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英雄達の交友譚  作者: 笹矢ヒロ
第一章 春
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因縁その2


実技の授業はだいぶ基礎が身についてきたところで二人一組になっての練習に進んでいた。もっともペルセにとっては慣れた練習であり、もはや最近飽きつつあった。

その様子をしばらく見ていたドランバルド先生はペルセを指名してオリオと組ませた。他のものでは相手にならないと思ったのだろう。確かにここまで負けなしなのは二人だけだ。実力から言っても良い勝負になるだろ。こちらとしても一度オリオの実力を見てみたいと思っていたところである。二つ返事で了承した。

オリオがこちらを威嚇するように見てくる。まるで怒ったイノシシのようだ。わざわざあんな挑発をしてきたくらいだ。ペルセとしても引く気はまったくなかった。

「はじめ!」その合図と共に鈍い音がなる。木剣が打ち合い、そのまま硬直する。力強く押してくるオリオにペルセも負けじと両手に一層力を込めて、押し返す。そのまま刃を振り払った。何度も乾いた木のぶつかり合う音が鳴り響き、真剣ではないがまるで火花が出るんじゃないかと思うくらいの勢いだ。

セナンはその様子を見ながら感心していた。あのペルセとここまで互角に渡り合える男子生徒が同じ学年にいるとは思わなかったのだ。好敵手の出現と言ったところだ。ペルセもかなり本気になっているが同時にとても楽しそうだ。気がつけば全員がこの試合の行方を見守っている。

「余計な口出しかもしれないけど、これ、止めなくて良いのかな。」マラフの言葉にセナンは頷いた。確かにそろそろ止めないと危ないかもしれない。二人ともあれだけの使い手なのだかから加減というものは知っているだろうがそれを相手にできるかどうかは別問題だ。木剣でも命の危険はあるのだ。

マラフと目を見合わせ左右それぞれの背後に回り込む。タイミングを見計らうと一気に二人を後ろから羽交い締めにした。剣で多少殴られるのは覚悟の上だ。勢いそのままに芝生にもつれ込む。勢いを殺しきれずに、二、三回転しながら最後は二人で芝生の上に寝転がった。

「なにすんだ、セナン」後ろを振り向いてぺルセは自分を引きはがした正体に気づいた。やはり、というかとてつもなく機嫌が悪い。

「今日はそのくらいにしておけ、本番は次だろう」止めに入っただけなのにセナンもぺルセと同じくらい息が荒い。反対側のマラフも同様だ。別に集団演習が実技においての本番というわけではないしどちらも評価としては同じくらいだ。が、やはり盛り上がるのはそっちだし、お互い勝負は集団演習だと思っているだろう。

「・・・まあ今日だけじゃないか」ようやく冷えてきた頭で自分が危なかったことに気づいた。勝負に熱くなってやり過ぎるのは悪い癖だ。体を張って止めたセナンに感謝して、ペルセはオリオの方に向かった。オリオは先ほどまでマラフを怒鳴っていたがペルセを見るとそちらをにらんだ。

「決着はまた次に」そういって頷かないほどオリオも子供ではなかった。

硬い石でできた渡り廊下は初夏になりかけの風が吹き抜けて心地よい。その廊下にアリナはテノンと横並びになっていた。

「これでいいかい。」テノンからアリナに渡された紙にはオリオを筆頭とした六班の名前と詳細な情報が書いてあった。

「五人分にしては多くないですか」

「班のメンバーはその黒丸がついているところ。残りはその班の実家となんらかのつながりのある家。ソルディン、ククルシオ両名ともに有力な家柄だけに敵も多いからね」一体どうやって調べたのだろう。オリオがペルセに匹敵する武術の腕の実力者だということは聞いていた。アリナはせいぜいあの班の中で他に実力者がいるのか、セナンのような切れ者がいるのかということを知れればよかったのだが、彼はそれを飛び越えてオリオの実家のアンゴレ家の周りの家の情報まで仕入れ来てくれた。ソルディン家とアンゴレ家が敵対しているならアンゴレ家と親しい家もソルディン家とあまり仲が良くないだろう。これはアリナの今後の身のふるまい方に役に立つ情報になる。彼の情報源は知らないけどもほかのウェルセルム貴族よりもなにが必要かをよくわかっている。現実的なのは確かだ。

「ありがとう。あなたにはいつも助けられてばかりね。」

「いや、いいんだ。このくらいしか僕にできることはないから」

「私にとっては今一番必要なことよ」アリナのその言葉にテノンははにかんだような笑顔を見せた。

「ありがとう」アリナも笑顔を浮かべる。国元なら絶対に許されない行為だ。この学園にこなかったら世界はもっと狭いものだっただろう。

こうしてアリナからもらった情報とマラフが調べた評判や実際に見に行った演習場の様子を元にしてセナンは談話室の一席をしめ一枚の精密な地図を描き、その上にそれぞれの選手を模した駒を動かしていた。

「すごいな、それ。」向かいの椅子に座ったペルセが感心したようにのぞき込む。その横でアリナとマラフが、そしてスピナスが静かに見ていた。もともとこうしたことに今頃セナンの頭の中には演習場と、それぞれの班の生徒が浮かび上がっているのだろう。この間はまだ実技も初めて間もなく戦略どころか動ける様にするので精一杯でその不足をペルセにおぎなってもらった。今回から文官でありながら《軍略家》としても名を知られているククルシオ家の息子セナンの頭が本格的に活躍することになる。

セナンは今回の模擬戦での攻撃はもともとペルセとマラフに担当としてもらおうときめていた。さすがにペルセ一人では今回は不安だ。そこでマラフをサポート役に回すことにした。この二人で敵陣に向かって正面から切り込んでもらうと同時にこの二人はおとりの役目も果たしてもらう。オリオがペルセを強く意識しているのを逆手に取ろうという訳だ。守備にはセナンの他にスピナスを残していくことにした。今回は旗を取らせると言うよりも、旗に近づけないことだからそれほど複雑な動きはいらない。スピナスには索敵の役目をしてもらい、セナンがそれに対応して防御することにした。

そして一番悩んでいた遊撃はアリナにお願いすることにした。彼女の腕は貴族としてある程度の嗜みしか身につけていない。けれども入学してから始めた生徒よりは頼りになるし、以外と機転も利く。まさかペルセなんかのように幼少期から鍛えてきたわけではないだろうがただ行儀見習いとして身に着けたものでもないはずだ。そのことをセナンはここ最近の練習で確信しつつあった。ペルセもそう言うのならまず間違いない。ただ問題は彼女がそれをこころよく引き受けてはくれないだろうということだ。というわけでセナンはペルセと共に彼女を説得させるために班の作戦会議の集まりに来ていた。

「そういう訳でお願いできないか。アリナさん」

「買いかぶり過ぎよ。そこまでの腕じゃないわ。」さりげなく大事な役目を自分に押しつけるつもりかとセナンを非難しながらアリナは否定した。そのようすをセナンは観察する。

「そうかな?アリナさんなら大丈夫だと思うけど」隣にいたマラフの言葉にアリナは顔をしかめた。思わぬところからの援護射撃におもわずアリナがたじろいだ。

「敵が気付いて襲い掛かって来たらどうするのよ」

「その時は俺達がなんとかするさ。」この期を逃さぬとたたみかけるようにペルセが食いつく。アリナがこう出るだろうというのはセナンから事前にいわれていたためペルセは説得の方法をセナンから伝えられていた。

「大丈夫だって、五人編成なら敵も割ける人数はせいぜい一人、多くても二人くらいだから。」セナンが追い打ちをかけた。

「言っておきますけど、もし襲ってきたら私、太刀打ちなんてできないわよ。」その言葉にセナンは笑った。

「良いよそれで。逃げ出して敵が追いかけてくれば隙が生まれるだろうから。戦うのは僕たちの役目だ。」上手いことはめられたことが分かったアリナは仕方なくといった感じで納得した。

「わかったわ。引き受けてあげる。ただ、その分ペルセや、セナンも暴れてくださいね。」だって私の方が目立っているなんてソルディン家やククルシオ家としてはいただけないでしょ。二人どころかマラフまで面食らった。仕返しのいたずらが成功したといった感じでニッコリと笑ったアリナはそのまま席をこうして作戦は決まったのだった。

「おもったより上手く説得できたな」先ほどの感想をペルセがセナンに言う。

「まあね、ちょっとあっさりしすぎておかしいくらいだ」

「おかしい?なんで」不審な顔をしてペルセがセナンの方を向く。

「ペルセのような家じゃないんだよ。普通しとやかな貴族の令嬢が走り回って戦ってくれていって喜ぶと思う?実際彼女は前回の試合直後あれだけ恥ずかしがっていたのに」

「確かに。そう言われてみるとおかしいな」

あらためて指摘されるとペルセやセナンにもその行動は違和感を感じさせるには、十分だった。

「まあ、それより次の模擬戦だ。オリオと勝負を一度付けなきゃな」一度思考をやめ切り替える。まずは明日のことに集中しよう。

「ああ、がんばれ。僕も父さん達に連絡しなきゃ。だいぶ情報も集まってきたことだしこれだけ伝えればしばらくはいいだろう。」

こうしてひと段落ついたところでペルセとセナンはそれぞれの自室へと戻った。


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