因縁
入り組んだ階段を降りていくと、そこは既に人でごった返していた。前に張り出されているらしい掲示もこの分ではよく見えない。
「二人ともずいぶん遅かったね」他の三人は既に来ていた。人混みの中に割り込んでいないところを見るともう見てきたのだろう。確かにこの様子からすると張り出される前から来ていないとだめだったかもしれない。
「次の対戦相手、分かったよ」
そうマラフが話すより先に横から割り込んでくる声があった。
「ずいぶんとのんきだな、ペルセ・ソルディン」どうやらその声はぺルセが遅れてきたことをせめているらしい。結果的に遅れてきたのは事実だが責められるほど遅れてきたつもりもないが。
「誰だお前?名乗りもせずに何の用だ」セナンとは違う明確な嫌味を込めた声。それも明らかな敵意を込めた声だ。ペルセは怒りを含んだ声で答える。
「俺の名前はオリオ・アンゴレだ」むっとしたような声でそいつは名乗りを上げる。
「アンゴレ?ああなるほど・・・」その言葉からセナンには大体の見当がついたらしい。他の者はペルセと乱入者との間をハラハラとみつめていた。
「それで、お前は俺に何のようなんだ」
「次の対戦相手が俺たちのチームに決まった。そのことを伝えに来ただけだ。」そういってペルセたちをぐるっと見回してそのまま去っていった。
「なにあれ・・・」姿が消えていくのを見送りながらマラフが呟いた。それを伝えるためだけに来たとしても攻撃的だ。
「アンゴレって子ペルセと知り合い?」スピナスの質問にペルセはなんともいえないような複雑な顔をした。
「あ~、あいつ自身にはあったことないけどアンゴレって名前は親父から聞いたことがある。」
「アンゴレ家っていうのはソルディン家と同じで武門の家柄だよ」セナンの補足説明を聞いてアリナには理解できたらしい。
「つまり家同士がライバルってことね。」
「もっとも実家が北の方であまり王都には顔を出さないから僕もペルセも顔を知らないし、格でいったらソルディン家には及ばないけどね」
「なるほどね。彼が嫌いなのはペルセ君って言うよりもむしろ〈ソルディン家〉ってことか。」
「うん、まあそういうことだろうね」マラフもスピナスも納得したようだ。
「確かにあいつの家とはあんまり親しくはねえけどな、あんな敵意向けてこなくてもいいじゃねえかよ。こっちも苦労してんだぜ。」ペルセはあえて眉をひそめてみせる。
「まあ彼の気持ちも分からなくはないわ。」
「アリナさんには分かるの?さっきの彼の気持ち」スピナスが聞いてくる。
アリナは貴族の事情をよく知っていても、この件には第三者の立場である。
そんな彼女の立場からはオリオの態度を客観視することが出来た。
「貴族にとって見栄や体裁はなによりも大切なものなのよ。彼からすれば同じ武門のソルディン家に遅れをとっているように見えて面白くないんじゃないのかしら」
だからといってあんなふうに喧嘩売ってくるのもどうかと思うけど。と,アリナは続けた。
「確かに貴族ってものには多かれ少なかれそういうとこあるけど、それにしてもソルディン家に堂々と正面から喧嘩を売ってくるとは恐れ入ったよ。僕も見るのは初めてかもしれない。ペルセ、しばらくは身の回りに今以上に気を付けた方が良いかもしれないね。ただでさえペルセは嫉妬されやすいんだから。」セナンがペルセに口をとがらせる。
「わかったよ、御忠告感謝いたします。ところでじゃあ、次の相手はオリオの班なんだよな」
「そうだね、確か六班だったはずだ。ステージは第五演習場。形式はポジション・フラッグ形式だ。」
「つまりは陣地戦か」この間の試合を城攻めとするならば今回の試合は陣取りだ。自陣の防御の事を考えなくてはならない分当然前回よりも作戦が重要になってくる。さらに第五演習場は森林ステージ。奇襲をかけやすい場所だ。
「セナン、お前の腕の見せ場だな。」ペルセがそういって幼馴染を見る。
「ちょっと僕だけに考えさせないでよね。でもまあやりがいはあるよ」そういって第五演習場の全体図を持ち出したセナンは楽しそうにペンでなにやら書き込み始めた。その姿を他が覗き込みながらあれこれ意見を述べ始める。
「普通に考えると、防御に二人、攻撃に三人。内一人は遊撃がベストかな。」
「問題はだれが何をするかだな。ペルセが攻撃に入るのはともかく後二人はどうするかだな」
「遊撃はセナン君でいいんじゃないかな。バランスも取れてるし、実力もそれなりにあるし」
「それだと防御の面が弱くならない?」その場合残るのはマラフと女子二人だ。攻撃にペルセが入るだろうことはオリオのような武術に秀でたものではなくても簡単に予測できるだろう。そのことを利用してこっちの隙を突かれることも考えられる。
「ならセナンが陣地に残るか?でもそれだと火力不足になりそうだな」
「いや、真っ向からぶつかるならともかく今回は森林ステージだ。隙を付ければこの前よりも少ない戦力で勝てるはずだよ。」ペルセの不安を否定するかのようにセナンはいった。その間も演習場の様子が書かれた地図にくぎづけである。
「なんだか作戦を立てているときのセナンは本当生き生きとしてるわね。」
スピナスがセナンの今の様子をずばりいいあてて、まさにその通りだとペルセもうなずいた。
「そこまで言うからにはいい作戦があるんだろうな」
「まあね。」
「とにかく僕たちが作戦を考えている間にマラフとアリナは相手の情報をできるだけ集めてきて」
「僕は別にいいけど、アリナさんもなの」マラフが横目でアリナをみる。
「まあ、なんとかやってみるわ」セナンはおそらくアリナ個人の能力ではなくアリナの取り巻きと化しているやつらを当てにしているのだろう。ただあまり期待はできない。レコンなど基本的にウェルセルム貴族はプライドが高く自ら手を下すことはしない様な輩はほとんどいないのだから。
そもそも彼らは目立ち過ぎる。
「ねえ、セナンって前も試合会場の場所探らせていたりしていたけれど、いいの?それって騎士道精神に反するんじゃないか?」
「事前に地形を調べるのも戦略や戦力を確認するのも別にどこでもやっていることだよ、模擬戦でやっちゃいけないなんてことはないと思うけどね」自信満々にセナンは言い切る。
「まあ所詮騎士道なんて建前だし、自分たちが有利ならそれにこしたことはないだろう」ペルセも同調する。
「・・・それはソルディン家としての意見なわけ。それともぺルセ個人の意見なの」マラフがやけに神妙な面持ちで聞いてくる。
「両方さ、祖先から続いているし、俺もそう思っている。」
「わかったよ、できる限りオリオの班の情報を集めてみるから。アリナさんも手伝ってくれるかい。」
「ええ、テノンあたりにでも聞いてみるわ。」第一試合後の事件をきっかけに親しくなった上級生を思い浮かべながらアリナは言った。
「ねえ、テノン先輩って、ねえ彼もしかしてアリナの婚約者かなんか」寮に戻ったスピナスがにやついたようにアリナに訪ねる。
「まさか。ありえないわ」アリナが笑って受け流す。
「やけにキッパリとしてるね」スピナスがアリナの方をみる。
「ええ、まあ。家の格が違いすぎるのよ。親がまず許さないわね」テノンのことは詳しく知らないが、レコン達との関係からしてそれ程高い家柄ではないと察しがついている。アリナはこれでも伯爵家の中でも上位といってもいい家柄だ。縁談相手としては候補にもならない。
「そっかあ、残念」スピナスの様な平民とは違い、貴族はあまり結婚に夢は見れないらしい。それでもスピナスから見るとアリナの年頃の少女ならまだまだそういったことに夢見てもいい気がする。
「じゃあ、アリナはどう思っているの」
「・・・頼りになる先輩」おそらくこれから先もその関係は崩れないだろう。それも国元だったら許されない。どこでも未婚の男女が気軽に会うのは許されない。身分すらもひらきがかなりある。あの茶会でアリナが主催者の隣に座れてテノンが執事役だったように。そのくらいの差があるのだ。あくまで学園内、同じ留学生同士だからと言う限定がついての親しさなのだ。
まだ残念そうなスピナスにお菓子を出す。気を取り直しておいしそうに食べる彼女をみながらアリナもひとつつまんだ。
「アリナちゃんの部屋にはいつもおいしいお菓子やいいお茶があるね。こういったものってどうやって手に入れるの?」
「秘密、っていいたいところだけど、親よ、親。」茶会での出来事を手紙に書いて送るときに自分が何も用意しないというのは申し訳ないと書けばお菓子やお茶くらいは簡単に届けてもらえる。本来こうした物は持ち込み禁止なのだが、ドレスを送ってもらうときに紛れ込ませるのはそう難しくない。抜け道なんていくらでもあるのだ。
だれでもやっていることであり、当然教師達も見逃している。そうやってアリナはもう一つ菓子をつまんだ。




