第13話 色々拗らせたティムの本音2
前話のティム視点。
ティムVS煩悩 第2ラウンドw
「あれ?」
俺は見慣れない部屋で目を覚ましていた。のろのろと体を起こし、働かない頭に活を入れて状況を整理する。それでようやく助けた姫様をタランテラにあてがわれていた離宮へお運びしたのを思い出す。その後の記憶が曖昧だが、倒れたか無理に休まされたかのどちらかだろう。
「姫様、大丈夫かな……」
時間は既に深夜。夕方からこの時間まで寝ていたことになるので、体は随分と楽になっていた。腕の傷は治療を終え、寝台の脇には真新しい服が一式用意されている。有り難いことに何から何まで至れり尽くせりだ。
騎士団の宿舎に帰らなければならないが、姫様の御様子も気がかりだし夜明けまで待った方がいいだろう。だが、この寝台は快適すぎるので、これ以上ここで寝ていたら起きれなくなりそうだ。
深夜とはいえ、まだ誰かは起きているに違いない。状況把握はしておきたくて、俺は身支度を整えると部屋を出る。するとなにやら離宮全体が騒がしい。疑問に思っていると、向かいの部屋から皇妃様がユリウス卿に手を引かれて出てきた。
「ティム、起きたのか?」
「具合はどう?」
2人は俺の姿を見て話しかけてくる。皇妃様の肩に小竜がおらず、それでユリウス卿に手を引いてもらっているようだ。
「俺は大丈夫です。それよりも姫様は?」
「一度目を覚ましたけど、また眠っているわ。薬の後遺症は心配ないみたいだけど、心のケアは必要ね。それから、あなたの事を随分と心配していたわ」
「そうですか……」
色々と聞きたいことはあったが、騒ぎが激しさを増してそれどころではなくなる。何事かと尋ねれば、ちょっと躊躇ったのちにユリウス卿が答えてくれた。
「君の身柄を寄越せと神殿騎士団が言って来ている」
「俺の?」
かいつまんで説明してもらったところによると、エルニアの利権を虎視眈々と狙っている連中が、昼間の俺の行動にいちゃもんをつけてきたらしい。しかも事後処理で奔走しておられる陛下の留守を狙ってである。
そこからアレス卿を失脚させ、利権を手に入れる心積もりなのだろう。こちらは逆に問いただせばならないことがあるので望むところなのだが、それは2人に止められた。
「使いを送ったからすぐにエドも帰ってくるわ」
「君に出て行かれると逆に話がややこしくなっちゃうからね。大人しくしておくんだよ」
俺に釘を刺すと、2人は怒号が飛び交う玄関ホールへと向かっていった。何か考えがおありなのだろうと思い直し、俺は階下の様子を見渡せる暗がりで成り行きを見物することにした。
それにしてもひどいな。俺を貶めるだけならまだいいが、アレス卿を無能呼ばわり、エドワルド陛下を舅の威光を笠に着るしか能がないなどと言いたい放題だ。だが逆にそこまで強気な態度をとれる彼らに驚きだ。
タランテラの竜騎士達は優秀で、皇妃様に危険が及ばないよう彼らを一歩たりとも離宮に入れていない。特にユリウス卿の采配は見事で勉強になった。こうして客観的に見るようにしていないと、すぐに怒りで飛び出してしまいそうだ。
パタパタと羽音が聞こえて小竜が俺の肩に止まる。何故か妙に甘えてくるので俺は階下に意識を向けながら無造作に頭を撫でてやった。
「ティム」
不意に声を掛けられて振り向くと、いつの間にか姫様が立っていた。透けてしまいそうな白い夜着にショールをかけただけ。その服装に衝撃を受けた俺が固まっていると、駆け寄った姫様は俺に抱き着いた。
「姫様、ご気分が優れないのでは?」
意識しすぎないように気持ちを落ち着けてから小声で尋ねると、姫様は首を振って俺のシャツをギュッと握りしめた。皇妃様が危惧していた後遺症でもあるのか心配で俺はどうしていいかわからずにおろおろしながらもう一度訪ねる。
「部屋に戻られますか?」
姫様はこれにも首を振る。そしてうるんだ瞳で俺を見上げた。
「会えて、良かった。会いたかったの」
姫様の答えに俺はたまらず彼女を抱きしめた。ああ、もう、そんな目で見られたら俺の理性はどこかに吹っ飛んでしまう。しかもわざとかと疑いたくなるほど、その柔らかな体をぐいぐいと押し付けてくる。俺は傷口を掴み、その痛みでこみ上げてくる男の欲望をどうにか耐えた。
「俺もです」
「怪我は?」
「大丈夫です。あれくらいはいつもの事です」
俺は姫様を安心させるためにやせ我慢して答える。そしてこれくらいなら許されるだろうと自分に言い訳して彼女の額に口づけた。
「何度申し上げればお分かりいただけるのですか!」
皇妃様がいつになく声を荒げている。いつも穏やかでお子様方を叱るときも、言い含めるように諭していくあの方が珍しい。
姫様もそう思ったらしく、そっと階下を伺われる。ここから見えるのは皇妃様とユリウス卿、そして2人を守るように数人の竜騎士の姿だけ。その堅守は称賛物で、さすが陛下が厳選して連れてきただけはある。それでも引かない非常識な訪問者にはあきれるが、俺の為に尽力してくださっていると思うとため息が出る。
「俺の為……です」
「そんな……だって……」
俺が事情を説明すると姫様は驚き、そして俺の為に怒ってくれた。コロコロ変わる表情は見ていて飽きないが、いつまでも見惚れているわけにはいかない。俺は表情を引き締めると言葉を続けた。
「俺にはやましいことはない。どうも胡散臭いと思ったら、神官の一部が論点をすり替えようとしているみたいだ」
「そんな事、している暇があったらもっと違う事すればいいのに」
「姫様のおっしゃる通りです」
本当に無駄なことをする。かえって自分達の首を絞める結果になるとなぜ気づかないのだろうか?
「このような夜更けに、しかも私の留守中にこの騒ぎはどういうことですかな?」
そうしているうちに陛下がお戻りになられた。その威圧は2階にいる俺達にも容赦なく届いてくる。それには先ほどまで強気だった神殿騎士もタジタジになり、先ほどから聞こえてくる受け答えが要領を得なくなっている。
「勝手な行動は慎むよう、当代様からのお達しでございます」
陛下は神官を伴って戻られた。ちらりと見えた神官服から、高位の神官だったらしい。彼の言葉に神殿騎士も反論できず、先ほどまでの騒ぎが嘘のようにあっさりと引き下がった。そしてその神官に追い立てられるようにその神殿騎士は部下と共に去っていった。
離宮の扉が占められ、静寂が戻る。陛下は皇妃様をねぎらうように抱きしめると、アスター卿やその場にいたユリウス卿にいくつか指示を与える。離宮の警備の強化を指示したのかもしれない。
「フレア!」
陛下の狼狽する声に下を覗くと、皇妃様がその場にしゃがみ込んでいた。陛下が慌てて抱き上げ、そしてそのまま階段を上がってくる。
「母様?」
姫様が声をかけると、陛下は驚いたように足早に近寄ってくる。
「気分は悪くないか? 頭痛は? 吐き気は?」
やはり心配だったのだろう。陛下は真剣な表情で姫様に次々と質問する。やはり一番の心配は薬の後遺症。皇妃様も気にしておられたところを見ると、良くない薬物が使われていたのかもしれない。
「私は平気。母様は?」
「大丈夫よ。ちょっと力が抜けちゃって」
陛下の腕の中で皇妃様が力なく笑う。陛下が帰ってきて安堵し、緊張の糸が切れてしまったらしい。
クウ、クウ、クゥ
俺の肩でくつろいでいた小竜が皇妃様のところへ飛んでいくと心配げに顔を覗き込んでいた。彼女はねぎらうように小竜の頭を撫でる。
「陛下、皇妃様、お手を煩わせて申し訳ありません」
頃合いを見計らってご一家に近づくと、俺は神妙に頭を下げた。
「ティムに落ち度はない」
「しかし……」
「コリンを救うのに最善を尽くしてくれたのだろう? だったら、あんな言いがかりを気にすることはない」
「はい」
渋々頷くと、陛下は満足そうに笑みを浮かべる。
「元気になったようだが、朝までもう少し休んでいなさい。話はまたそれからにしよう」
陛下はそう言って話を切り上げると、皇妃様を休ませるために奥の部屋へ向かった。奥方様が大事なのもあるだろうが、先ほどまでの会合で今やるべきことは済んでいるのだろう。休めるときに休んで、後は他の国主方が揃ってからに違いない。
お2人を見送ると、傍らの姫様が体を震わせていた。もしかして後遺症が今になって出てきたのか? 俺は姫様の顔を覗き込んだ。
「姫様?」
「……怖い」
どうやら後遺症ではなかったらしい。だが、昼間の事を思い出してしまったようだ。先ほど皇妃様にも心のケアは重要だと言われたのを思い出し、俺は彼女をそっと抱きしめた。
「俺がついています」
幾分震えは収まったが、それでも姫様は俺のシャツにギュッとしがみついてくる。俺は彼女の頬に手を添えて唇に軽く口づけた。
「テンペストの翼に誓って、俺が姫様を守ります」
「……うん」
俺の宣誓に姫様は小さく頷いた。気を良くした俺はもう一度唇を重ねる。長い口づけの間にどうやら姫様も落ち着かれたようで、体の震えは完全に治まっていた。
姫様をお部屋へ送り届けた俺は、あてがわれていた部屋に戻ると自分の荷物をまとめた。状況はなんとなく理解できた。大人しくしているように言われたけれど、どうしても確認しておきたいことが出来た俺は覚悟を決めると部屋の扉を開けた。
「どこ行くのかな?」
目の前にユリウス卿が立っていた。笑みを浮かべているのだが、目が笑っていない。思わず一歩後ずさった。
「テ、テンペストの様子でも見てこようかと……」
「配下の者に様子を見に行かせたけど、長旅で疲れてぐっすり寝ているそうだ」
「宿舎に帰って……」
「ここで大人しくしておくように言ったよね?」
笑顔が怖いです、ユリウス卿。何も言い返せないでいると、もっと怖い人がやってきた。
「陛下から受けた指示は2つ。1つは離宮の警備の強化。もう1つはお前をここから絶対に出すなという厳命。今、お前に外をうろつかれると困ると言うのが理由だ」
そう言いながら俺の肩をポンと叩いたのはアスター卿だった。
「ま、抜け出そうとするくらいだからもう大丈夫だろう。ちょっと付き合いなさい」
「え?」
俺に拒否権は無いようだ。そのまま2人に拘束されて連れて行かれたのはアスター卿の部屋。部屋のテーブルの上には酒肴と共に数種類の酒瓶が並んでいる。夜明けまでまだ時間がある。正直、体調が万全でない状態でタランテラ有数の酒豪達に付き合う自信がない。
「酔いつぶれるほど飲むつもりはないから心配しなくていいよ」
「ちょっと情報交換したいだけだ」
2人のそんな言葉を信じた俺がばかだった。彼らの倍のペースで飲まされて、結局二日酔いで寝込む羽目になった。
ティムの行動はバレバレ。
手っ取り早く酔いつぶしてしまう事に。
故郷のお酒が久しぶりで、ティムもついつい杯が進んだようです。