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小さな恋の行方  作者: 花 影
第1章 夏至祭狂想曲
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閑話1

名も無き脇役視点。


とある令嬢の願望


 私は運命の人と出会った。その方は竜騎士のティム・ディ・バウワー様。今日の飛竜レースで名だたる竜騎士を抑えて見事に一位帰着となられた方。お噂では陛下恩自ら武術の手解きをなさったこともある程有望な竜騎士だとか。

 竜騎士らしく鍛え上げられた体には一切の無駄は無く、黒い髪は彼の精悍さを引き立てている。平民出身だと揶揄されているのは知っていたが、陛下より直接褒章を受け取る所作は美しく上品でもあった。私はそんな彼に一目で恋に落ちた。

「お素敵でしたわ、ティム様」

 宴が始まると同時に自分を印象付けようと声をかけるが、それは私だけでは無かった。彼はたちまち若い女性に囲まれていたが、こんな所で負けるわけにはいかない。自慢じゃないが、体には自信がある。今日は特に念入りに手入れをしてきた体を摺り寄せると、彼と目が合った。

 やっぱり素敵……。などと思っている間に彼は恥ずかしかったのか、スッと体を離した。そこをすかさず他の令嬢が割り込んできて飲み物を差し出す。負けるわけにはいかない。私も給仕からワインを受け取ると、今まで多くの男を虜にしてきた極上の笑みを浮かべて彼に差し出した。

「……ありがとう」

 年下の筈だが艶のある声に身悶えしそうになる。やはり私の夫は彼以外に考えられない。どうにか酔わせ、介抱という名目で2人きりになれば大人の関係に持ち込むのも無理な話では無い。そうなればこちらのものだ。




 何だかおかしい。私だけでなく、他の令嬢達もお酒を勧め、その大半を口にしているのに彼は一向に酔う気配がない。逆に周囲を取り囲んでいる令嬢達の方が先に酔いが回って1人2人と抜けていく。

 今日振舞われているのは、皇妃様が所有する醸造元で作られたワイン。交流が復活したとはいえなかなか口にする事が出来ないブレシッド産のワインである。その口当たりの良さから彼女達も一緒になって飲んでしまったのだろう。ティム様のお酒の強さに舌を巻きながらも私は2人きりになる好機を待ち続けた。

「ティム」

 そこへ1人の竜騎士が近寄ってきた。ティム様の義兄、雷光の騎士の異名を持つルーク卿だ。ティム様は彼の姿を見て少し表情を和らげると、彼に呼ばれたのを理由に私達から離れていこうとする。

 だけど、このまま大人しく引きさがってしまえば好機を逃してしまう。私は恋人然として彼の傍らに居続けようとしたが、ルーク卿の有無を言わせない空気に思わず怯んでしまう。

「悪いね。コイツは明日も出番があるんで」

 にこやかにそう言い残すと、ルーク卿はティム様を連れて行ってしまった。

「諦めてなるものですか」

 取り残されて呆然としていたが、ここで引き下がってはいつまで経っても意中の人の妻の座を手に入れることは出来ない。私は連れだって会場を後にする2人の後を追う。しかし、あまり来た事ない本宮の中で私はすぐに迷ってしまった。気付けば中庭らしいところに出ていて、引き返そうにも広間の場所がよく分からなくなっていた。

「このようなところで如何されましたか?」

「ちょっと、道に迷ってしまいましたの……」

 途方に暮れていた所へ声をかけて来たのは礼装に身を包んだ若い竜騎士だった。さすがに本当の事は言えない。しおらしく答えるとどうやら信じて頂けた様で、丁寧に広間に戻る道順を教えてくれる。

「もう少しこの中庭を散策してから戻ります」

 本宮内にあるだけあって趣のある中庭だった。もう少し見ていたいのと、もしかしたらティム様に会えるかもしれないという一縷の望みをかけていってみたのだが、その若い竜騎士は少しだけ困った表情を浮かべる。

「ここは皇家の方々の私的な空間でして、許可のない方は通せない決まりとなっております」

 そうと言われてしまえば無理も言えず、仕方なく教えられたとおり広間へと戻って行く。途中、諦めきれずにティム様のお姿を探してみたが、暗い中では見つける事も叶わなかった。




 宴の後、ティム様との縁を取り持ってもらおうとすると、父は渋い表情を浮かべた。

「彼は陛下のお気に入りだからなぁ……。噂ではコリンシア姫の婿にと考えておられると聞いてる」

「まだ子供じゃない」

 夜会で姿を見かけたが、無理して背伸びをしている印象を受けた。

「まあ、彼としても労せずともフォルビア大公の肩書が手に入るのだから断る手もあるまい。彼の事は諦めて、他をあたった方が良い」

 父はそれだけ言うと、話を切り上げてしまったが、かえって私の闘争心に火をつけた。

「あんな子供に負けてたまるものですか」

 ここで諦めるにはまだ早い。明日はティム様も出場する武術試合があり、夜は舞踏会が催される。お近づきになる機会が残されている。明日の夜はどんな手を使ってでもティム様と2人きりになるチャンスを作ろうと固く決意した。



とある竜騎士の野望


 俺はタランテラで代々竜騎士を輩出してきた名門貴族、ミムラス家に生まれた。能力が長けていたおかげで、年の離れた兄を押しのけて俺は後継者に指名された。それが気に入らなかった兄は幼かった俺に数々の意地悪をしてきたが、溺愛してくれる両親や乳母を最大限に利用してことごとく返り討ちにしてやった。そうしているうちに家の中で孤立した奴は勝手に家を飛び出し、やがて素行の悪さを理由に勘当された。

 邪魔者がいなくなり、俺は家族の愛情を一身に受けて育った。やがて見習いに上がる歳になると、地方になど行きたくなかった俺は父の伝手を最大限に利用し、この国では近衛も兼ねる第1騎士団への入団を果たした。家格のおかげでそれ程雑用に従事する事無く順当に竜騎士となり、鍛錬をこなして腕を上げた。そして成人する頃には可愛い許嫁も出来た。

 ここまで公私ともに順風満帆な人生を送り満足していたのだが、一つ問題があるとすれば直属の上司はなかなか私を上級騎士への推薦をしてくれない事だろう。所属する大隊内の若手で試合すれば負け知らずだし、操竜技術も隊長格の先輩と比べて遜色は無い。どうしても納得がいかず、俺は上司に直訴した。

「今のままでは君を推薦する事は出来ない。もう少し外の世界にも見識を広めてみるといい」

 外とは地方の事だろうか? 確かに皇都で生まれ育った俺は地方で暮らした事は無い。だが、俺は第1騎士団にいるから地方の事は一般常識の範囲を知っていれば事足りる。地方の事は地方の奴らに任せておけばいい。俺達が口出しすれば邪魔でしかないのだ。そう言い切った俺に上司は深くため息をついて、やはり上級への推薦は出来ないと答えた。

 もちろんそれで諦めるような俺では無い。なおもしつこく食い下がると、折れた上司は妥協案で今回の飛竜レースの出場を認めてくれた。これで入賞すれば上級騎士になれるだけでなく、小隊長への昇進も夢では無い。俺は俄然やる気になった。




 皇都近郊は竜騎士なってからもう何年も飛び回っているので、地形や気流等、最早知らないところは無いと言える。加えて俺の相棒は風の資質を持落ち、仲間内では負けなしの速さを誇っている。俺は自信満々で当日に挑んだ。

「ティム・バウワーだ」

 レース開始前、最終的な装具の確認をしていると誰かが呟いた。顔を上げてみると、黒髪の竜騎士が飛竜を連れて現れた。簡素な服装にたすきをしている所から彼も出場するのだろう。スタートまであまり時間が無いはずだが、随分と余裕である。

「随分と余裕だな」

 誰かが俺が思った事をそのまま尋ねていた。どうやら親しい間柄らしく、彼は肩を竦めておどけて応える。

「美女が離してくれなかったんだよ」

「あー……」

 心当たりがあるらしく、問いかけた竜騎士は遠い目をし、当の本人はすまし顔で装具の最終点検をしている。こんな大舞台を前にいい気なものだ。俺はこんな奴にだけには絶対負けないと強く思った。

 今日は天気も良く、気流の乱れも少ない。飛竜で飛ぶには最高の日だ。俺は後続を余裕で引き離して本宮前広場に戻ってきた。当然1位だと思っていたのだが、広場に飛竜を降ろすと既に帰着している奴がいる。よりによってあのティムとかいう奴だ。自信があっただけに女にうつつを抜かすような平民に負けたのだと思うと余計に悔しかった。

 襷の印章の確認が済み、陛下の御前に報告に向かうと降りてきた奴と目が合う。俺は身の程を弁えない男に一言言ってやった。

「良い気になるなよ」

 だが、奴には全く堪えていない様だ。肩を竦めると飛竜の元へと戻って行った。




「褒章を授与し、本日この時より上級騎士に任じる」

 夜会の席で陛下から直接、念願の上級騎士の記章を頂いたにもかかわらず、俺の気分が晴れる事は無かった。さすがに陛下の御前で顔を顰めるのは無作法になるので、勤めて平静を装っていたが、奴に負けた悔しさは増すばかりだった。

 ようやく授与式が終わり、宴が始まった。俺は可愛い婚約者の元に戻り、しばし癒しの時を過ごす。おかげで心の中に燻っていた不満がどうにか治まる。だが、それもほんのわずかの時間だった。

「あら、雷光の騎士様だわ」

 彼女の呟きで先程退出した姫様に付き添って出て行ったはずのルーク卿が戻っているのに気付いた。上座にいる陛下に何事か声をかけると、そのまま女性に囲まれている奴の元へと向かう。会話する2人の様子から随分と親しい間柄なのが見て取れる。平民は平民同志、仲がいいのだろう。

 やがて何か言われたのか、女性達は奴の側から離れていく。ただ、1人だけそばを離れない女性がいる。遠目で見てもなかなかの美人だ。おそらく、奴がレース前に話していたのはこの女性の事だろう。

 だが、ルーク卿と2人掛かりで一方的に話しかけると、彼女を1人残して広間を出て行く。こんな所で別れ話でもしたのか? しかも先輩に助力してもらうなどとは情けない奴だ。ここからではその表情を窺う事は出来ないが、彼女はショックのあまりしばらくその場から動けないでいる。だが、諦めきれないのだろう、けなげな彼女はそんな2人の後を追って広間を出て行った。

 ふと、妙案が浮かぶ。この醜聞をうまく利用できれば奴の1位帰着を撤回できるのではないかと。繰り上げという形になるのはいささか不本意ではあるが、それでもその栄誉をあのような平民に持たせておくべきでは無い。本来それに相応しい者が持つべきである。もう少し情報が欲しい所だが、奴を追い落とすという久しぶりの悪巧みに腕がなる。

「今に見てろよ」


えーと、今回の話を端的に言うと「おーい、なんか勘違いしていませんか?」と言ったところ。

ちなみに後半の竜騎士はウォルフの弟と言う設定。彼の話に出てきた「美女」の真相はまた後のお話で……。

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