閑話6
暴力的なシーンがあります。
親子の末路
痛い……体中が痛い。この牢に入れられてもうどの位経っただろうか? 粗末な寝台に体を横たえ、この痛みに苛まれながら無限とも思える時間を過ごしていた。生まれながらに敬称を許され、高位の神官になる私が何でこんな目に合わなければならないのだ?
すべては平民風情のあの男の所為だ。陛下を欺いて姫様と権力を手に入れようとしたあの男から愛する人を奪い返し、苦労して築き上げた愛の巣で解放した姫様と暮らすつもりでいたのを邪魔されたのだ。
怒りがこみあげてくるが、体のいたるところが痛くて何もできない。こんなに苦しんでいるのにどうして誰も何もしてくれないんだ! 私は特別なんだ! こんな所にいていい人間じゃない。
ここへ入れられてすぐは事情を聞きに来る者がいたが、今はもう来ない。来るのは食事を差し入れる係員だけになり、何度も訴えたがすべてが無視される。どうしてだ、何故、私の話を聞いてくれない!
ガチャ……。
久しぶりに牢の扉が開いた。どうやら私はまだ見捨てられていなかったらしい。牢番が入ってきて俺の体を起こす。無理やり起こされたので激痛が走る。私は彼らにもっと優しく扱えと命じたが、腹立たしいことに私の命令を無視した。ここから出たら、あの男の次にこいつ等を処分してやる。
何日も横になっていた私の足はすっかり萎えていて、自分で立つことが出来なかった。牢番は2人がかりで私を引きずるように立たせ、そのまま牢から引きずり出すとどこかの小部屋に連れて行かれた。
そこには数脚の椅子が用意されていたが、私はそれにすら座ることが許されず、床へ直に座らせられる。屈辱以外何物でもなく、私は抗議したが「黙れ」と威圧的に返された。
「控えろ」
しばらくして牢番に頭を下げるよう命じられる。何でこの私が……と抗議するが、後ろ手で拘束されている私は牢番2人によって強制的に頭を下げさせられる。やがて、私が連れてこられたのとは別の扉から誰かが入ってきて、私の前に用意されていた椅子に座った。大人しくするふりをして力が弱まったところで盗み見ると、顏は見えないが入ってきたのは4人、そのうち3人が椅子に座っていた。
「顔を上げよ」
凛とした声に従い顔を上げると、真ん中に座っていたのは驚くことに当代様だった。その向かって左側にエドワルド陛下が座り、反対側には私の師匠が座っている。ああ、これで助かったと安堵したが、3人の背後に立っていた竜騎士は、私をこんな目に合わせたあの平民上りだった。
その顔を見ただけで怒りがわき起こる。体が痛いのも忘れて掴みかかろうとしたが、牢番に阻まれる。
「この野郎! 貴様の所為で!」
体が動かせないのならせめて口で攻めてやろうと、私を陥れた奴の卑怯なやり口を糾弾した。高貴な方々は表情も変えずに聞き、唯一奴だけは反論しようとして止められていた。奴にとって都合が悪いのが丸わかりだ。
「話には聞いておったが、思っていた以上にひどいの」
ああ、自分の主張がやっと認めていただけた。やはり下端の牢番などには私の言い分が理解できなかったのだ。私は安堵していかに惨い扱いを受けていたかを訴えようとしたが、それは当代様に制される。
「聞くに堪えん。この者を黙らせよ」
当代様の命令で私は口をふさがれ猿轡をかまされる。何故だ? 当代様は私の主張を聞き入れてくださったのではないのですか?
「そなたはいくつかの罪に問われておる。1つはタランテラ皇女コリンシア・テレーゼを同意なく拉致し、監禁及び暴行した罪。もう1つはエルニア再建の妨害に関わった罪。他にもいくつかの不正にかかわった事実が判明しておる」
そんなの嘘だ。私は不埒者から姫様を助けるためにやったんだ。反論したくても猿轡が邪魔をして呻くことしかできない。助けを求めようと師を仰ぎ見るが、完全に目を逸らされてしまった。
「お待たせしました」
そこへエルニア再建の責任者となっているアレス卿が一人の男を引きずりながら入ってきた。よく見るとその男は憔悴しきった父上だった。
「おお、当代様。わしは、嵌められたんです」
父上は真っ先に当代様の姿を見付けて哀願する。私の学び舎の講師への推薦と引き換えにエルニアへ手紙を運ぶのを頼まれただけだと必死に訴えている。おそらく、私の姿は目に入っていない。
「黙れ。自ら率先してあの男に近づき、企みに手を貸す見返りを得ていた証拠もある。神官の地位にあるものが、妾の主導で行われている国の再建を妨害するなど、言語道断じゃ」
当代様の怒りは凄まじく、父上も恐れをなして口を閉ざした。
「そなたに問い詰めなければならないことはもう1つある。そなた、自分の息子に一体何を吹き込んだ?」
当代様に言われて、父上はようやく私がいることに気付いた。後ろ手に拘束され、猿轡までしている私の姿を見て、父上は言葉を失った。
「そなたの息子は何故かわが娘コリンシアと婚約していると信じ込んでいる。その様な事実はないのだが、どういう事か?」
陛下の言葉に私は愕然となる。いや、きっと恥ずかしがり屋の姫様は父君に言うのを躊躇っていたのだ。私達が愛し合っている事実に変わりはない。
「それは……」
父上は目を泳がせる。私と目が合うと、ばつが悪そうに目を逸らす。父上、何故、目を逸らすのですか? 陛下は姫様の結婚相手に得体のしれない平民上りの竜騎士より高貴な生まれの私の方が選ばれるとおっしゃったのは貴方ですよね?
「あの子が継承するフォルビアの財産が目当てか? 嘘を並べて息子をけしかければ簡単に手に入ると思ったか? 私も甘く見られたものだ」
陛下から放たれる威圧が恐ろしくて顔を上げられない。体が震え、汗が滴ってくる。
「呆れたものよ。自力では野望が果たせぬからそれであの男に近づいたか。このような小物に翻弄されたかと思うと己が腹立たしい」
当代様が立ち上がって背後を振り返る。
「そなたがおらねば里の名声は地に落ちておった。救ってくれて感謝するぞ、聖騎士ティム・ディ・バウワー」
なんだと! あの男が聖騎士だと! 突きつけられた事実に私は愕然となった。気付けば当代様が一歩前に進み出ていた。私達は牢番によってその場に平伏させられる。
「そなた達は除籍処分とする。身柄をダムート島に移し、生涯出ることを許さぬ」
嘘だ……。そんな事、あり得ない。こみ上げる怒りに任せて牢番を振り払うと、目の前にいた当代様に詰め寄ろうとした。
バキッ
私は顔を蹴られて無様に床に転がっていた。強かに頭も打ち、意識も朦朧としていく中、当代様が神官服の裾を直して埃を払っていた。チラリとおみ足も見えたような気がするが、そのまま意識が闇に包まれていった。
初々しい二人
夜会が終わって2日後の夜。俺達は当代様の別荘の主寝室で途方に暮れていた。
「どうする?」
「どうしましょう?」
夜会の次の日、あの神官親子へ処分を通達して里でのすべての予定が終了した。そして今朝、アレス卿と少年王が帰国していくのを見送った後、陛下と皇妃様は俺達を置いて帰国してしまった。その後、俺達は本当に夜会の後の口約束通り、当代様の別荘へ連れて行かれたのだ。
代々の大母が避暑の目的で利用する別荘は優美な装飾で彩られており、女性好みの調度品が揃えられている。そんな所へ男の俺が滞在してもいいのかと躊躇ったが、代々の大母の中にはここで恋人と逢瀬を重ねておられた方もいたらしい。つい最近では先代のシュザンナ様。少しさかのぼると、皇妃様の御養母アリシア様もそうだったらしい。
そんな訳で別荘を管理しておられる使用人方は、特に気にした様子もなく俺の荷物も部屋に運び込んでくれた。
着いたのは夕刻だったので、コリンと2人、暮れ行く庭を散策して過ごし、共に夕食を取り、食後は少しお酒を頂いた。離宮にいた時と同様にゆったりと流れる時間を楽しみ、明日は天気が良ければ遠乗りに行こうと約束し、お休みの口づけを交わしてそれぞれの部屋に入った。
ゆっくりと湯を使い、寝る前に読む本を厳選して寝室の扉を開ける。思いのほか豪華な天蓋付きの寝台に驚いていると、別の扉が開いて先ほどお休みの挨拶を交わしたばかりのコリンが入ってきた。
「え?」
互いに目を丸くして固まる。そして2人で状況を整理すると、男性用と女性用の私室が寝室で繋がっている作りになっていたのだ。調度品の豪華さから推測すると、この別荘の主寝室をあてがわれていたらしい。自分で荷物を運び込んでいれば気付いたのだろうが、コリンと過ごすことを優先して全て使用人に任せてしまったために気付けなかった。
「どうする?」
陛下の口ぶりからすると、おせっかいを焼いたのは当代様だけではなさそうだ。だが、彼らの思惑通りに関係を持つのはちょっと躊躇われる。何より、あんな事があったばかりのコリンは怖いのではないのだろうか?
「お、俺、向こうのソファで寝ます」
夜着姿のコリンを前にして、理性が保っていられるはずもない。俺は逃げるように踵を返すが、後ろから彼女が抱きついてきた。うわ……共に夜着だけだから先日よりも彼女の体を生々しく感じる。これは……ちょっとやばい。
「い、行っちゃ嫌」
「コリン……」
俺を掴む手がわずかに震えている。あの時の事を思い出したのではないかと気になるが、口に出すのは躊躇った。
「一緒に……」
これ以上言わせたら男が廃る。理性の糸を引きちぎった俺は彼女を背中から外して抱き上げた。
「怖くなっても途中で止められませんよ?」
「うん……」
彼女は俺の腕の中で恥ずかし気に頷いた。あー、もう、本当にかわいい。俺はたまらず彼女に口づけると、そのまま寝台に足を向ける。陛下や当代様の思惑通りになるのは癪だが、かわいい恋人の望みを叶えるのは当然のことだ。そう自分に言い訳をして、彼女と初めて褥を共にした。ちょっと夢中になりすぎ、翌日はコリンが起きれなくなって遠乗りに行けなかったのはここだけの話だ。
全く反省しない神官君とその父親。
礎の里の立場を危うくするところだったという事で、黒幕も一緒に最も重い罪に。
基本、里では死刑を行わないのですが、当代様に危害を加えようとしたという事で息子の方はそれが適応されることに。
本当は怒り狂ったエドワルドが自国の法律で裁くと言い張っていたのだけれど、当代様が宥めてすり合わせをしてこのような結果に。
前話で色々残念な姿を見せましたが、当代の地位にいるのですから有能なのです。ちなみに護身術もそれなりに身に付けているので、最後に息子の方が突っかかってきても冷静に対処しました。ピンヒール履いていたけどね。
今回、ちょっと後味が悪かったので、最後のはおまけ。逆に甘すぎてなければいいのですが……。




