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『私』の存在価値

 何度目かの、電話の呼び出し音が鳴る。

 『藤野那奈』と表示されたスマホの画面を、碧乃はただ見つめていた。

 三吉らとの待ち合わせ時間はとうに過ぎ、もうすぐ試合が開始される。

 「………………」

 行くべきなのは分かってる。いつまでもこのままでいてはいけない事も、分かってる。

 けれど。

 どうしても。

 あと少しが、動けないのだ。

 ………弱いな、本当に。

 嫌いだ。

 嫌い。

 大っ嫌い。

 呼び出し音がふつりと途切れ、部屋は再び静寂に包まれた。


 §


 「んー、だめだ。出ないや」

 緑星高校の校門にて。

 藤野は、留守電に切り替わってしまった電話を切った。

 「碧乃ちゃん、大丈夫かな…?」

 「うん…。どうする?迎えに行く?」

 「本人同士で解決しなきゃいけねーんだから、無理矢理連れてきても意味ないだろ」

 「だよねぇ…」

 「もう試合始まっちゃうし、中入ろっか」

 「そだね。…………ところで」

 藤野が呆れた表情をこちらに向けた。

 「萌花はいつまで山内君にべったりしてるの?」

 本気で斉川の心配をしながらも、なんと萌花は圭佑を隣に置き、しっかりとその腕に絡みついたまま話をしていたのだった。

 「あのね!今日はね!圭くんに髪やってもらったのー!」

 萌花の本日の髪型は、編み込みハーフアップとなっていた。

 「自分でできないからって呼びつけたんだろうが」

 いかなる状況であっても、彼女は絶対におしゃれに妥協を許さない。まぁ、さすがというかなんというか。

 「萌花天性のぶきっちょだもんね」

 「違うよぉー!ちょっと時間かかっちゃうだけだもん!」

 「って、それとべったり関係ないからもう離れなさい!あんまり見せつけてると、小坂君が怒りだしちゃうよ?」

 「えぇ~……だめ?」

 「っ!」

 上目遣いなお願いには勝てるはずもなく。

 「い、いや…別に…いいけど…」

 「えへへ。いいって」

 「もー山内君萌花に弱すぎだから!怒られても知らないからね!」


 §


 「……いない」

 試合開始まであと少し。光毅はちらりと2階を見上げ、圭佑らの姿を見つけた。

 しかしそこに彼女の姿はなく、『ああ、やはりだめだったのか』と、宿していた期待を打ち消した。

 もう共にいる事も、目を見て話す事もできないのだ。

 それほどまでに、自分の犯した過ちは大きいものだった。

 自業自得。諦める他に道はない。

 ……しかしそれでも。

 今ここで頑張る事ができたなら、チームを勝利へと導き良い結果を残す事ができたなら、彼女にそれが伝わりはしないだろうか。

 二度と関わる事はできなくとも、自分が植え付けてしまった恐怖心は取り除かなくてはならない。

 自分が頑張る事で少しでもそれができたならと願い、光毅は観覧席に背を向けた。



 AM10:30。審判のホイッスルが鳴り、ジャンプボール。試合が開始された。

 先にボールを手にしたのは緑星高校。一気にゴールまで攻め進み、先制得点を決める。

 しかし相手チームも負けず劣らず、即座に点を取り返した。

 両者一歩も譲らぬまま試合が進んでいく。

 「っ…」

 引き分けだなんて生温い。勝たないと。俺は勝たなきゃいけないんだ!

 点差を開けない事に苛立ち、彼女の姿が脳内をよぎり……油断した。

 「あっ?!」

 持っていたボールを簡単に奪われた。

 くそっっ!!

 いつもならこんな事あり得ない。

 頭に血がのぼり、奪った奴を執拗に追いかけた。

 許さない。俺が決めるんだ!俺が!俺がっ!!

 周りが見えなくなり、ボールだけを追い、そして。

 ダァンッッ!

 パスを受けようと構えていた選手に体がぶつかり、思い切り突き飛ばしてしまった。

 審判にホイッスルを鳴らされ、自分がファールをした事を知らされた。

 「っ!?」

 そ、そんな……。

 体から血の気が引いた。

 今までは熱くなる事はあっても、ここまで酷く冷静さを欠く事はなかった。

 だめだ。だめだ、こんなんじゃ!

 フリースローを綺麗に決められ、点差は1。緑星高校の劣勢である。

 まだ取り返せる、まだ取り返せると躍起になるも、その1点が縮まらない。

 焦りが募れば募る程に、ミスを犯しシュートを外す。

 仲間のフォローでどうにか現状は維持されているが、一向にその先へ進めない。

 取り返せぬまま、時間がどんどん過ぎていく。

 「くっ…」

 やっぱりもうだめなのか?…どうする事も、できないのか……?

 チームの異常を感じたのか、試合が終盤に差し掛かったところでタイムアウトが取られた。

 監督が選手を呼び発破をかける。

 試合終了まであとわずか。次で決めなければ、緑星高校の負けが確定する。次の大会のレギュラーなど、もってのほか。

 どうすれば。どうすれば。どうすれば。

 心がざわざわと波立つ。焦りがどんどん加速していく。

 うまく呼吸ができない。

 手に力が入らない。

 助けて。

 助けてくれ。

 誰か。

 これじゃあ……もう…。

 助けてほしくて、止めてほしくて、光毅は無意識に観覧席を見上げた。

 ─────

 ─────

 ────

 …………目が、合った。

 光毅は目を見開いた。

 「…………来て……くれた…」

 観覧席の出入口のすぐ近く、柵にそっと手を置いて、静かにそこに立っていた。

 誰よりも、誰よりも求めたその姿。

 ただ穏やかに。

 ただ冷静に。

 どこまでも真っ直ぐでどこまでも純粋な瞳が、ちゃんと見つめてくれていた。

 「…っ」

 もう、会えないと思ったのに。

 二度と、その瞳に自分が映る事はないと思っていたのに。

 鼻の奥が、ツンと痛くなった。

 ……すると。

 斉川が、光毅の心を読み取った。

 目を合わせたまま一つ瞬きをすると、ふわりと淡く、苦く、微笑んだ。

 まるで、『しょうがないなぁ』とでも言っているかのように。

 「!!」

 いつもの斉川が、そこにいた。

 穏やかな時間を共に過ごしたあの時のままの彼女が、確かにそこにいてくれた。

 あんなにも苦しめてしまったのに。

 あんなにも怖がらせてしまったのに。

 彼女はまた、自分を許してくれようとしている。

 どんな熱い励ましよりも、どんなにたくさんの応援よりも、その静かな眼差しが、光毅に力を与えてくれた。

 …体が、呼吸を思い出す。

 手を握れば、力が入る。

 心がスーッと凪いでいった。


 いける。できる。これなら。


 冷静なる決意を持って再び彼女を見つめ返すと、チームメイトと声を出し合いコートの中へと繰り出していった。



 一進一退の攻防。刻一刻と時が削られていく。

 しかし光毅には、もう焦りはない。

 相手の動きを正確に読み、仲間と心を合わせ、勝利へと向かってひたすらに走る。

 点差は未だ1。残り時間はあと30秒を切った。

 一度ボールを奪われるも、果敢に攻めて取り返し、パスを繋ぎながらゴールへ向かう。

 残り10秒。最後の一手。

 光毅にボールが渡る。

 ディフェンスをかわし、全力のままにシュートを打った。


 …ポスッ。

 軽快な音をたて、光毅の3ポイントシュートが決まった。

 と同時に試合終了のブザーが鳴り、緑星高校の逆転勝利が決定した。

 やったあああぁぁああーーーっ!!

 光毅は思わずガッツポーズを繰り出した。

 たかが練習試合の一勝。されど、光毅にとってはとても大事な勝利だった。

 ちゃんと見せる事ができた。届ける事ができた!

 互いに礼を交わし、控えのメンバーと応援席に挨拶へ向かう。

 勝てた喜びを全面に表しながら見上げたその時…。


 斉川の姿が消えている事に気がついた。

 「えっ…」

 そんな?!なんでっ……今の今までそこにいたのに!

 勝利の余韻などかき消え、光毅はメンバーを押し退け体育館を飛び出した。



 「──斉川っっ!!」

 「!」

 必死な呼びかけに反応し、斉川は玄関へ向かっていた足を止めた。

 ゆっくりと振り返った所へ辿り着き、一定の距離を置いて光毅は立ち止まった。

 「…はぁっ…待って………頼む……っ」

 「…………」

 光毅が息を整える間、彼女は静かにこちらを見つめていた。

 ちゃんと自分の言葉を待っていてくれる事に、言い表せない気持ちが込み上げる。

 「斉川……っ…あの………その……」

 「良かったね」

 「!」

 「…試合。勝てて」

 穏やかな瞳が、静かに光毅を見つめていた。

 「あ、ああ。…斉川が来てくれたおかげで、勝てた!ありがとう」

 「……別に、お礼を言われるような事は何もしてない」

 そう言って、斉川は俯くように目をそらしてしまった。

 「ただ、大丈夫か見に来ただけ」

 「え…」

 「私のせいで…うまくいかなくなってたら、嫌だから」

 「!」

 私のせい?あれは完全に俺が悪いのに、何言ってるんだよ!

 またしても彼女は、自分を悪者にして、犠牲にして相手の心配をしている。彼女の方が、うんと怖い思いをしたはずなのに。

 斉川はふっと微笑んでみせる。

 「でも良かった。私が気にしなくても、ちゃんと──」

 「斉川」

 「っ!」

 強い声音に遮られ、彼女はビクリと肩を震わせた。

 怯えた瞳が、ゆっくりと光毅を見上げた。

 怖がらせてはいけない。けれど、しっかりと伝えなければいけない。

 「斉川……ごめんっ!!」

 光毅はガバリと頭を下げた。

 彼女の表情が分からぬままに、一気に言葉を連ねる。

 「俺がもっと早く気付けてたら、こんなことにはならなかった!悪いのは全部俺なんだ!…あの日、どうしたら斉川を止められるのか、分からなくて……っ、でも、どうしても止めたくて…それで、あんな…っ…」

 救いたかった。ただそれだけだったんだ。だけどやり方を間違えた。

 「俺のせいで怖い思いさせてごめん!許してもらえるなんて、思ってない!けど、それでも、これだけは言わなきゃと思って…っ!」

 ちゃんと伝わるか分からない。伝わってほしいと願うしかない。

 そして、伝わったところで2人の関係はもう元には戻らない。

 しかし、彼女に植え付けてしまった恐怖心だけは何としても取り除かなければならない。

 「ごめん!本当にごめん!!斉川が嫌がるなら、俺、もう二度と──」

 『斉川とは関わらないから』……苦しくて泣きそうになりながら、そう言おうとした。

 …しかし。

 「ねぇ」

 静かな声音が、その言葉を遮った。

 「っ!…」

 驚きで、体が強張る。

 何を言われてしまうのかと、頭を上げられず身構えていると……とつとつと、その問いが耳に届いた。


 §


 「どうして……止めようとしたの?」

 答えを聞きたい。聞きたくない。様々な思いが混在するまま、少しの恐怖を伴って、碧乃は静かに問う。

 「どうして…離れてくれなかったの?」

 小坂が、ゆっくりと頭を上げた。

 「私には、助けてもらえる程の価値なんかないのに……なんで…?…」

 自分自身に生きる価値を見出だせないまま生きる事は、すごく辛く、すごく苦しい。

 だから、もしも価値があるというのなら、教えてほしい。

 助けてほしい。

 あなたは私を、助けてくれるの?

 「……価値ならあるよ」

 穏やかな瞳が、まっすぐに碧乃を見つめた。

 「斉川は、俺にとってものすごく価値があるよ。だって…ちゃんと俺の事見てくれたの、斉川だけだから」

 静かな熱を持って、言葉は紡がれていく。

 「斉川が苦しんでいたのと同じように、俺も、周りの人間に不満しか持ってなかった。誰も俺の事をちゃんと見てくれないし、ちゃんと話を聞いてくれないし、ちゃんと分かってくれなかった。けど、虐められたり一人にされるのが怖くて、皆に嫌われないようにずっとヘラヘラして過ごしてた」

 「……」

 「でもやっぱり、それはすごく疲れる事だったから…そんな事しなくても俺を嫌わないでいてくれる人がいればいいのにって、ずっと思ってた。……そして」

 小坂が、碧乃をまっすぐに射抜いた。

 「斉川を見つけた」

 「!」

 ドクンと、碧乃の心臓が大きく拍動した。

 彼のその瞳が、その心が、更に熱を増していく。

 「斉川は俺の事をちゃんと見て、ちゃんと話を聞いて、絶対に嘘のない言葉をくれた。だから斉川といるのがすごく楽しくて、一緒に勉強してたあの時間がずっと続けばいいのにっていつも思ってた」

 「……」

 「だから、『死にたい』って言われた時は……すごく苦しかったし、すごく嫌だった」

 あの日の彼の心情を思い、ギュッと胸が痛くなる。

 「………ごめんなさい…」

 「ううん。俺の方こそ、気付けなくてごめん。同じ苦しみを、知ってたはずなのに…」

 「……」

 それは私が気付かれまいと隠していたから。あなたは何も悪くない。

 「俺が斉川を止めようとしたのは、絶対に消えてほしくなかったから。…俺から離れてほしくなかった」

 あの日に負った痛みを堪え、小坂は優しく微笑みかけた。

 「好きだよ。斉川」

 「!」

 「もしも許してくれるなら……見える事が苦しい時は、俺が斉川の壁になる。辛い事がある時は、俺がちゃんと全部聞く。斉川が自分自身をどうしても好きになれないなら、俺がその分好きでいる。だからもう、死ぬなんて言わないで。ずっと俺のそばにいて…?」

 そう言って、すっと手を差し伸べてきた。

 「っ…」

 それは、奥深くに眠る心がずっと求めていた言葉。ずっと願っていた救いの手。

 …だけどやはり、素直に取ることはできなくて。

 「…だめだよ、そんなの。だって私は『人間失格』で、『できそこない』で………だからきっと、一緒にいたらあなたに迷惑しかかけない」

 『だからやめた方がいい』、そう言おうとしたのに──。

 「かけてもいいよ」

 小坂はふっと楽しげに笑った。

 「え…」

 「だってもしそうなったら、今度は俺が斉川に仕返しすればいいだけだろ?」

 「!?」

 何とも軽やかに、何ともあっけらかんと、それは言い放たれた。

 彼が…私に、仕返し……?

 縮こまり、凝り固まった心に、それはするりと入り込み。

 いとも容易く、重く錆びついた枷を外した。

 「……ふっ、ふふっ。はははっ」

 可笑しさが、込み上げる。

 完璧に作られた『笑顔』ではなく、心からの喜びで笑った。

 嬉しくて、どうしようもなく泣きそうになった。

 本当にあなたという人は。

 なんでこんなにも、私の期待の遥か上の答えをくれるのか。

 そうまでして、共にいてくれるというのなら。

 私を苦しみから救ってくれるというのなら。

 「じゃあもう、それでいいよ」

 笑顔のまま一歩踏み出し、彼の手に自分のそれを重ねた。

 「好きにすれば?」

 あなたの望むままに、この身を委ねようではないか。



 †††



 悪魔に身を堕としていた少女は、少年の手を取り、森の外へと一歩踏み出した。



 †††



 目を合わせれば、彼の全身からみるみる嬉しさが溢れるのが見えた──そして。

 「ふあっっ?!」

 その手がぐいっと引かれ、抵抗する間もなく彼の腕の中へと閉じ込められた。

 「っ!!?」

 「やっと捕まえた…っ」

 満面の笑みで二度と離さぬとばかりに強く強く抱きしめられ、碧乃の心拍数が急激に上昇させられた。

 しかし同時に、それと重なる程の速い鼓動を感じ、必死にかき抱く腕の震えを感じ、彼の想いの強さを知った。

 「……」

 誰かに近付く事に、慣れた訳ではない。触れられる事も大丈夫になった訳ではない。

 でも。

 これは。

 …………嫌じゃない。

 どうしてなのかは、まだ分からない。けれど、油断したら消えてしまいそうなこの身を、しっかりとこの世に繋ぎ止めてくれているようで、どこか酷く心地良かった。

 もう少し…このままでいてもいいかも…。

 そろそろと彼の背中に手を回し、自分からも身を寄せてみた。

 ビクリと驚く反応をされたが、すぐまた嬉しそうに抱きしめ返してくれた。



 「……なぁ」

 「ん…?」

 「ずっと、訊きたかった事があるんだけど」

 「なに…?」

 「なんで今まで……俺の事だけ名前で呼んでくれなかったんだ?」

 「へ?」

 それはあまりに唐突で、想定外な質問だった。

 「いつも『あなた』とか、『君』とか…あとは…『バカ犬』…とか…」

 「…ごめん……」

 「呼んでほしかったけど…なんか、いつも訊けなくて…」

 「そ、そう…」

 「うん」

 「…………」

 呼ばなかった理由、か…。

 「うーん……なんていうか…その…………なんとなく…呼びたくなかった」

 「は?どういうことだ?」

 「いや、あの……本当になんとなくなんだけど………呼んだら、いけない気がして…」

 呼んだら最後、彼を、せっかく築き上げた壁の中に招き入れてしまうような気がして嫌だったのだ。

 きっと、こうして捕まってしまう事が本能的に分かっていたのだろう。

 碧乃の感覚の鋭さが思わぬ所で発動していた。

 「そっか…」

 「うん。ごめん…」

 「じゃあさ」

 「…?」

 「今から呼んで」

 「はい?」

 思わず変なトーンの声が出た。

 小坂はガバリと顔を上げると、碧乃を腕に閉じ込めたまま目を合わせてきた。

 「!?」

 待って!!何これ顔近いっっ!

 「俺の事…受け入れてくれるっていうなら、名前で呼んでほしい」

 「えっ!」

 「…だめ?」

 「いや、あのっ……今?」

 「今」

 あまりの近さに体が反射的に離れようと動くが、全然ビクともしなかった。

 「だめか?」

 「や、だ、だめではない、けど…あの…せめて離れてからで──」

 「呼んで……碧乃」

 「ひっ」

 不意打ちで先に名を呼ばれ、頬に手を添えられ、経験値がゼロな脳は途端にパニックを起こした。

 待って待って待って!?やめて死ぬっっ!!

 顔は熱く、心臓は痛いほどに脈をうつ。

 しかし逃げる事は叶わず、色香を放ち始めた空気にじわじわと呑まれていく。

 「あ……ぅ…」

 熱を帯びたその瞳から、目をそらせなくなってしまった。

 彼の親指が、ツツ…と碧乃の唇をなぞる。

 「んん……っ」

 「ほら…呼んで?」

 「っ……」

 …うぅ………………だめだ………これは、もう…何をしても逃げられない……。

 完全に、呑まれた。

 抵抗する事を諦め、言われるままに、ゆるゆると口を開いた。

 「……ぁ…………み……光、毅……」

 すると、嬉しさと色気の混じる笑みが見え、じわりじわりと近付いてきた。

 何をされてしまうのか、分かるようで、分からないようで。

 熱が伝わる……。

 吐息がかかる……。

 互いの唇が触れるまで…あと少し……。


 あと少しだった。

 「おーーーい光毅ぃーー!」

 「「っ!?」」

 突然どこからか発せられた声に、碧乃は我に返った。

 脳が再起動され、今の状況を認識する。

 ……………何やってんだ私っっ!!!

 「いやぁっ!!」

 「うがっ!?」

 全力で目の前の顔を突き飛ばし、慌てて離れた。

 息を止めてしまっていたのか呼吸は乱れ、顔どころか全身が燃えるように熱くなった。

 こ、公共の場でなんてことを!!

 顔を押さえうめく彼を睨む。

 化け物の正体は淫魔だった。

 私はこんな奴に全てを委ねてしまったのか?!

 「いってぇ…。顔はさすがに痛いって碧乃…」

 言いながら、続きをしようとばかりにこちらに手を伸ばしてきた。

 「そ、それ以上近づくな!!」

 「えぇぇーなんで?」


 「どこだぁー?あ、いたいた」

 藤野らを引き連れ現れた山内が、化け物の怒りを買ってしまった事は……まぁ言うまでもあるまい。

ここまでお読みくださりありがとうございました。

ひとまずここで、完結とさせていただきます。

この続きは、でき次第新しく投稿します。タイトルは〈2人の関係もにがくてあまい〉の予定です。

きっとR15になってしまうと思いますので、ご了承くださいませ(王子の箍が外れてしまいましたので…)。

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