第19話 色々拗らせたティムの本音6
黒幕を捕縛した日の夕刻、離宮に戻っていた俺は再び国主会議の場に呼び出された。あれから黒幕の機密書類を精査した結果、迅速な対応が必要な書類が出てきたらしい。
「あの男が接触していたのが今回捕らえた南部の領主だけではなかった」
居並ぶ方々を代表してアレス卿がその一覧を見せてくださった。中には既に目星をつけていたものもいるが、初見の名もある。ここに名を連ねた全員が同時に行動を起こしていれば、今いるエルニアの戦力では対処しきれなかっただろう。
だが、実際に反乱が起きる前に南部の領主を捕縛したことで、彼らは行動を起こすことに二の足を踏んでいる。今のうちにこの情報をエルニアに届ければ反乱を未然に防ぐことが出来る。
「最後の仕事と思って、エルニアに行って来てくれないか?」
当初の契約では3年を期限としていた。今年がその区切りの年なのだが、国主会議が始まる前の状態であれば継続するのも仕方がないと思っていた。
だが、復興を妨害してきた黒幕は捕縛された。その黒幕が高位の神官だったことから、賢者方の全面的な協力も取り付けた。陛下とアレス卿と相談した結果、俺は契約の継続は行なわず、姫様と共にタランテラへ帰国することにした。その最後の仕事として黒幕の機密書類の写しを留守役のレイド卿へ届けることになった。
離宮に籠っていた間、相棒を構ってやることができなかったが、騎士団の方で手厚く世話してくれていた。聞くところによると、黒幕の命令だったとはいえ一部の竜騎士が俺だけでなくタランテラも侮辱したお詫びの一環だったらしい。
上級の広い室に専属の係官、そしていつもよりも高級な食餌が与えられていたテンペストは、全身ピカピカに磨き上げられていた。しばらく会えなかったことでちょっとだけ拗ねていたが、それでも夜の帳が降りた空に飛び立ってしまえばすっかり上機嫌になっていた。絶好調の彼はエルニアまでの最短距離を丸1日で飛びきった。
首尾よくレイド卿に書類を手渡し、急ではあったがあちらで世話になった方々へ1日かけて挨拶を済ませた。元々身一つでエルニアへは来たので、預けていた貴重品とわずかな身の回りの品をまとめれば荷造りは完了。夜には城にいた近しい人達がささやかな送別の宴を開いてくれた。
翌早朝、城の着場には多くの人が見送りに来てくれた。短い間だったが、共に戦った竜騎士達は全員正装で整列し、忙しいはずの文官方も示し合わせたように各部署の長が揃っている。まるで国賓並みの扱いに恐縮するが、レイド卿と共に陛下とアレス卿の留守を預かっている文官の長の1人が、俺の事を救国の英雄だと賛辞してくれた。
ここまで感謝されると、この国の手助けをして良かったと思える。こんな俺でも役に立てたのだと自信が持てた。大陸の北と南でかけ離れているが、それでもいつか、この国を再び訪れることが出来ればいいなと思う。見送りの方々に礼を言い、俺はテンペストを飛び立たせた。
帰りは行きほど焦らずに安全な行程を選んだので、里に着いたのはエルニアを出た翌日の昼頃だった。すぐに帰還の報告をするつもりで係官にテンペストを預けたのだが、当代様の部下が俺を待ち受けていた。
「お着きになられたらすぐにお越しいただいたいと仰せでございます」
「……では、帰還の旨をタランテラのエドワルド陛下とエルニアのアレス卿にお伝えいただけますか?」
「かしこまりました」
嫌な予感がしないでもなかったが、当代様のお召しを一介の竜騎士が断ることなどできない。伝言を快く引き受けてくれたのもあり、先に当代様の元へ伺う事にした。
「おお、よく来てくれた」
恐れ多くも住居となっている奥棟に伺うと、当代様は満面の笑みで迎えてくださった。この笑みに嫌な予感はさらに強まったが、さすがにもう逃げられないだろう。俺は客間に通され、なぜか当代様と差し向かいでお茶をすることになってしまった。
「ところで、御用は一体何でしょうか?」
当代様はなんだか嬉しそうだが、俺は一刻も早く姫様の傍に行きたい。懐にはエルニアでもらった報酬の半分を費やした青真珠が入っている。婚約を公表する前に、これを渡して改めて姫様に求婚するつもりでいたのだ。
時間が惜しい俺は無礼なのは承知で早速本題に入らせてもらった。だが、当代様はのらりくらりと話をそらす。苛立ちが募り、俺が声を荒げそうになったところへ当代様付きの女官が何やら報告にやってきた。
「待たせてすまなかったの、ようやく本題に入れるぞ」
妙にご機嫌な当代様に促されて隣室に足を運ぶと、そこには神殿騎士団の礼装が一式用意されていた。俺が持っていた一般的なものよりも金糸で豪華な装飾が施されている。
「今宵はな、妾主催の夜会がある。そなたはこれを着て出席してもらう」
「へ?」
当代様の言葉に思わず素で返していた。
「今回の黒幕捕縛にそなたが貢献したのは明らか。よってそなたへ聖騎士の称号授与が全会一致で決まったのじゃ。夜会の冒頭で披露する故、会場へは妾のエスコートをせよ」
「は?」
突然の事に間抜けな返答しかできない。聖騎士の称号を授与されるという事は、竜騎士としては最高の栄誉を賜ることになる。
これで姫様と並び立つのに相応しい地位を得ることになると思うと嬉しいのだが、夜会なら俺は姫様と出席したいです。と、言うか、当代様、何か非常に悪い顔をしておられますが、良からぬこと企んでいませんか?
「これは命令じゃ。エルニアとタランテラには通達してある故、遠慮はいらぬ」
遠慮というか、全力で拒否したいのですが……。結局、抵抗むなしく当代様の言いなりになるしかなかった。
結局、離宮に戻ることが出来ないまま日が暮れて夜会の始まる時刻となった。用意されていた煌びやかな礼装に俺は仕方なく袖を通し、当代様専用の入口の前で彼女を待った。やがて荘厳な衣装を身に纏った当代様がお見えになられた。こうしてみると、本当に大母様なのだと痛感するが、どうにも昼間のあの何か企んでいる姿と重ね合わせることが出来ない。
「では、参ろうか」
俺の姿を見付けて当代様は手を差し出す。本当は姫様以外をエスコートしたくないのだが、仕方なくその手を取った。
「当代様のおなりでございます」
扉が開き、会場の視線が集まる中、俺は当代様の手を取って進む。さりげなく見渡すと、会場の隅の方にユリウス卿に付き添われた姫様の姿が確認できた。美しく着飾った姿に見とれそうになるが、心なしかその表情が今にも泣きそうになっているのに気付いてぎょっとする。
「今回の捕縛に功績があったティム・ディ・バウワーを聖騎士に叙する」
夜会の冒頭に当代様は予告通り俺の聖騎士への昇進を宣言した。先ほどの姫様の表情が気になり、当代様が手ずから聖騎士の記章を授け、祝福をして下さるのを焦れる思いで待った。
祝福が終わった瞬間に大きな歓声が沸き起こる。俺の元には次々と賢者方や国主方が祝いを言いに来てくださるが、適当にそれらをあしらいながら真っすぐに姫様の元に向かう。すると、彼女は驚いた様子で固まっていた。
「お帰り、ティム。いつ帰って来たんだ?」
その場にいた一同を代表してアレス卿が問いかけてくる。もしかして伝言が届いていないのか? 確認すると、アレス卿だけでなくエドワルド陛下にも伝わっていない。
「あの、嘘つき女」
思わず悪態をついてしまった。急いで事情を説明すると、一同は疑わしげな視線を上座に送る。ばっちり目が合った当代様が慌てて目を逸らしたのでこれは間違いなく確信犯だ。皇妃様がただ驚かそうとしたのではないかと仰ったが、姫様を悲しませた事実は変わらない。怒りがわいてくるが、それを皇妃様がさりげなく制してくれる。
「少し、外の空気を吸っていらっしゃい。ティム、側にいてあげてくれるかしら?」
存外に後の事は任せて欲しいと仰せになられているのだ。俺の務めは姫様を慰めること。そう理解した俺は姫様の手を取ると手近な扉から中庭に出た。
色々と釈明しなければならないが、まずは落ち着ける場所を探す。ちょうど休憩するのに手ごろな椅子があったので姫様に勧め、俺はその前に跪いた。そしてエルニアに行ってきた経緯と一緒にタランテラに帰れる旨を伝える。感極まった姫様は俺の胸に飛び込んできた。危うく尻餅をつきそうになったが、無様な姿を見せたくない一心でどうにか堪えた。そして俺達は顔を見合わせると、自然と唇を重ねていた。
「姫様」
唇を離すと、俺は姫様を立たせて居住まいを正し、改めてその場に跪く。そして懐からあの真珠を取り出すとそれを彼女に差し出した。
「既に決まっていますが、改めて申し込みます。コリンシア・テレーゼ・ディア・タランテイル様、愛しています、結婚してください」
差し出した黒い巾着の中を見て姫様は驚いていた。青真珠は全部で7つある。好みのものに加工してもらいたいので、わざとそのまま持ち帰った。気に入ってもらえたようで俺も嬉しい。
「私も、愛しています。ティムのお嫁さんにしてください」
「姫様……」
彼女の返答に嬉しくなってもう一度唇を重ねようとするが、その優美な指で押されて拒まれる。
「姫様?」
「あのね、私達、結婚するのよね?」
「そうですね」
「名前で呼んで」
うかつだった。そういえばだいぶ前にユリウス卿にも忠告されていた。反省するけれどもあまりにもかわいらしいおねだりに自然とほおが緩み、彼女を抱き寄せて耳元でその名を呼んだ。
「コリン」
だが、望みをかなえたと言うのに彼女は照れてしまって俺の胸板に顔を押し付けてきた。それもまたかわいいのだけれど、顏を見たい俺は彼女の頬に手を添えて上を向ける。そしてもう一度彼女の名を呼んで唇を重ねた。
互いに寄り添って他愛もない話をしていると、ユリウス卿が俺達を呼びに来た。いつの間にか時間が過ぎており、宴はお開きとなっていた。
「当代様がお呼びになられているから行こうか?」
今更、何の用があるのだろう? 疑問に思いながらも、陛下や他の方々も待っておられると言うので俺達は大人しく後に続く。向かった先は当代様の控えの間。ユリウス卿が扉を叩くとすぐに返事があり、中に入ると陛下と皇妃様、アレス卿が立っており、その中心に憔悴しきった当代様が座り込んでいた。
「ごめんなしゃぁぁぁい!」
俺達の姿に気づくと、床に頭を擦り付けるほど下げて誤った。相当責められたのは想像できたが、宴での威厳のある姿との落差に目を疑う。
「ちゃんと何をしたのか白状して誤りましょう」
以外にも皇妃様は容赦がない。陛下もアレス卿も黙認しているらしく、仁王立ちで半泣きの当代様を見下ろしている。
「ちょ、ちょっとした悪戯心でしゅ。悪ふじゃけをしてしゅみましぇんでじた」
かみかみになりながら当代様が頭を下げる。どうしたものかと俺は姫様……コリンと顔を見合わす。アレス卿が補足してくれたところによると、俺を侍らせるだけでは飽き足らず、再会を焦らされた俺達の様子を見て楽しんでいたらしい。全く質が悪いにもほどがある。こんな人が里の頂点で大丈夫だろうか?
「それで、謝罪だけですか?」
今の俺は思いっきり悪い顔をしているかもしれない。何しろ悪戯されただけではなく、頼んだ伝言を怠って約束を反故にされたのだ。すぐには思いつかないが、何か要求しても罰は当たらないだろう。
「とりあえず顔を御上げなさい。2人を祝福してくださるのでしょう?」
皇妃様の口調は相変わらず優しいのだけど、なんだか怖い。その恐怖を感じ取り、当代様は恐る恐る顔を上げると、俺達に婚約の祝福をしてくださった。
「苦難を乗り越え、紡がれた2人の縁に、ダナシアの数多の恵みがありますように」
祝福の内容はこんな感じだったと思う。何しろ当代様はまだ半泣きの状態で台詞は嚙みまくり。それでも俺達の婚約を祝福してくださった事実には変わりない。これで正式に俺とコリンの婚約が成立した。
婚約の祝いに杯が用意されて当代様秘蔵のワインが振る舞われ、俺達は杯を掲げてその美酒を味わう。自棄になったのか、当代様は自分でお代わりを注いでワインをがぶ飲みしていた。
「後、里の郊外にある当代様の別荘を貸していただけることになった。2人でゆっくり蜜月を過ごすと良い。ああ、孫と一緒に婚礼を上げても構わないからな」
陛下の発言に俺は思わず飲みかけの高級ワインを吹きそうになった。
怒らせると一番怖いのはフレア。
軽い気持ちの悪戯だったが、思いのほか大事になって当代様は大慌て。
苦手なアリシア様の真似で追及されて心が折れた。
ちなみに振る舞われたワインは当代様が一番大事にしていた年代物。
隠してあったのだけれど、2人の目利きによって見つけ出された。
ティムを早く息子にしたいエドワルドとしては、組紐の儀まで済ませてしまいたかったのだが、この場にいないオリガとルークに遠慮して婚約という形に留めた。




