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小さな恋の行方  作者: 花 影
第3章 大団円円舞曲(エピローグ)
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第23話 幸せを掴んだコリンシアの想い2

 父様の挨拶で祝賀会が始まった。いつもの事だけど、音楽が流れ始めると父様は真先に母様に踊りを申し込む。優雅に踊る2人の姿はいつ見ても素敵だ。自分もティムと踊りたくなり、ここ数日の不調も忘れ、ティムの袖を引っ張っておねだりしていた。

「後で、一緒に踊ってくれる?」

「もちろんだよ」

 優しい彼は笑顔で応じ、手に口づけてくれた。やがて曲が変わり、私達は喝采を浴びながら広間の中央に出て行く。

 踊るのが楽しい。ティムと踊れるのが楽しい。留学から帰って来て1年余り。一緒に公の場に出るのが当たり前になったけど、何度踊ってもワクワク感が止まらない。彼のリードに合わせてステップを踏めば、気分が悪いのも忘れていた。

 楽しくてあっという間に曲が終わっていた。もっと踊りたかったけど、ティムがさりげなく休憩を提案してくれる。ティムはワイン、私は甘めの果実酒を給仕係からもらい、熱気のこもる広間から中庭に通じる露台に出ると、どこかほっとした気持ちになった。

「フォルビア公就任おめでとう」

「ありがとう」

 ガラスが合わさって涼やかな音がする。いつも通り飲もうとしたのだけれど、強いアルコールの匂いを嗅いだとたん猛烈な吐き気に襲われる。ティムが狼狽する中、耐えきれなくなってその場にしゃがみ込んだ。

「コリン!」

 こんな時に心配かけてしまって申し訳なかった。だけど、気持ちが悪くて立ち上がることもできない。そうしているうちに異変を察知してくれたオリガが来てくれた。

「姫様、如何されましたか?」

「気分が……」

 久しぶりにルークと2人で過ごす時間を楽しんでいたオリガの邪魔をして申し訳なかった。ごめんなさいと謝ろうとするけど、言葉が出てこない。

「とにかく、場所を移動しましょう。私は陛下と皇妃様にご報告してくるから、先にお部屋へ姫様をお運びして」

「分かった」

 ティムが返事をするとともに私の体がふわりと浮いた。大好きな人の腕の中に納まって安心したけれど、残念ながら気分の悪さは良くならなかった。




 無事に部屋に戻り、窮屈な礼装を解いて楽な夜着に着替えると、気分の悪さは幾分かやわらいだ。もう大丈夫だから心配かけたことをティムに誤りたかったけど、心配性のイリスが寝台から出るのを許してくれない。そうしているうちに母様とオリガがお医者様を連れて部屋に入ってきた。

「心配かけてごめんなさい。もう大丈夫」

「念のために診ていただきましょう」

 母様に懇願されてしまうと断ることなどできない。奥棟に常駐してくれている年配の女医に脈や熱を測ってもらい、そしていくつか問診に応える。

「姫様、お月のものが最後に来たのはいつでございますか?」

 最後の質問に私は考え込んだ。そういえば来ていない。忙しくて乱れているのだろうと思うのだけど……。

「夏至祭の前……かな?」

 私の答えに女医と母様は微笑み、オリガは深いため息を漏らす。

「おめでとうございます。姫様はご懐妊されておられます」

 女医の言葉に私は目をしばたかせる。

「赤ちゃん?」

「そうよ、コリン。ここ数日のあなたの様子を見て、もしかしたらと思っていたのだけど」

 唖然としている私を母様は抱きしめて額に優しく唇を落とす。

「ここに……ティムの赤ちゃん……」

 まだ信じられないけど、お腹に触れてみる。ここに愛する人との子供が宿っている。この事実にじわじわと喜びがわき起こってきた。

「おめでとう、コリン。良かったわね」

 母様は手放しで喜んでくれているが、ここではたと気付く。母様はまだ30歳なのに孫が出来ても嫌じゃないのだろうか? 

「母様、嫌じゃないの?」

「あらどうして?」

 私が尋ねると母様は不思議そうに首をかしげる。そして優しい笑顔で答えた。

「家族が増えるのって素敵なことじゃない?」

 笑顔で答える母様が眩しかった。こんな風に手放しで喜んでもらえるなんて、私もお腹の子も幸せかもしれない。部屋の外で心配して待ってくれているティムにも早く教えてあげたい。

「じゃあ、私達は広間に戻るわね。ティムを呼ぶから、ちゃんと教えてあげて」

 母様はそう言って皆を促して部屋を出て行く。やがてためらいがちに扉が叩かれ、返事をすると焦燥したティムが入ってきた。

「コリン……」

 私の姿を見てティムは泣きそうな表情を浮かべている。待たされている間にきっと悪い方向へ考えてしまっていたのは容易に想像できた。なんだか本当に申し訳なくて、とにかく謝るしかない。

「驚かしてごめんね、ティム」

「大丈夫なのか?」

 彼は寝台に近寄ると、私を抱きしめた。彼の腕の中で頷くと、幾分かホッとした表情を浮かべる。嬉しい出来事は早く教えてあげたい。私はすぐに本題に入った。

「あのね……赤ちゃん、出来たの」

 ティムは目を見開いて驚いていた。しばらく固まっていたけど、徐々に顔がほころんでくる。

「本当に?」

「うん」

 私が頷くと、彼はもう一度私をギュッと抱きしめて「ありがとう」と言ってくれた。そして互いに顔を見合わせると、唇を重ねて喜びを分かち合った。





 翌日も晴れの日に相応しい良い天気になった。私は北棟の一室で昨日と同じように侍女に着付けをしてもらう。

 衣装には皇都の老舗から取り寄せたレースをふんだんに使い、婚約が決まってすぐにアレス叔父様がエルニアの陛下と共にお祝いとして送ってくれた良質の真珠をふんだんに縫い付けてある。引き裾には百合を象った意匠が金糸や銀糸で刺繍され、こちらにも真珠がふんだんに使われていた。

 試着した時には結構締め付けられていたのだけど、驚いたことに侍女達が昨夜のうちに婚礼衣装を手直ししてくれたおかげでそれほど窮屈に感じない。相変わらず食べ物は受け付けないけれど、楽に着ていられるようになった分、悪阻も昨日ほどひどく感じない。

「本当に、お綺麗でございます」

 着付けを終え、姿見の前に立つ私を見て、イリスが涙を浮かべている。私の世話を一手に引き受けてくれた彼女も今日という日を迎えて感無量なのかもしれない。

 ありがたいことに彼女と若い侍女2人がフォルビアまで一緒に来てくれることになっていた。元々、そうなることを想定して父様と母様が選んでくれていたのだけど、彼女達は快く承諾してくれていた。

 衣装を手直ししてくれた侍女達に感謝し、細かい手直しをしているところへ父様と母様が来てくれた。

「おお、これはまた……」

「まあ……」

 私の姿を見て父様と母様が息をのむ。そして思わず足が止まった2人の後ろからおめかしした弟妹がわらわらと入ってくる。

「姉さん?」

「きれー」

「ねぇね」

 エルヴィンは驚いていたが、綺麗な物に興味がある下の2人は私の婚礼衣装に目を輝かせている。2人で縫い付けられている真珠に手を伸ばそうとするが、我に返ったエルヴィンが汚してはいけないと慌てて2人を止めた。

「綺麗なのは君たちの服にもついているから」

 泣きそうになる2人をエルヴィンはそう言ってなだめている。わんぱくだけど、しっかりお兄ちゃんしている彼が急に頼もしく思えた。

「では、そろそろ移動しようか」

 手直しも終わり、大神殿に移動する馬車の準備が整ったと知らせも受けた。今日の主役となる私は父様に手を取られ、外に出る。

「姫様、おめでとうございます!」

「姫様、なんておきれい……」

 驚いたことに沢山の人が見送りに来てくれていた。多くが北棟の使用人で、見知った顔も多くある。口々にお祝いの言葉をかけてくれるので、思わず胸が熱くなる。私は馬車に乗り込む前に彼らに感謝を込めて頭を下げた。

 馬車は2台用意されていて、1台目は私と父様、2台目に母様と弟妹達が乗る。父様に助けられながらどうにか腰を下ろし、準備が整うと馬車はゆっくりと動き始めた。

 大神殿までの道には多くの民衆が集まっていた。馬車が通ると誰もが歓声を上げながら手を振ってくれる。私も父様もそれに応え、窓の外に手を振っていた。

「ねえ、父様」

「何だい?」

 どうして急にそう思ったのかは自分でもわからない。でも、急に聞いてみたくなり、窓の外に手を振る父様に今更な質問をぶつけてみた。

「ティムとのこと、どうして反対しなかったの?」

「何だ、急に? 今更聞いてどうする?」

「ただ、なんとなく?」

 疑問形になるのは自分でもどうして聞いてみたくなったのかは分からなかったから。私の方から望んだとはいえ、当初の身分差を思えば到底叶うはずのない望みだった。昨夜も祝賀会の後に母様やルーク達と一緒に部屋へ来てくれた折に懐妊の報告をしたのだけど、怒るどころか諸手もろてを挙げて喜んでくれていた。その寛大さにオリガの方が恐縮していたくらいだ。

「……罪滅ぼしと言えばいいか。お前には随分と辛い思いをさせたからな」

「貴重な体験でしたけど、確かに2度はしたくないです」

 内乱中の逃避行は本当に辛い事ばかりだった。でもそれがあったからこそ、私はティムと生涯を共に歩めることになった。

「いや、それの事だけではない。幼少の頃は叔母上に預けたまま、ほとんど構ってやらなかった」

 でも、それはしょうがないと思う。総督と団長を兼ねていた父様は忙しかったのだし、おばば様に預けずにロベリアで育ったとしても、他の人に任せっぱなしになっていたのは同じだろう。例え、その忙しさが仕事だけではなかったとしても……。そう答えると、父様はちょっと複雑な表情を浮かべる。

「まあ、父親としては失格の私に口出しする権利はないのかもしれないが、せめて伴侶は好きあった相手と結ばれてほしいと思っていた。どちらか一方的なものではなく、なおかつ、フォルビアの財産に目がくらむような相手でなければ反対するつもりはなかった。その点、ティムは申し分ない相手だ」

「それは当然よ」

 私が胸を張って答えると、自分の事のように誇らしく答えたのがおかしかったのか、父様はクスクスと笑う。

「ある程度体面を整えるために上級騎士と条件を付けたが、聖騎士とは恐れ入った。誰に聞いても褒め言葉しか返ってこないし、それでいておごり高ぶることが無い。申し分のない婿殿だ。1つ難を言うとしたら、父と呼んでくれない事だけか」

「それは無理よ」

 今度は私がクスクスと笑った。ティムはあくまで臣下として仕えるつもりなのだ。そういうと、父様は残念そうにため息をついた。そうしているうちに馬車は大神殿に到着していた。




 ダナシア賛歌が流れる中、父様に手を取られて祭壇に向かう。豪華な花で飾られた祭壇の前にはルークに付き添われたティムが立っていた。

 里で着ていた神殿騎士団の礼装も格好良かったけれど、やはり彼にはタランテラの群青が良く似合う。昨日着ていたものよりもはるかに装飾が多く施された礼装を身にまとった彼の姿が素敵で目が離せない。

 父様に手を引かれた私は賛歌に合わせてゆっくりとティムの元へ歩み寄った。

「ティム、これからもよろしく頼むよ」

「勿論です、陛下」

 相変わらずの呼称に父様は苦笑しながら彼に私の手をゆだねた。

「姫様。良かったですね」

 なんだか胸がいっぱいになり、ルークに声をかけられても頷くしかできなかった。加えて「綺麗だよ」と耳元でささやかれると、もう嬉しくて涙が出てきそう。ヴェールの下で必死に涙をこらえながら、ティムに手を引かれて祭壇の前に進み出た。

「幼き頃より育まれた絆により、幾多の困難を乗り越えて結ばれる2人にダナシア様の大いなる祝福を賜らんことを願う」

 金糸や銀糸で彩られた組紐で私達の手が結ばれる。辛いこともたくさんあったけど、困った時には常に彼が支え、助けてくれた。これからもずっと一緒だと複雑に結ばれていくこの紐が教えてくれている。

 組紐が結び終わり、賢者様に促されたティムはヴェールを上げた。そして彼はそっと私の頬に手を添えて、唇を重ねる。

「ダナシア様の祝福の元、2人の婚姻がここに成立したことを宣言する」

 賢者様が宣言して婚礼の儀式が終了した。幼い頃に芽生えた小さな恋心が、周囲に優しく見守られながら大きく育って成就した瞬間だった。

「私、幸せよ」

「俺もだ」

 私達は密やかに会話を交わすと、周囲からの喝采を浴びながら新たな一歩を踏み出した。


結局、エドワルドも親ばか……。




書ききれなかったあれやこれや。


前半の悪役、ミムラス家の次男君はルークの元で修行しなおして竜騎士に復帰。そのままルークの部下として勤めることに。

ティムとコリンが里から帰ってくるのを本宮の着場で待つ間、上司の奥さんであるオリガに日傘をさしかけるシーンを考えていたのだけど、話が続かなかったので没に。


前半でティムに言い寄っていた令嬢は巻き込まれた竜騎士となんだかんだで結婚。喧嘩しながらもどうにか続いている模様。


コリンの成人の儀の夜、エドワルドはティムも呼んでとっておきのワインで祝福。実は、群青本編「群青の空の下で 3」にて義父ミハイルより譲られたワインの1つ。

このワインを開けるシーン、本当は最後に入れるつもりでした。当初の予定が変わってコリンが懐妊したので入れるのは断念。婚約の祝いも兼ねて成人の儀で開けたと単に自分の中で納得させた。


婚礼の翌年、リーガスは団長職を辞して後任にティムを指名。

相談役という名目で残り、若手の竜騎士達をしごき……指導した。





次話のおまけで完結(予定)

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