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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

名無し

作者: 月岡 あそぶ

    名無し


 その犬は、見るに堪えないブサイク犬だった。


 ブサカワなんて言葉があるが、そんなかわいいものじゃない。ただただ、貧相でみじめったらしい。

 元々は白い毛並みだったのだろう。しかし今は、薄汚れたグレーに染まり、皮膚病の為か見るも哀れに禿げちょろけていた。その下からは、赤くひび割れたかさぶただらけの皮膚がのぞく。

 頭は、体と比べて奇妙に長く、その割には小さすぎる目鼻が中央に押し込められ、その間の抜けた顔つきは見る者の失笑を誘った。

 その姿は、ちぐはぐなパーツを寄せ集めて創り出されたゾンビ犬のよう。周囲から浮き上がるような奇妙な違和感を感じさせた。  

 まだまだ、老犬と呼ぶような年には達していないだろう。

 それでも、その哀れな犬の顔からは、命の輝きも伸びやかさも微塵も感じられなかった。


 その卑屈さを凝縮させたような姿や態度は、人々の憐れみの情ではなく、誰の心にも潜むさげすみや嫌悪の気持ちを露わにさせた。


 多くの者は、白日の下にさらされた己の醜い感情に気付くと、そのような自分自身に恐れを抱いた。

 しかし、すぐにそこから目をそらし、そのような醜い感情が己の中に存在する事など、きれいさっぱりと忘れ去った。

 もしくは、その感情を引きずり出した卑しき存在にすべての責を被せ、それが存在する事自体が悪いのだと、さらに無慈悲な行動をとる者も少なくなかった。


 その犬自身も、周りからそんな扱いを受け続けてきた為なのか、それとも、もとからそのような性格だったのか、自信なげにオドオドとした態度を取り、誰に対してもビクビクと顔色を伺うような素振りを見せた。そして、媚びへつらうような卑屈な態度をとった。

 それがまた人々に優位の立場を再確認させ、余計に邪険に扱われる原因となっていた。


 人々は、その犬を道端に落ちているゴミと同じく存在さえもないものとして、その犬を名無しと呼んだ。




    優人ゆうと


「あっ、まだ名無しの奴いやがった!」

 中学の帰り道、前を歩いていた姫花がいきなり叫んだ。

 足元の石を拾うと、名無しめがけて思いっきり投げつけた。

 かろうじて石は逸れ、線路脇の壁にあたって跳ね返った。名無しは、禿げちょろけた尻尾をやせこけた股の間にはさみ、哀れな様でこちらをうかがった。かさぶただらけの耳がぴったりと後に伏せられ、誰かにマジックで落書きされた情けない顔つきが益々情けなく見えた。

 それから頭をぐっと下げ、ビクビクと何度も後を振り返りながら逃げていった。


「あはっは!あのビクビクした態度おっもしろ~。胸がすっ~とする」

 姫花は、大口を開けて笑いながら僕の方を見た。

 僕は、みじめな名無しの後姿に哀れさを覚えた。

 そして、姫花と視線を合わさないようにしながら足元に視線を落とし、小さな声で「うん・・・・・・」とうなずいた。


 姫花のローファーがいらだたしげにアスファルトを蹴りつけた。そして濃い紺色の靴下をはいた足が仁王立ちになった。

 仁王立ちになった姫花の足の美しさに、僕はごくんとつばを飲み込んだ。

 その足に踏みつけられる妄想が頭を占拠する。しびれるような感覚に体を浸されながら、僕はゆっくりと視線を上げていった。姫花の鞄を握りしめた左手の指がギュッとこわばるのが見えた。

 (やばいっ)僕の心が危険信号を発した。

 空気が一瞬でビリリッと張り詰めた。


「そんな事、少しも思ってないくせにさ!コロッケパン買ってこいよ!このクソ犬がっ!」

 姫花の鞄が、勢いよく僕に向かって飛んで来た。

『コロッケパン買ってこい』は、いつもの姫花の罵倒のおさだまりのコースだ。

 飛んで来た姫花の鞄をかろうじて受け止めたけれど、角が当たって口の中が切れた。

 鉄錆びた血の味が舌の上に拡がった。


「ひ、ひどいよ姫花・・・・・・鞄、投げるなんて凶器使用で反則技だよ。口の中切っちゃったよ」自然と哀れっぽい声が出た。

 僕の頭の中ではカチカチと計算がなされている。

 女王様は哀れな生け贄をご所望だ。ここでの僕の役どころは絶対外さない。僕だけが姫花の前でこの役所を演じる事ができるんだ。僕の体は益々しびれるような快感に打ち震えた。


「このキモ男が!あんたの考えてる事なんて全部お見通しなんだからね!あんたは名無しと同じだよ!踏みつけられて喜んでるウジ虫が!その惨めったらしい態度、最高にイラつくんだよ!このゴミ、クズ!あとでちゃんとコロッケパン買って届けに来いよっ!」

 姫花は口を歪め、僕の事を大声で罵倒すると、くるっときびすを返して駆けていった。

 目の前を、姫花の艶のある長い髪が流れていった。そして姫花の残り香が僕の鼻腔をくすぐった。その甘い香りに包まれ、僕の体は歓喜する。うなじの毛穴がぞわぞわと逆立つ。このまま空に昇っていきそうな感覚。


 夕日に染まる姫花の軽やかな後ろ姿に、僕は大天使の赤い羽を見た。

 口の中は相変わらず血の味がした。いつも母さんが僕にくれる味と同じ。

 僕は愛されてる・・・・・・

 殴られる事、罵倒される事は愛情表現の一つ。僕にとっては、無視され、ゴミのように捨てられる事の方が何倍も恐ろしい。


 母さんは父さんにとっての女王様だし、姫花こそが僕の真の女王様なんだ。僕の唇には自然と微笑みが浮かんでいた。

 昔から僕の母さんは、少しでも気に入らない事があると僕の事を殴る。そして、父さんの事も殴る。父さんなんて蹴っ飛ばされたり、包丁で脅されたり、ネクタイで首を絞められたりする事もしょっちゅうだ。そして押し入れに押し込められる。そこが父さんの部屋なんだ。まるで、ドラえもんみたいだね。


 ううん、本当に父さんはドラえもんなんだ。のび太にとっての大切な存在。母さんも僕も、今度はいい人に巡り会えた。運が良かったんだと思う。父さんには心から感謝している。


 だって、今の父さんに巡り会うまではひどいものだった。いろんな人がやって来たけどみんなろくでもなかった。毎日家でゴロゴロしては、怒鳴ったり、暴れたり。僕の事なんて、まるでいない者のごとく無視をした。

 中には小学生になったばかりの僕に『九時になるまで家の中に入ってくるな!』なんて、僕の事を追い出す奴も居た。

凍りつくような寒い冬の日、震えながら僕はドアの外に立っていた。

 母さんが『早くお入り』って呼んでくれるのをずっと待ってた。手足の感覚がどんどんなくなっていくのがわかった。

 きっと、昔話のマッチ売りの少女もこうやって天に召されたんだろうなって思った。あの時も天に昇れそうだった。痛いぐらい痺れて、お腹の中はからっぽで、もう何も考えられられなくなった。そして奇妙な浮遊感がやってきた・・・・・・体が熱く火照って、しびれるような快感が僕の体を浸した。そのまま天に昇るような浮遊感に包まれてウトウトと眠りについた。すごく幸せな気持ちだった。

 あのまま昇天できたら幸せだったのかな?

 でも、まだ僕は生きてる。残念ながらだけどね・・・・・・


 でもその人もある日突然いなくなった。僕はホッとした。でも母さんにとっては違ってたみたい。

 学校から帰ってきたら、部屋中にアルコールの強烈な匂いが充満してた。床の上で母さんが、まるでブタのようなひどい鼾をかきながら眠ってた。母さんの吐き出した透明な液体がそこら中に広がって、中に赤黒いつぶつぶが浮いていた。潰れたカエルのように眠る母さんを揺り動かしたけどグニャグニャと揺れるばかりで、全く起きる気配もなかった。

 すぐに救急車を呼んだ。お医者さんが胃洗浄をしてくれて母さんは助かった。


 でも、それ以外にも今までに数え切れないほど救急車にはお世話になってる。だから、僕はもう119番を回すのも慣れっこだ。


 そう、母さんには誰かが必要。とても一人では生きていけないひ弱な人。

 その人の事を愛しているからこそ、恐ろしいほどにしがみついて束縛する。相手にひどい事を言ったり、殴ったり蹴ったりするのは母さんの愛情表現なんだ。それに対して、僕たちがちょっとでも冷たい態度をとったりすると母さんはもうダメなんだ。

 もの凄くわがままで横暴。そのくせ、びっくりするほどもろい。今までも何度も自殺未遂を繰り返してきた。僕たちがいなけりゃ母さんは簡単に死んでしまう。


 大丈夫だよ母さん。僕と父さんがいるから・・・・・・


「僕は必要とされてるんだ・・・・・・」

 大きく吐息をつくと、僕は姫花の鞄を大事に抱え直し、コロッケパンを買うために急いでコンビニに向かって歩き出した。




    姫花ひめか


 アタシはいつもイライラしてる。あのクソ女と一緒だ。

 へどが出る。


 キャリアウーマンだか何だか知らないけど、いつも髪をキレイにアップにして、体のラインがばっちり出るスーツを着こなしてるアタシを生んだクソ女。

 もう五十に手が届きそうなのに、相変わらずお綺麗な美魔女だ。

 いつもスマホを片手に声高に喋ってる。その喋ってる端からお金がチャリンチャリンと積もっているのが透けて見える。

 

 アタシもかなりスマホ中毒だけど、アタシの言葉はお金を生まない。楽しいやりとりの影に確実に存在する人の悪意と軽薄さ。ただ時間だけが過ぎていく。


 あのクソ女は、完璧主義で自分の思い通りに物事が進まなければ嵐のように荒れ狂う。その度に私も兄キもその嵐にズタズタにされる。それなのに本人は反省する気配すらない。

 あなたたちの事を思っての事・・・・・・これはしつけ・・・・・・だって。

 いいや違う。あんたはあんたの欲望に忠実なだけなんだ。そして、人を思い通りに動かしただけなんだ。

 そして自分の力を誇らしげに誇示する。我が家を支配する絶対君主。


 でもアタシはみんなにクソ女とそっくりだって言われる。瓜二つだって。どこが?って思うよ。


 ああイライラする。


 自宅に着いて、乱暴な手つきで鍵を開けた。アタシの持っている鍵は、少しだけどいびつに曲がっている。こんなに硬くて曲がりそうもない金属なのに、毎日の積み重ねって怖い。だんだんと歪んでいくんだ。まるでアタシの精神状態みたい。このまま歪み続ければ、いつかポキンと折れるかも・・・・・・


 扉を開けているアタシの背中側、道をはさんで古ぼけたアパートが建っている。そこにはさっきコロッケパンを買いに行かせた優人が昔から住んでいる。


 保育園時代からの幼なじみ。でも母さんは昔から優人と遊ぶ事を快く思ってなかった。

 母さん曰く『あそこの住人は問題がある』らしい。確かに、外まで聞こえるような怒鳴り声がしょっちゅう聞こえてくるし、ゴミの日にわけのわからないゴミが放置されているのは毎度の事だ。そして、暗くなってくると怪しげな格好をした人達がウロウロと出入りしてる。でも、怒鳴り声が響くのはうちだって一緒だ。そう変わったもんじゃない。


 でもアタシは、優人とは昔から気が合った。本当は、気が合うという言葉は間違いなんだろう。優人は、アタシにとって犬が振り回して遊ぶおもちゃのようなもの。怒りやストレスをそれに噛みつく事によって解消している。

 その位置関係は保育園時代から変わる事がない。いつも怒りで爆発するアタシにとって、必要なスケープゴード。


 でも優人がその事を望んでいる事をアタシは知ってる。男のくせに本当にキモい。だけど優人にとって痛みは愛情の表現なんだ。アタシには理解できないけど。


 同じように殴られ続けて生きてきたのに、アタシ達は正反対だ。アタシは絶対に屈服なんかしない。優人みたいにすぐに泣いて謝ったりなんて絶対にしない。

 力で屈服させられたって、相手に媚びへつらったりなんてしない。そして、次のチャンスを見つけた時には完膚無きまでに叩き潰す!

 例え、それが背後からの攻撃であろうと、相手に卑怯だとののしられても構わない。やられたら、その分はきっちり返す。貸し借りはなし。そう心に決めている。


 だけど、世の中のルールではなかなかそれが認められない。

 時間をおいての報復なんて特にそう。人は、自分が相手にした行為はすぐに忘却の彼方に葬り去る。こっちは報復したつもりでも、相手は、さも自分が哀れな被害者のような顔をして恥じることもない。そして、みんなしてアタシを糾弾する。まるでアタシがテロリストでもあるかのように・・・・・・


 リビングに行くと兄キがテレビを見ている。

「おかえり~」「ただいま~」他愛ない帰宅の挨拶。


 でも、やっぱりアタシのイライラは続く。ここにもいるんだひ弱な坊ちゃんが。

「天聖、それおもしろい?」

「うん、やっぱこの脚本家の作品は泣かせ所、盛り上がり所をちゃんと掴んでる。すごく参考になるよ」

 兄キはいっぱしにメモなんてとりながらドラマを見ている。


 何言ってんだこのクソニート!脚本家気取ってっても全く採用なんてされた事ないじゃないか。引きこもってないで外に出ろよ!その片手間に脚本でも何でも書いたらいいだろ。アタシの心の声が聞こえたのか兄キはくるりと後ろを向いてドラマに戻っていった。


 兄キは誰にも逆らわない。いつでも優しくて従順だ。感情を表に出す事なく心を閉じ、すべてを流してしまう。泣きもわめきもしないおきれいな人形。テレビやパソコンから覗く世界の中で生きている。残酷な世界情勢も、感動のヒューマンドラマも驚くほどたくさん知ってる。


 でも、それは画面の向こうの出来事。兄キの、その身も心も傷つける事はない。どんなに感動して涙を流そうと、怒りで頭に血が上ろうと、それが自分の血肉に変化する事はない。痛みを知らない兄キは前に進む事もなく、永遠にそこに留まり続ける。


 もう何年になるのかな?兄キが外に出なくなって。まあ、アタシにとってはどうだっていい事だけれど・・・・・・


 リビングのソファーに座って、兄キと一緒に見るとはなしにドラマを見る。ああ、全部嘘くさい!そんなに思い通りに世の中が動くわけないじゃない。そう思いながら、思い通りにいかない世の中にイライラしている自分の心が透けて見える。


 兄キに対してクソニートと罵倒しながら、アタシだってそう変わったモノでもない。将来なりたいものなんて別にない。今までかつて、心からの情熱や渇望なんて感じた事もない。頭が特別良いわけでも、人並み外れた能力があるわけでも、社会に通用する一発芸を持っているわけでもない。まだ兄キの方が言葉を綴りたいと心から望んでいるだけマシかも・・・・・・


 何も無い空っぽの存在。いてもいなくても誰も困らない。アタシがいなくなったって世界は回っていく。

 でも、そんなアタシを必要としてくれない世の中すべてに対して怒りを感じる。自分に対しても、他人に対してもこの怒りは燃えさかって収まる事などない。すごく苦しい。

 そして誰かが、その地雷を踏むと暴走は始まる。暴力的手段でも、罵詈雑言でも、どんな手段を使ってもアタシの力を思い知らせてやりたい衝撃を抑えられなくなる。


 ああ、アタシはあのクソ女と本当に一緒だ。力だけが正義なんだ。


 その時、ドアチャイムの音がした。優人がコロッケパンを買って来たんだ。アタシの胸のもやもやが晴れていくのを感じた。ああ、今日は何をしてやろう。あの困ったようなふにゃふにゃ笑いや、怯えて涙を浮かべて固まった顔を見ると本当にスッとする。


 小学校の頃アタシの事を、いじめっ子だと学級会で糾弾した女の子がいたけど、彼女にはわからないんだ。この衝動は頭で考えて押さえられるものではない。もっと深い魂の奥底から出てくるものなんだ。

 アタシにとっての人間関係は、支配するかされるかの二つのうちのどちらかだ。

 アタシは、アタシの唇の端から残酷な笑みが漏れ出てくるのを抑える事ができなかった。




     櫻子さくらこ


 頭痛がした。

 無事契約を終え、愛車を走らせている時、耐えがたい頭痛が襲ってきた。車をコンビニの駐車場に止め、大急ぎでトイレに駆け込む。

(ああ、ここのトイレはきれいだわ。助かった・・・・・・)そう思う間もなく胃の底がせり上がってくる。涙を流しながら、空っぽの胃の中に僅かに残るコーヒーかすを吐き出した。それでも吐き気は収まらない。契約を取った時の、相手の意味ありげな卑しい笑顔が浮かんでくる。でも、それはただの自意識過剰であると誰よりも理解しているのは自分自身。


 結婚に失敗してバツイチになって、ある意味さっぱりした。もともと自分には男に負けない経済力があったし、女としての魅力も十分に残っていた。


 二人の子供をきっちり育てながら、仕事にも恋愛にも充実していた。いや、恋愛というのとはちょっと違うかも。愛なんて別に欲しくなかったから。ただ、後腐れなく、その時その時の性愛が満たされればそれで良かっただけ。足手まといにしかならない恋愛ごっこなんて、もう必要とする歳ではない。


 私は私の欲しいものを自分の手でつかみ取る実力がある。男の庇護など必要ない。誰かにすがらなきゃ立っていられないなんて弱い者のとる道よ。


 でも、ここ数年急速に肉体の衰えを感じ始めてから何かが崩れだした。

 どんなに頻繁にエステに通おうと、高い化粧品でアンチエイジングしようと隠せなくなっているシミやシワ。重力に逆らえなくなっている瞼やフェイスライン。ブラッシングするたびに恐ろしいほど抜けていく無数の髪の毛。ジムでどんなに鍛えてもウエストのくびれは戻らない。ああ嫌だ。私の中の女が賞味期限を終えようとしている。

 崖っぷち、恐ろしい奈落の淵に立っているようだ。どんなに努力してもかなえられない望みがあるなんて、こんな事があっていいのだろうか?


 残酷な真実が鏡の中に映る。以前は使えていた魔法が効かなくなっていることを否が応でも感じてしまう。白雪姫を殺そうとした継母の気持ちが痛いほどわかる。

「鏡よ鏡。世界で一番美しいのは誰?」

「それは、貴方ではありません・・・・・・貴方以外の誰かです・・・・・・」


 それと時を同じく、今まで全く問題なんてなかった子供達が崩れだした。何かがおかしい。すべての歯車が狂ってきた。

 車に戻ると、空には夕闇が迫っていた。みんなが幸せな暖かい家へと急ぐ時間。でも、私には心の安らぐ場所なんてない。

 いや、もともとそんな場所を求めた記憶はない。

 だって、仕事でも家庭でもいつも完璧でなければ。そうでないと周りから承認されない。自分が、無能な人間になる事など耐えられない。ずっとそう思って生きてきた。実際、人一倍努力してきた。なのに・・・・・・


 帰る家には問題児が二人。引きこもりの長男と同級生と衝突ばかり起こす長女。

 おかしいわ。きちんと厳しく育てたはずなのに、以前はちゃんと言う事を聞かせていたのに・・・・・・なんでこうなったのかしら。先生や近所のお母さん達の視線が突き刺さる。ああ嫌だ。なんであんなひ弱な精神と、ねじ曲がった根性の二人がどうして私の子供なの?どうして、私に恥をかかせるの?


 今の子供達に対して、どうしても愛情を持てない自分がいる。母性愛?そんなもの押しつけないでちょうだい。母親ならば子供を愛するのが当然の本能ですって?文明社会に生きる現代人にそんな本能を求めないで欲しいわ。


 私は本能なんかじゃなく、一人前の大人として、自分がした行動の責任はキチンととってきた。果たさなければならない義務を忠実に果たしてきた。

 今まで一生懸命に頑張ってきたわ。私の子供時代のように、理不尽で、みじめな思いもさせた事など一度もない。それなのに、何がいけなかったというの?


 男親がいないという事がいけないのかしら?でも、相手がどうしようもない人間だったんだからしょうがないでしょ。誰だって別れるはずよ。ダメ人間となんて誰が一緒に暮らしたいものですか。自分の稼ぎをつぎ込むだけならまだしも、私の宝石まで、黙って質に流したあのダメ男。みんな別れて当然よって言ってくれたわ。


 他に血を分けた肉親は、祖父母と、その二人の面倒を見ながら暮らす母がいる。今でも、山あいの谷底に貼りつくような集落でひっそりと暮らしている。


 他にも親戚が何人かいるけど、今ではつきあいなんて全くない。それは、ダメ男が私の親戚にまで迷惑をかけてくれた結果。人に謝る事が何より嫌いな私が、全身を刃に貫かれるような思いをしながら謝罪して回った。ダメ男が騙し取った金品に対してもできる限り、いえそれ以上に返済した。品物に対しては全く同じ物とはいかず、誠意を示すのに本当に苦労した。

 でも、何より耐えられなかったのは、あの親戚一同の哀れむような眼差し。あれだけは絶対に耐えられない!みじめな女だと思われるのは絶対に嫌!


 山あいの実家にしても(実家であるという事実さえ消し去ってしまいたいけれど・・・・・・)もう二度とあそこには戻りたくはない。子供の時に見てしまった祖父と母の痴態。一瞬何が何だかか解らなかった。解りたくなかった。

 理解した時に、トイレに駆け込んで吐きまくった。くみ取り式トイレの目にしみるような悪臭と、便器の奥底に潜む人の汚濁を凝縮させた闇を見つめながら涙を流した。

 すべてを吐きだして忘れてしまいたかった。


 そういえば、あの時からいつも私は吐いている。

 吐く事はわたしにとって日常だ。息をするぐらい当たり前の事だ。でも吐く度に、あの匂いと邪悪な闇がよみがえってくる。あの鼻の曲がりそうな匂いが自分の体に染みついている気がする。あの汚らしい祖父の血が、私にも確実に受け継がれているのがわかる。ああ嫌だ。何度、体中の血をすべて入れ替えたいと思った事か。


 絶対君主の祖父の支配する家から、やっとの思いで脱出できたのは高校進学の時だった。あの地域では高校進学と共に街に出るのが普通だったから。


 それまでは本当に地獄だった。祖父の気分一つで殴られたり罵倒されたり、頭を冷やせと、水を張った風呂桶に何度も頭を突っ込まれた。反抗的な私は、凍り付くような冬の日に、部屋着のままで納屋に閉じ込められた事もたびたびあった。でも平気だった。どんなに寒かろうと、暗かろうと、あの祖父と母とが同衾する母屋に一緒にいる事の方が耐えがたかったから。


 大学進学だって奨学金を取り、バイトで自分の生活費を稼ぐという条件でなんとか許された。それでも女には学なんて必要ないとなかなか首を縦に振ろうとしなかった。いつの時代に生きてるんだか・・・・・・あのクソジジイ。でも祖母も母も黙って耐えている。私はあんな生き方は嫌だ。あんなクソジジイは早く死ねばいいのに。


 でも、いまだにしぶとく生きている。『ワシは死にとうない』と延命治療を強く望んだ。母の地獄はまだ続いている。

 私だけがそこから逃げだした。そして、いまだに逃げ続けている。


 でも悪夢は私の周りに留まり続けて離れてくれない。人を変え場所を変え関わり続けてくる。振り払っても振り払っても新たな厄災として私の上に降りてくる。


 ああ気分が悪い・・・・・・駐車場に戻り、目を閉じて愛車のシートにぐっと身を沈めた。

 時計を見るために手をひるがえすと、ダイヤとエメラルドが規則正しく並んだ指輪が闇の中で美しく光る。ああ綺麗・・・・・・永遠に変わらない美しい秩序。なぜ人の世はこうも醜いのかしら。私はこの宝石のように、整然と秩序に守られた美しい世界を求めているだけなのに。

 ここだけかもしれない。私の安らげる場所は・・・・・・

 暗い闇に包まれながら、私はつかの間の眠りに落ちていった。




    日常


 日本各地に散らばる中核都市の中の一つ。都会でもド田舎でもないどこにでもある平凡な街。そんな街に姫花と優人は住んでいた。


 その街の中心からほど近い場所に二人の通う中学はあった。

 中学校の近くには、遙か昔から伝わる温泉地があり、全国規模の会社や銀行などの社宅が集まっていた。

 学校にはそんなエリート転勤族のお坊ちゃんお嬢ちゃん達と、温泉街の飲食店や風俗店などに務める親を持つ子供達が混在して、奇妙なバランスを作り出していた。


 そこでの二人のいつもの日常に、いつもとは少し違う出来事が起きた。

 9月の中途半端なこの時期に、一人の転校生がやって来たのだ。

 社宅の多いこの地区では、年度初めにごそっと転校生がやって来るのが常だったが、このような半端な時期に転校してくる事は珍しかった。


 担任の藤田は手慣れた様子で、事務的に転校生の紹介をした。

「じゃあ、奥山上斗うえとくん。挨拶をおねがいするよ」

 クラスのみんなの視線が転校生に集中した。艶のない重そうな印象を与える髪。それが目の上まで覆い被さり表情が読み取りにくい。口は無愛想にへの字を描いている。色あせたような制服は、彼の体には窮屈そうで全く合っていなかった。

「名前は紹介してもらったし、挨拶する事も別にないからいいです」

 担任の藤田も、クラスの皆も一気に水を打ったように静まりかえった。

「でもね、奥山くん。運動会も目前だし、早くクラスになじんだ方が良いと思うんだが・・・・・・」

 藤田は、コイツは困った奴だなという表情を露わにした。

「いや、必要ないですから」

 その、無愛想な態度を崩す事など全く感じさせない雰囲気に藤田は根負けした。彼に対し、窓際の一番前の席を指し示すとそこに座るように促した。


 クラスの中の視線が交差した。舌打ちの音やひそひそ声がされる中、転校生はのそのそと席に移動した。

 転校生が席についてすぐ、真後ろの席に座っていた姫花は異様な匂いを感じた。埃っぽいすえたような匂い。腐敗臭とかとはまた別の耐えがたいほどの悪臭。思わず姫花は鼻を押さえた。きょろきょろと辺りを見回し、転校生の隣に座るクラスメイトに視線を向けると、やはり鼻に手をあて、落ち着かない様子でチラチラと横を気にしている。


 転校生に原因を求め、視線を向けた姫花はぞっとした。転校生の髪はべたっと粘っこく固まり、肩にはフケが降り積もっていた。色あせたような制服は埃と汚れにまみれていた。


 たまらず姫花はガタンと大きな音をたてて立ち上がった。先生やクラスの視線が姫花に集中した。

「先生!もの凄い悪臭が転校生から漂ってきます。どうにかして下さいっ!」

 姫花のヒステリックな叫びにクラスの皆が顔を見合わせた。クラスメイトとしょっちゅう小競り合いを起こす事で認識されている姫花だったから、皆の視線はあまり好意的なものではなかった。


 しかし、姫花の訴えを聞きながら担任である藤田は苦笑いを隠せずにいた。なぜなら、その悪臭は藤田自身もこの転校生と接している時から感じていた紛れもない事実だったから。

 その事は本人にもさりげなく伝えてみたが、木で鼻をくくるような態度が返ってくるばかりで、全く気に留める様子も見られなかった。

(何で、こんな問題児が俺のクラスなんだ・・・・・・)藤田は心の中で大きくため息をついた。


「おい、ヒステリー女」

 転校生がくるりと後を向いた。その灰色の目は姫花を通り越し、その後の壁に向かって話しかけているように感情の起伏が見られない。

「人間なんて、一ヶ月も風呂に入らなけりゃ臭くなるもんだよ。そういう状況になったらお前だって同じさ。自分だけがお綺麗なんだと、己以外は全てが汚いんだと思いこんでろよ」


 姫花の顔がみるみる赤くなった。それを見ていた優人はその先が手に取るように想像できた。

(あ~あ、また切れて暴れるな。かわいそうに転校生・・・・・・)

 姫花は、切れると相手に対して暴力を振るい手がつけられなくなる。男の先生だってけっこう鎮めるのに手を焼くほどだ。姫花の手が、机の上の金属製のペンケースを握りしめた。

(うわっ凶器使用はダメだって姫花!)優人がそう心の中で叫ぶのと同時に姫花の右手に握られたペンケースが転校生の頬に向かって振り下ろされた。殴られた転校生の表情は前髪に隠され、優人の方からは見て取れなかったが、声を出す事も、その行為に動じた様子もなく、殴られた頬を撫でながら、その顔は再び姫花の方に向けられた。

 そのふてぶてしいともとれる態度に、姫花の怒りが爆発した。声にならない叫びと共にめちゃくちゃにペンケースが転校生の頭上に振り下ろされた。


 それから後は、頭を守りうずくまる転校生を続けて殴ろうとする姫花に、止めに入る担任の藤田。ざわざわと遠巻きに見守るクラスメイト。中には、またかといった表情で無関心を決め込み自分の席に座り続ける生徒、そんないつもの2年B組での風景が流れていった。


 そんな中で、優人はいつものように姫花だけを見つめていた。

 人目も気にせず口汚くののしりながら暴れ回る姫花。髪が乱れ、取り憑かれたような醜い表情の姫花。パンツが見えるのも頓着せず、押さえつけようとする担任の藤田に向かって思いっきり足を蹴り上げている。


 しかし、それは優人にとって自分にはない、まぶしく強い美しさだった。優人は、その光景をうっとりと見つめ続けていた。


 やっとの事で姫花は、隣近所の教室からも駆けつけてきた先生達に取り押さえられた。

 うずくまっていた転校生がその場からのっそりと立ち上がった。

 その時、転校生の顔を見た優人は衝撃を覚えた。いつもこんな風にケンカが起こった後、姫花に殴られた生徒の浮かべる表情は怒りや恐怖だった。それがいつものお定まりの光景だった。

 しかし今、転校生の面差しに浮かんだのは、哀しみと慈しみが織り交ぜられた、優人が今まで出会ったことのない表情だった。


(死せるキリストを抱くマリア・・・・・・)

 いつか見たピエタの像と転校生の姿が、揺らめきながらもぴったりと重なった。優人はその嘆きの母のイメージと、目の前のもっさりとした転校生とのギャップに一瞬戸惑った。しかし再び見直してみても、そこに存在しているのは紛れもなくピエタの面差し。そしてその唇に浮かぶのは、哀しみにくれる慈母の微笑みだった。

 優人は頭がグラグラした。コイツはいったい何なんだ・・・・・・優人は一人心の中で問いかけていた。




 その日の夕方、線路脇の通学路を優人は一人で歩いていた。

 姫花は今日の騒ぎの事で親も呼び出しを受け、指導室での居残りをくらっていた。

(あ~あ姫花、またお母さんにボッコボコにされる事、確実コースだな)

 秋の気配の漂う中、一人ぼっちで歩いていると、優人は自分が見捨てられた子犬になったかのような感覚に襲われた。

胸がギュッと締め付けられるような気持ち。

 まるで今にも自分の存在する世界が崩れ落ちるのではないかという不安に駆りたてられ、恐怖すら感じてしまう。

「一人は嫌いだ・・・・・・死にたくなる」

 優人の唇から淋しさがこぼれ落ちた。その時、キュウキュウ、キュ~ンと小さな声がどこからともなく聞こえた。その優しい、甘えるような響きに優人は視線をキョロキョロと走らせた。


 優人の立っているすぐ横。無人駅の駅舎裏にある資材置き場。

 そこにあの転校生が後を向いてしゃがみこんでいた。甘えた声は、その丸めた背中の向こうから聞こえた。

優人の靴が砂利を踏みしめ、音が資材置き場に小さく響いた。


 転校生はゆっくりとこっちを向いた。

転校生の向こうには無防備に腹をさらして横たわる名無しがいた。腹のピンク色の皮膚が透けて見え、並んだ赤い乳首が妙に生々しい。

「あっ・・・・・・」優人の口から小さな声が漏れ出た。

 でも転校生はその声を無視するとくるりと向こうを向いた。バツの悪い静寂が辺りを包んだ。


 転校生は、鞄から給食のパンを取り出すと半分に割り、片方を名無しに食べさせた。名無しは嬉しそうにガツガツとパンを食べた。

 それから、転校生はゆっくりと立ち上がると、残りのパンを持ったまま優人の方に歩いてきた。優人は金縛りにあったように立ちすくんでいた。

「お前ら、似てるよ」

 転校生はそう言うと、優人に向かって口角を少し上げて見せた。


(ピエタ・・・・・・)

 再びそのイメージが優人の頭になだれ込んできた。

 転校生はパンのひとかけらをちぎりとり、半開きに開いていた優人の口にギュッと押し込んだ。


 重厚なパイプオルガンの音色が頭の中で響いた。石造りの教会で昔聴いたその音色。絡み合いながら、今まさに天上に昇らんとする賛美歌の響き。


(これはわたしの肉・・・・・・)優人の脳裏に、友達に連れて行かれた教会での一風景が浮かんだ。

 その時、パンを口に入れてもらった優人は友達に言われたのだ。

「これはね、汚れた身で受けちゃいけないんだよ」

 悪びれず、そう言い放った友人の顔は清らかで光に満ちあふれている気がした。その覚悟も、清らかさも一片たりとも持ち合わせていない自分が、あまりにも場違いな気がして、優人はその場にいたたまれず逃げるようにそこを後にした。


(汚れた身・・・・・・)

 優人は、転校生が立ち去った後も、放心したようにその場に立ちすくみ、しばらくの間動く事ができなかった。胸を大きな石でギュッと押さえつけられたように息ができなかった。苦しかった。

 優人は転校生の哀しみの刃が、まっすぐに自分を貫いた気がした。


 パンを食べ終わった名無しが、物欲しげなオドオドとした眼差しを優人に向け、すぐに怯えたように目をそらせた。そして、いつでも逃げる事ができるように背中を丸め後ずさりした。その人の顔色をうかがう卑屈な態度を見て優人はため息をついた。

「お前と僕は一緒だ・・・・・・」

 優人は再び大きなため息をつくと、重い足取りで帰路についた。





 運動会も目前に差し迫り、学校では皆が準備に追われていた。応援合戦やダンスの練習など、全体でまとまりながら活動する時間が増えていた。

 転校生は、運動会までに時間がない事を理由に、その輪に入る事を、はなっから拒否していた。しかしクラスの誰もが、本当は余裕があろうがなかろうが彼がそのような事に参加する人間ではない事をすでに理解していた。

 転校生の周りに誰も近づこうとする者はいなかった。相変わらず小汚いままの彼は、担任との話し合いの末に教室の後の隅にその座を定めた。そんな所で孤立するのはあまり宜しくないのではと、藤田は辛抱強く説得を試みたが、そこでダメなら教室に入りませんときっぱり言い切る態度に渋々妥協をした。 

 クラス中の誰もが、もはや転校生という存在をまるで亡き者のように扱い日々は過ぎていった。





 そんなある日。

 その次の時間は理科実験室に移動する予定だった。その日の日直だった姫花は、移動先の教室の鍵をとりに職員室に急いだ。その間に教室のみんなはゾロゾロと移動先へと歩いて行った。

 廊下でみんながしばらく待っていると、姫花が途方に暮れたような顔をしながら歩いてきた。

 数人の男子が「早く鍵開けろよ」と不機嫌そうにブツブツと文句を言った。

「誰か鍵持ってない?」姫花が問うと、

「何やってんの、ダッセー!お前日直だろうが、見落としたんじゃない?早くしないと先生来ちゃうじゃん!」文句を言っていた男子グループの一団が、益々不機嫌そうにきつい調子で言い放った。

 姫花は一瞬ムッとした顔をしたが、納得した風で慌てて駆けていった。

 姫花の姿が廊下の向こうに消えた時、さっきの男子グループの中の一人、晃治がにやっと笑った。

 そしてポケットから鍵を取り出した。

「じゃ~ん魔法の鍵で~す」クラスのみんながどっと笑った。

 そしてみんなは何事もなかったかのように、ぞろぞろと教室に入っていった。優人は慌てて姫花を追おうとした。

「おっと~」晃治達のグループが優人を止めた。

「お前だって、アイツによくいじめられてるだろM男くん。別にいいじゃないか。ただのお遊びだよ。お遊び。みんな楽しんでるんだし。必死に探して帰ってきた時のアイツの慌てる顔を見て笑ってやろ~ぜ。それに、何一人で良い子ちゃんになろうとしてんだよ。こういうのは全員でやらなきゃ効果がないんだ。たった一人の孤独ほど痛いモノはないんだよ」

 晃治がにやっと笑った。その整った顔の下に見え隠れする冷たい悪意に、優人はぞっとした。

 晃治達のグループは頭も良く、スクールカースト上位に位置する。彼らの親は、病院を経営していたり、大手銀行や製薬会社。ゼネコンなど、とにかく大人だったら誰もが一目置くようなエリートらしい。本人達も、先生やクラスのみんなの受けも良い、クラスをまとめる実力者集団だ。

 特に晃治はイケメンで、成績は学年トップをいつも争っている。その上スポーツもそつなくこなす。女の子達の熱い視線を浴びる人気者だ。


 でも、時々気晴らしのようにスクールカースト下位の人間を狙って、たちの悪い冗談を仕組む。人を見下したような、馬鹿にするような発言なんて事は毎度の事だ。

 暴力を振るうわけでもない、物を壊すわけでもない。でも確実に人の心を壊して魂をむしばむ猛毒。

 その毒を塗った刃は、人間の尊厳なんてものを嘲笑いながらズタズタに切り裂いた。


 姫花はよく彼らのターゲットにされた。すぐに切れて暴力で返す姫花は、彼らにとってたやすい獲物だった。まるで被害者のような顔をして、その実シナリオを書いているのは彼らだった。


 優人は泣きべそをかきながら晃治の横に座らされた。振り切って逃げようとすれば逃げられるのかもしれない。でも怖くて席を立つ事ができなかった。別に殴られるわけでも、蹴られるわけでもない。鎖で縛られているわけでもない。ただ、自分の心が、自分自身を恐怖で縛っているだけだった。

(ごめん姫花)と心の中で呟きながら、いつものひ弱な自分に優人は自己嫌悪に陥った。

(いつもそう。自分より強い者の前に出ると、怖くて何も言えなくなるんだ)

 優人はせめて教室に帰ってくる姫花の顔を見ないようにと机の上に突っ伏した。


「王様を創るのは奴隷・・・・・・」

 頭の上から声が振ってきた。

 涙目で上を見上げると、転校生が優人を見下ろしていた。

「うっ臭っ!奥山くん、側に寄らないでくれる」あからさまに晃治は嫌な顔をした。

「俺は汚い。でも、お前らの歪んだ悪意の方がよっぽど汚ね」

 ぼそっと言い放つと転校生は、教室の隅っこの定位置に、自分用に印をつけられた椅子をズルズルと引っ張っていった。


 優人は、ぼんやりとその後ろ姿を見送った。『王様を創るのは奴隷』その言葉が、ぐるぐると頭を巡った。


 姫花が教室に帰ってきた。教室の鍵が開いているのを見ると姫花は黒板の前で仁王立ちになった。思った通りの反応に小さな冷笑が広がった。姫花の顔がみるみるまっ赤になった。そして、両手に黒板消しを掴むと叫んだ。

「誰よ!鍵持ってたの!」その叫びに対して、誰も、自分には関係ないよと知らんぷりを決め込んで答えなかった。


 ぶつけようのない怒りに姫花のイライラは頂点に達した。いきなり持っていた黒板消しで、前の席の人間から片っ端に叩きはじめた。

「自分はやってないってすました顔しやがって!傍観してただけでも、同罪なんだよ!このクソがっ!」

 狂ったように暴れ回る姫花から逃れようと、みんな叫び声を上げ、チョークの粉で真っ白になりながら逃げ惑った。


 誰もいなくなった理科室で優人は震えながら席に座っていた。姫花が優人の前に立ちふさがった。姫花の目は怒りでまっ赤だった。

「このド腐れっ!根性なしっ!」姫花の足が優人の胸にドガッと入った。優人は、その勢いで床に倒れ込み、頭をぶつけ一瞬で気が遠くなり、後の事は何も分からなくなった。





 放課後、姫花の怒りは収まっていなかった。背中を見ているだけで、姫花の顔が怒りで鬼のようになっているのが優人にもわかった。


 姫花の3メートルほど後をとぼとぼとついて行きながら優人は声を掛けた。

「ごめん。姫花・・・・・・」

「・・・・・・」

「本当にごめんなさい」

「・・・・・・」


 学校を出てから、何度となくこの繰り返しがなされている。姫花はずっと押し黙ったままだ。優人はシクシクと泣き出した。

「泣いて何でもすむと思うな!死ねっ!クソがっ!」

 濡れた布団を何重にも覆い被せたかのような優人のうっとうしさに、姫花の怒りは爆発した。いきなり通学路脇の線路をつっききって横断すると、家とは反対方向に駆け出した。

 後から優人の泣き声が追っかけてきた。

(うざい奴!)姫花は怒りで血が沸騰するようになりながら走った。

 走って走って息が切れた。

 十三段の階段を最後の息を吐き出しながら駆け上った。


 幼い頃、よく遊んだ事のある小さな三角公園。一角にブランコ、もう一角に滑り台。中央に土管を組み合わせた山があって、残りの一角にトイレがあるだけの狭い公園。

 昔からそうだが、相変わらず人っ子一人いない。姫花はその一角のブランコに腰を下ろし、息を切らしながら鎖にすがりついた。何故だか理由は知らないが、この公園はわざわざ土を盛って高くして造られている。少しだけ地上から離れた場所。俗世から僅かに解き放たれた特別な場所。


 ここならば・・・・・・と姫花は、はあっと大きく息をついた。すべてが馬鹿馬鹿しくて笑いだしたい気持ちになった。

 でも、笑い声は出てこなかった。いきなり涙が噴き出してきた。姫花は自分の弱さにチッと舌打ちをして、その場に鞄を放り出すと勢いよくブランコを漕ぎ出した。弱さの象徴である涙など一刻も早く乾かしてしまいたかった。オンボロブランコのさびた鎖が、今にも切れるんじゃないかと思わせるひどい音色をたてた。


 ブランコを漕ぐ姫花の目の前に、まっ赤な夕焼け空が広がっていた。姫花はこのまま夕焼け空の中に飛び込んでしまいたいと思った。

 翌朝になって、ブランコの前で冷たくなって倒れている姫花を、犬を散歩させに来た近所のおばさんが発見する。サスペンスドラマによく出てくるように、自分の死体の周りにチョークで白い線が描かれ、嘘くさいポーズで自分が倒れている光景がありありと目の前に浮かんできた。


「兄キのドラマ好きの悪影響・・・・」

 馬鹿馬鹿しい空想に笑いがこみ上げてきた。

「パンツ丸見え・・・・・・」

 何処からか声がした。


 ビクンと体が反射的に動き、ブランコから転げ落ちんばかりになった。姫花はザザッと派手な音をたててブランコを急停止した。そして投げ捨てていた鞄を拾い上げ、何者かからの攻撃に備えるように胸の前に構えた。体中のアドレナリンが一気に放出されるのがわかった。

「やめろよ、戦闘態勢とるの。なんでお前いっつも戦おうとするんだよ」

 目の前の小山に埋められた土管の一本から転校生の顔が覗いた。姫花の目は何故ここに?という戸惑いと、泣いている所を見られたかも?という照れくささで大きく見開かれた。


「何やってんのあんた・・・・・・」

「ここに住もうとしてる」

「はあっ?」

 しばらくの間、二人の間に沈黙が流れた。


「家、ないわけ?」

「あるような、ないような」

「何言ってンの。意味わかんない。家出しようとしてるわけ?」

 転校生は土管の中で頬杖をついた。

「以前もこんな事した事あるし、何とかなるかなって」

「あんたって、ほんっと変!これからどんどん寒くなっていくのに、こんな所で生活してて死んだらどうすんの」

「大丈夫、もともと俺、死んでたはずだし・・・・・・」

そんな冗談を、と返そうとした姫花は、転校生の瞳の中に恐ろしい闇を見た。そして、その背後にぶわっと黒い霞のようなものが一気に広がり、辺りの温度が何度か急激に下がったような気がした。

 首筋から背中にかけてぞくりと寒気が走った。


「ひ、姫花・・・・・・み、見つけた・・・・・・」

 背後の階段から、息を切らせた優人の声が被さってきた。返す言葉を失っていた姫花は、優人の出現に救われた。

「優人、今日の事は許してやるから手伝いなっ」 

 優人に向かって姫花は、にこっと笑顔を向けた。

 まだ怒っているとばかり思っていた姫花の態度のあまりの激変ぶりに、優人は戸惑った表情を浮かべた。そして、土管の中から這い出てきた転校生の姿に気付くともっとびっくりした。


 姫花は二人の顔を交互に見て、益々最上級の笑顔を浮かべて見せた。

 優人は、姫花が新しいおもちゃの出現にワクワクしている事に気がついた。

「立ち話も何だし“腹が減っては”って言うじゃない。まあ、ウチに寄って何か食べない?」

 転校生のお腹が大きく鳴った。。

「食い物をもらえるのはありがたい」屈託無い笑顔を浮かべて転校生が笑った。意外に子供っぽいかわいい笑顔だった。

 予想外の展開にびっくりしながら、いきなりギクシャクときしみながら動き出した歯車に恐れを感じつつ、優人は二人の後をついていった。

 今までにない展開の始まりに優人の心臓はドキドキと大きく波打っていた。





 姫花の家に到着すると、ガレージは空っぽで、まだ母親は帰ってきていないようだった。忙しい姫花の母の帰宅時間は、九時十時は当たり前だったし、時には午前様や、帰宅しないまま翌日の夜になる事も別段特別な事ではなかった。


 姫花の家では、食事はいつも天聖の担当だった。天聖が引きこもりになるまでは、母が一度帰宅して食事を作ってまた仕事に出かけたり、何か出前を取るようにとテーブルの上に現金が用意されていたりしたが、今では天聖が作る事が家族の中での暗黙の了解事項だった。


 姫花の兄は、今のように料理を作る以前から、小学生の頃にはもう既にお菓子作りが上手だった。同級生から、お菓子の王子様なんて呼ばれていた時代もあった。

 昔、天聖の友達が『天聖、あれ作ってあれ。何て言うンだったっけ。あの舌噛みそうな名前のヤツ』とリクエストを出し、魔法のように手早く作りだしてはみんなに食べさせている姿を優人は何度も見た事があった。

 頭が良く、器用で人望もある。そして何より優しい兄キ分。一人っ子の優人はそんな兄がいる姫花がうらやましかった。そして姫花にとっても母親にとっても自慢の息子であり兄だった。


 でもそれは、天聖が引きこもりになってしまうまでの話。

 引きこもりになってしまったとたん、周りの反応は激変した。ダメ人間。ひ弱すぎ。厄介者。人生の落伍者。社会不適合者そんなレッテルが次々と貼られていった。

 その呪詛のような札に全身をくまなく覆われ、天聖の繭は完成した。今では、本人も、家族もどうすればその繭を破る事ができるのか全く分からなくなっていた。


「ただいま~」「おかえり~」天聖の目が一瞬自信なげに泳いだ。

「あれっ?お友達?」


 優人が家に来るのはいつもの事だったが、見た事のない男子の存在に天聖は少し緊張した面持ちを浮かべた。

「兄キ、この子にご飯食べさせてやってよ」

「まあ、いいけど・・・・・・あ、それと今日、母さん、急に出張が決まったって昼に荷物取りに帰ってきたよ。明後日帰ってくるって」

 姫花の表情がパアッと明るくなった。そして、何かを企んでいる顔つきになった。

「転校生、あんた、まずその匂いどうにかして!最初にお風呂に入ってきてよ。優人、あんたは転校生の体を流すの手伝ってあげな」

 優人はびっくりした表情を露わにした。

「何で、奥山くんが風呂入るの、僕が手伝いしなきゃなんないんだよ」

 姫花は、優人のみぞおちに軽くパンチを食らわせた。優人は腹を押さえ、小さく呻いた。

「馬鹿ねアンタ。こんだけ垢がたまってたら、ちょっとやそっとじゃ落ちるわけないでしょ。髪だって一回や二回洗ったぐらいでどうにかなるもんじゃなさげよ。一緒にご飯食べるったって、この匂いが充満する中じゃアタシ達が吐いちゃうじゃない。あんた男同士なんだから恥ずかしくないし、アタシはコイツの小汚い制服を超特急でコインランドリーに運んで洗ってくるから」

 姫花はうきうきした表情を隠そうともしなかった。

 姫花が言いだしたら聞かない事を知っている優人は、目を白黒させながらも頷いた。転校生がプッと吹き出した。

「馬鹿だな、狭い風呂場に俺と一緒に入ったら、匂いでお前の方が倒れるぞ」

 三人は顔を見合わせながら笑った。天聖は、笑いころげる三人を見ながら戸惑ったように提案をした。

「事情がよくわかんないんだけど・・・・・・優人くんは、じゃあ僕と一緒にご飯の準備してよ。君にはバスタオルと、僕ので悪いけど着替えを用意するからお風呂入ってきて」


 転校生の脱いだすざまじい匂いの制服や、パンツに至るまでビニール袋の中に封印すると、姫花は嵐のように自転車を漕いで去って行った。


 嵐が過ぎ去った後、やれやれとした表情を浮かべ、天聖は台所に立って食事の用意をし始めた。優人も天聖の横に並んで手伝った。

「結局、どういう事なのかな」天聖の質問が、優人に向けられた。

「い、いや。僕もよく分からなくて・・・・・・」優人は戸惑いながらも、転校生がやって来てから今までの、優人の知っているかぎりの事を話した。しかし、話をしながら、ほとんど彼の事を知らない事を再確認しただけだった。

「まあ、結局本人に聞かなきゃわかんないって事だね」

「ごめんなさい。そういう事です」優人は力無く笑った。

「着替え、サイズあってるかな?彼、結構がたいが良かったから」

「僕、見てきます」


 優人は風呂場に向かって歩いて行くと、ドアの外から声を掛けた。

「奥山くん、お兄さんが服のサイズ大丈夫ですかって」

 ドアの向こうのドライヤーの音が止まった。そして、ガシャッとドアが開いた。まだ髪が半分濡れそぼっている転校生の顔が覗いた。

「大丈夫。でも結構ぱっつんぱっつんだから、後でお兄さんが着る時には伸びてるかもしれない。そうなったらごめんって伝えといて」

 そう言いながら屈託なく笑う転校生の額に、優人の目は釘付けになった。

 その額には、横真一文字に深い傷が走っていた。風呂に入って上気した肌に、今受けたばかりのような、生々しいはっきりとした傷跡。

 優人の目が自分の額に釘付けになっている事に気づいた転校生は、前髪を引っ張っると、その傷をそっと隠そうとした。

「罪の印・・・・・・」

 転校生は冗談っぽく呟いた。でもその瞳は暗い色をたたえていた。

「ごめんなさい・・・・・・」敏感に、その色を感じとった優人はうつむいた。

「お前が謝る事じゃないし。だいたいお前、すぐに下むいて、何でもかんでも謝んなよ。人間は、どんな時でもお天道さんの方を仰いで生きてないとダメなんだぜ」

「奥山くんは、お天道さまの方を見ながら生きてきたわけ?」

「な、訳ないだろ。この短い間だけでも、俺の後ろ向きさ加減は、お前らだって十分すぎるぐらい目の当たりにしてきただろ。でも以前、俺にそう教えてくれた婆ちゃんがいたんだよ。だけど人間は、そんなに簡単に変われない・・・・・・世をすねるのもいい加減にしろって怒られるのも当然だよな・・・・・・」

「でも、怒ってくれる人がいるんだ。奥山くんの事、心配してくれてるんだね」

 転校生はちょっと渋い顔をした。

「そうだよな、心配してくれてるって事の一つの表現かもしれないよな・・・・・・」

 顔をしかめ、自分に言い聞かせるようにブツブツ呟きながら転校生は頭を引っ込めた。ドライヤーの音が響いた。


 優人は、台所に戻っていった。チャーハンの美味しそうな匂いと音がリビングに満ちあふれていた。

 幸せの匂い。

(でも、僕達の誰も幸せではない・・・・・・)優人の心はキリキリと痛んだ。

 学校で習った戦争の話、開発途上国の貧しい子供達の話が脳裏を横切った。

 先生はその時、いかに君達が幸せで恵まれた時代に生きているのか・・・・・・そう言い放って、ありがたく結構な教えを滔々とまくし立てた。優人はその正しさに吐き気がした。


 そう、ここは戦場でもなく、日々の食べ物に事欠く訳でもない・・・・・・

 優人は、自分の家の経済状態がかなり困窮している事を実感している。それでも、屋根の下で暮らせて、何とか三食食べている。母親の性格のせいで二食の時もままあるし、罰として食事ぬきの刑を受ける事もあるけれど・・・・・・

 同級生と比べて、いまだにスマホどころかガラケーすら持てないとか(姫花は、そんな優人に対して自分のスマホを嬉しげに見せびらかして優越感に浸っている)ちょっといけてる文具すら買えないとか、洋服なんていまだに誰かのお古をもらって着ているだとか、自分がみじめだと思う不満はたくさんあった。 


(でも違う。そんな事じゃない・・・・・・僕たちの穴はそこに空いているんじゃない)

 優人が複雑な顔をしているのを見て取って、天聖が明るく声を掛けた。

「もうそろそろ姫花も帰ってくるだろうし、お皿の用意してよ」

「うん」優人は笑顔を作ると、テーブルにお皿を並べ始めた。

「幸せの食卓・・・・・・」

「エッ?何?」

「ううん、何でもない」優人は照れくさげな笑顔を浮かべた。




「いっただきまーす」

 姫花が大きく手を合わせると、大口を開けて唐揚げにかぶりついた。

「ン~兄キの料理は絶品!」姫花の頬が緩んだ。

 天聖は嬉しそうな表情を浮かべた。


 転校生も優人も手を合わせると我先にと箸を伸ばし、次々と胃の中に放り込んでいった。

 優人は一度家に帰って、姫花の家でご飯を食べさせてもらう事を許してもらっていた。優人の母は、不機嫌そうに「他で食べるんだったら、早く言いなよ!こっちにだって都合ってモンがあんだからさ!そんなに行きたきゃ、そっちの子供にでもなればいいじゃないか!」と大声で怒鳴った。しかし、そのくせ台所には火の気配は全くなかった。

 優人はごめんなさいと謝りながら家を出た。何だか自分だけが楽しむようで、後ろめたい思いに襲われた。


 テーブルの上の食べ物が綺麗に片づくと、食器を食洗機に放り込み、天聖は冷蔵庫からノンアルコールビールを取り出してソファーの前のテーブルに置いた。それから「ジンジャーエールしかないけどいい?」と聞きながらみんなの分も用意した。


 美味しい料理でお腹はいっぱい、家の中も綺麗で快適。優人は、普段の生活とのあまりのギャップに夢見心地だった。ソファーの前のラグに腹ばいになりながら、母親への後ろめたさよりも、今の状況に満ち足りた気持ちで一杯になった。今が人生で一番幸せなような気がした。


「それじゃあ、事情を説明してもらおうか」天聖が、ソファーに腰を掛けると真面目な顔で言った。

 何だか、どうでも良いような気持ちに流されかかっていた三人は、お互いの顔を見合わせてクスクス笑った。


「何笑ってるの。真面目な話だよ」

 天聖は生真面目そうに、眼鏡のはじをつまんでずり上げて見せた。真剣な表情の兄に促され姫花は説明を始めた。

「今日すごく嫌な出来事があってさ。優人にも裏切られて、」

 優人は苦しげにうつむいた。姫花は気に留める風でもなく言葉を続けた。

「三角公園で一人、ふて腐れてブランコ漕いでたら、コイツが中央の小山の土管の中から這い出て来たんだ。そして『ここで暮らすんだ』って。馬鹿でしょコイツ。腹が減ると人間はまともに物事が考えられなくなるって、いつも兄キ言ってたし。だから、兄キの美味しい料理でも食べさせて全うに戻してやろうかなって。でも、母親が帰って来るまでに、ちゃちゃっと片付けなくちゃって焦ってたけど、出張だなんて本当にラッキー!日頃の行いが物を言うよね」

 姫花は、母親のいない状況に心底リラックスした様子で、クッションを抱きしめると、ゴロンゴロンと転がって見せた。

 そして、ついでのように足元にあった優人の頭を蹴り飛ばした。


「でもさアンタ。『以前もやった事ある』とか言ってたけど、中学生のくせに浮浪者やってた訳?まさかよね。本当はちゃんと家あるんでしょ?それに、公園で『俺は死んでたはずの人間』だなんて変な事言うし、あれも冗談だよね」

 クッションを抱えたまま起き上がり、少し真面目な顔に戻って姫花は転校生の事をじっと見据えた。


 優人は、姫花に蹴り飛ばされた自分の額がうずくのを感じた。

(罪の印・・・・・・)優人の額が、かあっと熱くなった。


「嘘じゃない。俺は死んでたはずなんだ。それに、臆病者の俺は、俺を守ろうとした母親を見捨てて、自分だけが助かろうと逃げ出したんだ・・・・・・」

 転校生はうつむいてぼそりと言った。

 突然の話に、誰も言葉を発しなかった。

 転校生は、気持ちを落ち着かせるように目をつぶり、一度息を吸ってから静かに吐きだした。そして言葉を続けた。





    上斗うえと


 父さんの病院が潰れた。

 あまりの突然の出来事に、誰もが最初はその事を信じなかった。多分、一番信じられなかったのは母さんと俺だったと思う。そんな気配なんて全く感じていなかったから。親戚の誰もが、まさか病院が潰れるわけないでしょと懐疑的な態度をとった。それに、多くの親戚が父さんの借金の保証人に名を連ねていたし・・・・・・


 でもそれは紛れもない事実だった。

 父さんは、その頃中学一年だった俺から見ても、とても見栄っ張りな性格だった。何でも一流が好きだった。俺にも幼い時から超一流の体験をさせていた。人の上に立つためにはそうする事が大事なんだって常々父さんは言っていた。堂々とした態度で人々に指図する父さんを立派だとずっと思ってた。いつか俺もそうなりたいと思っていたし、父さんの事を心から尊敬していた。


 その頃の俺は、憧れていた第一志望の難関私立中学にも無事合格を果たし、父さんの後を追うべく新生活をスタートさせたばかりだった。

 病院は誰かの手に渡り、保証人となっていた親戚達は、家や財産を奪われ父さんに冷たい態度をとった。せっかく通い始めた私立中学校にも、もう行く事はできなくなった。


 俺たちは廃屋のようなアパートに逃げるように引っ越した。日本にもスラム街があるんだって事を、その時に知ってびっくりした。

 何日かに一度、もの凄い勢いでドアを叩く怖いおじさんがやって来た。母さんは「すみません!すみません!」と必死で謝っていた。父さんは奥の部屋で壁に向かって正座し、決して外に出ようとはしなかった。

 もう、父さんも母さんも俺も限界なんてとうに越えていた。俺は学校にもいっていなかった。何度か役所の人が来たけど、俺自身とても行けるような状態ではなかった。

 もう終わりは誰の目にも見えていたんだ。


 夜中にふと目が覚めると、カーテンのない窓から煌々と月の光が差し込んでた。もの凄く美しかった。俺は今までの事がまるで夢のように思えた。

 お腹がぐうっと鳴った。あの時の俺はいつもお腹がすいていた。

 アパートの裏の草を、母さんが摘んで細かく刻み、雑炊の中に入れているのを俺は知ってた。近くの公園から水を汲んで帰る道すがらも柔らかそうな草を物色して帰っていた。でもそんなもんじゃ人間のお腹なんていっぱいになんてならない。

 またお腹が大きくぐうっと鳴った。


 蒼い影が布団の上に伸びた。見上げると父さんが立っていた。父さんの腕が大きくひるがえると銀色の筋が目の前を横切った。一瞬後に、額に鋭い痛みが走って、生暖かいモノが耳に向ってゆっくりと流れていくのがわかった。

 俺は、布団を跳ね上げ飛び起きた。

 父さんの手には包丁が光っていた。月の光をあび、銀色の刃を持つ父さんの姿は堂々としていて、まるで古武士の様に立派だった。

 でもそれは、ゲームの3D映像のように現実感がなかった。


 その時、目に何かが流れ落ちてきて滲みた。手でぬぐうと、ぬるりと生暖かく、その色は驚くほど赤かった。

 初めて恐怖を感じた。助けを呼ぼうと思った。でも、喉が誰かに潰されたように締め付けられて声が全く出なかったし、立ち上がろうとしても足に力が入らなかった。腰が抜けるってよく聞くけど、本当にあるんだとその時知った。


 父さんの体がゆらりと揺れた。ゆっくりと、まるでスローモーション映像のように間延びしながら、俺に被さるように向かってきた。

 その時、隣に寝ていた母さんが飛び起きた。

「貴方、やめてっ!」悲痛な叫びが辺りに響いた。

 父さんの獣のような咆哮と、母さんの闇を切り裂くような悲鳴とで狭い部屋は一杯になった。

「一緒に死んでくれっ!それだけが私にできる最後の責務だっ!」

 父さんは母さんに向かって割れ鐘のような声で訴えた。久しぶりに俺は父さんの声を聞いた。でも、それは全くの別人の声みたいだった。


 母さんは父さんに向かっていきながら、相変わらず惚けたように布団に座っている俺を蹴っ飛ばした。

「逃げなさい上斗!あんたは何があっても生きてっ!」

 母さんは父さんともみ合った。そして、まだ床の上に転がったままの俺を力一杯蹴っ飛ばした。俺はゴロゴロと玄関の方に向かって転がった。ようやく体の呪縛がとれたように俺は起き上った。


 その時、カエルか何かが潰れたようなギュエッっという音が聞こえた。しばらくしてから、台所と奥の部屋を仕切るガラスの敷居戸に、父さんの手がべたっと押しあてられた。まっ赤に染まった大きな大きな手だった。それは、まるでホラー映画の様に見えた。相変わらず起こっている全てが現実感が感じられなかった。


 半分開かれた敷居戸の向こうから父さんの顔が覗いた。そして、父さんの背中側からゴボゴボくぐもったような音がして、ゼイゼイ呼吸音のようなものが聞こえた。

(母さん生きている!)そう思った瞬間、父さんが目だけを光らせながら、ヨロヨロとこっちに向かってきた。


 俺は裸足で外に飛び出した。お隣のドアをどんどん叩いた。父さんがドアを開けて追ってきた。

 俺は跳び退ると、そのままめちゃくちゃに走り出した。そして、目についた玄関のドアを叩いた。叩きながら父さんが追ってきてはいないかと、恐怖に引きつった顔で後を振り返り、振り返り、何度も確かめた。

 必死になって何軒かのドアを巡って、やっと出てきてくれた男の人に事情を説明した。すぐに警察が呼ばれ、俺はアパートに戻った。


 でも、母さんはもう既に事切れていた。

 俺は間に合わなかったんだ。

 あの時すぐに、父さんに反撃していたら、母さんは死なずにすんだのかもしれない。でも俺は怖くてそこから逃げ出したんだ・・・・・・


 父さんの行方は分からなかった。きっと俺を殺す為に探しているんだ。俺は恐怖に襲われた。

 俺を守ってくれた母さんは死んだ。尊敬していた父さんは地獄に堕ち、怪物と化してしまった。頼っていける知人も親戚もいない。本当はそのまま警察に守ってもらう事が一番良い方法だったんだろう。でも俺の頭は正常に物事を判断できなくなっていた。

(逃げよう!)俺は決心した。


 それから霧がかかったような頭のネジを無理矢理に回して、なるべく人がいないであろうと判断した山の方向を目指して夜通し歩いた。


 今思えば、何で人がいない場所を選ぼうとしたのかよく分からない。やっぱりまともではなかったんだろうな・・・・・・

 歩いて、歩いてくたくたになった。夜明けの光が差す頃、河原沿いの空き地に小さなお堂を見つけた。扉を押すとギイッと小さな音がして何の抵抗もなく開いた。中にはお地蔵様三体が安置されていた。

 その横に自分が眠れるだけのスペースを見つけるともう何も考えられなかった。そのまま倒れて泥のように眠った。


 目が覚めると、太陽は高く上がっていた。額が熱を持ってズキズキと痛んだ。

お堂の中から格子ををすかして外を眺めたけど、河原が目の前に広がっているだけで、人っ子一人いなかった。


 そおっと扉を開けて外に出た。

 入る時は気がつかなかったけれど、お堂の前にお供えのミカンと、皿に乗せられた団子のようなものがあった。ちょっと後ろめたい思いもしたけど、空腹には勝てずガツガツと胃の中に収めた。ワンパックのお酒もあったけど、さすがにそれには手を出す気にはなれなかった。


 食べ終わって、少し気持ちが落ち着くと悲しくなってきた。こんな時でも俺は腹が減るんだ・・・・・・

 俺は、母さんを見殺しにしたのに、こうやって浅ましく生き延びようとしている。そんな自分が嫌になった。すべてがどうでもいい気持ちになった。頭がガンガンと割れるように痛み、体が泥のように重くなった。

(何も考えたくない・・・・・・)そしてまた、お堂の中に潜り込むと体を丸めて眠った。


 次に目が覚めたのは真夜中だった。お堂の中に月の光が差し込んでいた。

 夕べの悪夢がよみがえってきた。父さんが、すぐ外に立っている気がした。何かが草をかき分け、ガサガサとこっちに近づいてくる音がする。俺は、恐怖に突き落とされた。お地蔵様の背後の僅かな隙間に必死で体を滑り込ませて隠れた。

 歯がガチガチと震え大きな音をたてる。音をたてまいと力一杯自分の腕に噛み付いた。それでも体中が震え、頭の中でガンガンと大きな音が鳴り響いた。

(助けて!助けて!)信仰心のかけらもないくせに、そう心の中で叫びながら冷たいお地蔵様にすがりついた。

 永遠かと思えるような夜がやっと明け、朝の光が格子をすり抜けて差してきた。その暖かい光に心底ホッとして体中の力が抜けた。そしてそのまま、また眠り込んでしまった。


 そして、目が覚めたのは昼頃だった。外を伺うとやっぱり誰もいなくて、新しいお供え物が置いてあった。

 そんな日々が繰り返された。無限の堂々巡りに閉じ込められた気がした。でもそれは、自分に与えられた罰のような気がした。ここは地獄なんだ。俺は地獄に落ちたんだ。そう思った。自分の頭がどんどんおかしくなっていく事を感じつつ、それでもそこから離れる勇気も出ず、トイレの時と、川の水を飲みに行く以外お堂の中に隠れて過ごした。


 だけど体は限界を超えていた。もう立って歩く事もおっくうになっていた。

 ある日の早朝、もう川に歩いて行く力もなく、ワンパックのお酒を開けるとぐいっと飲み干した。舌がしびれ、胃が熱くなった。お堂の階段に仰向けになると、目の前に朝靄のたちこめる空間が広がっていた。

 すべてが夢幻のように霞んでいて、なぜだか腹の底から笑い出したくなった。


「アタシがそなえていた団子を食べてたのは、頭の黒いネズミだったんやね」

 いきなり錆びたしわがれ声がした。驚く気力もなく、俺は声のした方に視線をのろのろと這わせた。

 びっくりするほど腰の曲がった小さな体に、土色の地味な服を着た婆ちゃんが鍬を背に立っていた。なんだか昔話から出て来たみたいな、今の時代とそぐわない雰囲気を漂わせたお婆さんだった。

(とうとうお迎えが来たんだ)

 俺はその姿に、三途の川を渡った先で亡者の着物を引きはがしに来る奪衣婆の姿を見た。そしてそのまま深い眠りに落ちていった。


 目が覚めると、見た事もない天井が見えた。天井の木目がまるで怪物の顔のように見え、俺の事を脅かしているようだった。ガンガンする頭をゆっくりと左右に振ると博物館でしかお目にかかれないような古風な部屋の造りが見えた。囲炉裏には鉄瓶が掛かって湯気を上げていた。そして、半分開いた障子の向こうから何か物音がした。


 俺は、時代劇に出て来そうな古くさい柄をした重たい布団を、やっとのことで押しのけると、部屋の端まで這いずっていった。

 障子の向こうはいきなり垂直にガクッと下がって、土で固められた土間が広がっていた。

 その土間の隅に古風な手押し式ポンプが据えられ、水色と白の小さなタイルで覆われた炊事場があった。そしてそこには生まれてこの方、一度たりとも現物を見た事のない竈がデンと存在感たっぷりに鎮座していた。竈には薪がくべられ。その上のお釜からは勢いよく湯気が上がっていた。

「やっぱり俺、死んだんだ・・・・・・釜ゆでにされるのかな・・・・・・」

 そう自分自身に呟くと、何だかホッとした気持ちになった。どうにでもしてくれ、すべての悪夢が終わったんだと救われた気がした。

「何言ってンだい。そんならアタシは地獄の鬼かい。老いたりと言っても女なんだよ、せめて奪衣婆の役所でも演じさせて欲しいね。でも、あたしゃ人の妄執を引きはがすお手伝いなんてまっぴらごめんだよ」

 さっきのしわがれた声がした。


 竈とは反対の、声がした方向に視線を走らせると、外の明るい日の光を背にして、さっきの婆ちゃんが背中に背負子を背負い立っていた。いや、背負ってとは言えないかもしれない。くの字に曲がった背中に乗っけてと言うべきかもしれない。

 それでも婆ちゃんは、曲がった腰には似つかわしくないスタスタとした達者な足取りで俺の前にやって来た。ぷーんと土の匂いがした。そしてその冷たい手が俺の額に押し当てられた。

「熱も下がったみたいだし、良かったよ」


 婆ちゃんは背負子をよいしょっと下ろした。タケノコや緑色の豆、ワラビ。その他、俺には何だかわからない何かを次々と取り出しては並べ始めた。

「よく寝たら、次は腹一杯食べる!」婆ちゃんは歯のない口で笑って見せた。笑うと、鬼婆のように見えた印象ががらっと変わって見えた。

 俺の腹はぐうっと鳴った。

 婆ちゃんが「料理が出来るまで寝てな」と言ったので、俺はまた布団まで這いずっていってまた眠った。体がどうしようもなく重たかった。いくらでも眠る事ができた。


 でもその眠りは安らかではなく、眠りについたと思うまもなく、血にまみれた父親の姿や、仰向けに倒れ目をかっと見開いている母親の姿が、追い払っても追い払ってもまとわりついてきた。声を出そうとするのに声はいっこうに出なかった。それでも呻き、よろめく足を必死になって前に出しそれらから逃げ続けた。


 ふわりと暖かな匂いがした。

 その匂いに導かれるように、貼りついたような重たい瞼をこじ開けた。

 婆ちゃんがお膳を持って布団の傍らに座っていた。ゆっくりと起こされて、布団の上でおかゆの入った茶碗を受け取った。フーフーと息を吹きかけ、口の中に一匙流し入れた。

 柔らかで甘い。そして何より暖かい。

 その暖かさは胃の腑から体中に染み渡った。涙がボロボロこぼれ落ちた。

 婆ちゃんがお代わりを勧めてくれたけれど、小さく縮こまってしまった俺の胃には、もうほんの一匙たりとも入らなかった。

「まあ無理せず、ぼちぼち行く事やね」婆ちゃんは食事の残りを、歯のない口で綺麗に平らげた。目尻を下げてへちゃっと笑い「ごちそうさん」と手を合わせた。そして、まっすぐに俺の目を見た。

「今は、な~んにも考えんで寝ときや。人生は長い。そんな時も必要や」

 そう言うと、また冷たい手を俺の額にあてた。その手のごつごつとした骨張った感触を感じながら俺はまた眠りについていった。


 目が覚めると、ぱちぱちという音が聞こえた。鼻腔の中をご飯の炊ける匂いと、学校のキャンプファイヤーの時に嗅いだ薪の燃える匂いが混じり合って抜けていった。俺は布団を抜け出してお勝手の方を覗いた。昨日よりも自分の体がしゃんとしている事を実感した。


 婆ちゃんは、忙しげに包丁をとんとんと鳴らした。そして、鍋の中をかき回すと、味噌を溶いた。今度は味噌の香りがパアッと広がった。お腹がぐうぐうひっきりなしに鳴った。

「おはようございます」おずおずと声を掛けた。

「もうすぐ出来るから、待っときな」そう言うと、婆ちゃんはお膳の上に食器を並べはじめた。

 土間へ降りようと体を起こすと、頭がくらくらっとして思わず柱にすがりついた。

「無理しようとしたって、体があかんて言うとる」婆ちゃんは笑った。


 でも、今日はお膳を前に座って食べる事ができた。柔らかく炊かれたご飯は昨日と同じく体にしみ込み、体の隅々まで行き渡っていった。味噌汁とタケノコの煮物も少し口に入れた。久しぶりに胃へと収められる真っ当な食べ物の一つ一つに、細胞が貪欲に手を伸ばしているのがわかった。


 俺の意思は過去に捕われたままなのに、肉体は生きる事を貪欲に欲していた。涙がとめどなく流れ落ちた。婆ちゃんは声を出さず泣き続ける俺を寝かせると布団をかけてくれた。そして胸の所をとんとんと軽く叩いた。

 婆ちゃんは、相変わらず俺に何も聞かなかった。


 そんな風に日々はあっという間に過ぎていった。命芽吹くうららかな春の日差しは瞬く間に過ぎ去り、積乱雲は日ごとに己の力強さを誇示してもくもくと積み重なり始めた。本格的な夏の日が来ようとしていた。


 俺はすっかり元気になっていた。

 体がしゃんとすると、婆ちゃんと一緒に田んぼや畑の手入れをした。飼っているニワトリや山羊、そして年老いた牛の世話もした。その牛は、昔、婆ちゃんと共に田んぼを耕していた牛だった。昔と言っても、俺が生まれる少し前からついこの間まで。

 当然、周りの誰もがトラクターを使う事が当たり前の時代。そんな前世紀の遺物を使っているのは、ここらでも婆ちゃんだけだったそうだ。そんな中、婆ちゃんはずっと自分のやり方を曲げなかった。だけど、ここ二年ほど、牛もさすがに年老いて、納屋の脇の牛小屋で草を食むだけの隠居生活になってしまっていた。

 俺はその牛の食べる草を刈り、薬草を採った。山の畑にソバの種をまき、トウモロコシを収穫して干した。梅干しや大根、らっきょうなどの漬け物も自分で漬ける事に挑戦した。


 婆ちゃんは起きている間、くるくる動き続けた。びっくりするような急な山の斜面も鎌を引っかけながらスイスイ昇っていった。若い俺の方がコロコロと斜面を転げ落ちていった。婆ちゃんは歯のない口を開けて大声で笑った。

 婆ちゃんは、日々自然の恵みを集め、様々な物を自らの手で作り出し、仕込んでいった。毎日の暮らしは矢の如く過ぎていった。


 婆ちゃんは俺が元気を取り戻した時、一度、俺に事情を聞こうとした。でも、俺は説明しようと試みたそのとたんに息ができなくなった。婆ちゃんは何も言わず背中を撫でてくれた。

 無償で俺の事を受け入れてくれる婆ちゃんに、事情のすべて話したいと思いつつも、その事に触れようとすると喉が潰されたように苦しくなった。体が痙攣し、息が出来なくなって倒れ込んだ。あの時の悪夢が、目の前にありありと再現されるような感覚に襲われ、言いようのない恐怖が体を支配した。

 それ以来、婆ちゃんが俺に事情を問う事はなかった。

 

「今日、明日中が、べごの命の山かもしれん」朝、牛小屋から戻ってきた婆ちゃんがポツリと言った。ここ数日の夏の暑さもあって、牛は目に見えて弱ってきていた。婆ちゃんの体が何故だか一回り小さく見えた。


 婆ちゃんは土瓶で煮出した薬草を桶に入れた。俺も桶を持った婆ちゃんの後についていった。

 牛はその大きな体を寝藁の上に横たえていたが、瞳をぐりっと動かしてこっちを見た。俺は、その体の下の藁は替えられないけれど、せめてもと、牛の体の周りの藁を新しいものと交換した。

 

 婆ちゃんは薬草の煎じ汁を飲ませて、塩をなめさせた。婆ちゃんは牛の額を優しく撫でた。俺は、息が詰まった際に撫でてもらった暖かい感触を思い出した。

「こうしてもらえたら、息が楽になるよな」俺は婆ちゃんと牛にむかって呟いた。

「今日は、ここに居るから、他の事はお前に全部まかせるよ」婆ちゃんの背中が益々小さく見えた。

「まかしといてや」俺は空元気を出して明るく言い放った。

「あとでお前用の味噌汁も作るからな」

 ぽんぽんと牛の頭を撫でて立ち上がると、力を込めて歩いた。力を入れないとグニャグニャと崩れ落ちそうな気持ちだった。死がまた目の前にあった。


 恐ろしくてたまらなかった。それを忘れる為もあったし、いつも婆ちゃんと一緒にやっている田んぼや畑仕事、まかないも一人でこなさなければならない忙しさもあっていつもより気合いを込めて働いた。


 昼に、婆ちゃん用のにぎりめしと鰯の干物と漬け物を弁当箱に入れ、牛用の味噌汁を桶に入れた。そして牛の餌場で刈り取って束ねておいた柔らかい草を脇に抱えた。

 婆ちゃんは相変わらず牛を撫でていた。牛は息をしているのかしてないのか分からないほど静かに横たわっていた。

 声も掛けられず、俺も牛の横に座った。牛の命の糸がどんどん細くなっていくのが俺にも見えた。

 最後に牛は、小さく息をするとそのまま動かなくなった。婆ちゃんの手も止まった。俺も息を止めた。

「精一杯生ききったな」婆ちゃんは牛に向かって呟いた。

 そして、俺の方を向いた。

「お前は何の為に生きる?その命を何に使う?」

 婆ちゃんの優しい瞳の中に強い意志が見えた。何の為に?何に?その言葉がグルグルと頭を巡った。

 どんどん息が苦しくなった。苦しくて苦しくて目の前が暗くなった。限界まできた時、一気に詰めていた息を吐きだした。そして次の息を思いっきり吸い込んだ。新しい、新鮮な空気が体中を駆け巡った。

「一度吐き出さんと、新しい物は入ってこん。過去に囚われとったら未来は見えん。命はいつか終わりを迎える。けれど、その死は無駄じゃあない。そこから新しい命が芽吹く。お前は新しい命。どんな時でもお天道様の方を仰いで生きていかなならん。地に咲くタンポポみたいにさ」

 婆ちゃんは笑った。

「その種は、コンクリの割れ目に落ちる事もある。日の差さない壁の隙間に落ちる事もある。それでも、また次の種を飛ばすために、今の現実を受け入れて己の持てる力を振り絞って生きていかなな」

 俺の背中に貼りついていた憑きもの達が、日の光に照らされ、溶けて流れ出していった。

 涙が噴き出した。まだ温もりのある牛の横腹にすがって俺は泣いた。泣きながら牛の命が俺の中に流れ込んでくるのを感じた。

「そいでも、一人では支え切れん事もある。だから人は支え合って生きていく」婆ちゃんの手が、俺の背中を赤ん坊をあやすようにポンポンと叩いた。

(俺は生かされてる。俺はこの命を何の為に使う?)

 俺は、体中のすべてを絞り出すように泣き続けた。


 牛の体を土に返すため、婆ちゃんは年代物の黒電話を使って、誰かに電話を掛けた。

「婆ちゃん、俺、前々から思ってたけど、こんなぐるぐるダイヤルを回して掛ける電話が今でも使えるなんて知らなかったよ。博物館に展示されてたっておかしくないよ」

「何言ってんだい。まだ使える物を、新しい物が出て来たからって捨てられるわけないだろ」婆ちゃんは、話が終わって受話器を下ろした黒電話を愛おしそうに撫でた。

「以前、ブラウン管テレビだって『はい、何月何日から映らなくなります』って言われたけど、そう上から言われてハイハイとゴミにするのが嫌でね。それにお前は知らないだろうけれど、この山の向こうにゴミの埋め立て場があるんだよ。目の前からなくなったって、結局、何処かの地で埋め立てられたり燃やされたりするだけ。再生される物もある事はあるだろうけれど、新しい命に繋がっていかないモノはあたしゃ嫌なんだよ」

「頑固ババアだね。ホント」


 婆ちゃんは俺の口をギュッとねじった。

「口の減らないガキだよ。だってさ、大正生まれのアタシがやっとの事であの戦争を生き延びて、やれやれ良い世の中が来たと喜んでたら、今度は高度成長、大量消費に浮かれ倒した時代の到来。そして、アタシの住んでるような山や、人から見捨てられたへんぴな田舎は、ゴミ処理施設や、今でこそ街の中にもあるけれど、当時は姥捨て山と言われていた老人施設。人々から差別の目で見られた障害者の施設。精神を病んだ人や、その頃の時代には隔離すべしと言われた病気の人達の施設が作られたんだよ。汚いとされる物、弱い立場の人、差別される人達を自分達の世界から隔離するための場所とされちまったんだから、弱い立場の人間として生きてきたアタシとしちゃ腹も立とうというモンさ」婆ちゃんは、珍しく強い調子で憤った。


 そんなやりとりをしている間に、玄関からのっそりと男の人が二人入ってきた。

「べご死んだンか」

 時々、婆ちゃん家にやって来る人だった。俺は父親の事もあって、大人の男の人への恐怖が消えず、今まであまり近づかないようにしていた。


 その人と一緒に牛の体にロープを掛け、ブルドーザーのような車で牛を外に引っぱり出した。そして三人で車の前についているスコップのような所に牛の体を乗せた。

 それから後、婆ちゃんと男の人はしばらく話をしていた。婆ちゃんの話し声はだんだんと大きくなっていった。俺は、心配になって少し離れたところから三人を見つめていた。最後に婆ちゃんは、諦めたように小さく頷いた。


 牛を乗せた車はゆっくりと去って行った。

「どうしたの。婆ちゃん」

「今は時代が違うから、昔のように自分の所にお墓をつくってやる訳にはいかないんだってさ。ちゃんと届け出て、しかるべき処理をしてもらわなきゃだめなんだってさ」婆ちゃんは悲しそうだった。

「ずっと、家族同然に生きてきたのにね。悲しいね」俺はその時、婆ちゃんの涙を初めて見た。


 そんな事があってから、婆ちゃんは夜寝る前に、俺に向かって昔の話をするようになった。でも、俺は話をすればするほど婆ちゃんの体が小さくなっていく。そんな気がしてならなかった。





    カヲル


 アタシが生まれた村は貧しい山村だった。家は山の斜面に貼りつくように建てられ、三時を過ぎると日は差さず、米はほとんど採れなかった。

 後から聞くと、時代は大正ロマンだのデモグラシーだのと謳われていた時代だったそうだけれど、彼の地ではみんな生きていくだけでも精一杯だった。


 学校へ上がる年となり、時代は昭和へと変わっていったけれど、周りは何一つ変わる事はなかった。もちろん小学校へ通える余裕のある子供などアタシを含め、周りには全くいなかった。。

 だから、アタシはいまだに名前をカタカナで書くのもやっとだ。見てみるかい?ほら、釘が曲がったようなひどい字だろ。今の子供から見たらびっくりするだろうね。


 誰もが必死で働いていた。でも、そんなに一生懸命働いても米の飯を食べられる事はめったになく、いつか嫁に行く時は米の採れる農家に嫁ぎたいと心から願っていた。


 日本と中国で戦争が始まってしばらくたった頃、山で木を伐りだしていた父がその下敷きになって亡くなった。そうでなくても苦しかった我が家の暮らしはそれこそ困窮していった。

 兄は自分から志願して兵隊になった。父親の頃の日露戦争の時もそうだったけれど、村の若者が生きるために兵隊になるのは当たり前の事だった。村では兄の他にも多くの若者が自ら兵隊となっていった。村の暮らしは貧しく、人の命の価値は安かった。


 アタシは十八になった時、人買いに買われて村を離れた。

 覚悟は出来ていた。アタシ自身が生きるため、そして親兄弟が飢え死にをしないため、それは当たり前の選択だったんだよ。アタシは家族を支えてるんだと、反対に誇りに思った。それでも涙は流れて止まる事を知らなかったけどね。


 アタシが売られた先は大都市だった。見る物、聞く物すべてが驚きだった。そこでの仕事は、お前には言えないようなものだったよ。でも、アタシは早く借金を返してまた家族の元に帰ろうと一生懸命働いた。故郷とのつながりがアタシの心の支えだった。


 ある日、店の主人の所に、満州国で兵隊さん達の相手をする仕事が持ち込まれてきた。そこで働くと日本で働く何倍もお給料がもらえるという話にアタシは飛びついた。少しでも早く故郷に帰れる。アタシの心は希望にふくらんでいた。


 その頃、日本の領土となっていた満州には日本の農民もたくさん移住していて、頑張れば豊かな暮らしができるのだといろんな人達から聞いていた。

 アタシは、大陸の花嫁となった農村の娘達がひどくうらやましかった。誰も知らない大陸の地に行けば、もしかして堅気に戻れるんじゃないかと、はかない夢を描いたりもした。もちろんそれは只の幻で、彼の地に行っても借金に縛られ、人々から卑しまれる仕事に変わりはなかった。


 でもそこでは、アタシ達卑しい職業の者達も、国防婦人会に組み込まれて兵隊さんの前線慰問や傷病兵のお見舞いなどの仕事をまかされた。

 アタシは晴れがましかった。堅気の人達に卑しまれ、後ろ指さされてきただけに、やっとお国のために働けるのだと誇りを持てた。

 借金も順調に返済し、あともう少しで日本に帰れるのだという所まできた。


 あの暗く侘びしい山村でも、アタシにとってのかけがえのない故郷。あの頃幼かった弟や妹の顔。年をとったであろう母親の顔が瞼に浮かんだ。


 あの日は夏だった。朝からとても暑かった。いきなり、ソビエトが攻め込んできたとの第一報が届いた。街は大混乱だった。大混乱の中、人々は列車に乗り込み逃げ出した。しかしたびたび列車は止められた。遅々として日本へ帰る道のりは進まなかった。

 屋根のない無蓋列車は、何度となく雨に打たれ、夏とはいえ体調を崩す人が続出した。死がいつも隣にいた。


 とある街で列車はまたも止められ、アタシ達は留まる事を余儀なくされた。そこで初めて戦争が終わった事を知った。なんの感慨もなかった。

 戦争が終わっても、毎日数え切れない幼子や老人達が病や襲撃の為に死んでいった。ただ明日を生き延びる事にみんなが必死だった。

 そしてどんなに事情が変わろうと、民間人、農民の中でアタシ達はさげすまれる存在に変わりはなかった。差別は続いていた。


 ある日、とうとう恐れていたロシア軍が迫ってきたとの知らせが入った。

 小屋の外を見ると、岡の向こうにロシアの戦車が見えた。避難民の中に諦めの空気が流れた。残虐な行為で知られていたロシア軍を目の前にして、人々の覚悟は決まった。

 手榴弾を持っている者には何人もがその上におおい被さった。銃を持つ者はその銃で、青酸カリを持っていた者はその薬で次々に自決していった。

 何も持っていない者は鎌を手に、それすらも持たぬ者は腰紐で・・・・・・己の子供を、親をその手に掛けて次々と死んでいった。


 阿鼻叫喚の地獄・・・・・・血のあぶくをふき、内臓を溢れさせ、死にきれぬ者のうめき声が今も脳裏にこびりついて離れる事はない・・・・・・


 アタシはその光景を震えながら見ていた。

 戦車の響きが聞こえてきた。もう一刻の余裕もなかった。死体を踏み越え、自決した人の銃に手を伸ばした。弾が残っているかどうか分からなかったけれど、それで死ぬつもりだった。


 その隣には手榴弾で自決した一家と思われる人々の死体が転がっていた。その中の若い女の死体がもぞもぞと動き、その下から男の子が這い出てきた。まっ赤な血を浴び、彼の目は恐怖に引きつっていた。それを見たとたん、アタシはその子の手を取りそこから引っ張り出した。


 弱い者から先に死ぬ・・・・・・その現実にむしょうに腹が立った。怒りがわき上がってきた。

 子供に静かにするようにと言い含めると、その小さな手を引き、裏口から足音を忍ばせて外に出た。豚小屋の汚泥と藁を体に塗りつけ、脇のどぶ川を腹ばいになって進んだ。

 何度かロシア兵が大声で叫びながらすぐ側をどかどか進んで行った。その度にどぶ川の草の中で顔半分を腐った水につけて小さくなった。

 あちこちで叫び声と火の手が上がった。その騒ぎに紛れアタシ達は必死になって逃げた。逃げて逃げて、どこをどう通ったかも覚えていない。それでもやっとのことで逃げおおすことができたんだ。


 男の子は、言葉をしゃべる事ができなかった。その時のショックのためか、元々なのかは分からない。

 でもその子が、それからのアタシの生きる希望となった。その子を守る為ならどんな事でもできた。

 アタシがそれからの地獄の一年を乗り越え、日本への引き揚げ船に乗る事ができたのはあの子のおかげに違いなかった。


 でもね、幼いあの子が日本の地を踏む事はなかった・・・・・・

 もう日本は目前という引き揚げ船の中で、下痢と嘔吐を繰り返し元々細かった体がもう、枯れ木のようにやせ細っていった。

 目はくぼみ皮膚がカサカサになった。指の後が戻らなくてへこんだままになって・・・・・・アタシは泣いたよ。この涙でうるおってくれって願ったよ・・・・・・

 船医もいたけれど薬もなく、為す術もなかった。

 そしてとうとうアタシの腕の中であの子は息を引き取った・・・・・・

 粗末な布にくるまれてあの子は海へ葬られた。

 もの悲しく汽笛が何度も鳴る音が今も耳に残ってはなれない。


 アタシはまた、生きる望みが消えてしまった。日本に上陸して、それからどうやって故郷の村へ辿り着いたかもよくは覚えていない。


 でも、気がつくと懐かしい故郷がそこにあった。

 母は、終戦の年に亡くなっていた。戦争に行った兄たちの一人は戦死し、もう一人は行方が分からなくなっていた。

でも、何よりも衝撃だったのは妹や弟達の言葉だった。

「姉やん、悪いが元の街に戻ってくれんかい。ここは小さな村で噂もすぐに広がる。姉やんも居心地が悪いやろから」

 やんわりと出て行ってくれという言葉だった。


 アタシは家族の為に生きてきたと思っていた。お国のためにも尽くしてきたつもりだった。でも、だれもそんな事を思ってくれていなかったんだ。


 助けたつもりの幼い命も救えなかった。いっそあの場で親子共々死なせてあげた方が幸せだったのかもしれない。


 アタシの絶望は深かった。

 以前働いていた街に戻ってはみたものの、アタシのできる仕事は、橋の下に板を建てかけ毎夜客の袖を引く事だけだった。ただ、日々生きているだけの糞袋のような毎日だった。


 そんな地獄の日を過ごしていたある日のことさ。


 その晩の客は最低だった。反対にアタシから金をむしり取って逃げていった。戦後三年も過ぎ、復興は着実になされていたけれど、復興から取り残された人々は地の底を這うようにして生きてきていた。だれもその底辺に救いの手をさしのべる者はいなかった。


 アタシはすべてが馬鹿馬鹿しくなった。河原にあった荒縄を見つけるとそれを肩に担いだ。そして小唄を口ずさみながら近くの神社に歩いて行った。

 正直、今までアタシをいっぺんだって救ってくれなかった神様に復讐する気持ちもあった。神社の境内につくと荒縄の端を投げて、ちょうど良い枝振りの木に引っかけようとした。でも思いの外に縄は太く、なかなか木には引っかかってはくれなかった。


「おい、女」野太い声がした。

 アタシは恐ろしくてビクッと身をすくめた。でもその後でおかしくて笑ってしまったよ。だって、今から死のうとする人間が、命やお金を盗られるんじゃないかって恐れたんだからね。

「死ぬなら、その縄の端を俺にも分けてくれないか」

 神社の軒下から軍服姿の男が這い出てきた。

「やめとくれ、アンタみたいなごついのが反対端にぶら下がったら、アンタは地面について助かって、アタシだけが上でぶらんぶらんする事になるだろ」

 アタシはその光景を想像して笑った。男も笑った。


「女、お前は何で死ぬんだ」

「この身なりを見りゃ分かるだろ、橋の下で客の袖ひく商売女が、故郷にも世間にも見捨てられて、世をはかなんで死ぬんだよ。神様の馬鹿野郎って糞垂れながら死ぬんだよ」

「それなら、最後に俺にお前を買わせてくれないか」男は神妙な顔で顎を撫でた。

「アンタ、その身なりで、しかもお宮の軒下に暮らしてて、お金なんて持ってンのかい」

 アタシは男の身なりを見て値踏みして言った。男はボリボリ頭を掻いた。

「持ってない。ツケにしてくれ」

「馬鹿お言いでないよ。あたしゃ今から死ぬんだよ。ツケなんてしないよ」

「いいじゃないか、俺がツケを払うまで、その命大事に持っときなよ」

 男の目が優しく細められた。


 アタシは何だか体の力が抜けた。そのまんま男の横にぺたんと座った。

 男は木村大介と言った。農家の三男坊で十九歳で徴兵され、中国戦線で終戦を迎えた。そのままロシア軍に捕らえられシベリアに抑留されて地獄の日々を送った。三年もの間、同胞がバタバタと死んでいく強制労働の日々を耐え忍び、やっとの事で解放されて、引き揚げ船に乗り日本の地を踏む事ができたのだと言った。


「しかしな、故郷に帰ってもシベリア帰りはアカだと白い目で見られる。近所の者も仲間と思われるのを恐れて近づこうとせん。仕事もない。必死でお国のために働いて、戦争が終わっても極寒の地で地獄の日々を送り、無数の同胞の無念の思いと共にやっとの思いで帰ってきてみればこの仕打ち。結局、俺に死ねという事かと途方に暮れていたら、女、お前が木に縄をかけ出したのさ。こりゃ幸い。俺も一緒にぶら下がろう。と、こういった訳さ。ただ、唯一の心残りは、シベリアで同胞を埋葬した上に芽生えたこのカラマツを、どうしようって事だけだな」

 木村は、傍らに置いた松の苗木に目をやって、無精髭の伸びた顎をぞろっと撫でた。


 アタシは猛烈に腹が立ってきた。男の腕をぐいと引っ張った。

「何言ってんだいアンタ!悔しくないのかい!アタシャまっぴらだよ。そんな玉無しと一緒にぶら下がるのは!生きてこの世間を見返してやるんだよ!」


 おかしいだろ。さっきまで死のうと思ってた女がだよ。神様が神聖な境内を汚してほしくなかったのかね。アタシはとりあえず木村を橋の下まで引っ張っていった。家とはとても言えるような所じゃなかったけどね。


 そこで、木村は最初の頃は寝てばかりいたよ。ただ飯食らいの穀潰しを拾ってきてって周りの女達には笑われた。だけど日が経つにつれ、アタシのような境遇の女達のボディーガードを務めてくれたり、何処かから集めてきたバラックで少しはましに住めるような住居を作ってくれたりした。


 そのうちに市場での仕事を見つけてぽつぽつと日銭を稼ぐようになっていった。しかし、二人になっても生活は相変わらず苦しかった。それなのにね、木村ったらある日浮浪児を連れて帰ってきたんだ。目ばっかりぎょろぎょろさせて、素行も最悪。とんでもない悪たれをね。お前もちょくちょくウチで会うだろう。あの背の高い方の真三さ。


 アタシには子供ができなかった。そんな暮らしを続けていたからね。それは、木村にも言っていた。でもずっと子供が欲しかったんだ。そして貧しくとも普通の暮らしがしたかったんだ。

 アタシ達は、三人で身を寄せ合って暮らした。初めて、真っ当な人の愛情を知った気がしたよ。でも、生活はどん底だった。


 そんな日々かつかつの暮らしを相変わらず続けていた時、木村が、戦後政府が引き揚げ者や復員軍人の就業確保と国内の食糧増産を目指し、日本各地での開拓民を求めているという話を市場の主人から聞き入れてきた。

 アタシ達は飛びついたよ。元々農家で生まれ育ったアタシ達には、自分達の土地を耕せる事は何よりも夢だった。

 それから、この地に移り住んだ。地力がなく水の便の悪い土地だったけれど、今じゃ大したモンだろう。生活が安定してきてから、もう一人養子を迎えたよ。それが定春さ。


 木村は四年前に亡くなった。大往生だったよ。今では木村がシベリアから後生大事に持って帰ってきた松の根元に眠っている。あの時あんなにちっちゃかった苗木が、今では見上げる大きさだよ。


 ここは、いろんなモノが流れ流れて集まった吹き溜まりだよ。でもね、上斗。お前もお天道さんの方向いて、まっすぐまっすぐ歩いて行ったら、いつかあの木のように大地に根を張って逞しく枝葉を広げられるからさ。

 お前に何があったかは知らない。でも、人は人の中でしか生きていけないんだ。

 世の中は理不尽だよ。全く公平なんかじゃない。

 人は、平気で人を欺き、陥れ、蹴落とし、時と場合によっては簡単に命も奪う。

 でも、世界がお前を愛してくれなくても、お前がそんな世界を愛する事はできる。醜い己を愛し、醜い世界を愛してごらん。


 アタシはお前が見てきたように、自分本位の勝手な婆さ。以前お前が、何かあったら自分の体や目を病気の人に移植してあげたいと言った時、あたしゃ次の世に生まれ変わる時に目がなければ困るから嫌だと言ったよね。世界はこんなごうくつ婆を生きろとこの年まで生かしてくれた。それは、最後にお前に会うためだったのかもしれない。


 お前はここからまた巣立って生きていくんだよ。

 何だか、眠くなったね。今日はぐっすり眠れそうだ。

 おやすみ。上斗。





    破


「婆ちゃんは、すべてを話し終わった次の日。いつものように朝飯前の日課である畑に行く為、鍬を担いで座した姿勢のまま事切れていた。安らかな顔だった。俺はすごく婆ちゃんらしい死に方だと思った。

 それから婆ちゃんの黒電話で息子達二人を呼んだ。葬式も済ませ、俺の身の振り方の話になった。俺はすべてを正直に話した。二人が俺を引き取って育てるという話も出たけれど、俺はまず、すべての区切りをつけようと思った。警察に届け出て事の詳細を話した。警察も呆れてたよ。あの事件から一年以上経ってたんだから。

 父さんは生きていた。死ぬ事もできず、河原で呆然としている所を捕まったんだと聞いた。死んでいて欲しかった。なんでお前だけおめおめと生きてるんだ!そう叫びたかった。俺は父さんの弟に引き取られる事になった。父さんの弟は、昔から父さんと仲が悪くて、父さんの保証人になる事もなかった。以前、俺は父さんから、弟は小さい時から出来が悪くて、大人になった今でも貧乏で、どうしようもない奴だと聞かされていた。絶縁状態で、ほとんど会った事もなかった。

 俺は叔父さんの家に厄介になる事になった。でも、俺はダメだったんだ。始終いやみたらしく父さんの悪口を言い続ける叔父さんに我慢できなくなったんだ。俺は叔父さんの腹いせのために引き取られたんじゃないかとも思った。確かに父さんは今まで叔父さんの事をずっと馬鹿にしてきた。そして、今や父さんは犯罪者だ、人生の落伍者だ。

 俺は未だに父さんに会いにも行っていない。言えた義理じゃない。でも、でも・・・・・・叔父さんが父さんの事を悪く言って、俺にネチネチ言う事が耐えられない。

 現実に向き合えず、俺はまた逃げだしたんだ」

 上斗は言い終わると、脱力したように肩を落としてうつむいた。


 天聖はしばらく何か考えていたが、すっと立ち上がった。

「上斗くん。僕が君を送っていって、遅くなった事を叔父さんにお詫びするよ。まずは叔父さんの家に帰ろう」


「何言ってンの兄キ。そんなひどい叔父さんの家なんて出ちゃったらいいじゃない」姫花がブーイングをしてみせた。


「姫花は相変わらず常識外れだね。これからの事は、追々考えるとして、まずは帰らなきゃ」

 上斗は天聖に促され、何か吹っ切れたように立ち上がった。そして、姫花から制服を受け取って着替えると、天聖と一緒に出て行った。


「兄キ、外に出たよ・・・・・・」姫花が呆れたように呟いた。

 優人も姫花にごちそうさまを言うと自宅に戻った。

 みんなの中に上斗の話が深く根を下ろしていた。


 次の日の学校は、清潔になった上斗の話でもちきりだった。そして、一気に仲良くなった三人の姿に先生も驚きを隠せなかった。


 その日は運動会の総練習の仕上げだった。姫花は朝のホームルームで、クラスのみんなに提案を投げかけた。

「奥山くんの事ですが、運動会の応援合戦の旗手をさせる事を提案します。彼は、ずっとクラスの輪に入る事を拒否し続けてきましたが、これを機会に親交を深める事ができたらと思います」


「反対!」晃治がすっと手を上げた。

「旗手は、ずっと小山くんが練習を重ねてきました。その彼の今までの努力、研鑽を無にして、ただ旗を振ればいいなどと軽く考えて欲しくないです」


 晃治は、姫花を馬鹿にしたように見つめた。姫花は、負けじと闘志むき出しの顔をしてにらみ返した。

 担任の藤田は腕組みをしてしばらく考えていた。

「小山はどう思う?」

「確かに、ただ旗を振っているだけではないという自負はあります。でも奥山くんはずっとクラスから浮いた存在でした。その彼が、それだけの覚悟をもって挑むなら譲ってもいいかな、と思います」

 晃治はチッという表情を浮かべた。


「奥山本人はどう思ってるんだ?」藤田は、今度は上斗自身の決心を確認するように尋ねた。

「今まで、クラスの輪に入ろうとしなかった非礼をわびる意味も込めて、誠心誠意務めたいと思います」

 パチパチと拍手がおこった。

「では、決を取りたい。奥山に旗手を交代する事に異議のある者はいるか?いなければ今日の総練習から奥山で行く事とする」

 晃治達のグループは不満げだったが、クラスの流れを敏感に察知して沈黙を守った。

「よ~し!新生2ーBファイッ!」藤田は大声でかけ声を掛けた。いつも冷めがちなクラス全体が、運動会前の高揚感も後押しして一気に歓声で湧いた。


 その高揚し沸き立つ輪の中で、優人は「青春かよ、ウゼッ」と呟く晃治の声を聞いた。その声はぞっとするような冷たさに満ちあふれていた。





 運動会の歓喜は終わった。

 抜けるような青空の下、熱い熱戦が繰り広げられた。2―Bが所属する青龍チームは最後のリレーで惜しくも優勝を逃した。


 運動会の後片付けで椅子を教室に運び終わった時、優人は廊下の片隅で困ったように立ちすくむクラスメイトを見た。そしてその周りを晃治達のグループが囲んでいた。囲まれている彼はリレーの選抜メンバーだった。


 リレー中判、彼を含め三人の選手でのぎりぎりのデッドヒートが繰り広げられた。誰も譲らず、互いの体が接触した。沢山の悲鳴と歓声が揚がる中、二人が転倒し、一人は無事に抜け出し一位を手にした。そして転倒した二人の横を後続のランナーが次々と抜いていった。

 接触転倒した原因はクラスメイトとされた。

 優人達のクラスは、進路妨害でペナルティーを取られた。そしてチームは、今まで大量得点を得て獲得していた一位の座から転落した。


「選抜された君が、大事な所で失敗してもらっちゃ困るんだよね」晃治は腕組みして冷たく言い放った。

「しかも、ペナルティーだなんてやる気あるわけ?みんなにどうやって詫びを入れるつもり?クラスだけじゃないよ、一年、三年を含め青龍チームみんなの期待を裏切ったんだよ」


 クラスメイトはうつむいてじっと耐えていた。自分の責に押しつぶされそうになっているのが端から見ても痛いほどわかった。優人は自分が責められているようで胸が苦しくなった。でも、その場に行って何か反論する事などとてもできなかった。何か言ったら、次は自分がターゲットにされる事が恐ろしかった。


「お前は、失敗した事がないのかよ」

 階段から息を切らせながら、椅子を運び上げた上斗が晃治に向かって問いかけていた。

 晃治は、あからさまに嫌な顔をした。

「聖人君子か、君は?きれいごと言わないで欲しいな」

「失敗するのが怖くて全力を出さないより、ギリギリすべてを出し切って失敗した方がいいんじゃないのか?」

「なに言ってんだよ、負けは負け!敗者には言い訳なんて出来ないんだよ!」

「ふ~ん」上斗は額の汗をぬぐった。ちらりと見えた傷に晃治は少し戸惑った表情を浮かべた。

「まっ、それはお前の生き方だし。でもそれを、一切合切正しいと人に押しつけんなよ。お前は神か?そう呼んでほしけりゃ呼ぶけど、あんまり楽しいもんじゃないと思うけどな。人の身で神をやるっていうのは・・・・・・」


 何言ってんだコイツという興ざめした表情で、晃治達は去って行った。しかし残されたクラスメイトは困りきった様子で上斗に言った。

「ありがたいけど困るんだ。彼らに睨まれたらネチネチ意地悪されるし、失敗した事は事実だから、受け止めなきゃいけないと思ってる。でも、とりあえずお礼は言っとくね」そう言い放つと、クラスメイトは慌てて晃治達を追いかけていった。


「王様を創るのは奴隷・・・・・・」上斗の呟きが、窓から吹き込む秋風に消されていった。




 上斗達は、放課後自習室で勉強をするようになっていた。中学受験を勝ち抜いた優秀な小学生であった上斗だったが、一年半以上も学校に通っていなかった事実は、成績に明白に反映されていた。


 時間の空いている先生がいる時は、その先生に教えてもらい、誰もいない時は三人で頭を付き合わせてて勉強をした。


「アッタシ国語嫌~い」姫花がぐでっと机に突っ伏した。

「そうか、俺けっこう好きだな」上斗はノートにペンを走らせながら答えた。

「僕は、ライトノベルみたいな文章は好きだけど、教科書に載ってるような一文一文が長いものは、何が言いたいのかわからなくなっちゃう。堅くって取っつきにくいし」優人は教科書をぺらぺらめくりながら言った。


「でもさ、人は言葉を通してしか人に意思を伝えられないからな。そりゃ人は見た目が九割っていう本も出てるけど、言葉を交わさなきゃ始まらないし理解しあえない。言葉を交わしてこそ、初めてわかることがいっぱいある・・・・・・」


「意地悪叔父さんとも?」姫花はふふんと鼻先で嘲笑うように言った。

「叔父さんとも話をし始めたよ。カチンとくる嫌なヤツって思う所はいまだにいっぱいある。でもそのトゲのある言葉の背景にある父親との葛藤とか、いろんな背景を知っていくと、置かれている状況は全然変わってないのに、感じる俺の心のほうが変わっていってるのがわかるんだ」

「へ~」そう言いつつも、姫花は相変わらず懐疑的な顔つきを崩さなかった。

「アタシは無理だな。相手の表情一つでムカッときちゃう」

「姫花は行動にストレートに出しすぎだよ」優人はやれやれという顔をした。

「何を、このM男が!いたぶられる事が大好きなくせに!」姫花の拳がぐりぐりと優人の頬にねじ込まれた。

「やめてよ!姫花!」「うりゃうりゃ、その哀れっぽさが余計にやられる原因なんだよ!」悪のりをし始めた姫花の目の前でガラッと扉が開いた。


「何やってんだお前ら。先生はな、貴重な家族との時間も涙をのんで割愛し、割に合わない薄給をものともせず、お前達の為に時間を割いてやってんだからな!しゃんしゃん勉強しやがれ!」国語の薦田がのしのしと入って来ると、持っていたバインダーで三人の頭を順繰りに叩いた。


「先生~僕は何にもふざけていませ~ん」そう言う上斗の言葉を無視して、特別授業は進んでいった。




 特別授業の帰り道、もう日は暮れ初めていた。三人は取り留めもない話で笑いながら帰路についていた。

 以前、上斗が名無しにパンをやっていた駅の裏手にさしかかった。


「ねえ、何かキュウキュウ言ってない?」

 みんなが姫花の言葉に耳をそばだてた。確かに駅の裏の資材置き場の方から、今にも消え入りそうな声がした。

 声の出所を探すと、資材を置いた一番奥まった場所で名無しが苦しそうに息をしながら横たわっていた。そして、その乳房にまだ目も開かない4匹の子犬が、か細い声を上げながらしがみついていた。


「えっ、コイツなんか苦しそうだよ」

「獣医さん、獣医さんに連れて行かなくちゃ!」優人は慌てて手を出そうとした。

 ぐったりと横たわっていた名無しが、急に頭をもたげると、歯をむき出して低くうなった。

「馬鹿!助けようとしてるのに!」姫花は地団駄を踏んだ。

「何か、運べるような空き箱か何か探してこなきゃ」いつも冷静な上斗も慌てた様子で辺りをうかがった。


「どうかしたの?」その時、柔らかな女の人の声がした。

 天の助け!と振り向くとベージュのスーツを着た小柄な女性が立っていた。


「野良犬なんですけど、子犬を産んで、その後に調子が悪くなったみたいで」

「わかったわ。すぐに助けを呼ぶから安心してちょうだい」女性の落ち着いた声に、泡を食っていた三人も落ち着きを取り戻した。女性は何処かに電話を掛け、今の状況を的確に説明した。ほどなく一台のワゴン車がやって来た。そして降りてきた男の人は、手慣れた様子でケージを下ろし、その中に名無しと子犬たちを入れた。

 あまりに手慣れた様子に三人は不安に襲われた。


「もしかして、犬の殺処分をする保健所の方、なんて事は無いですよね・・・・・・」

上斗は恐る恐る尋ねた。もしかして自分達は名無しを救うつもりで、とんでもない地獄の使者を呼んでしまったのかと不安に駆られた。女性はケラケラと笑った。


「まさか。私達は、捨てられた犬猫を保護して飼い主を探すボランティア団体をしているの。今日は仕事でこっちに来てたのだけれど、この駅に居合わせてちょうど良かったわ」

 女性は柔らかな笑顔を見せると、名刺を差し出した。そこには安藤優香と名前が記され、住所、電話番号、メルアドが書かれていた。裏には様々な資格や所属団体の名前も並べられていた。


「臨床発達心理士?何ですかこれ?」

「私は、福祉センターとかで様々な人々の体や心の悩み相談を受けているの。例えば育児、学校、職場、家庭、介護などでの悩み。その中には発達障害、引きこもり、DVや薬物などの様々な問題を抱えてる人がいて、その解決への道のりは多岐にわたっているわ」

「ふ~ん」姫花は興味を惹かれたようだった。そんな姫花に優人は少し意外な印象を覚えた。


「良かったら、またこの子達の事も知らせたいし連絡をちょうだい」

「あっ、それならこの名刺のメルアドにすぐアタシの連絡先送りますから!この子達の映像送って下さいね」姫花は鞄からスマホを取り出して手早く打ち込み送信した。


「姫花、学校にスマホ持ってくるの禁止!」優人が小姑のように注意した。

 安藤さんはメールをチェックすると、にっこり笑った。

「じゃあ、映像送るからね。楽しみにしてて。そして、誰かこの子達を育ててくれる人がいたら教えてね」


 安藤さん達が去った後、姫花はため息をついた。

「いいね~サッと現れて人助けをして、いや、犬助けか?そしてまたクールに去って行く。ヤダ、今まであんな大人、アタシの周りにいなかったし。カッコイイかも。決めた!アタシあんな人になる!」

 優人と上斗は顔を見合わせて吹き出した。

「ムリ、ムリ!人の悩みを、にっこり笑って聞くなんて姫花には絶対ムリだろ!」

 ゲラゲラ笑う二人の腹に交互にパンチを食らわせて姫花は叫んだ。

「バッカヤロ~!アタシだって誰かの役にたってやるんだからね!」

 そう高らかに宣言すると姫花はずんずん歩き出した。二人は、本気か?と顔を見合わせながら帰路についた。


 線路脇の草むらで虫の音がもの悲しげなメロディーを奏で始めた。大きな月が山の向こうから顔を覗かせ、三人の上に星が瞬きを増し始めていた。



 名無しは、獣医さんの適切な処置も受け、安藤さん達の団体の借り受けている場所で、安全な寝床と食事にもありつき無事その命を取り留めた。


 回復していくと共に、皮膚病でまばらになっていた貧相な毛並みにも艶が出てきた。オドオドとしていた顔つきも少し落ち着きを見せ始めていた。


 名無しの子供達は日を追って成長し、今では目もぱっちりと開いて、その仕草はかわいらしさを増していった。

「見て見て~可ぁ愛い~」姫花は、休日に優人と上斗の二人と連れだって名無しの子供達に会いに来ていた。


「あんだけいじめてたくせに。その変わりよう。女心と秋の空ってやつ?」

 名無しの頭を撫でる姫花に優人は冷たく言った。最近の姫花の変化に優人は不安を覚えていた。


「アタシがいじめてたのは、あいつ自身のいじけた態度よ。ビクビクいつも強いヤツに媚びへつらって腹が立つったらありゃしない。でも、アイツ、子供を守ろうと初めて牙を剥いたじゃない。何だか見直しちゃった。アタシもいつかそうなれるかな?ねえ上斗?」

「ン、十分お強いですよ」他の犬猫達の餌やりを手伝っていた上斗は気のない返事を返した。


 優人は、姫花が上斗を呼ぶ際の甘い響きに気付いていた。その響きを耳にする度に優人の心はズキンと痛んだ。

(僕の女王様が、ただの恋する女になってしまった)

 優人にとって姫花は、誰に屈する事もない強く自由な女王だった。その女王が誰かの元にひざまずく姿など見たくなかった。


「上斗、スマホでこの子とアタシの動画撮ってよ」姫花は優人の心など知らん顔で子犬を抱き上げると上斗に話し掛けた。

「はいはい、女王様」

 上斗は、冗談ぽく言うと姫花のスマホで動画を撮り始めた。優人は自分の中の真っ黒な嫉妬に押しつぶされそうだった。

 窓ガラスに風が体当たりしてガタガタと揺らした。外は雲が低く垂れ込め、一荒れしそうな様相を見せていた。




 運動会の後、姫花達三人はクラスから無視されるようになった。いや、完全な無視というのとは少し違っていた。授業などの先生のいる前では、別に当たり障りのない態度がとられた。しかし、いつの間にか筆箱が落とし物の箱に入っていたり、机の中に消しゴムのかすや紙くずが入っていたりした。故意にではなく、まるで何かの偶然か間違いか。そんな風に取りつくろわれた小さな出来事がたびたび起こった。


 誰がやっているかわからないさりげない悪意。明らかに三人とクラスの皆の間には絶対に乗り越える事のない強固な壁が存在していた。

 姫花や上斗はそんな些細な事にはあまり傷つかないようだった。三人でいれば別にいいじゃない。と気にも留めてない様子だった。


 優人は、ずっと壁の中からはじき出される事を恐れていた。その為に晃治達にへらへらと従っていた。しかし、最近の優人の行動は完璧なる離反行為に間違いなかった。とうとう輪の中からはじき出されてしまった。その現実に優人は打ちのめされた。


 別にそれらの行為は、晃治が音頭をとってアイツらを無視しろと言っている訳ではなかった。晃治達の顔色をうかがって、皆が勝手に動き出した結果が今の状況であり、それが一番厄介である事を、小学校から晃治とは一緒だった優人は知っていた。

 集団意識、つながりの暴走。そうやって、自分達とは違う、利害が合わない少数派が踏みつぶされてきたのを何度も見てきていた。


 そんな中で、姫花だけが踏みつぶされても踏みつぶされても起き上がってきた。そんな姫花に優人は恋とはまた別の、焦がれるようなあこがれを抱き続けてきた。

 姫花が上斗に惹かれる様を見ているのは辛かった。でも、晃治達の所にも戻れなかった。優人は自分の想いを隠したまま不安定な三角形の一辺に自分の所在を置き続けていた。





 その日の放課後、先生に用事を言いつけられ職員室に印刷物を運んでいた優人は、自習室へと急いでいた。


 北校舎の隅の下駄箱まで来た優人は晃治達のグループに囲まれた。

「M男くん、自習室に姫花はいないよ」にやにやしながら、取り巻きの一人の將馬が言った。

 優人は体がすくんで動けなかった。

「大丈夫、いい事教えてやるから・・・・・・」そう言う將馬に腕をとられ、なすすべもなく優人はついて行った。


 つれて行かれた先は、北校舎裏にあるプールのボイラー室だった。そして、その部屋の中央、プールネットが積み重ねられた上に姫花がぐったりとして横たわっていた。上斗は?と、辺りを見回すと、入ってきたドア近くの床の上に、鞄やサブバッグと一緒に意識を失った状態で乱暴に転がされていた。


 優人はパニック状態になった。

「何なんだよこれ!姫花達どうなったんだよ!」恐怖に襲われ、大声で叫んだ。


 ぐいっと大柄な將馬の体が優人の前に立ちはだかった。

「静かにしてくれるかな。大丈夫、麻酔で眠ってるだけだから。僕たち殺したりとかそんな非合法な事なんてしないから」

 その静かな口調の中の有無を言わせぬ圧力に、十分これだって非合法じゃないかと思いつつも優人は押し黙った。


 姫花の横に立っていた晃治が、優人の方を振り返ってにっこり笑った。

「優人、お前さ、最近調子に乗りすぎてるんだよ。ホント生意気。力のない奴がどんなに徒党を組んだって、上のヤツにかなうわけないだろ。わかる?奴隷は奴隷らしく、おとなしく言う事聞いてりゃいいんだよ」


 晃治は、姫花の方に向き直った。

「M男くん、君に最後のチャンスをあげるよ」

 晃治の手が姫花の制服のボタンにかかった。

「君、姫花の事好きなんだろ。でも、最近強力なライバルが現れた。このままだったら大事な女王様がとられちゃうよ」

 姫花の制服のボタンが次々と外され、肌が露わにされた。

「やめろよ!そんなことして何になるんだよ!お前らだってただじゃ済まないだろ!」

「大丈夫。そんなへまはしない。二人共麻酔で意識はない。証人は誰もいない。麻酔だって病院で使われている安全なものだ。目覚めたらそこはもういつもの日常。何の問題もないだろ。僕たちには力がある。人の上に立つ僕たちは、何だって自分の思い通りにする事が出来るんだ」

 晃治は自分自身の言葉に酔ったように言い放った。優人はその姿にぞっとした。


「やれよ」晃治は優人にむかって命令した。

 將馬の手が優人の背中をドンと押した。周りのみんながはやし立てた。誰かがスマホを構えた。


「や~れ!や~れ!」

 悪意に満ちた醜悪な壁がジリジリと優人の周りに迫ってきた。数え切れない手が伸びてきて優人の制服をむしり取った。おぞましい言葉が浴びせかけられ、優人の心を切り裂いた。

 誰かの手が勢いよく優人の背中を押し、優人は姫花の体の上に倒れ込んだ。

「やめろよ!そんな事出来るわけないだろ!」優人は泣きながら懇願した。


「お前達!何をしてる!」

 ドアがバタンと開いて、担任の藤田を筆頭に数人の先生がなだれ込んできた。

 それから泡を食って逃げ惑う晃治達のグループが、先生達の手によって次々と取り押さえられた。

 優人は、そのままズルズルと床に座り込んた。全く状況が飲み込めなかったが、助かった事だけは理解できた。


 その時、誰かの手で優人の背に上着がそっと掛けられた。涙に濡れた目で見上げると、そこには上斗が微笑んでいた。姫花も養護教員の手によって担架で運ばれていった。ホッとして、優人は上斗にすがりついて大声で泣いた。泣いても泣いても涙は止まらなかった。




 校長室に硬直した重苦しい空気が流れていた。晃治達は頑として自分達のした事を認めようとはしなかった。

 僕たちは、『どうしても姫花くんに想いを遂げたいんです』と、訴える優人くんに泣き付かれて手伝いをしただけです。首謀者は優人くんです。そう晃治は堂々と胸を張って言い切った。


 姫花は、まだ麻酔が効いていて保健室で眠り続けていた。途中で麻酔から目覚めて、職員室に知らせに行った上斗はその場の詳しい事情は知らないも同然だった。


 優人一人に対し、相手は六人だった。押しつぶされそうな彼らの視線に、優人は立っているのがやっとだった。


「親御さんを呼ぶから、またその時に話す事にして、まずは一人ひとりと話をする事にしよう」校長先生達は、みんなをバラバラにして一人ひとりと話を始めた。永遠とも思えるような時間が過ぎた。それぞれの親達もぽつりぽつりと集まり始めた。


 優人の母親も、上斗の叔父さんもやってきた。それぞれの親達は少しずつ離れた場所でぼそぼそと子供と話し合った。どの親も不安げでいたたまれない様子だった。一番遅れて晃治の父親が慌てた様子でやってきた。


 校長室は、またもや硬直した空気でビリビリし、誰かがほんの一突きでもしたら破裂しそうだった。校長は今までの経緯を話した。それは晃治側と、優人側の二つの咬み合わない経緯だったが・・・・・・


「その麻酔薬は誰が持ってきたんだ?」晃治の父親がいらだたしげに口を開いた。

「僕です」晃治がうつむいて答えた。

「どこからだ」

「父さんの病院からです」バシッという音がして晃治の体が吹っ飛んだ。


「お前は、何てことをしたんだ!相手を殺してしまったかもしれないんだぞ!どうして、お前はいつも私達の期待を裏切るんだ!お前のような奴は家の恥だ!」平手で晃治の頬を勢いよく叩き、怒気を強めて父親は怒鳴った。

「事件の経緯についてはどうなんだ。お前の言っている事は真実か?」

「はい・・・・・・」よろよろと姿勢を正しながら晃治は答えた。

 晃治の父親は、校長先生の方に向かって居住まいを正した。


「本人も天地神命に誓ってそう言っていますし、証人もおります。相手はただ一人ですよね。どっちが正しいかは明白なんじゃないでしょうか?」

「いえ、真実というのは多数決で決まるものではないでしょう」校長は渋い顔をした。


「あたしは、自分の子供を信じています!」ヒステリックな叫び声がした。

「あなたが自分の子供を信じるように、あたしはあたしの子供が真実を話していると信じます!この子は本当に心の優しい子です!そんな!そんな風に人の心を踏みにじるような事は断じてしません!」

 優人の母親は取り乱しながら晃治の父親に詰め寄った。晃治の父親はそのヒステリックな様に露骨に嫌そうな顔をした。


「奥さん、落ち着いて下さい。そんな感情的になられたら、まとまるものもまとまらないでしょう」

「まとまる?まとめるものなんですか?この事件は?真実をきちんと丁寧に探っていくべきものでしょ!解決をつければそれでいい。そんな簡単な事ではないでしょう!」

「お話しになりませんな。それでは裁判でも何でも受けて立ちますよ。そちらにそれだけの覚悟があるんでしたらね。お互いに話しても感情的になるだけですし、私の方も忙しい身ですので、これで引き取らせてもらいます」

 晃治の父親は有無を言わせない態度で、晃治を連れて部屋を出ようとした。益々半狂乱になった優人の母親は、相手に向かって罵倒の言葉を浴びせかけ、背広を掴んで引き留めようとした。


「晃治・・・・・・」

 低く通る声がした。

 皆がその声の方を見つめた。上斗が晃治にむかって歩みを進めた。優人はその表情をかつて見た事があった。

 初めて出会いで、姫花が上斗を殴った時・・・・・・

 名無しにパンをあげていた上斗が、優人の口にパンを入れた時・・・・・・

 その時と同じく、怒りでも恐れでもない。慈愛と哀しみに縁取られたその顔からは、誰にも犯すべからざる強い光が放たれていた。


 上斗が静かに晃治に歩み寄り、その肩をぐいと自分の方に向けた。そして、その次に両腕でしっかりと晃治を抱きしめた。


 みんなは一瞬あっけにとられ、戸惑った表情を浮かべた。その時、上斗の唇が、晃治の耳元で何かを囁いているのを優人は見てとった。

 晃治は、驚愕した表情で上斗を突き飛ばした。


「何ですかこれは?仲直りのハグですか?」晃治の父親は馬鹿にしたような表情を浮かべると、今度こそ有無を言わせず出て行った。


 濃い疲労感だけが残された。優人はしゃくりをあげる母親の肩を優しく抱いた。暖かな母親の体温と優人の体温が優しく混じり合った。




 次の朝。ショックのあまり学校には行けないのではと心配しながら、恐る恐る姫花を迎えに行った優人は、いつもと変わりない姫花の態度に驚きを隠せなかった。


 登校途中、上斗とも合流した三人はいつものように肩を並べて歩いた。

「姫花、本当に大丈夫なの?」

 学校も間近になり、心配になった優人は尋ねた。


 優人自身は、夕べ一睡も眠る事ができなかった。眠ろうとする度に、裸に引き剥かれ、罵倒される悪夢がよみがえった。男の自分でさえ恥ずかしさと痛みでいっぱいなのに、姫花の心情を推し量るとたまらなかった。


 そして今日、また晃治達と顔を合わせる事を思うと自分自身が耐えられそうになかった。


「アイツらが、どんなに汚い手でアタシに触れようと、アタシの皮膚は一ヶ月もすれば新しいものと入れ替わる!」姫花の声が力強く響いた。

「内臓だって骨だって血液だって、肉体のすべてが七年もすれば全く新しいものと入れ変わるのよ!それに、アタシの魂はアタシだけのもの。アイツらなんかが手を触れる事もできやしない。自分自身が諦めない限り、この魂の輝きは消える事なんてないっ!」

 姫花はいきなり立ち止まると、太陽を背にして拳を突き上げて見せた。周りの登校途中の生徒達が迷惑そうによけて通った。


 くすっと上斗が苦笑した。

「姫花、マンガのヒーローじゃないんだからそんな大見得切らなくったって」

「いや、現実的には悩んでるのよ。これでも」姫花は真面目な顔に戻って言った。

「昨日、母親や兄キと遅くまでこれからの事について話し合ったの」


 優人も、もちろん家族で話し合ったが、裁判費用など優人の家の経済状況では目処さえもつかず、警察に言おうか、新聞社に持ち込もうか、いやまずPTAじゃないか。そんな話を取り留めもつかずに延々としていた。


「母親は、警察にも言ってきちんと事件として立件してもらうし、裁判で争う覚悟もあるのよね。でも、あの勝ち気な母親の事だから勝たない戦は絶対嫌なのよ。絶対に勝てるようにどうにかできないかって思案中よ」


「上斗は?」昨日、晃治に囁いていた事も気になり優人は尋ねた。


「俺は、晃治がすべてを正直に話してくれる事を期待してる」


「馬っ鹿じゃない?性善説ですか~?そんな奴なら、もうとっくに僕が悪うございましたって言って来てるわよ。武器には武器で返していかなきゃこっちが馬鹿をみるだけでしょ」


 今度はさみしげに上斗は笑った。

「そうだよ。自分のしでかした事の責任はちゃんととるべきだ。俺もそう思ってる。だから昨日晃治に向かって、『誰が見てなくても自分の中の魂が見てる』って言ったんだ」


「やっぱ馬鹿よアンタ」姫花が冷ややかな口調で言った。

「この世は弱肉強食。戦争中なんて、いい人から先に死んでいったのよ。今の時代はある意味ですべてが戦場よ。勝つか負けるか、どちらかなのよ」

 姫花は揺るぎない自信を持って言い放った。


「俺はそれでも第三の道を探したい・・・・・・」

 優人は、上斗がそう呟くのを確かに聞いた。その顔は朝日を浴びて新たな決意に輝いて見えた。


「意識を取り戻した時、姫花の鞄の中のスマホの録音ボタンを押したんだ。明瞭ではないかもしれないけれど証拠の一つとなると思う。でも俺は証拠を突きつけて晃治達に詰め寄りたくない。対話していきたいんだ。それしかお互いの解決にはならないと思っているんだ」


「えっそうなの!」姫花があわてて鞄の中を探ろうとした。

「姫花、やばいって。校門の所に先生立ってるし」優人は姫花の袖を引っ張った。姫花はすました表情を取りつくろった。


「ねえねえ、安藤さんにも相談してみようか?また違った意見が出てくるかもしれないし。学校だけじゃない。家族だけじゃない。また別の見方で・・・・・・」姫花が提案した。

 三人はうなずき合いながら校門をくぐった。


 朝日は皆の上に輝いていた。

 醜く、不完全なこの世の中を。

 そしてその中で、もがきつつ前に向かって歩もうとする罪深き人間達を照らし続けていた。

 その輝く、暖かな指先は無限の道を指し示す。

 すべての人の前に、その道は開かれていた。

 どの道を選ぶのも自由だった。


 子羊たちはのろのろと歩みを進めた。

 そんな中で、荒野を歩む者は数少なかった。

 しかし、どの道にも朝日は分け隔てなく微笑みかけていた。


 人々の心の動きなど微塵も気にすることもない。

 その恵みをすべてに注ぎ込み、ただじっと見つめていた。


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[良い点]  お初にお邪魔いたします。  長いお話でしたが、読むのが苦にならず、そして、登場人物たちの心情が切々と伝わってきました。  まだ幼さが残るのに、一生懸命で、それぞれの生き方を持っている、三…
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