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笑顔の裏にあるものは

   明日の昼休み、美術準備室に来て。


   ただし、取り巻きを全て撒いてから

   来る事。




 壁に取り付けられた棚には、ごちゃごちゃと置かれた美術の道具。その下に、デッサンのモチーフに使っていたであろう胸像と、適当に立て掛けられた何枚ものキャンバス。そのどれもが埃をかぶり、この場所が久しく使用されていない事を示していた。

 授業で使う物は全て美術室に置かれているため、担当教師がここに立ち入る事がないのだ。

 部屋の真ん中には、いつからあったのだろうかというローテーブルと長めのソファー、隅には事務机と事務椅子が置かれていた。それらは埃をかぶっておらず、碧乃が利用するであろう事を予測した先輩が綺麗にしてくれたのだと推測できる。

 本当、あの人には頭が上がらない。

 窓の側に事務椅子を持ってきて座る碧乃は、頬杖をついて外を見ながら、ぼんやり思考を巡らせていた。

 「…………」

 怒りを露わにする事は、自分の内を晒すに等しい。

 …私の中にあるものは、決して誰にも見せてはいけない。

 これは、人として抱いてはいけないものだから。

 人を悲しませるものだから。

 だから怒りを抑えようと、消そうと思った。

 あれ以上深く関わられたら、話さずにはいられなくなる。

 自分のせいで悲しい思いはしてほしくない。どんなに相手が酷くても。

 だって、それは不本意な悲しみだから。

 聞いたらきっと、彼は後悔の念に苛まれてしまう。聞くんじゃなかった、と。

 けれど、普通である事を破壊された衝撃があまりに大きく、抑えが効かなくなってきてしまった。

 このままでは……あれが外へ出てきてしまう。

 「っ……」

 頭の奥に痛みが走る。

 その痛みを打ち消すように、飴を1つ口に入れる。

 これは、小さい頃からの癖のようなもの。心に負荷がかかると、何とかしようとして頭を使い過ぎ、無性に糖分が欲しくなるのだ。そして甘い物を摂取する事で、心を元の状態に戻していた。

 「……」

 甘い味に、頭の痛みをやり過ごす。

 彼を、許さなければ。怒りの根源を絶たなければ。

 そう思い、今日この場に呼び出した。

 周囲の目がないこの場所ならば、きっとそれが叶うはず。

 敢えてあんな文章にしたのは、必死になってやってくるであろう彼を見たら、可笑しさに笑いが込み上げると思ったから。

 人を許すのは、笑ってしまうのが一番手っ取り早い。

 ……ごめんなさい、先輩。

 私は、怒りをぶつけるなんてできません。してはいけない事だから。そうする方が辛いから。

 つい、と扉に目を向ける。

 さぁ早く来て。

 私にその滑稽な姿を見せて。

 ちゃんと笑ってあげるから。

 怒りを鎮めてみせるから。

 あなたの沈んだ心も、浮上させてあげる。

 ただ1つ、触れる事だけは許せないけど。

 さぁ、早く。この甘い味がなくなる前に。


 §


 ドタドタと全速力で階段を駆け上がり、目的の扉を真っ直ぐ目指すと、その中に乱雑に滑り込んだ。

 バタンと扉を閉め、辿り着けた事に安堵する。

 「やっ…やっと…着いた……」

 「な…なんでっ……俺まで、こんな目にっ…」

 隣で同じく肩で息をする圭佑が、途切れ途切れの不満を漏らす。

 「し、しょうが…ないだろ……こうでもしないと…撒けなかったんだから」

 「俺は…走りは専門外だっ…はぁ」

 「…ふふっ」

 「あ…」

 「え?…」

 笑う声が聞こえ、窓の方に顔を向けると、頬杖をついて座る斉川がクスクス笑ってこちらを見ていた。

 「…やっぱり、あなたは期待を裏切らないね。ふふふ」

 「え……」

 わらっ…てる……。なんで……?『期待』って……何?

 「な、なんで…」

 「あーあ。そんな可笑しな姿見たら、怒る気全然なくなっちゃった。どうしてくれるの?」

 「え!だ、だって、斉川が撒けっていうから!」

 「それでそんなに頑張ったんだ。馬鹿なくらい素直だよね、本当」

 「ば、馬鹿…」

 呆れた言葉がグサッと刺さる。

 斉川それ痛い…。

 「まぁいいや。2人共とりあえずそこ座って。あ、一応扉の鍵閉めといてね」

 真ん中のソファーを示しながら、斉川は自分の椅子をその向かい側に引っ張ってきた。

 圭佑と顔を見合わせ、大人しくその指示に従った。

 「あ、あのー…」

 隣に座る圭佑がおずおずと手を挙げると、自分を指差した。

 「なんで俺まで呼び出されてる訳?」

 「だって…今回の首謀者はあなたでしょ?山内君」

 「へ……」

 平然と言い放たれたその言葉に、圭佑の表情がピシリと固まる。

 「昨日、そもそもなんであんな大事になったのかちょっと考えてみたんだよね。なんで、あんな強引な手段を取ってまで私と那奈ちゃんを引き離そうとしたのか。今までただ睨むだけに留めてたのに」

 腕を組んで背もたれに寄りかかる斉川は、真っ直ぐに圭佑を見据えた。

 「それは…誰かが何かを吹き込んだから」

 目の前に、黒い笑みが現れた。

 圭佑の顔からサーッと血の気が引いていく。

 「いくら那奈ちゃんがやり過ぎたからって、騒ぎを起こす程必死になるのはおかしいよねぇ?誰かがそうするように仕向けたと考えるのが、自然だと思わない?」

 「……」

 「そして…それができるのはただ1人」

 ニコリと笑いかけられ、圭佑は深々と頭を下げた。

 「………すいませんでした」

 謝罪を聞き、斉川はふっと黒さを消した。

 「全く……何を思ってそうしたんだか」

 「いや、あの、それは…」

 「いいよ、言わなくて。大体分かるから」

 「あ……はい…」

 ため息をつくと、斉川はこちらに視線を向けた。

 「あなたも…どうしてあんなやり方を取っちゃったかな」

 「う……ご、ごめん…」

 「これに懲りて、その考えなしな性格を改めてくれると嬉しいんだけどなぁ?」

 「っ!!」

 彼女の笑みに恐怖を感じ、全力でこくこくと頷いた。

 もう絶対馬鹿な行動はしませんっ!!!

 青ざめる2人に反省の色を認めると、斉川は表情を和らげた。

 「……それで?」

 「え…?」

 「勉強ははかどってるの?」

 「あ…」

 べ、勉強…。

 ばつの悪さに目が泳ぐ。

 「いや…あ、あの……それが…全く…」

 「だろうね」

 「うっ……」

 またしても言葉がグサッと刺さる。

 なんか…棘が鋭くなってない?

 「じゃあ、分からない所は訊きにくれば?」

 「……え?」

 突然の提案に目をしばたたく。

 「い…いいの…?」

 「だって、関係を断絶して落ち込まれる方が面倒くさい」

 「め、面倒くさい…」

 「どうせ、勉強が全然手に付かなくなって赤点取って、バスケも禁止されて更にどん底まで落ち込むんでしょ。そんなの、私がそうしたみたいでなんか嫌」

 「ぐっ……うぅ…」

 棘が何度も急所に深く突き刺さる。

 だから斉川痛いって…。

 思わず胸の辺りをさする。

 すると、斉川はじーっとこちらを見つめ、緩慢な動作で首を傾げた。

 「え…な、何?」

 無垢な仕草にドキッとしつつ、次の棘に身構える。

 「うーん……やっぱり、何かご褒美があった方が頑張りやすい?」

 「へ?」

 ご褒美?

 「この間の約束、有効にしといてあげようか?」

 「約束?って何の?」

 「『目標達成したら』ってやつ」

 「え…」

 目標達成?……っていうと……………えええええ?!

 「マジで?!」

 光毅は身を乗り出す勢いで驚いた。隣の圭佑も目を丸くしている。

 対する斉川は、耳に手をやり顔をしかめていた。

 「相変わらずうるさいなぁ。その反応もうちょっと何とかならない?」

 「いや、だって!!え、ほ、本当に?!ご飯作ってくれるの?!」

 その言葉に、彼女はクスッと笑いかけた。

 「目標達成したらだよ」

 光毅の顔がパァッと輝く。

 勉強できたら斉川のご飯!!!

 「するっ!!絶対する!!」

 全力で頷いてみせると、斉川と圭佑が同時に吹き出した。

 「え?あ、あれ?」

 戸惑いを露わに、肩を震わせる2人を交互に見やる。

 「…っ、ふふっ……」

 「お前やっぱ犬だ…くくっ…」

 「は?!」

 犬?!

 「ち、違う!!俺は犬じゃない!!」

 「あはは、分かった分かった。犬じゃねぇ、馬鹿で単純な人間だ」

 「なっ!」

 「はー……やっぱりあなたは面白い」

 「!!」

 妖艶ともとれる笑みをゆるりと向けられ、途端に顔が熱を帯びる。

 「ああ、そうだ。ちなみに目標は前より高く設定しておくから」

 「え!嘘!なんで?!」

 「『なんで』?それ訊く?」

 鋭く睨まれ、体がキュッと縮み上がる。

 「いっ!?ごめんなさいっ!」

 「じゃあ全教科50点以上ね」

 「うえぇ?!ご、50点っ?!」

 「何?」

 「無理じゃん!そんなの!!」

 やっと赤点を脱出したばっかなのに!!

 「無理なら達成しなくていいよ。こちらとしても好都合だし」

 「そ、そんなぁ…」

 あまりにも情けない声に、圭佑は再び吹き出した。

 その様子にむっとして、とりあえず蹴りを入れとく。

 「笑うな!」

 「いっった!!お前すねはやめろ!すねは!!」

 光毅は頭を抱えた。

 うぅーご飯食べたい!でも全教科なんて絶対無理!

 食べたい!でも無理!

 食べたいっ!!無理!!

 だあーーーーー!!!どうしろってんだよ?!!

 「やればできるんじゃなかったの?」

 「!?」

 目の前の彼女は、なんとも楽しげに笑みを浮かべた。その目には意地悪さが宿っていた。

 「うぅー……斉川の意地悪…」

 「意地悪?どの口がそれを言ってるの?」

 「うぐっ…」

 「だはははは!!完全に立場逆転だな!」

 「うるさい!!」

 また蹴りを入れるも、軽々とよけられた。

 「おっと!2度も当たるかバーカ」

 「なっ?!くっそ!!」

 苛立つままに圭佑に掴みかかった。

 「お?やるか?」

 「騒ぐなら外でやって」

 「っ!……はい…」

 静かな声音にピタリと動きを止め、しずしずとソファーに座り直した。

 むー…、やっぱりどうしても手料理食べたい。

 「まぁせいぜい頑張って。約束はちゃんと守るから」

 「うぅー……分かった」

 こうなったら絶対達成してやる!

 斉川は1つため息をつくと、2人に退出を促した。

 「じゃあ、話はこれで終わりね。もう教室戻っていいよ」

 「え?斉川は戻らないの?」

 「うん。もうちょっとここにいる。誰かさんのせいで、教室にいると疲れるから」

 「う…ごめん」

 「そういやぁ、なんで呼び出し場所がここだったんだ?」

 室内を見渡しつつ、圭佑は斉川に問いかけた。

 「あ、そういえば…」

 光毅はチラッと美術室に繋がる扉に目を向けた。

 そこは、斉川が谷崎に自身を襲わせた場所。

 圭佑の話を思い出すだけで、心臓が苦しい程に締め付けられる。

 「ああ、それは私がここの鍵を持ってるから」

 「なんで持ってんだよ?」

 「これね…」

 斉川は鍵の事を簡単に説明した。

 「…それで、部長が使って良いって言うから借りたの」

 「へぇー、そんなもんが美術部に存在してたとはねぇ。あ!だからあの時もこの場所使ったのか!」

 「!」

 「あっ!…」

 斉川にキッと睨まれ、圭佑は慌てて口をふさいだ。

 「……」

 こいつ自分で墓穴掘ってるよ…。

 すると、何かに気付いたように斉川は光毅を真っ直ぐに見つめた。

 「!……え、何?」

 「…なんで……『あの時って何?』って、訊かないの…?」

 「っ!!」

 しまった!!

 目を見開く光毅に全てを悟り、彼女はゆるりと圭佑を射抜いた。

 「……言ったな?」

 「ひぃっっ!!?」

 目を合わせてしまった圭佑は、青を通り越して白くなった。

 恐怖のあまり、ガバッと床に土下座を決め込む。

 「ごっ!ごめんなさいごめんなさいっ!!そんなつもりは全然なかったんですけど、俺のせいで落ち込む光毅見てたらなんか、いやものすごく可哀想になってきちゃって、んでつい色々話しちゃって、そしたらあのなんと言いますかうっかり?そううっかり!口が滑ってしまいまして、それでそれでこわーい問い詰めにあっちゃったもんだから話さずにはいられなくって…」

 「……」

 尚も言い訳を続ける圭佑を呆れ顔で見ていた斉川は、それを指差して光毅に話しかけた。

 「これ放置でいいかな?」

 「あ、ああ…いいと思う。しばらく止まんないから」

 「あっそ」

 軽く肩をすくめ圭佑から離れるように椅子を光毅の方へ寄せると、何かを探るように顔を覗き込んできた。

 「?!!」

 さっきよりも近い距離から見つめられ、光毅はビクリと体を強張らせた。全てを見透かす真っ直ぐな瞳に、意識を持っていかれそうになる。

 さ…斉川……その目……だめ……!

 「……」

 「…っ…あの……ど…ど、どしたの…?」

 油断すると疼くものが暴走してしまいそうで、ソファーの淵を思い切り掴んで体をがっちり固定した。

 「……話を聞いた割には、そこまで落ち込んでないね」

 「え…?」

 って、あれ?……なんか甘い匂い…。これって……。

 こちらの心情を読み終えたのか、斉川は覗き込むのをやめて再び背もたれに寄りかかり、クスッと笑った。

 「何をどう話したのかは分からないけど、そこは山内君のおかげなのかな」

 「……」

 「…一応訊くけど、谷崎に接触して事を蒸し返そうなんて気はないよね?」

 「っ!」

 今度は鋭く睨まれ、慌てて首を振った。

 「ないない!絶対ない!!そんな事してまた斉川が危ない目に遭ったら困るし!」

 「そう。ならいいけど」

 「……」

 え……それで終わり…?

 視線をそらす平然とした横顔に、心臓がキュッと締め付けられた。

 彼女と自分の間に一瞬壁が見えた気がした。

 あの匂いは、彼女の精神が消耗している証拠。そうさせたのは、間違いなく自分。

 それなのに。

 どうして…そんなにあっさりと話を終わらせられるんだ?

 そんなに俺と関わりたくない…?

 人と関わりたくない?

 「………なぁ」

 「ん?」

 「なんで…怒らないんだ?」

 光毅は苦しさを胸に斉川を見つめた。

 「俺が悪いんだよ?余計な事ばかりして、それなのに何にも気付かないで馬鹿みたいにヘラヘラしてて…。こんな奴、嫌って当然だろ?なんで…」

 「そんな痛そうな顔する人に、どう怒れと?」

 「え…」

 痛そうな顔…?

 斉川は椅子に横向きに座ると、背もたれに頬杖をついてゆるりと笑いかけた。

 「怒ってほしいと言うのなら、ずっとヘラヘラしとけばいいのに」

 「!?…で、でも、そんな事できる訳…」

 「見たくないなぁ、その顔」

 「っ!」

 「どうせなら、困って狼狽えてる顔が良いなぁー」

 「へ?!こ、困って、って…………え?」

 彼女の顔にニコリと無垢な黒さが宿った。

 「えぇっ!?」

 ま、まさかっ!!?

 「…迷惑かけたら、仕返しするって言ったよねぇ?」

 「っっ!!!」

 やっぱりぃぃーーーーー!!!

 今度は光毅の顔が青を通り越した。

 「さて、どうしてあげようか?前回の借りもあるし、1回で終わらせるより小さい事をいっぱい仕掛ける方が楽しそうだよなぁー」

 「いっ、いいいっぱい?!!」

 俺何されちゃうの?!!ってかどんだけするつもりだよ?!!

 「さっきの質問に答えるとするならば……怒るより仕返しする方が楽しいから、だよ」

 ふふ、と彼女は笑みを深くした。

 「っっ!!!?」

 2人はまさに蛇と蛙。

 妖艶な黒蛇に見つめられた蛙は、目をそらす事も体を動かす事もできなくなった。

 「あなたも楽しみにしておいてね。思い付くたびに仕掛けてあげるから」

 その目は、あなたに拒否権はない、と言っていた。

 「……………………はい…」

 蛙は完全に囚われ、その毒牙にかかるのを待つばかりとなった。

 承諾を聞くと、黒蛇はふっと姿を消した。

 視線をそらされた事で呪縛が解け、全身の力が抜けるままにソファーにもたれかかった。

 「はー………」

 あー……俺…人生終わったかも……。

 「…てか、あれいつまで続くの?」

 「……え…?……あ」

 放心状態からなんとか脱却し、彼女の視線の先を追うと、圭佑が未だ土下座の状態で言い訳をつらつらと並べていた。今は問い詰めてきた時の光毅がいかに怖かったかを語っている所だった。

 「うるさいから、もう止めさせて。山内君には何もしないから」

 「あ、ああ…はい」

 斉川の指示に大人しく従い、光毅は圭佑を立たせに行った。


 §


 「お、おい、もう立て。お前はお咎めなしだと」

 「んあっ?え!マジで?!!」

 腕を掴まれ上体を起こされた状態で、圭佑は斉川を振り仰いだ。

 「今回はばらさないでおいてあげるよ。あなたのおかげで、そこまで酷く落ち込んでないみたいだし」

 「いいの?!俺生きてる?!命繋いだ?!!やった!!!」

 「その代わり」

 「っっ!」

 ガッツポーズを決めようとした腕が、ビクッと動きを止める。

 斉川はニコリと笑いかけた。

 「あなたに1つ、いい事を教えてあげる」

 「え…い、いい事って……?」

 「萌花ちゃん、あなたの事に気付き始めてるよ」

 「へ…………んぇえええっ?!!」

 驚愕の事実に目を剥くも、斉川は平然と先を続ける。

 「最近よく言ってるよ、『私、なんだか山内君に避けられてる気がする』って」

 「何だってぇ?!!」

 圭佑は大げさな動作で頭を抱えた。

 「嘘?!なんで?!だって、ちゃんとおかしくないように話しかけたりしてたじゃん!!」

 「挙動不審過ぎるよ。話してる時の表情とか仕草とか、前と全然違うよ?」

 「んな事言われたってさぁー!!前どうしてたかなんて覚えてねぇよ!!意識的にやってた訳じゃねぇんだから」

 「だからって、あの子の前で作り笑いが通用する訳ないでしょ」

 「ぐっ!……」

 確かに…。そういや、俺…無理矢理笑ってたな……。

 彼女が一番嫌いとする顔を、自分がしていたという事か。

 「このままだと、あなたの気持ちに気付くのは時間の問題だねぇ。私がばらすまでもないかも」

 「そんな!?まだダメだって三吉ちゃーーーん!!」

 俺はまだ君を守り抜けてない!!

 見合う男にもなれてない!!

 本人に言えるはずもない訴えを、頭を抱えるまま天井にぶつけた。

 どうしよう?

 どうしたらいい?

 どうすれば、まだ気付かれないでいられる?

 「…私が協力しようか?」

 「え?」

 顔を向けると、首を傾げる斉川と目が合った。

 「あなたに抱いてる違和感を完全に取り除く事はできないけど、気付くのを先伸ばしにする事はできるよ」

 「ほ、本当か?!」

 「うん。まぁ、あの目がどこまで見抜いているのか未知数だから、いつまでできるか分かんないけどね。それでも良いなら」

 圭佑の顔に光が宿った。

 「それでも良い!!その間に全部片を付ける!頼んだ斉川!!」

 パンッと顔の前で両手を合わせ、必死の様相で頭を下げた。

 「分かった。じゃあ代わりに、私にも協力してくれる?」

 「するする!何でもする!!俺は何をすればいい?」

 「黙ってて。私が口止めした事、今後するであろう事全て」

 「え……黙ってる?ってか、今後?今後なんてあるのか?」

 「あるかも知れないから、念のため」

 「そ、それって…」

 「どうするの?するの?しないの?しないならいいよ、私も協力しないから…」

 「わー!!待った待った!!やる!協力させて頂きます!!」

 「そう。じゃあよろしく。…あ、そうだ。あと…」

 「?」

 斉川はすっと光毅を指差した。

 「そこの人に仕返しする時は加担してもらうから」

 「へ?」

 「っ!?」

 ビクッと光毅の肩が跳ねる。

 隣に立つ彼をよく見ると、なんとも青白い顔をしていた。

 「あ、何?お前そんな事になってたの?」

 「……」

 まるで死刑宣告でも受けたかのような光毅は、やめろと訴える目でこちらを睨んだ。

 その様子に、圭佑はニヤリと笑みを浮かべた。

 …良かったなぁ、また構ってもらえて。

 「喜んで」

 「んなっ?!な、なんでだよ?!!」

 「だってなんか面白そうじゃん?」

 「お前まで楽しもうとすんじゃねぇ!!!」

 「うるさい」

 「っ!!」

 圭佑に掴みかかろうとした光毅の動きは、斉川の一言で見事に止められた。



 今度こそ出ていけと言われ、圭佑と光毅は美術準備室の扉を抜けた。

 「…ああ、そういえば。もう1ついい事があったんだった」

 「!?…な、何だよ…?」

 扉を閉める手を止めた斉川の言葉に、圭佑は身構えた。

 「最近ね、萌花ちゃん無理に笑うって事しなくなってきたよ」

 「え……?」

 「そうする必要がなくなったって言うのが正しいのかな。…影で活躍する騎士様ないとさまのおかげかもね」

 斉川はクスッと笑った。

 「!!?」

 「それじゃ」

 「あ!!ちょっと待て!!何が騎士…」

 パタンと扉は閉められた。

 「くっそ…斉川め」

 光毅は圭佑の顔を覗き込むと、ニヤッと笑った。

 「圭佑、顔あか」

 「だっ!!う、うるせっ!!」

 圭佑は光毅から逃げるように慌てて踵を返し、階段の方へ歩き出した。

 斉川のバカ!!恥ずかしい事さらりと言ってんじゃねぇよ!!!


 §


 あー…行っちゃった。ってか、圭佑のあんな顔初めて見た。

 つい、と閉められた扉に目を向ける。

 …すごいな、斉川。

 彼女の言葉は、なんとも容易に人の心に入り込んでくる。それは、心に届く言葉を正確に選んでいるから。そして決して嘘がないから。

 さらりとやってのけてしまう程に、彼女の感覚は鋭い。

 「……」

 一体どこが人間失格なんだろう…?

 こんなにすごい能力を持っているのに。

 と、先程の黒蛇が一瞬目の前をちらついた。

 「!?……」

 ゾクリと戦慄が背中を駆け上がる。

 ……ま、まぁ、あんな風に楽しめるのは普通じゃないと思うけど。

 再び黒蛇が現れる前に、光毅は圭佑の後を追いかけた。


 §


 2人の気配が消えたのを確認し鍵をかけると、碧乃は扉に背を預けた。

 人知れずクスリと笑みを浮かべる。

 …これでもう大丈夫。私の中に、もう怒りはない。

 あるのは、2つのおもちゃを手に入れられた喜び。

 彼らが私の心に近付く事は、二度とない。私がさせない。

 そんなもの考える暇がない程、存分に振り回してあげる。私から離れたくなるくらいに。

 「…………」

 顔に笑みを貼り付けたまま、ポケットから飴を取り出し、口に放り込む。

 ほら、外にはあなたの嫌いな楽しい事がたくさんあるよ。

 だから、私の中から出てきちゃだめだよ…………悪魔。

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