七章②『決めた騎士』
王都にある、ノーザンコースト伯爵の別邸。
その玄関口に、クラウズェアは立っていた。開け放した扉を挟み、両親と対峙して。
あの時、
あの数日間、
タイタスが都入りした後、彼の指揮する兵達に囲まれていた館も、特に荒らされた形跡はない。
王位簒奪に反対した貴族の一人だったヴィクターだが、許嫁の親ということで手荒にはされなかったのだ。
しばらくの沈黙が続いている。
使用人達は、場を包む緊張感に気圧されるように、誰一人として姿を見せない。
――やがて。
静寂を破り、先に切り出したのは娘の方だった。。
「父上、母上。長い間、お世話になりました」
引き結ばれていた唇から最初に紡がれた言葉が、別れの挨拶である。
「ローズ、貴女なにを言ってるのっ?」
伯爵夫人のイライザが、耳を疑って問い返す。
「母上、わたしはアルテミシア殿下の守護騎士です。今までと同じく、これからも殿下と共にあり、お守り申し上げます」
「ローズ……」
娘の決意を見て取った母は、それきり何も言えない。
ヴィクターが口を開いた。
「国を出るのか? お前は立派な騎士になるのではなかったのか? ここを出て、騎士としての未来があるものか」
この言葉に、娘は怒りもせずに、こう答えた。
「わたしの騎士としての未来は、殿下と共にあります。わたしの未来は、国王陛下から授けて頂くものではなく、わたし自身が決めるものです。……そう、わたしの師匠が教えてくれました」
風の凪いだ海のように静かな声だった。だが、その内側には炎のような熱い決意が渦巻いていた。
ヴィクターは何も言えず、低く唸った。
「それでは、わたしはこれにて失礼します。お二人とも、お達者で。また会う時もあるでしょう」
頭を下げると、赤毛の娘は去って行く。
そして、彼女が歩く庭の先に、青い大獣が居るのに夫婦は気付いた。
恐怖で、声が出ない。
その獣――ツユクサの背には、アルテミシアがまたがっていた。動けないでいる夫婦を、じっと見る。
それから、側まで来たクラウズェアを一度見て、再び夫婦に視線を向けて、こう言った。
「ローズをお借りします」
その声が終わる頃には、アルテミシアも、青い大獣も、クラウズェアさえも、二人の前から消え去っていた。
足音一つ立てず。
そよ風一つ巻き起こさず。




