第14話 色々拗らせたティムの本音3
ちょっと短いですが、ティム視点。
ガンガンと痛む頭に辟易しながら目を覚ますと、既に日は高くなっていた。体調も考えず、我ながら無茶な飲み方をしたと反省するが、そうでもしないと眠れなかったに違いない。一夜明けた今でも、昨夜の夜着姿の姫様を思い出しただけで……。
煩悩を振り払おうとして失敗し、襲ってくる頭痛に呻いていると、扉を静かに叩く音がする。寝ていたソファからゆっくり体を起こして見渡してみると、この部屋の主も俺に酒を勧めた張本人もいなかった。
テーブルは既に片付けてあり、水差しと杯が置いてある。有り難くその水を飲んでいると再び扉が叩かれる。
「はい……」
この部屋にいるのは俺1人。仕方なく返事をすると、カチャリと音がして扉が開いた。驚いたことに入ってきたのは盆を手にした姫様だった。
「姫……様……」
再び昨夜の艶やかな夜着姿を思い出してしまい、俺は慌てて振り払う。しかし、頭を振ったとたんに頭痛に襲われて、あえなくソファに倒れこんだ。
「ティム、大丈夫?」
驚いた姫様はテーブルに盆を置くと俺の顔を覗き込む。か、顔が近い。昨夜、始めて唇を重ねた記憶がよみがえり、一気に顔が熱くなる。
「お、お医者様、呼びましょうか?」
昨夜を思い出して1人で悶えていると、姫様はなおも心配してくれる。その手が肩に触れると思わずピクリと反応してしまった。それで姫様も変に意識してしまったらしく、パッと手を離すと顔がみるみるうちに赤くなっていく。
「お前達、何をやっているんだ?」
部屋を訪れた陛下があきれた様子で声をかけられるまで、俺達はその場で2人してワタワタ、オロオロしていた。
陛下の登場で我に返った俺達はようやく落ち着きを取り戻した。
「とにかく腕の治療を済ませなさい。終わったら着替えて下へ」
陛下に指示されて、ようやく姫様が持ってきた盆の上に薬が乗っているのに気付いた。内心まだドキドキしながら陛下に頭を下げ、襲ってくる頭痛に低く呻いた。
「先にこれを飲んで」
陛下が部屋を出て行くと、俺は痛む頭を押さえてソファに座り込んだ。姫様は手際よく薬を取り出すと水と一緒に差し出してくれる。見覚えがあるそれは二日酔いの特効薬。よく効くのだが、この世のものとは思えない苦さの逸品だ。俺は覚悟を決めるとそれを一気にあおる。吐き出しそうになるのを堪え、どうにか水で流し込んだ。
「大丈夫?」
俺は答える代わりに小さく頷いた。飲んだだけで精神力を奪われていく……文句を言いたいが、これをこの世に作り出したのは皇妃様。その昔、いくら注意しても懲りなかったアレス卿を戒める為に作ったのだとか。さすがにあの方を相手に文句は言えない。
「腕を見せて」
飲んだ薬の衝撃から立ち直るころには、姫様も治療の準備を終えていた。俺が素直にシャツの袖をまくると、姫様は巻いてあった包帯を丁寧に外していく。
「……痛い?」
「大丈夫ですよ」
昨夜、理性を保つために患部を握ったからか、少し傷口が開いていた。血でくっついた当て布を薬液で濡らしながら丁寧にはがしていく。皇妃様直伝の技だと思ったら、これも学び舎で教わったらしい。タランテラにいた時にはやんちゃ3人組のすり傷の手当ぐらいしかしたことがないと恥ずかし気に告白してくれた。
「上手ですね」
「そう?」
褒めると姫様は嬉しそうに頬を染める。ちょっと慎重だが、その分丁寧に腕の傷口を消毒しなおし、薬を塗った当て布を変えて包帯を巻きなおしてくれた。これも礎の里で習った成果らしい。姫様も確実に技量を上げている。
「はい、終わりました」
「ありがとうございます、姫様」
俺は彼女を抱き寄せ、お礼代わりに額へ口づけた。心なしか彼女は不満そう。何がいけなかったか考えていると、姫様は俺にギュッとしがみついてきた。
「無理を……しないでね」
「はい」
少しうるんだ瞳で見上げられる。彼女が何を望んでいたかなんとなく気付いた俺は、そっと体をかがめて唇を重ねた。元気そうに振る舞ってはいるが、昨日の今日ではまだ不安や恐怖が残っているのだろう。これで少しでも元気になればと俺は彼女をしっかりと抱きしめた。
一度部屋に戻り、竜騎士正装に着替えた俺は階下へ向かった。指定はされなかったが、陛下に呼び出されてさすがに平服と言うわけにもいかない。幸い、よく効く薬だけあってひどかった頭痛も随分と和らぎ、窮屈な正装もさほど苦にならない。
階下で待ち構えていたユリウス卿に案内されて向かった先は、陛下が滞在中の執務室として使っている部屋。ユリウス卿が扉を叩いて俺が来たことを伝えると、すぐに返事があって中へ招き入れられた。
さすが国主が滞在する離宮だけあってどの部屋も隅々にまで贅が凝らしてある。なんだか部屋全体が眩しく感じるのは気のせいだろうか? そんな中、陛下と皇妃様に席を勧められ、陛下の正面に座る。なんだか緊張する……。
「ティム、そんなに緊張しなくていいのよ」
皇妃様が笑いながらお手ずからお茶を淹れてくださる。勧められるままに一口飲めば、フォルビアにいた頃を思い出してなんだか懐かしい。茶器を手にした陛下も心なしか幸せそうだ。ただ、皇妃様はご予定があるのか、俺達にお茶のお代わりを注ぐと部屋を静かに出て行った。
「さて、それではそろそろまじめな話をしようか」
一段落したところで陛下はまじめな口調で切り出した。俺も自然と姿勢を正し、話の続きを待つ。
「昨夜までの話はアスターから聞いているな?」
酒席での話だが、酔いが回る前に聞いていたので記憶には残っている。俺が頷くと陛下は数枚の書類を手渡してきた。正式なものではないが、昨夜面会した各国の首脳や神殿関係者との意見交換を記録したものらしい。走り書きなので読みづらいところはあるが、俺はそれらにざっと目を通した。
「今回の件は里側の不手際が招いたものだと認められた。ただ、この件に関して我が国は里へ賠償金の類を求めない。その代り、件の神官の身柄を我が国に引き渡してもらい、わが国の法に則って裁くことで話がまとまった」
「……よろしいのですか?」
また一部の高位神官につけ入る隙を与えるのではないかと気が気ではない。
「構わん。そもそも、学び舎は当代様の管轄。阿漕な真似をしてはこちらの品性が疑われる。まだ到着されておられない方もおられるが、おおむね私達の主張を受け入れてもらえるはずだ」
「そうですか」
強気に出られるのは、今回の件がエルニアでの反乱と無関係ではないからだろう。アレス卿に手渡した手紙には、あの勘違い野郎が単独で反乱に手を貸したとは思えない情報も含まれている。裏で手を貸していた黒幕がいるのは濃厚だろう。それがあるから奴らは俺の身柄を早急に確保しようとしたのだろうが、失敗した今では戦々恐々としているに違いない。
「事の次第は昨日のうちにアレスにも送っている。使者はその足でエルニアへ向かい、反乱に加担した者達への尋問の記録と件の神官の父親の身柄を里へ移送することになっている。もちろん、使者は当代様が信用出来る者を厳選して送り出した」
同行しておられるエヴィルの国主次第だが、もしかしたらアレス卿は旅程を早められるかもしれないな。そんな考えを口にすると、陛下も同意してくれた。
「それと今日の事だが、大母補のどなたかが見舞いに来られるのを聞いているな?」
このことも記憶にある。俺は神妙に頷いた。
「今朝一番で使者が来られて、当代様自らお見えになられる事になった」
「は?」
陛下も予想外だったらしく、少し深いため息をついた。
「今回の事、お前が助けたのはコリンシアだけではない。結果的には当代様も救ったことになる。それゆえ、そなたに褒章を贈る手はずとなっていたのだが、感謝の意も込め、自ら授与したいと今朝になって仰せになられたそうだ。ただ、あまり大々的出来る内容ではないので、今日、見舞いの折に授与することになった」
「え? 何で、ですか?」
突然の事に俺は理解が追い付かずに呆けていた。当代様を救った心当たりは全くない。
「分からないか?」
陛下の質問に俺は素直にうなずいた。
「あの神官の計略が成功していたら、礎の里の、ひいては大母様の信用も地に落ちていた。お前の機転と行動力のおかげで最悪の事態を回避できたのだ」
姫様を救うことで頭がいっぱいだったので、そこまで考えていなかった。思いもよらない事態に思考が停止する。
「で、当代様の御都合で、お見えになられるのが昼頃となった」
「え?」
昼頃って、もうすぐ? そこへアスター卿が報告の為に部屋へはいってきた。
「陛下、当代様がお見えになられると、只今先ぶれが参りました」
「分かった」
陛下は立ち上がると、ソファの背もたれにかけていた上着を羽織る。久しぶりに見るタランテラ国主の正装に思わず見惚れていると、俺も立つように促されて我に返る。
「行くぞ」
ちょっと待ってくださいよぉ、心の準備ができていません!
ティムが飲んだ二日酔いの薬は、苦みの強い薬草を集め、その煮汁を更に煮詰めて濃くしたもの。時々、エドワルドもお世話になっています。




