表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小さな恋の行方  作者: 花 影
第2章 国主会議奇想曲
20/31

第15話 変わらないコリンシアの想い3

コリンシア視点。


当代様登場。

 白地に赤と銀の装飾が施された神官服は上級神官の証。急きょ、お見舞いに来て下さることになった当代様を迎えるために、私は真新しいその神官服に着替えていた。

「おかしいところはない?」

 姿見の前で着替えを手伝ってくれた侍女に確認すると、彼女は大きく頷いてくれた。それでもまだ不安で、姿見の前で何度も体の向きを変えて見る。

 朝食の席で父様がため息交じりに言うには、本当は大母補のどなたかが来られるという話だったのだけど、今朝になって恩自ら足を運ばれると知らせてきたと言う。あの方の性格を思うと、単なる思い付きの類でそう決めてしまったのではないかと疑ってしまうのだけれど、決定してしまったことに異を唱えることなどできない。

「コリン、支度はできた?」

 姿見の前でにらめっこしていると、皇妃の正装に着替えた母様が迎えに来てくれた。母様の話では、ついさっき先ぶれが来たらしい。お出迎えに遅れては大変なので、身だしなみの確認はこれまでにして、母様と2人で階下に向かう。

 離宮の玄関では、既に正装に身を固めた父様とアスター、ユリウスが待っていた。そして怪我した左腕を吊ったティムも姿を現す。タランテラを示す群青ではなく、神殿騎士団の白地に黒と銀の装飾が施された正装姿は、何度か目にしたことがあるはずなのになんだか違和感を覚える。

「こちらへ」

 父様の指示に従って私は母様とティムの間に立つ。そっと彼を見上げると目が合った。間近で当代様と会う彼は心なしか緊張しているようにも見える。どうやら心の準備ができていなかったみたい。

 砕けた方なのでそこまで緊張しなくてもいいのだけど、たまに突拍子もないことを言い出して周囲が大いに慌てるのを楽しんでおられることがあるので、それがちょっと心配。今話題の「黒い雷光」に会ってみたいなどとごく単純な理由でこのような席を設けたのではないかと疑ってしまうのは不敬なのでしょうか?

「お着きになられます」

 アスターの声で我に返る。顔を上げるとちょうど植え込みの陰から立派な馬車が姿を現したところだった。派手と言うわけではないのだけれど、細部に至るまで細やかな細工が施された馬車にはごく控えめに大母の紋章が入っていた。

 馬車が玄関の前に止まると、自然と出迎えの私達の間にも緊張が走る。姿勢を正して当代様のお出ましを待った。

「出迎え、ごくろう」

 護衛の竜騎士が恭しく扉を開けると、艶やかな金髪を結い上げ、妖艶な美しさを漂わせた女性が降りてきた。金糸をふんだんに使った正装に身を包んだこの方が、今現在大母の地位におわす方。当代様と呼ばれ、大いなる母神ダナシアの化身として大陸で最も尊敬を集めている。威厳のある立ち居振る舞いはさすがだけど、実はかなりの悪戯好き。今日も急に自ら来ると言い出したので、何かを企んでいそうで怖い。

「わざわざ足をお運び頂き、ありがとうございます」

 父様が挨拶をして当代様を奥へ案内しようとするが、彼女は真っすぐ私の元へきてギュゥゥゥッと抱きしめた。

「当代様?」

 突然の事にびっくりして固まる。父様も母様も当代様のこの行動は予測できなかったらしく、一様に驚いた表情を浮かべていた。

「……良かった本当に。襲われたと聞いて本当に心配しておりましたのよ」

 当代様が声を詰まらせている。

「ティムのおかげです」

「そう……」

 感無量といった様子で当代様は私を抱きしめる腕の力をさらに強めた。ちょっと苦しい……です、当代様。

 私が苦しそうにしているのに気付いた父様が慌てて彼女を止める。そして話の続きは中でと促してくれたおかげでようやく当代様の腕から解放された。ちょっとふらついたところをティムが右手で支えてくれた。さすがの彼も当代様の行動には驚いていたみたい。




「我らの不備によりコリンシア・テレーゼ皇女の身に危険が及んだこと、改めてお詫び申し上げる」

 奥の応接間に落ち着くと、当代様は真っ先に謝罪の言葉を口にしてくださった。このように当代様が直に謝罪されるのは異例の事。反対する賢者様方を刺激しないためにも大母補様が来られることになっていたのだけど、当代様はあっさり無視して離宮まで足を運んで来られた。今回の事を重要視しているという姿勢を示すことで、もしかしたら、大人の利害関係ばかりを気にしている彼らに対し、一番に気にすべきことは何かを自覚させる狙いもあるのかもしれない。

「コリン?」

 当代様と父様が中心となって話が進められていくのをぼんやりと眺めていると、具合が悪いと思ったらしく、母様が心配そうに顔を覗き込んできた。当代様と父様も気遣わし気に私を見ている。

「大丈夫です」

 自分への見舞いにわざわざ当代様がいらしてくださったのに、考え事をしていたなんて無作法だった。私は慌てて頭を下げた。

「いえ、突然押しかけて来たのは私だから気にしないで。不調な方がいらっしゃるのに話が少し長くなってしまったわね。そろそろ本題に入りましょうか」

 当代様は気分を害された様子もなく、私が不調ではないと知って安堵の表情を浮かべられた。部屋で休むことも勧められたが、当代様が仰せの本題を見逃すわけにはいかない。

 これから行われるのはティムへの褒賞授与式だ。簡略化されているとはいえ、当代様から直接授与されるのは非常に名誉なことだ。その事を本人も聞いているらしく、彼はいつになく緊張しているようで顔をこわばらせていた。

「ティム・ディ・バウワー、これへ」

 立ち上がった当代様に呼ばれると、彼は緊張した面持ちで前に進み出る。お付きの神官が布に包まれた細長いものを当代様に手渡す。彼女は包んでいた布をめくって中にあったものを取り出した。それは一振りの長剣だった。

「この度の事、そなたの機転で妾も助けられた。感謝の気持ちにこれを授ける」

「つ、謹んでお受けいたします」

 ティムは緊張した面持ちでその長剣を受け取った。一見で実用と分かるその品は、ティムの異名にふさわしく鞘も柄も黒で統一されていた。唯一の装飾は鞘に施された銀の象嵌ぞうがんのみ。もしかしたら名のある逸品なのかもしれない。

「これは6代前の神殿騎士団長が愛用していた品で、彼が騎士団を引退する折に当時の大母に託していったもの。黒い外見から大地の力と相性が良い様にも思われるが、風の力と相性が良いと聞いておる」

「貴重な品を……」

「相応しいものがいれば遠慮なく譲るようにと言って託されたと当時の記録に残っておる。黒い雷光に相応しい品だとは思わぬか?」

 ティムはその長剣に魅せられたように凝視したまま動かない。物に執着しない彼だけど、その長剣は一目で気に入ったみたい。




「そなたは現状で満足できずにタランテラを出たと聞く。この3年、アレス卿の元で働くそなたの評価はなかなかのもの。聖域ではなく妾直属の本隊に移り、ゆくゆくは騎士団長を目指してみるつもりはないか?」

 当代様の申し出にこの場にいた誰もが思わず息をのんだ。常に無表情のお付きの神官達も初耳だったらしく、思わず「え?」と声を上げていた。

「それは……褒賞の一部としてですか?」

 意外と冷静だったのは言われた当の本人だった。先ほどまでの様子とはうってかわり、当代様を見返す眼光は鋭く、どこか怒りを孕んでいる。それを真っ向から受け流し、涼しい顔をして当代様は答える。

「そのつもりじゃ。そなたは竜騎士としての最高の栄誉と財を得る。妾は当代最高の竜騎士を侍らせ、周囲に誇示できる。双方共に明るい未来が期待できると思わぬか?」

「そういう事でしたら、お断り申し上げます」

 ティムはきっぱりと断ると、左腕を吊っていた布を鬱陶し気に外し、両手で長剣を捧げて当代様に突き返した。この行動にはさすがにお付きの神官も黙っていられず、「無礼だ」と声を荒げる。しかし、ティムはほんの一睨みで彼らを黙らせた。

 一方で父様や母様といったタランテラ側の人間は彼のこの行動を予測していたみたいで、別段慌てた様子もなく成り行きを見守っている。

「俺の主君はエドワルド・クラウス陛下ただ一人。俺の忠誠はタランテラに捧げると既にダナシアに誓っている。今は己の腕を磨くためにアレス卿の元にいるが、あくまでコリンシア・テレーゼ様と共にあるための過程に過ぎないと思っている。

 竜騎士として最高の地位と言われても俺には無用。元々、褒賞を望んでいたわけではありませんので、こちらもお返しいたします」

 断れるとは思っていなかったらしい当代様は、突き返された長剣を前にしばし唖然としていた。不敬ともとれるティムの行動に怒るかなと恐る恐る様子を伺っていると、彼女は肩を震わせ、大母の地位にいるとは思えないほど豪快に笑いだした。

「あっはっはっ! 気に入った!」

 おなかを抱えて爆笑する当代様の姿をティムは長剣を抱えたまま唖然として見ている。私的に会ったことがある私は彼女の本性を知っているのでそこまで驚かないけれど、それでも公式な訪問中に素を晒すとは思わなかった。それにしても当代様、ちょっとやりすぎです。

 ひとしきり笑って気が済んだのか、当代様は居住まいを正す。そしてティムに対して深々と頭を下げた。

「当代様?」

「無礼を許されよ。コリンシアが慕う殿方がそなたと聞いて、ちょっと確かめさせて頂いた」

「……試されたのですか?」

 ティムの声が地を這う。確かに試されたとあっては面白くない。それは私も一緒。見れば父様も母様も少し不機嫌そうにしている。

「名誉を得るために国を出たと聞いていた故、その本心が知りたかったのじゃ。学び舎で学んだ娘たちはわが妹も同然。名声に左右されるようであれば、コリンシアが後に悲しむ事にならないか危惧した故の事。許されよ」

「……」

 もう一度当代様が頭を下げる。それにしてもティムをそんな風に疑うなんて当代様も失礼だわ。名誉、名声だけにこだわるのであれば、3年前に国を出ずに素直に私の護衛役を引き受けていたはず。そんな心配があるのなら、父様が先に反対している。

「私の部下を勝手に引き抜こうとしないでいただけますか?」

 急に割って入った声に驚いて振り向くと、戸口にアレス叔父様が立っていた。騎竜服のままなので、里に着いてすぐにこちらへ来たのだろう。

「アレス、早かったな」

「ええ。コリンの事が心配で一足先に来ました。陛下は予定通り、明日の昼頃到着予定です」

 父様が声をかけると、叔父様は笑顔で答える。そしてつかつかと部屋の中に入ってくると、当代様の前で仁王立ちになる。

「で、当代様。どういうおつもりですかな?」

「さ、さっき言ったじゃない。ちょっと試しただけよ」

「おや、ティムがそんな人物ではない事は私の報告で存じ上げているはずですが?」

 叔父様の追及に当代様は目をそらす。実は当代様はプルメリアのリグレ公国のご出身。アリシアお祖母様の遠縁でもあり、叔父様も母様も子供の頃からよくご存じらしい。

「どういう事か、正直に白状なさってください」

「……だって、羨ましいんですもの」

 当代様が子供みたいに拗ねている。それにしても羨ましいってどういう事だろう?

「私と一緒に大母補になった子はみんな結婚しちゃったし、後から入ってきた子もどんどん結婚が決まっているわ。先代大母だったシュザンナちゃんがいい男捕まえて辞めちゃったから、私にお鉢が回ってきたおかげで結婚どころか出会いの場が余計に遠のいちゃったじゃない?」

「で?」

 当代様の愚痴に叔父様は冷静に応対する。

「せめていい男でも傍に侍らせたいなぁ……なんて思っちゃったりして……」

「ティムとコリンシアは近々婚約するのは知っていたよな?」

「あはは……」

 叔父様の追及を乾いた笑いでかわそうとするけれど、一睨みされて引きつった笑みに代わっていた。

「そもそも、貴女が高望みしすぎて父君の持ってこられた縁談をことごとく断ったのが原因では? 自業自得です」

「……ソノトオリデス」

「大母の地位につかれたのもご自身で納得の上だったはずです。他人を羨んでいる暇がございましたら、お勤めをきちんと果たしてください。大母補方があなたがお戻りになられないと困っておられましたよ」

 そういえばここに当代様が来られてずいぶん時間が経っている。一日の予定は隙なく埋められているので、随分と影響が出てきているのかもしれない。

「あ……」

 当代様の顔色が悪くなる。慌てて騒がせた事を改めて謝罪すると、見送りすら断って逃げ出すように去って行った。まるで嵐が過ぎ去っていったみたい。

「あ、これ……」

 置いてきぼりにされた形となったティムは、返すはずの長剣を握りしめたまま突っ立っていた。叔父様によって引き出された当代様の本音に怒りよりも呆れが勝っているみたい。

「試された謝罪だと思ってもらっておけ」

「いいの……かな?」

 人の良い彼は叔父様の後押しがあってもまだ躊躇していた。けれども後日、改めて当代様に問い合わせたところ、ティムに譲ったものだから彼のものだと返答が来た。かくして歴史に名を遺す名剣は彼のものとなったのだった



当代様裏設定


実は当初、ルイスには妹がいる設定でその子を当代にする予定でした。一応、名前も決めていて、ティーナかティアナかとつける予定でした。

しかし、群青本編ではちょうど里に留学中の頃で出しそびれていたので、結局遠縁という形で落ち着きました。



3年前、コリンシアが留学する時に護衛として付いてきたオスカーと当時大母になったばかりのシュザンナは6年ぶりに再会。

オスカーは短期間の滞在でしたが、昔のよしみでシュザンナが抱える悩みや愚痴に付き合っているうちに恋心が……。

2人は大母の任期が終えるのを待つつもりでしたが、ティーナ(ティアナ)の後押しでシュザンナは退位することに。

当時の大母補は能力的に同程度だったので、一番年長だった彼女が大母に選ばれた。

結構男前な性格で、彼女を慕う若い女神官も多い……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ