンはため息をついた。アリナが許しても監視のように付いているまわりの取り巻きが許してくれるだろうか。
「まあ、ちょうど彼女達には先の事件について事情を伺おうと思っていたところです。そのときに一緒にお願いしてみます。」
「セナン、どうやって頼めば良いんだろ。本人が答える前に取り巻き達が答えさせないぜ、多分。」
「彼らだってソルディン家と、ククルシオ家のこの国での大きさくらい知っているだろう。その二人に頼まれたなら断わらないほうがいいって思うんじゃないか。ただアリナはウェルセルムの人間だからな、俺たちとは違って故郷に帰ってからも続く関係だ。悪印象は与えたくないだろう。」
「やっぱその二つだと断わるのは俺たちの方だよな。先輩達の顔を立てて頼んではみるけど断わられたら仕方がないってあきらめるか」
女子寮は男子禁制だが女子寮の寮監に目的を話し、許可が出れば立ち入ることが出来る。そのような面倒な手続きをとらなくても話をするだけなら談話室かどこかの教室に呼び出してしまえばいいだけなのだが、事の大きさゆえにあまり人目につくところで話すわけにも行かずこうして若干居心地の悪い思いをしながらアリナの部屋にお邪魔していた。はじめて入った女子寮は男子寮より新しく建てられたこともあって少し明るい気がした。入って気になるのは机の上に置かれた贈り物だ。本来そういうことは禁止だが追加の荷物という形でそういうことはある程度見逃してくれる。今入れてくれている紅茶もその中の一つだろう。
ペルセはそわそわしながらセナンと共にベットに腰掛け、アリナが淹れてくれたいい香りが立ち昇る紅茶を飲んだ。
アリナはポットをテーブルに置くと反対側の椅子に腰掛け辺りにもれ聞こえないようにはばかりながら話し始めた。
「まず事件のことについてだけど・・・襲われたのは二年のミリヤという女子生徒よ。幸いなことに切りつけられたといってもスカートのすそが切り裂かれてその際に転んですりむいたくらいで怪我自体は軽いものだったから。今休んでいるのは親が心配したのと、先生達が気を使って休ませているからよ。遅くてももう三、四日で戻ってくると思うわ。」
「なるほど。ともかく先輩の怪我が浅くてよかったぜ。噂を聞く限りもっと重いものかと思っていたのに」ペルセはほっとした。第一の被害者であるゾラスの怪我は幸い後遺症が残るようなものではなかったものの、縫わなければならないような大怪我であった。
「あとは部屋が物凄く荒らされていて。でもなにか盗まれたとかそういうことは無かったみたい。」
「その襲われたミリヤって言うのはどういう先輩なんだ」
「実家はフラクタル家だって言ってたわ。そのことについては貴方たちの方がよく知っているんじゃないかしら。」
「まあ、エルンセル国内での話ならそうなるな。」これ以上の情報は今のところアリナも知らなさそうだ。
「なるほどな。ありがとう。それでもう一つの用件のほうなんだけど・・・」そういってセナンは女子生徒による寮内の見回りについて切り出した。
「別にかまわないわよ」あっさりといい返事をもらえたことにペルセだけでなくセナンも意外そうな顔をした。
「いいの?てっきり断るかと思ったんだけれど」セナンとしては長期戦をも考えていたのだ。だから少々居心地の悪い思いまでして取り巻き達の目が届かない女子寮の中にまで忍んできたのだ。こうも容易くいくと逆になにか裏があるような気がしてしまう。そのことをアリナに告げると、
「それなら問題ないわ。もともと女子寮でもそういった話は出てきているのよ。戸締まりはしているけど不安だって子は多いから。」なるほど。一応女子にもそういった考えがあるということか。
「ならそっちの中心的な先輩かなんか紹介してくれないか。こっちと協力して連絡を取り合えば何かと都合がいいだろう。」
「正直あまり多いとはいえないわ。今のところ集まっているのは十人程だし、いざというときに動けるのはその半分いるかどうかってところね。」
「まあ予想通りだな。となるとせいぜい出来ることといったら寮内の見回りくらいか」
「ええ、消灯前の点呼は先生方が交代でして下さるから。戸締りの確認と、交替で真夜中に二人一組で見回りを。女子寮は狭いし人数も男子に比べて少ないからそのくらいの人数でも何とか。」
「そっか。俺達のほうでも話は伝えておくからなるべく早いうちに参加者リストを作成してくれ。できれば近いうちに顔を合わせたい。」そういってペルセ達はアリナの部屋を出ていった。やはり女子生徒の部屋にやましいことは何もないとはいえ、長居するのは双方にとってもよくはないだろう。
アリナは二人が出て行った後、一人考え込んだ。
二人にはあえて言わなかったが、ミリヤ嬢は自分に対してある種のライバル意識を持っていた。
そしてテノンから渡されたリストの中の一人でもある。そんな人間がファントム・ナイフに襲われた。
これははたして偶然といえるだろうか。




