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小さな恋の行方  作者: 花 影
第1章 夏至祭狂想曲
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第4話 ティムの本音2

武術試合です。

 前日に続き、武術試合の当日となった今日もいい天気になった。各騎士団から選出された代表と共に本宮前広場に整列していると、隣に立っていた男が侮蔑を込めて言い放ってきた。

「平民風情が」

 確か、第2騎士団の代表だったはずだ。ルーク兄さんの情報が正しければ、昨日の飛竜レースで帰着後の挨拶の後に突っかかって来た奴の親戚だった。更に付け加えるならば初戦の相手でもある。開会前のざわつきを利用して周囲には聞こえないように言ってくる辺り、陰険さを感じる。揺動も兼ねているのだろうが、かえって頭は冷えた。相手にせずに顔を上げていると、僅かに舌打ちが聞こえた。

 やがてファンファーレと共に陛下と姫様が貴賓席に姿を現す。今日の姫様はいつもと異なり淡い桃色の可愛らしいドレスをお召しになっている。この姿も……いいなぁ。

「我がタランテラ皇国の竜騎士として日頃の鍛錬の成果を存分に発揮し、悔いのない成果を残して欲しい」

 陛下の激励に応えるように俺達は剣を掲げた。その後俺達は一旦控えの部屋に戻り、試合の順番が来るのを待つことになる。

 さすがにそれぞれの騎士団から選ばれただけあって、試合を前にしても皆落ち着き払っている。先程の竜騎士は相変わらず俺を睨みつけているが、たいていの者は椅子や床に座って静かに瞑想をしていた。一方、今回の出場者では一番の若輩となる俺は、先程の件も重なって落ち着かないので控室の隣に設けられている鍛錬場で体を解していた。

「落ち着かないかい?」

 声をかけて来たのは陛下の甥でサントリナ大公家の嫡男オスカー卿だった。第五騎士団の代表として出場している彼は、今回の優勝候補と言われている。自信があるのか随分と余裕がある様に見受けられ、思わずそれを口に出していた。

「随分と、余裕ですね?」

「そうでもないさ。期待されている分、非常に緊張しているよ」

「それを感じないから聞いてみたんですが?」

 体をほぐしながら会話を交わす。その間に鍛錬場で体を解していた他の竜騎士は出番となって出て行ってしまい、俺とオスカー卿の2人だけとなった。

「さっきの事は気にする事は無いよ」

「聞こえていたんですか」

 あのざわめきの中で聞こえていたとは恐れ入る。

「当然だろう? 君の実力なら相手にもならないだろうから、存分に打ち負かすと良いよ」

「……」

 オスカー卿は意地の悪い笑みを浮かべて控室に視線を向ける。俺は背を向けているので分からないが、おそらく先程の竜騎士が様子を窺っているのだろう。だが、表情を引き締めると、本当の用向きを明かしてくれた。

「気負わずにやれ。陛下から頂いた助言だよ。君にも伝えてくれと頼まれた」

「……ありがとうございます」

 こうしてさりげなく目をかけて下さるのは本当に嬉しいのだが、気を使わせてしまって何だか申し訳ない。しかし……こうしてライバルになる俺にも頼まれたからってわざわざ伝言を届けてくれるこの人は、本当に緊張しているのだろうか?

「ま、順当にいけば決勝で当たるだろうから、楽しみにしているよ」

 ちょうど彼の出番になったらしく、係官が彼を呼びに来た。彼はそう言い残して鍛錬場を後にしていく。その洗練された一挙手一投足はやはり大貴族の出ならではのもので、一朝一夕で身に着くものでは無い。

 俺もあれくらいできれば陰口をたたかれずに済むのだろうか? いや、彼等が重視しているのは血統であって俺個人の技量では無い。例え努力を重ねて身に付けたところであざ笑うネタを提供するだけなのかもしれない。結局もやもやとしたものを抱えたまま出番になってしまった。

「第3騎士団所属、ティム・ディ・バウワー」

 進行役が俺の名を告げると、昨日の飛竜レースの影響もあってか、観客席から思った以上の大きな歓声が上がる。俺はその歓声に応えてから、先に紹介された試合相手の前に進み出た。被る事を義務付けられている兜で表情は分からないが、俺に向けられる敵意はひしひしと伝わってくる。

「始め!」

 審判役の掛け声と供に相手は長剣を振りかざしてきた。鋭い一撃ではあるが、今まで鍛錬に付き合ってくれた団長やヒース卿には及ばない。俺は余裕でそれを躱すと、がら空きになった胴に一撃を加える。

「ぐっ……」

 試合用の長剣とはいえ、まともに食らったので防具を付けていても相当なダメージだったのだろう。相手はその場に倒れ込んだ。俺は仕上げに相手の首筋に長剣を突き付けた。

「そこまで! 勝者、ティム・ディ・バウワー」

 審判役の裁定に歓声が沸き起こる。俺は勝ち名乗りを受けると、ちらりと貴賓席に視線を送る。陛下を始め、アレス卿やアスター卿、そして鍛えてくれたヒース卿はいかにも当然と言った様子だが、姫様は目を輝かせてこちらに熱い視線を送ってくる。嬉しいのだが、さすがにあからさまな合図は送れないので、形通りの目礼だけして試合場を後にした。

 控室に戻れば何か仕返しでもして来るかなと思っていたが、奴は医務室送りとなっていた。意味ありげにオスカー卿が目配せして来たので、どうやら彼が手配して遠ざけてくれたのだろう。はぐらかされるかもしれないが、後で礼を言っておこう。これでより試合に集中できる。

 その後も順当に勝ち進み、残すは決勝のみとなった。当然、勝ち上がってきたのはオスカー卿だ。慣例により決勝の前に貴賓席の方々が休憩に入られるので、俺達も休憩となる。負けた他の出場者は他の部屋に移動したので、控室には俺とオスカー卿の2人だけになった。

「さっきはありがとうございました」

「何もしていないよ?」

 やっぱりはぐらかされた。自己満足にはなるが、それでもきちんと謝意は伝えておきたかったのだ。その辺は分かってくれているらしく、1つ頷くと瞑想を始めた。俺も気持ちを落ち着けるべく壁に寄りかかって目をつむる。

「オスカー卿、ティム卿、準備をお願いします」

 しばらくして係官が呼びに来た。さあ、いよいよ決勝だ。俺もオスカー卿も既に心の準備は整っている。俺達は係官の誘導に従ってこの日最後の試合に向かった。




 天気がいいのは良いが、午後になって気温も随分上がっている。そのおかげで試合用の防具を付けているだけで汗をかく。これは早めに決着をつけないと暑さだけで参ってしまいそうだ。

 俺とオスカー卿は順に紹介されて並んで立ち、陛下(と姫様)がおられる貴賓席に向かって形通りの礼をする。午前にもまして華やかなのは、皇妃様だけでなく重鎮の夫人達も決勝を見に来ておられるからだろう。もちろん、一番華やいで見えるのは姫様だけど。

 姫様のお姿に緩んでしまいそうになる気を引き締め直すと、作法にのっとってオスカー卿と対峙する。互いに試合用の長剣を構え、審判役の号令と共に地を蹴った。


ガキン!


 刃と刃がぶつかる。1合2合と続けざまに打ち合うだけで今までの対戦者とは比べ物にならない力量を悟らされる。陛下のご指導を直々に受けたと言う彼の剣劇は思った以上に重い。まともに打ち合えば間違いなく俺の方が先に参ってしまうだろう。

 俺の持ち味は軽い身のこなしを武器に、足を使っての攪乱かくらんからの攻撃である。だが、これも今日みたいに暑い日には長くはもたない。要は、時間が経てば経つほど俺に不利になるのだ。

「さすがだね」

 一旦間合いをとると、オスカー卿は楽しいのか口元に笑みを湛えている。どう攻めるか必死に考えている俺からすると、その余裕は羨ましい限りである。

「余裕ですね」

 本日2度目となる質問に彼は笑みを浮かべて同じ答えを返してきた。

「そうでもないさ」

「そう見えないんですけど」

「結構ギリギリなんだよ?」

 オスカー卿はちょっとおどけて応えると、「ちょっと提案があるんだ」と続ける。

「提案……ですか?」

 完全に動きが止まった俺達に周囲からは不信の声が上がる。しかも観客からは盛大なヤジが飛んでいる。それでもオスカー卿は涼しい顔でそれらを聞き流して話を続ける。

「そう。邪魔だからコレ、外さないか?」

「外せるものなら外したいのですが……勝手に大丈夫でしょうか?」

 彼が指差したのは胸当てだった。規定では着用が義務付けられているものだが、邪魔だからと言って勝手に外してしまっていいのだろうか?

「2人ともどうした?」

 痺れを切らしたのだろう、審判役が話しかけてくる。夏至祭の武術試合というこの国で最も華々しい舞台で、何か不備があれば審判を務めた彼も罪に問われる可能性があるのだ。

「審判殿にお伺いをしたいのですが、この防具を外しても宜しいでしょうか? このままでは2人共真の力を発揮できません」

「それは、私の一存では……」

 審判役は答えに躊躇する。まあ、確かに今までこんな提案をされた事は無かっただろう。ザワザワと周囲がざわめく中、判断に迷った審判役は待機している他の審判達の元へかけていく。そして中の1人が貴賓席へと駆け上がっていく。

「防具を外すのを許可する。2人共存分に戦うといい」

 事情を聞いた陛下は立ちあがると良く通る声でオスカー卿の要望を許可した。俺達は騎士の礼で陛下に謝意を伝えると、その場で重くて邪魔な防具の類を脱ぎ捨てた。

 体が軽い。俺とオスカー卿は体を慣らすように軽く体を動かすと改めて対峙する。ざわついていた広場は一瞬で静かになった。そして審判の号令一下、俺達は再び刃を交える。

 先程まではどちらかと言えば押され気味だったが、防具を外した今はようやく互角と言える戦いが出来ている。オスカー卿も先程までとは打って変わって真剣な表情を浮かべており、俺も無心で剣を繰り出し続けた。

 誰もが固唾をのんで見守る中、広場には俺達の剣戟だけが響いている。試合を再開してもうどれくらい時間が経っただろうか。俺も彼も肩で息をして長剣を握る手がしびれている。少しでも止まってしまえばもう動けなくなりそうだ。次で最後。俺は内心でそう決心して長剣を握り直す。

「そこまで!」

 最後の攻撃をしようとしたところで、俺達の間に誰かが割って入って制止される。審判役かと思ったら、貴賓席にいたはずのアスター卿とヒース卿だった。

「この勝負、両者は互角とみなして引き分けとする」

状況がつかめないまま呆然としていると、陛下が立ち上がって宣言する。

「引き分け?」

「そうだ」

 ああ、終わったのだと理解すると、急に体中の力が抜けていく。手から握っていた長剣が落ちる。

「ティム?」

 ヒース卿の呼びかけに何か応えようとしたのだが、急速に意識が闇に沈んで何も返すことが出来なかった。

実は1時間以上戦っていた2人。

暑さに加えてティムはオスカーの倍動いていたと言う事で、体が限界でした。

それに気づいて試合を止めさせたのですが、審判役が2人の間になかなか入る事が出来ず、やむを得ずアスターとヒースの出番となりました。

その辺はまた次のコリンシア視点で。

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