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最悪最高のクリスマス 後編

 とりあえず彼女をソファーへと座らせ、皆で話を聞く事となった。

 「……うちの親…2人ともお酒にすごく弱くて…その血を継いでる私らも大丈夫なのか心配だっていうから…姉弟みんなで、お母さんの病院で検査してもらった事があるんだけど……」

 検査結果は、やはり3人ともお酒に弱く、中でも特に斉川は一口飲んだだけでも泥酔になるほどだと言われたのだそうだ。

 「だから、親には危険だから大人になっても絶対飲んじゃダメって、言われてて……」

 「…じゃあ、酔っぱらって迷惑かけそうだから帰ろうとした、ってこと?」

 三吉の問いに、斉川はぎこちなく頷いた。

 「んもー碧乃っちひどい!さっき隠し事しないって約束したばっかりじゃん!」

 「…ごめん……」

 こうして話している間にも、彼女の頬はほんのり赤くなり、目はとろんと潤み、吐息には熱を帯び始めていた。

 「あ。小坂くんお水持ってきてあげて」

 「ああ…」

 水を汲みつつ、光毅の中には沸々と怒りが沸き出していた。

 斉川に手渡し、見下ろすままに言葉を吐き出す。

 「…そんな状態で一人で外に出るつもりだったのか?」

 「…………」

 「んなのダメに決まってんだろ!!」

 光毅の怒声に斉川はビクリと肩をすくませた。

 「一人で外でフラフラになって何かあったらどうすんだよ?!危険な目にあったらそれこそ迷惑だろっ!」

 「っ!…」

 もしもそんな事になったなら、俺は自分で自分を殺してやりたくなる…っ!

 床に膝をつき、俯く彼女と目を合わせる。

 「間違って出したのは悪かった。本当にごめん。…でも、頼むからちゃんと酔いが覚めるまではここにいて?」

 斉川は、こくんと頷いた。

 「………ごめん、なさい…」

 話が終了した所で、空気を変えようとばかりに圭佑が明るく声を発した。

 「んまーでも、怒ってるんじゃなくて良かった良かった。今はまだ大丈夫なのか?」

 「うん、大丈夫」

 「無理矢理食べさせちゃってごめんね?具合悪くなったらすぐ言ってね?」

 「ん…わかった」

 「なんか素直過ぎて気持ち悪りいな」

 「?」

 「いやいや何でも。よし!それじゃあパーティーの続きしよーぜ」



 「ねぇねぇ、あれたべたい。とって」

 「えっ…あ、こ、これ?」

 「んーん。ちがう。あっち」

 「ええっと、こっちか?」

 「うん」

 「あ、ああ…はい」

 「ん」

 「…………」


 「ねぇねぇ、のどかわいた」

 「あ、な何飲む?」

 「んー…………はーぶてぃーがいい」

 「ハーブティー?!」

 「…………だめ?」

 眉を下げた上目遣いに敵うはずもなく。

 「くっ!……今淹れます…」

 しばしの後。

 「はい。熱いから気を付けろよ」

 「んー……」

 「ん?どうした?」

 「おとしたらやだ。いっしょにもって」

 「え!!」

 「もって」

 「う…こ…こう?」

 「ん…………ふふ、おいしい」

 「ぐはっっ!」

 へにゃりと笑う天使に心臓を撃ち抜かれた。

 そのまま床にくずおれる。

 「ぐああぁ…っ!斉川が可愛すぎてツラいっっ!!」

 光毅は手で顔を覆い、身の内から暴れだしそうになるものを必死に抑えた。

 「斉川って酔うとこーなるのな」

 「なんかちっちゃい子あやしてるみたいだねー」

 「いつもとのギャップが激しすぎだろっっ!」

 服の裾掴んで『ねぇねぇ』とか反則だ!!

 「しかも光毅んとこしか行かねーし」

 「懐かれてるねー小坂くん」

 「お前にだけ気を許してるって事じゃね?」

 「え…………マジ?」

 しかしそう思った矢先。

 「ねぇねぇななちゃん。たてない」

 斉川は抱っこをせがむように藤野に向かって両手を伸ばした。

 「なに?!」

 藤野にだと?!

 「えー?何それ碧乃っち、超可愛いー。いいよ、よいしょっと。立ってどうするの?」

 「といれいきたい」

 「そっかそっか。じゃあ連れてったげる」

 「ん」

 「ああぁぁーーーーっ!!」

 俺のポジションっっ!!

 「あー、那奈ちゃんに取られちゃったねぇー」

 「おのれ藤野ぉーーーっ!!」

 「いや、あれは光毅じゃ無理だろ」


 §


 規則正しい寝息に、リビングは静けさを取り戻した。

 「寝ちゃったね」

 「ああ。なんかマジでちびっこだな」

 光毅を散々翻弄した斉川は、皆がするゲームを見学しているうちにソファーで寝入ってしまったのだった。

 光毅が部屋から持ってきた毛布がそっとかけられる。

 とそこへ、誰かのスマホが着信を知らせた。

 「あ、私だ!」

 斉川を起こさないようにと、藤野は急いで通話を押した。

 「もしもし!」

 かけてきた相手と話しているうちに、だんだんと全身から嬉しさが溢れ出してくるのが見えた。

 「うん……うん!すぐ行くっ!」

 電話を終えソワソワしだした藤野に三吉が話しかけた。

 「那奈ちゃん、もしかして今のって」

 「うんっ!仕事終わったって!」

 藤野の彼氏からの電話だった。

 「良かったね!じゃあ早く行かなきゃ!」

 「うん!」

 「夜ひとりは危ないから私も一緒に行くね!」

 「いやおい待て待て!」

 帰り支度を始めた三吉を圭佑は慌てて止めた。

 「女の子が女の子を送っても何の意味もないだろ!」

 「え?そうなの?2人で歩けば大丈夫じゃないの?」

 「藤野と別れた後はどうすんの?」

 「あ、本当だ!私ひとりになっちゃう」

 「おいおい…」

 気付けよ。

 「うーん、じゃあー……山内くんも一緒に来てくれる?」

 「えっ?!」

 俺が?!

 なぜ、と反論しようと思ったが、今の状況を鑑みるとその余地はなかった。

 「…………」

 ………………もう、腹を括るしかないか。

 「あー……わかった…行く」

 「本当?良かったぁ」

 「…じゃあ光毅、今日はこれで解散って事で」

 「はぁ?!待てよ!これどうすんだよ?!」

 「ちょっと来い」

 光毅の肩をガシッと掴み、彼女らから離れて声を潜める。

 「…俺は、もう決めた。行く。…だからお前も腹括れ」

 「えっ……でもさ!」

 「頑張れよ」

 「なんだよそれ!」

 バシンと光毅の背中を叩くと、三吉の元へと戻った。


 §


 「じゃあ小坂くんお邪魔しましたー!」

 「またパーティーやろうねー!」

 「ええぇぇーー……」

 マジで帰るのかよ。

 パタンと玄関の扉は閉められ、家の中には光毅と斉川の2人だけとなった。

 帰ったよ……。ってか圭佑力つえーよ。

 痛む背中を擦りつつリビングに戻る。

 無垢な寝顔を見つめ、重い息を吐き出した。

 どうすんだよ……これ………。


 §


 藤野を待ち合わせの場所まで送り終え、今2人は電車を降りて三吉の家へ向かって歩いていた。

 「パーティー楽しかったねぇー」

 「だなー。なんか久々に騒いだわ」

 「飾り付けもあんなにちゃんとやったの初めてかも!」

 「俺も。いっつも店の方だけだったし」

 話しながら、チラッと隣を歩く三吉を見やる。

 なんだかんだ普通に話せるようになり、2人きりな状況になった訳だが…………言うならやっぱ今しかないんだよな?

 しかしやはり、言葉は喉につかえ、思うように出てきてはくれない。

 挙動不審に口を開け閉めしていると、唐突に三吉が質問をしてきた。

 「ねぇ、山内くんて好きな人いるの?」

 「…えっ?」

 軽い口調で発せられたそれは、他愛ない会話の1つであるようだった。

 あ……。

 絶対大丈夫だという斉川の言葉を思い出す。

 これなら、いけるかも。

 圭佑は、ゆっくりと口を開いた。

 「…いるよ」

 「そうなの?どんな人?」

 「明るくて…ふわふわしてて、おしゃれが上手で、誰にでも好かれるめちゃくちゃ可愛い子」

 「へぇー」

 「んで………ちゃんと俺を見てくれる人」

 彼女を想い、前を向く圭佑の目がわずかに熱を帯びる。

 「そうなんだぁー」

 「けど俺こんなだから、その子とは絶対釣り合わなくてさ。…だからイイ男になるべくいろいろ頑張ってみたりしたんだけど、どーもうまくいかなくてな」

 三吉は静かに話を聞いている。

 「欲ばっかりでっかくなって、一緒にいたら飛び出しちゃいそうで…………その子に近付くのが怖くなった」

 「……………ても……ったのに」

 「え?」

 今何か言った?

 「あ、ううん!何でもない。…その子は幸せだね。山内くんに想ってもらえるなんて」

 「え…?」

 意外な言葉に思わず立ち止まる。

 三吉も足を止め、ふわりと圭佑に笑いかけた。

 「山内くんは、もう十分イイ男だよ。だって…私のこと、ちゃんと見てくれたもん。私が頑張ってること、ちゃんと分かってくれたもん」

 「!」

 「だから絶対大丈夫。釣り合わないなんて、思わないで。もっと自信持って?…山内くんは、すっごくすっごくイイ男!」

 「……っ」

 その言葉は、何の抵抗もなく、強い強い自信となって圭佑の体に染み込んだ。

 まるで魔法をかけられたように、想いが口から溢れ出した。

 「…お、俺はっ…俺が、好きなのは………三吉なんだ…!」

 絡みつく恐怖に必死に抗い、苦しみながらも全力で想いをぶつける。

 「三吉萌花さん……あなたが好きです…っ。…俺の事、ちゃんと見てくれてありがとう!気付いてくれてありがとう!」

 言った。もう全部言った。結果がどうあれ、あとはそれを受け入れるのみ。

 想いを受け取った三吉は、嬉しさが抑えられないとばかりに両手を口元に当て可愛らしく笑い出した。

 「ふふっ。ふふふっ。…嬉しい!すっごくすっごく嬉しい!!ありがとう山内くん。私も山内くんが大好きだよ!」

 「っ…!」

 それは、何よりも、何よりも求めていた答え。

 圭佑は堪えきれず三吉に抱きついた。

 「ああぁーーー良かったぁーー!!怖かったーーー!」

 「あはは。よしよし、よく頑張りました」

 「三吉ぃーっ」

 「もうー、そんなにぎゅってしたらくるしいよぉー」

 2人で抱きしめ合い、笑い合い、なぜか2人で涙目になっていた。



 2人は並んで家路を歩く。今度はしっかりと手を繋ぎながら。

 「…そ、そーいえば、もうだいぶ歩いてる気がすんだけど…家って結構遠いの?」

 「うん、まだもう少し歩くよー。○○駅の目の前なの」

 「そっかー、○○駅の目の前かぁー。……って!それさっき降りた駅の隣の駅じゃねーか!!」

 「うん。そうだよ」

 「ええぇぇえ?!」

 驚愕の事実発覚。

 なぜその駅で降りなかった?!

 「え、え、なんで?降りる駅間違えたのか?!」

 すると、三吉はほっぺたをぷくっと膨らませてみせた。

 「…だって山内くん、なかなか言ってくれないから」

 「えっ……」

 そ、それって…………。

 「…………もしかして……全部気付いてた…?」

 ニコーッと満面の笑みが返された。

 「はぁー今日寒いねぇー。早くおうち行こ!」

 「うわぁぁーーマジかーー…」

 ぎゅっと腕を組まれ、三吉にされるがままに連れられていった。


 §


 眠る斉川の隣に腰かけ、静かにそれを見つめる。

 はらりと顔にかかった髪を、そっと耳にかけてあげた。

 「…………」

 全然起きない……。

 触れる事を禁じられていたせいか、一度触ると、もっと触りたくなってきた。

 抑えきれず、指の背で彼女の頬を撫でる。

 う、わ……っ…ヤバイ…………止まんない…っ。

 そのまま唇へ移動し、つつ…っと輪郭をなぞる。

 柔らかい。気持ちいい。

 いつだか買ってあげた栞がここに押し当てられていたよな……と思った時にはもう遅く、内なる欲望が体を喰い破るように暴れだした。

 「っ…?!」

 慌てて手を引っ込めるも、もうどうしようもなく溢れてくる。

 欲しい…。欲しいっ。全部、全部。なにもかも全部欲しい……っ。

 ダメだっ!ダメだって…!守るって決めたじゃないか…っ。俺が傷付けてどうすんだよ……!!

 頭を抱えうめくも、体の中から立てられる牙に抗えず負けそうになる。

 「っ……………………」

 苦しい……っ……どうしよう……どうしたら…………!

 ふと、意地悪なものが頭をよぎった。

 「……………………」

 ついっと、彼女の寝顔を見やる。

 …………全部は無理でも……一つだけなら……。

 その唇に、視線を落とす。

 …一つくらいなら………………。

 そう思ったら、衝動が少し収まった気がした。

 「……………………」

 ゆっくりと身を乗りだし、彼女の上に影を落とす。

 ………………ごめん…。

 本当ごめん…。

 俺って、本当どうしようもないわがままだ……。でも…これだけもらえれば…もう、迷惑かけずに済むから……。絶対もう触れたりしないから。

 だから、たった一つだけ………俺のわがままを許して……。


 †††



 眠れる少女に……少年は優しく口づけた。



 †††


 「…ん……」

 何かに意識を呼び起こされ、碧乃はゆっくりと目を開けた。

 んん……寝てた……?……いつの間に。

 でも寝てたおかげでだいぶ楽になった。

 周りを見回し状況を確認する。

 見えたのは、体にかけられた毛布。ある程度片付けられたテーブル。人のいなくなったリビング。…………そしてなぜか離れた所で全力スクワットをしている小坂。

 …なにあれ……。

 「……何してるの?」

 「ハッ!あっ、さ、斉川起きた?!おおおおはよう!酔いはもう覚めたか?!」

 「……うん、なんとか」

 何その挙動不審……まぁいいや…考えるのだるい。

 「そっか!!んじゃ帰るか!!送ってく!!」

 「…ん」

 「立てるか?!」

 「うん」

 と思ったが、立った瞬間クラリとよろけた。

 「あぶなっ…!?」

 ポスッと小坂の腕の中に収まる。しかし慌てて引き剥がされた。

 「おわっっ!!ごごごごめん!触るなって言われてたよな?!」

 「あー…うん…大丈夫」

 この人こんなんだったっけ……?

 疑問は残りつつも頭を使いたくないので、放置して彼の後をついて家を出た。



 母親に履かされたヒールブーツと相まって足取りがまだ少しおぼつかないので、小坂の上着の袂を掴んで駅までの道を歩く。

 自分でそれを提案しておきながら、小坂は堪えるような顔でひたすら念仏のようなものを唱えていた。

 駅へ到着し電車に乗り込むと、そのまま隣同士で席に座った。

 「そういえばあの2人…うまくいったかな…?」

 「んーどうだろ?……でもあいつ、覚悟決めて出てったから、大丈夫じゃないかな」

 「そっか」

 「うん。あ、そーいやぁー斉川の親って、2人とも酒ダメだったんだな?斉川の母さんめちゃくちゃ強そうに見えるからなんか意外」

 「あの人は飲まなくても飲み会に馴染める人だから」

 「ああーなるほど。えーっと…さ、斉川は今日楽しかったか…?」

 「え?うーん……まぁ、いろいろあったけど、楽しかったかな」

 「そ、そうか。それは良かった」

 「うん」

 「…………」

 「…………」

 「………ねぇ。なんでずっと目そらしてるの?」

 ずっと放置していたが、これはやっぱり気になる。

 「ぅえっ?!べっ、別にいつも通りだろ?!!」

 「全然違うし。ちゃんとこっち見て話して」

 目を見て話さなければ相手の心情が読めないというのに。

 「う……こ、こうか?」

 両手で顔を覆い隠した状態でこっちを向いた。

 「…………」

 馬鹿にしてるのか、この人は?

 考えが読めない事に苛立ち、その手を強引に引き剥がして瞳をのぞきこんだ。

 「ねぇ、何やってるの?」

 「ぐぁはっっ!!」 

 目を合わせた瞬間、小坂は血を吐いたようにして座席の空いている方へと倒れた。

 「はぁ…?」

 意味分かんない……。

 そんな2人を乗せたまま、電車は次の駅へと走り出した。

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