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友は偉大なり

 碧乃の生まれ持った鋭さは、視覚と心だけではなく、五感全てが人より過敏にできていた。

 そのため触れられるどころか、近付かれる事さえも、小さい頃からずっとずっと嫌いだった。

 成長するにつれてだんだんと慣れていく事はできたが、それでもやはり、嫌である事は変わらない。

 私にとってはもう、人と接する時には体の奥にゾワゾワするものが生じる事が普通になっていた。

 ……なのに。

 ずっとずっと、気付かなかった。

 一番慣れている藤野に触られる時でさえ一瞬抵抗が生じるのに、彼にはそれすらもなかった。

 隣にいても何ともなくて、触れられても何ともなくて、全然何ともなさすぎて、これっぽっちも気付かなかった。

 「……………………」

 …………つまり最初から、神経レベルで彼を受け入れていた…と……?

 ……………………。

 ………………。

 ……………………………………は?

 何言ってんの?

 皮膚感覚は誰に触られたって一緒でしょ?

 特定の人なら大丈夫だなんて、そんな事ある訳ない。

 あり得ない。

 ……じゃあなんで今まで気付かなかった?

 …………………………。

 …………分かんない。

 もう全っ然分かんない。

 イライラする。

 そればかりが気になって仕方がない。

 どうすればこの問題が解決するのか。

 一番手っ取り早いのは、やはり直接確かめる事…か?

 ……けれど。

 彼に対する恐怖が未だに心にこびりついていて、どうしても自分から動き出す事ができない。

 彼に会うと考えただけで、身の内から恐怖が溢れ出てきてしまうのだ。

 知りたいけど、できない。

 確かめたいけど、動けない。

 弱虫。

 嫌いだ。

 ずっとこのままは嫌なのに何もできない私なんて、大っ嫌い。

 いつもそう。

 弱い心が耐えられなくなったら、進む事をやめてしまう。

 踵を返して逃げてしまう。

 本当に嫌。

 自分に対して反吐が出る。

 殺してやりたい。

 消してやりたい。

 …………けどあの人は…そんな私を認めていた。

 近付きたいと、全てが欲しいと思っていた。

 どうしてそんな事想ってくれたのだろう?

 こんな『できそこない』の、どこが良いというのだろう?

  もしもその理由を知る事ができたなら、教えてもらう事ができたなら……私も、私自身を認められるようになるのだろうか?

 生きたいと思える価値を、見出だす事ができるのだろうか?


 「碧乃ちゃん」

 「……ん…?」

 三吉が藤野を伴って、そっと話しかけてきた。

 「ずっと考え事してるね。良い答えは出た?」

 「…………」

 「ふふっ。もうちょっとってとこだね」

 「…………」

 「あのね?今度の日曜日、うちの学校でバスケ部の練習試合があって、小坂くんもその試合に出るんだって」

 「…?」

 「次の大会のレギュラーメンバーが決まる大事な試合なんだって。良かったら、私と那奈ちゃんと3人で一緒に観に行かない?」

 「え…」

 ……なんで?

 首を傾げると、ふわりとした微笑みが返ってきた。

 「2人で会って話すのは、やっぱりまだ怖いでしょ?だから他の人もいっぱいいる所なら、ちゃんとお話できるんじゃないかなって思って」

 「…………」

 「そ・れ・に!小坂君が真剣に頑張ってる姿見たら、碧乃っちも『小坂君って超カッコいい~!好き~!』ってなるかも知れないでしょ?」

 「それはない」

 「なんでよー!」

 藤野に反射的に突っ込みをいれてしまい、その可笑しさに思わず口角が緩んだ。

 どこまでも沈んでいきそうな心が、藤野のおかげで少しだけ浮上する。

 「ふふ。でも小坂くんは、碧乃ちゃんが観に来てくれたらすごく嬉しいんじゃないかな」

 「ん?んー……」

 そう……なんだろうか。

 邪魔になっちゃうだけじゃないのかな……。

 「よし!じゃあ日曜日に3人で観よう!」

 「え…」

 「決定ー!絶対来るんだよ?」

 「……………」

 日曜日、彼に会う……。

 恐怖がじわりと滲む。

 本当に…それで良い方向へと向かうのだろうか…………。


 §


 「おーい生きてるかー?」

 いつものように圭佑は光毅の家に上がり込み、返事を待たずに彼の部屋の扉を開けた。

 「って──うわ。なんだよこれ」

 そこはまさに混沌カオス。部屋中に教科書やらノートやら参考書やらが散らばり、空気は黒い色が見えるかのように淀んでいた。

 その中心部にて、半分化け物と化した光毅が、目の前のノートに何やら小さく書かれた文字を静かに指でなぞっていた。

 「……何やってんだ?」

 だいたい予想はつくが、生存確認のためにとりあえず話しかける。

 「…………別に」

 「あっそ…」

 ……うん。一応生きてるな。

 返事はあったので確認完了。ということで、瘴気が伝染する前に早々に本題に入る。

 「光毅、お前今度の日曜試合だよな?」

 「…ああ」

 斉川を怖がらせないよう授業には出ていないが、部活にはしっかり毎日参加していた。彼女に会えない反動による異常な頑張りによって、今回の選出メンバーの座を勝ち得たのだった。

 「その試合、もしかしたら斉川が観に来るかもってさ」

 ピタリ、とノートをなぞる指が止まる。

 「萌花が一緒に行かないかって誘ったんだと。だから──」

 「走ってくる」

 「ぅおーい、人の言葉は最後まで聞けー」

 少しだけ瞳に光を取り戻し、光毅は圭佑を押し退けて部屋を出ていった。

 ったく…相変わらず単純で面倒くさい奴。

 化け物になっても本質は変わっていなかった事に安堵し、やれやれとその背中を見送った。

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