なんぱもの
これは、二十二歳の青年のナンパ物語である。
田舎で育った二十二歳の青年は、旅をするのが好きであったため、旅に出る回数は半端なかった。二十二歳の青年の名前は、難波鋭男【なんばするどお】と言う。この青年は、普通科の高校を卒業後、大学には行かずに就職したかというと、そうでもなく、職には就いておらずニートとして実家で生活していた。二十二歳のニートがなぜ旅を半端なくできるかって、そりゃあ親父がどっかの会社の社長さんだからさ。そう鋭男の家は金持ちの家だったのだ。鋭男は一人っ子であった。鋭男の旅の経歴はというと、高校一年生から二十二歳までの七年間に及び、南は沖縄、北は北海道まで、ほとんどの都道府県を制覇していた。鋭男の旅、いや鋭男の人生を変える出来事が、高校を卒業したすぐの十八歳の時に起こった。あれは、ある春のぽかぽかした日だったが、花見をしていたわけでもない鋭男は駅の改札をくぐり、駅のホームで電車を待っていた。そう、鋭男はニートにもかかわらず旅に出ようとしていたのだった。他人は何て奴だと思うかもしれないが、格好はイケてる格好だったので、容姿格好は誰もニートとは思わないだろう。話しをもどし、鋭男の人生を変える出来事とは。鋭男は財布を手から落としてしまった。その時だった、パッと美しく可愛らしい女性が、財布を「これ、落としましたよ」と渡してくれた。鋭男は緊張しながら「あっ、ありがとうございます」と言った。一瞬の出来事だったが、鋭男は話せたという気に少し興奮気味だった。そう、鋭男は楽しく、嬉しかったのだ。鋭男は電車が来たので、電車に乗った。電車に乗ってる間もずっとさっきの出来事を思い出し、考えていた。鋭男は旅の楽しみの他に楽しみが増えたのだった。その楽しみをここでは、今日一選手権と呼ぼう。今日一選手権とは、今日見た女性の中で一番美しく可愛らしい人を選ぶ選手権である。口に出すと怒られそうな選手権だ。鋭男は旅の目的地に着いた。旅の目的地とは京都駅だ。そこからのプランは何も考えておらず、行き当たりばったりだった。もう昼だった、なので京都駅で昼飯を食べる事にした。昼飯を食べた後は寺をまわって観光した。辺りはすっかり暗くなっていた。晩飯の時間だ。鋭男は今朝の出来事が忘れられていなかった。もはや、妄想の世界である。鋭男はナンパをしようと考えていた。しかも今日一選手権に選出されそうな女性と話しているシュチュエーションを考えていた。飯屋いく道中鋭男は、誰にも声をかげずにいた。飯屋に入っても誰にも声をかげずにいた。そして晩飯を食べて飯屋を出た後、京都駅に着いた。道中も、京都駅に着いてからも、誰にも声をかげずにいた。かけられなかった。そう、ナンパができなかったのだ。そして京都駅をあとにした。
気がつくと、鋭男は十九歳になっていた。旅に出た回数は五十回は超えていただろう。十九歳の時の思い出は特になかった。思い出と言えば九州制覇と言ったところだけだった。旅に出た際には、必ず今日一選手権が開催された。開催されなかった日は、地元を歩く時くらいだった。鋭男が旅に出る時は必ず一人で旅に出た。十九歳の時も妄想のシュチュエーションは腕を上げたものの、いざナンパをしようとすると…。緊張してナンパは出来ずにいた。鋭男の心の中にも、ニートというものが引っかかっていたのかもしれない。しかし、鋭男は十九歳の年の後半にも職には就かずにニートをつらぬいていた。
旅にハマりだして、早五年。鋭男は二十歳になったのだ。二十歳になってからの変化はいろいろあった。二十歳になったので、酒が飲めるようになった。カッコよく煙草も吸っていた。現代は煙草だけに煙たがられたかもしれない。とある冬、鋭男は空港にいた。どこに旅に出るのか。飛行機に乗っている間も、妄想のシュチュエーションを考えていた。ナンパの成功は妄想では完璧だった。そして新千歳に着いた。そこから札幌へ向かった。札幌へ向かったのはもちろん、飲み屋の街すすきのへ行くためだった。もはや、観光もくそもないかと思われても仕方ない。しかし、飲み屋へ出向くのも旅の楽しみである。一軒目の居酒屋へ行く道中もまだ、ナンパは出来ていなかった。鋭男は考えていた。酒が入ると自分でもナンパができると確信していた。居酒屋に着いた。とりあえず生ビールと枝豆を注文した。二杯目はハイボールに変え、鶏の唐揚げを注文した。「ザンギですね」と店員に言われたので頷いた。二杯目を飲み終わったところで居酒屋をあとにした。酒が入り、丁度良い酔い具合になって気分が良かった。そう、ほろ酔い気分だった。二十歳になって、酔っ払い、女性に「すいませーん」と声をかけたが無視された。初ナンパは失敗に終わった。二回目も声をかけたが無視され、失敗に終わった。三回目、四回目、五回目もナンパ成功ならずだ。全て失敗に終わったが、鋭男は一日で五回も声をかけていたのに気づき、自信を持った。いや、自信を持ってしまった。またも人生を変えようとしていた。二十歳が終わろうとしていた時には、ナンパ回数五十回を超えていた。しかも、そのナンパは旅先でしかしていない。鋭男はナンパを半端なくするニートに成長していた。
鋭男は二十一歳になっていた。もう、ナンパをするのには慣れていた。旅先限定ではあるが。まだニートをつらぬいている。しかしナンパの成功は二十一歳になっても、一回もなかった。旅に出るのは百回は超えていただろう。ナンパ回数も百回は超えていただろう。鋭男が次に出ようとした旅は。鋭男は新幹線で、名古屋に向かったのであった。名古屋に向かう際にも、今日一選手権を開催していた。今日一選手権一位候補にもナンパしたが、無視されて、失敗に終わった。でも、鋭男は懲りずに名古屋に着いてはナンパしたが失敗に終わった。失敗の一日が今日も終わった。
鋭男は二十二歳になっていた。二十二歳である転機が訪れた。そう鋭男は働いていたのだ。ニート生活に終止符を打ったのだ。職種は何かって、セールスマンである。ナンパによって開発された話術を活かしていたのだ。毎月業績はかなり上位の方である。鋭男に訪れた転機はこれだけではない。鋭男は地元で初めてナンパをした。今日一選手権で一位候補になる美しさと可愛らしさを持っている、いや一位候補ではなく、一位の女性だ。ナンパには慣れていたが、その時はかなり緊張していた。「あのー…」と鋭男が声をかけた。
その女性は一人でいた。「えっ」と女性が反応した。暖かい春の昼だった、鋭男は喫茶店にコーヒーでもと誘った。女性は暇だからと、喫茶店に行くのにオッケーした。いつかの妄想に近いシュチュエーションだった。鋭男は連絡先を交換し、何回か会ってから付き合い出した。そうナンパは成功だ。鋭男にとって理想のナンパでの成功だった。
交際が始まって、何回目かのデートで、「あれこの財布」と女性が言った。そうその女性は、駅のホームで鋭男が十八歳の時に落とした財布を渡してくれた、美しく、可愛らしい女性だったのだ。ナンパを志してからの七年目の偶然の出来事だった。いや、こうなることは必然だったのかもしれない。