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小さな恋の行方  作者: 花 影
第2章 国主会議奇想曲
15/31

第11話 色々拗らせたティムの本音1

流血を伴う残酷なシーンがあります。苦手な方はご注意ください。

 国を出てから3年の月日が経った。アレス卿と行動を共にしている俺は今、大陸の最南端の国エルニアに来ていた。もちろん、物見遊山ではない。随分前からこの国では国主の後継者争いが起きており、それが泥沼化したために礎の里が介入し、その仲裁役にアレス卿が選ばれ、俺はそのお供で遥々この南の国まで来ていたのだ。

 どうにか新国主の即位に漕ぎ付けたが、国はまだ荒れている。おまけにこの国の騎士団はほぼ壊滅状態で、俺達は妖魔の討伐に横行する犯罪の取り締まり、加えて騎士団の再建の為に日夜奔走していた。

 そんな中、いつしか俺は「黒い雷光」などという呼び名がつけられていた。なんだか微妙だ。ルーク兄さんみたいに自分の技量から呼ばれたわけじゃなく、単に彼の義弟だという事と黒髪というだけでつけられているようなものだ。どうにもできないことだが、なんとなく複雑な心境だ。




 礎の里で開かれる国主会議を数日後に控えたこの日、俺は一つの案件を解決してエルニアの王城に帰ってきた。まだ成人前の国主の後ろ盾をしているアレス卿がその会議の為に出立する前にどうしても耳に入れておきたいことがあったからだ。

「アレス卿、良かった間に合った」

「お帰り、ティム。どうした?」

 初めて会った時から10年の歳月が流れ、彼は一国の国主にも劣らない風格を兼ね備えていた。もちろん見かけだけじゃない。養父母の元で幼少の頃から修めた様々な学問に加え、このエルニアで実績を重ねたおかげで身に付けたものだ。

 陰では国主を傀儡くぐつにしようとしているとか言われているが、そんなものは単なるやっかみに過ぎない。当の本人はさっさと役目を終えて聖域に帰るつもりでいる。それは紛れもない本心だというのは、彼を支えているレイド卿を初めとした周囲に集う人たちの一致した見解だ。

「出る間際に申し訳ありません。こちらを……」

 俺は仲間と国の南部の領主を締め上げてきたところだった。アレス卿が留守の間に反乱を企てているとの情報を得て、事実確認に行ってきたのだ。

 ちょっと強引な手法を用いたが、証拠はばっちり押さえた。もちろん首謀者は牢屋に入れ、後始末は仲間に任せてある。その証拠の中に気になる情報があったので、俺だけ一足先に帰って来たのだ。

「……情報提供者がいるのか」

「しかも、里の内部にです」

 持ち帰ったのは里から秘密裏に届けられた書簡。さすがに送り主の署名はないが、国主会議の細かい日程とアレス卿の滞在日数。そしてそれから導き出された決行日時と完遂期限までが書かれている。もしかしたら情報を提供しているとみられる人物の方が黒幕かもしれない。

「領主は何か吐いたか?」

「俺が出たときはまだ尋問の最中でした。まだこれと言って有力な証言は得られていません」

「そうか」

 出立の刻限が迫っていた。アレス卿は件の手紙を懐に入れ、荷物を手に着場へ向かう。その後を追いながら俺はもう一つ別の資料を手渡した。

「今回、加担しているとみられる人物の一覧です」

「……」

 一覧に目を通したアレス卿は眉間にしわを寄せる。

「印をしている人物は3年前、タランテラで姫様に絡んできた神官です」

 こいつの名前は忘れていない。他人かとも思ったが、調査してすぐに同一人物だと判明した。奴はあの一件で罪には問われなかったものの、結局タランテラにはいられなくなってすぐに国を出たらしい。そしてエルニアの内乱が一段落した頃にこの国に来た記録が残っていた。

「里から来た手紙を領主の側近に渡していたのがこの男です」

「……」

 俺の報告にアレス卿は足を止めて考え込む。

「あちらはスパーク卿が引き受けてくれました。俺も里へ同行させてください」

 俺は元々礎の里へ同行する予定だった。しかし、今回の反乱計画の発覚によって残ることになってしまった。長引けばまた次々とよからぬことを企む輩が出てくるので速攻で片付けたのだが、今更出てきた奴の名前に胸騒ぎを覚えた。

 奴は姫様に……彼女が受け継ぐはずのフォルビアの財産に固執していた。3年前の失敗で簡単に諦めるとは考えにくい。その奴がこの南の国まで来たのは何故か?自分から不正を行う度胸もないくせに今回の内乱に関わったのは何故か?

 城に戻る道中、考えをめぐらせて浮かび上がった可能性は俺の足止め。そしてそこから導き出されたのは里にいる姫様に危険が迫っているという答えだった。この俺の推理にアレス卿は無言で耳を傾け、すぐに考えをまとめて俺に向き直った。

「俺達は予定通り出る。お前も準備出来次第、里へ行け。お前ならすぐに追いつくだろうが、合流する必要はない。おそらく兄上はもう到着されているだろうから、先行して事情を説明し、手伝ってもらうといい」

「はい」

 俺が頭を下げると同時に、女官を伴った旅装姿のエルニアの国主がアレス卿を見つけて駆け寄ってくる。

「師匠!」

 まだ12歳の少年はアレス卿の事を父親か兄のように慕っている。そんな彼にアレス卿も惜しみなく己の知識と技量を伝授していた。

「ティムも帰っていたのか? 問題は解決したのか?」

「はい。報告の為に先に戻ってまいりました。事後処理は皆がしてくださっています」

「さすが、黒い雷光だ。ありがとう」

 キラキラとした視線を向けられると少しくすぐったい。だけど、俺にも弟が出来たみたいで正直、嬉しい。

「陛下、そろそろお時間です。急ぎましょう」

 控えていた女官が促す。陛下はアレス卿を伴って着場へ向かい、俺もその後を追う。

「では、行ってくる」

 陛下はアレス卿と相乗りし、5人の竜騎士を伴って出立した。護衛が少ない気もするが、アレス卿だけでなく同道する5人はいずれも精鋭を揃えた。更には国境でエヴィルの国主一行に同行させてもらう手はずを整えている。

 俺は一行を見送るとすぐに自分の準備に取り掛かる。さすがに着の身着のまま出立するわけにはいかず、必要最低限の荷物を大急ぎで用意し、そして一息休憩を入れてから俺も礎の里を目指して飛び立った。




 神殿の総本山である礎の里には飛竜での乗り入れに制限があった。特に今回の国主会議のように各国から人が集まる場合はその制限が厳しくなる。なので、船で礎の里へ入るのが一般的だ。

 余談だが、俺の故国タランテラは、陛下が竜騎士でもあるので皇妃様の養父母が治めておられるブレシッド公国まで飛竜で移動し、ホリィ内海添いの街から船で礎の里入りしている。親孝行も兼ねて一石二鳥といったところか。

 話がそれたが、現在の俺の身分はエルニアに派遣されているクーズ山聖域神殿付きの神殿騎士団員。神殿騎士団員は無条件で飛竜乗り入れの制限から除外されるので、俺は堂々と里の着場にテンペストを降ろした。

「飛竜を頼みます」

 いつもなら自分で相棒の世話をするのだが、今日は急いでいる。丸一日飛んで疲れた体に鞭打って、俺はまずエドワルド陛下の元へ向かう。姫様のもとに直行したかったが、学び舎に入るのは特別な許可がいる。陛下や皇妃様と一緒ならすんなり入れてくれるだろうと考えたのだ。

 居場所を尋ねたところ、偶然にも学び舎を卒業する姫様達のお祝いの席に出ておられるらしい。これならば無理に中まで入らなくても伝言を頼んで外で待っていればいい。所用で着場にいた神官に案内してもらい、学び舎へ向かう。すると、どこかへ向かうのか学び舎から出てこられたお2人と遭遇する。

「陛下、お久しぶりでございます」

「ティム! 来ていたのか?」

 俺の姿を見たお2人は驚いた様子だったが、それでも再会を喜んでくれた。だが、悠長に再会を喜んでいる暇はない。お2人も御用がある様子だったので手短に事情を説明すると、陛下は眉間にしわを寄せる。

「ティム、コリンを迎えに行ってくれないか?」

 陛下は急な呼び出しを受けたらしく、久しぶりに親子で過ごす時間を邪魔されて少し不機嫌そうだ。呼び出した相手に悪態をつきながら陛下は護衛の1人に俺と同行するように命じていた。これなら学び舎で姫様を呼び出しても揉めることはなさそうだ。

「恐れながら申し上げます」

 話を聞いていた神官が神妙な面持ちで話に割って入った。

「エドワルド陛下はわが師に呼び出しを受けられたと仰せになりましたが、わが師は先ほど外出されて留守にしております」

「え?」

 思わず顔を見合わす。陛下を呼び出した高神官の弟子だと言う彼の話では、彼の師匠は親しい友人が危篤との知らせを受けてつい先ほど出かけて行ったらしい。もし、呼び出していたのならば、何かしら指示があったはずだと彼は言う。

「狙いは……コリンか?」

 陛下が手渡された書状に書かれた署名を見た神官は、よく似ているけど違うと言う。ただ、この神官以外にそれを証明できるものがいないので、陛下は彼に断りを入れたうえで待機している竜騎士の1人に確認を命じた。

「私達の娘を探して」

 皇妃様は肩にいた小竜を腕に乗せると、その顔を覗きこむ。姫様の顔を思い浮かべて伝えているのだろう。そして空に放たれた小竜は真っすぐに学び舎の方向に飛んでいく。

「ティム、急いでコリンを迎えに行ってくれ」

 もし、エルニアで起きたことも含めて全て謀られていたならば一刻を争う。俺は言われるまでもなく学び舎へ向かって走り出した。少し遅れて同行する予定だった竜騎士と神官もついてくる。

 ほどなくして学び舎に着き、入り口で姫を迎えに来た旨を伝えると、もめることなく奥へ通された。祝いの席はそろそろ終わろうとしていたが、会場のどこにも姫様の姿がない。講師役の神官の1人に聞いてみると、少し前に迎えが来て帰ったと言われた。だが、学び舎の正面玄関ではそんな事一言も言われなかった。

「大変ですの」

 そこへ大母補候補の令嬢が駆け込んできた。彼女が言うには、講師の補佐役の若い神官が姫様を人気のないところへ連れ出して何か薬をかがせ、そして意識のなくなった彼女を倉庫の方へ連れて行ったと言う。

「それはどちらに?」

 学び舎の内部構造まではさすがに把握していない。知らせに来た令嬢から大体の位置を聞き出すと、俺はすぐに駆けだした。少し遅れて会場の方が大騒ぎとなっていた。


 クウ、クウ、クウ……。


 聞き出した場所へ着くと、かすかに小竜の泣き声が聞こえる。声のする方に向かうと、先ほど皇妃様が放った小竜が備品庫と書かれた扉の前にいた。中からかすかに人の声がするが、案の定中から鍵がかかっている。俺は奥の手を使うことにした。

 俺は長剣を抜き放つと刀身に力を送る。これでこの世にあるありとあらゆるものが斬ることが可能になる。本来なら妖魔を狩るために使う力で、人に向ければ騎士資格が即時にはく奪される。そんな事よりも姫様の方が大事だし、目の前にあるのは単なる扉だ。淡い燐光をまとった長剣で迷うことなくその扉を切り捨てた。


ガツッ!


 切り捨てると同時に俺は中に突入した。備品庫とは名ばかりで奥に寝台があるだけだった。その上で神官服を纏った若い男が若い女性にのしかかっている。乱れたプラチナブロンドが目に入り、俺は男に近寄ると迷わず拳をその顔に叩き込んだ。


バキッ!

ゴン!


 加減など無用。怒りの所為でいつもより2割増しの力で殴り飛ばし、奴は壁まで吹っ飛んだ。俺はもう奴に目もくれずに姫様を抱き起こした。

「姫様」

 意識はあるが、薬の影響で体が思うように動かせないようだ。俺が声をかけると、安堵したのか彼女の目から涙が溢れてくる。俺は彼女をギュッと抱きしめた。

「俺がふがいないばかりに怖い思いをさせてすみませんでした」

「ティム、ティム」

 彼女はかすれる声で何度も俺の名前を呼ぶ。抵抗して叩かれたのか頬が腫れている。きっと1人で心細かったに違いない。俺は優しく抱擁ほうようすると、優しく背中を撫でた。

「この野郎……」

 寝台の向こう側に転げ落ちていた男が立ち上がる。鼻はいびつに曲がって腫れ上がり、血を滴らせていた。男は手にした短刀で斬りかかり、姫様が俺の腕の中で身をすくめる。


ドスッ


 俺は迷うことなくその攻撃を左腕で受けた。怒りで興奮状態にあったおかげで痛みはそれほど感じない。だが、思ったよりも出血が多く、羽にまみれた寝具に血が滴っていた。それを目の当たりにした姫様は耐えきれなくなったのかそのまま意識を手放した。

「邪魔をするな!」

 男はなおも斬りかかってくるが、煩わしくなった俺は奴の胴に蹴りを入れて黙らせる。それからほどなくして知らせを受けたらしい騎士団が駆けつけ、失神していた奴は引きずられるようにして連行されていった。


ちなみに二代目小竜君は、本宮内でわんぱくトリオ(エルヴィン、ヒースの3男、リーガスの長男)を探し出すのに活躍している。今回のフレアの命令もその応用編といったところ。エドワルドを始めとした竜騎士達にきっちりしつけられたのでかなり優秀。

この後ご褒美にたくさんなでなでしてもらったらしい。

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