お嬢様という生き物
王妃の茶会を無事乗り越えたアリナにはその後女子生徒達からの質問攻めが待っていた。貴族の生徒の中でもまだ妃の茶会に呼ばれていない生徒も多い。そんな彼女たちを差し置いて呼ばれたアリナに嫉妬羨望の視線が向けられるのも仕方のないことだった。もちろんそれは予想していたことだ。何も手を打っていないアリナではない。
「ええ、私からもちょうど皆様とゆっくりお話しになりたいと思っていたところなの」この学園にも美しい花園はたくさんある。これを使って王妃の茶会を再現しようという訳だ。この提案に一、二もなく女子生徒達は飛びついた。王妃の茶会に行ったことのある面々が中心となってみなそれぞれに品々を持ち寄り、会をする。ついこの間参加したばかりのアリナは当然企画側だ。
「お菓子と紅茶は私たちでそれぞれに持ってきてもらうとして、やっぱそれだけじゃつまらないわよねえ」
「あの・・・それなら私が用意いたしましょうか」控えめに申し出たのはミリヤ先輩だ。
「ついでにその他の用意もいたしますわ」
「よろしいんですか?」女子は人数が少ないとはいえ準備にはそれなりに手間がかかる。
「ええ、もちろんですわ」美しい先輩だなとアリナは思った。肌は白くきめ細かい。金糸のような髪に宝石のような緑の瞳。まるで職人が丁寧に作り上げた人形のようだ。
「先輩ばかりにお手を煩わせるなどとても出来ません。お手伝いさせてください」
「いえ、そんな、お気遣いなく」ミリヤ先輩はあくまで断わる。
本当なら一年生の分際でここまで出しゃばるのはアリナもぶしつけだと思うのだけど。けれども今、目の前にいるミリヤ先輩はテノンが渡してきたリストの中に入っていた人間の内の一人だ。警戒しすぎるに越したことはない。
「アリナ様、エルンセルではウェルセルムとは色々と違うこともありましょう。」
「ええ、ですから先輩達の近くで色々と学ばせて頂きとうございますわ」
結局、ミリヤを中心にその他の生徒達が手伝うことで落ち着いた。
ミリヤ先輩の品がいいのは本当のようだ。他の生徒達が用意した紅茶や菓子に合わせるようにして敷物や花柄のポットや小皿を並べる。どれもこれも一流の品々ばかりだ。それだけではく生徒達の学年の制服に合わせる様にして色とりどりのリボンまで用意してきた。なるほど色とりどりのリボンを付けて、敷物の上で戯れる少女達はこうしてみるとまるで蝶か妖精の様にも見える。用意した先輩のセンスの高さがうかがえるだろう。そしてその中でも一番に輝いているのはやはりミリヤ先輩だった。
大きめのリボンはまるで蝶が髪に寄り添っている様だし、この日のために用意したのだろう腕輪の細工も見事だ。周りに座っている少女達は妖精の女王に侍る侍女か付き人のようにしか見えない。なるほど。これは自らの美しさを、女子生徒達の心をいかにつかんでいるのかを存分にアピールしてきている。
「本当に素晴らしいお茶会になりましたね」紅茶で一息つきながらミリヤがアリナに向かって魅惑的に微笑む。
「ええ、素晴らしいお茶会ですわ。」ミリヤから一歩も目をそらさないままアリナは頷いた。
「ふふ、本当にこんなすてきな提案をしてくれたあなたには感謝仕切れないわ。」笑いながらミリヤは優雅に紅茶を飲む。
「この日のために実家におねだりしたかいがありましたわ」そう続けるミリヤをよそにアリナはそっと数々の品々に目をやった。計画から実行までの間、彼女はエルンセル国内とはいえこれだけの物をそろえたのか。
「私たちだけではもったいないくらいのお茶会ですわね。もっと他の方々もお招きしたかったわ」
「ええ、そうですね」アリナも答える。
「ええ、エルンセル中の令嬢たちをお呼びしたいくらいに」
「ねえ、だからそろそろウェルセルムに帰ってよ、貴女」囁くくらいの低く、小さい声でミリヤはアリナにつぶやいた。
「貴女のような異国人女性はやっぱりこの国には似合わないわ」その目は先ほどまでとは打って変わって鋭く光っている。
「私ならこの国のすべての貴族に顔が利く。この国にまったく知り合いのいないあなたに頼れる人なんていないじゃない。帰るなら、今のうちよ。取り返しのつかないところまで行かないうちに穏便に済ませなさいな」何なら私が口を聞いてあげてもいいのよ。そうミリヤが笑顔のままささやく。
「あら、そうですか。奇遇ですね。この間、王妃様にも似たようなこと言われましたわ。せっかくのお茶会なのにもったいないと。もっと他のご婦人方もお呼びしたいわってね」
「それに・・・そもそもそんなに呼んだらこんなにゆったりとできませんよ」ふふっとアリナはミリヤに笑い返した。あなたの思い通りになんてさせない。こちらにも伝手はある、そういう意思表示だ。というかエルンセルの人間がウェルセルムの貴族に口をきけるわけなんかないでしょうに。
実際はそれほどの伝手もないのだが、うまいことミリヤは勘違いしてくれたようだ。
それに・・・この国の人間だからといって無条件に味方になってくれる程貴族というものは甘くはない。
「まあ、確かにそうかもしれませんね」複雑そうな顔をしてミリヤは元の輪に戻っていった。
アリナも紅茶を飲んで一息ついた。
まあ、確かにこのあたりが落としどころだろう。




