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英雄達の交友譚  作者: 笹矢ヒロ
第一章 春
12/26

月と木陰

アリナは手紙をかいていた。ほんの少しの間しか使わなかったはずのウェルセルム文字はそれでもやけに久しぶりに書いたように見える。書かれた手紙は二枚。ひとつは当たり障りのない実家への近況報告だ。もう一枚はこの間招待していただいたアール候に向けたものである。

それが終わったら今度は刺繍を始めた。膝には一枚の布が広げられており、アリナが針をくぐらせるたびに色鮮やかな刺繍が出来上がりつつある。とはいえ刺繍は考え事をするためにしているだけであって彼女の頭の中は別の事で一杯だった。痛みが走り、手を見ると針で刺したことが遅れてわかった。

普段ならまずしない失敗に眉をひそめる。うかつだった。

これからの立ち振る舞いにはもっと気をつけていかなければならない。まだ彼女の役目は始まったばかりだ。そうアリナは気を取り直すとそれぞれに別の宛名を書いて封蝋を押して伝書鳩に託して空に放した。

役目と言えば、今度の模擬戦では遊撃を任された。あの二人に頼まれたと言えば怒られはしないだろうが、それをハルハノ達に見られたらなにか言われるのは確実だろう。今度の模擬戦でもあの人たちは必ずよく見える席でゆったりと観察しているのだろう。それもなにか特に考えがあるわけではないのだろうけど。アリナは部屋でため息をついた。

自分の実力は自分が一番理解している。アリナとて自分の技量に自信がないわけではない。事実槍をならっていた先生からは折り紙付きといわれたくらいだったのだから。しかしそれだけだ。彼女に許されるのはそこまでなのだ。

だからアリナはそれ以上得物を振るうことはない。武術が得意になど思われてはいけない。武術が得意だと思ってはいけない。それは勉学にもいえることだ。高い教養はあっていい。だがそれを表にだすようなことはしてはいけないのだ。

本音を言えば

自分の実力を試してみたい。自分の持てる武芸、知識、能力の限りを尽くしてみたい。しかし貴族としてはそれはやってはいけないこと。令嬢として隠さなくてはいけないことだ。それは故郷ウェルセルムの実家からこの学園にきても同じ事だった。

所詮私も他の留学生の彼らと同じ駒の一つに過ぎない。

ふと夜の空を見上げる。窓ガラスの向こうから白い月がぼんやりと淡く輝いていた。

その白い月に一人の少年の姿が重なった。

おそらく彼はそんなこと思わないのだろう。彼は自分の様な気持ちを抱いたことがないのだろう。だからこそ自分の力を示すことに迷いも何もないのだろうし自分のような人間の思考が理解できないのだろう。アリナもここまで来た以上今更逃げることもそのつもりもなかったが・・・・そのことが今はただただ羨ましかった。

でも・・・いつか駒を動かす立場に回ってみせる。アリナはそう決意し、目を刺繍布からあげた。


そして来るべき日実その時はやってきた。ソルディン家嫡男のペルセ擁する一班とアルゴン家嫡男オリオ擁する六班。注目の一戦とあって会場の観客席は既に満員状態だった。

観客たちの視線を浴びて皆は、特にスピナスやマラフといったこういう場に慣れない面々は居心地悪そうにしていた。

「・・・なんか目立っている気がするんだけど」

「このあいだよりはましだよ。今回は遮蔽物が多いから。」マラフの言葉をセナンがバッサリ切り捨てた。セナンはそう言ったが、他の班よりも目立つのは確かだろう。それに木々が多いは確かだが上から見るとまばらになっているし、観覧席も見やすいように少し高くなっているので、こちらから見上げるととまるで見下ろされているような気分になる。

今回の得物は木々の中での小回りを考慮して全員短めの剣を主戦力として装備している。それは向こうも同じで違うところといったらそれぞれの班の服の色くらいだろうか。森林ステージということを考慮してどちらも明るい色のものを選んでおり一班は黄色、六班は水色のものを着ている。噂ではこの試合に先駆けて生徒同士の間でこっそりとギャンブルが起きているらしい。教師も表立って止めないあたりこの試合に注目しているのがよくわかる。まったく教師の役目とは何なのか疑念をペルセは抱きたくなってきた。

陣地を中心にして円になる。梢を渡るそよ風に、ところどころ差し込む日の光と影。その全てが肌を焼け付くように刺激がめぐる。弾けたように高らかな銀の笛の合図がなると守備の二人を残してペルセはマラフとアリナを伴って一直線に森の中に駆けだした。

森林ステージは演習場中最も遮蔽物が多いステージである。広さから考えても自陣から相手側の陣地にたどり着くまで最低でも十分はかかるとされている。途中の遮蔽物や相手の攻撃に警戒するならばさらに時間はかかるだろう。作戦通りにペルセとマラフがまっすぐ進みアリナが迂回しながら相手陣地に忍び寄る。ペルセとマラフはまっすぐ敵陣地に向かって走っているが木々が多く、視界も悪いのでこの間のよりもどうしてもゆっくりと進むことになる。おとりも兼ねているペルセとマラフは並んで歩けばいいだけだが、迂回していったアリナは更に遅れて進んでいるだろう。女性だと言うこともあるがアリナは敵に目立たないようにしなくてはいけない。相手に見つからないよう隠れながらこっそりと進まなくてはならないが、その分どうしてもペースは落ちてしまう。それでもペルセ達が居場所をつかめるぎりぎりの距離を保たなくてはいけない。ペルセ達も速度を調整しながらギリギリの速さで進んでいた。そうやって中ほどまで来たところでマラフの足の動きが止まった。つられてペルセも立ち止まる。このままいったら開けたところにさしかかる。このまままっすぐ進めば相手陣地へとたどり着くはずだった。戦わずにここまでこられたのは好都合だったのだがその一方で不審に思う。途中でだれとも遭遇していない。囮役でもある二人からすると不自然なくらいだ。

二人が疑問に思うのと同時に葉がこすれる音がした。そちらに目を向けると三方から水色の布と木剣が風を切るようにして目に入ってきた。一瞬遅れて剣の腹でその攻撃を防ぐ。ほぼ感でやった動きだった。いきなり暗闇から光の中に出てきたためまだ目が慣れていない。待ち伏せされた事に気づいたペルセはその中にオリオもいるのを確認してマラフと共に迎撃する。ペルセが真っすぐにオリオに斬りかかると待ち受けていたかのようにオリオが半身になって避けた。

その様子を木陰ら見ていたアリナは矢をつがえた。彼女の目はまだ木陰から出ていないためはっきりとしている。アリナは肩にかけていた弓矢を取り出した。この長さの弓ではあまり遠くまでは飛ばせないが直ぐ背後にあるこの位置からなら十分に届く。不意打ちの効果もあって見事背中に当たった。これで相手は失格とみなされ手出しはできない。彼女が遊撃に回されたもう一つの理由はこの弓矢の腕前にもあったのだ。男女問わず狩りは貴族の嗜みだが人を狙って射ったのは初めてだ。至近距離で不意打ちの背中とはいえよく当たったと思う。

ちらちらとした明かりが差し込む中、ほぼ正確に相手の一人の背中に当てた彼女はそのまま二射目をあえて外した。距離を取らせるのが狙いの矢だった。どちらも鏃は尖った物ではなく蟇目矢だ。気を使う必要は無い。その隙にペルセが木の後ろに逃げ込む。オリオがその後を追いかけてくる。その追いかけてくるオリオに飛び出したペルセが強襲をかける。上から見ればちょうど木を支点にして半回転したペルセが剣を突き出したような形になるのだろうか。今度はペルセが演習場を利用した形となってそのまま有利に推し進める。それを横目に見ながらアリナは前に進んだ。自分の役目は十分に果たした。それよりも遊撃に回されたこの隙にやりたいことが彼女にはあった。

ペルセとオリオが激しくぶつかっているのを横目に見ながらアリナはできる限り静かに、しかし速足で森の中を先に進んでいった。試合前にこの演習場の地図で敵の陣地のすぐ隣に上からも全く見えない完全な樹陰になっているところがあった。ここならばウェルセルムの留学生達からも目につかない完全な死角だ。逆にアリナからはゆっくりと辺りを見渡せる。念のため武装は解かずに立て膝を立てる。探るには絶好の場所だった。



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