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五章②『ひったくり』

 〈極上熱風食堂ごくじょうねっぷうしょくどう〉からの帰り道。

 青葉茂る街路樹のアーチが影を作り、打ち水で濡れた道を、風が通りざまに冷やしていく。

 鳥たちが、あっちでちちち、こっちでるるると鳴く側で、蝉たちはジージーミンミン、がなりあう。

 大人達は昼休みや買い物を、子供達はわーわー言いながら駆け回り、賑やかなことこの上ない。

 ここには平和があった。

 緑のトンネルを歩きながら涼やかな風に髪を遊ばせていると、一人の男の子が黄緑色のスカートを翻しながら駆け寄ってきた。

 ここ妖精境では、老若男女問わずたいていの者がスカートを穿()いている。走ったり、騎乗の必要がある職――猟師や軍人など、一部の者だけがズボンを穿く。蒸し暑い気候なので、ズボンなど穿いてはいられないからだ。ズボンを穿くにしても、ゆったりとした作りにしたり、小さなスリットを入れるなど、工夫をする。

 (あだ)(ごと)はさておき。

「せんせえ、ばあちゃんを治してくれて、ありがとー!」

 黒猫の子供は、元気いっぱいに叫んだ。活発そうな男の子だった。

 声に聞き覚えのあったアルテミシアは、

「そうなんだ。良かったね」

 そう言って微かに笑ったあと、膝を(かが)めて目線を合わせた。

「でも、このことはないしょ、ね?」

「ないしょ?」

 男の子が小首をかしげる。

「うん。ないしょ」

 赤銅の目が赤眼を覗き込み、笑った。

「わかった」

「良い子だね」

 白い手に撫でられるとくすぐったそうにしていたが、目ざとく友達を見付けると「ばいばい!」と手を振り、そっちに走って行ってしまう。

「みんなを診られたらいいのにね」

 子猫の背を見送りながら呟かれた言葉に、ジャックが答えた。

「仕方ありやせん。大っぴらに看板を掲げちまうと、患者が大挙して押しかけて来ちまいますからね。そうしたら、全員を診ないと向こうは納得しない。ですが、そうするとこっちの時間がなくなる。だからと言って患者を選別するために高い金を吹っかけると、金持ちしか診られなくなっちまう。今みてぇに、診た患者が知り合いん中で症状の重いモンにこっそり教えるってぇのが、一番マシだと思いやすよ」

 すでに説明がなされた内容だったが、それでもジャックは優しく噛んで含めるように言って聞かせた。

「……うん」

 感情では納得しきれない部分もあったが、理屈は解る。それに、アルテミシア達にはやらなければならない事があった。

「シア、ごめんなさい。わたしの為に時間が割かれてしまって」

 真面目で責任感の強い女騎士は、心苦しそうに謝った。

「ううん、そんなことない。ずっとここに居るわけにはいかないんだもの。準備はしないと」

「それに、あっしも洞主が書いた手記を読み進める時間が欲しいですしね。あと、シア嬢ちゃんを鍛える必要もありやす。どんだけ強くなれるかは教えるあっしが未熟なんで判んねぇですが、少なくとも体は強くなりますからね」

 二人の言葉に、クラウズェアは軽く頭を下げるにとどめた。もう、何度か繰り返してしまったやり取りだ。謝られる側も、心苦しくなってしまう。この件で頭を下げるのはこれで最後にしようと、少女は胸中で誓った。

「おーい!」

 その時、進行方向から高く朗らかな声が上がった。ルクルク王女だ。

 アルテミシア達に会う時の常として、人間の姿である。人間のお客人達に会う他にも、水浴びした後に体が早く乾くだとか、寝る時に涼しいだとかで、人間の姿を気に入っているのだ。

「やっとっ、見付けたぁ」

 駆け寄りざまそう言って、ルクルクは乱れた息を整えた。

 優れた身体能力を誇る彼女たちの種族は、敏捷性に特化した反面、持久力はさほどない。持久走が得意なのは、犬や狼、それから鍛えた人間などだ。

 それから、彼女が人間に変化して出歩く時は、布の靴を()くようにしている。肉球がなくなるので裸足だと怪我をする恐れがあるからだが、地面の感触が感じられないと不安になるからだ。だから、木や皮ではなく、布の靴という訳だ。

「どうしたの? そんなに慌てて」

 アルテミシアが尋ねると、

「うん。今からいつも通り中庭で練習でしょ? 見学させてもらおうかな、って」

 赤銅色した大きな目が、赤い目に向けられた。

「それならば、城でお待ちになれば良かったのに。どうせ我々は城に戻るのですから」

 クラウズェアのもっともな言葉に、ルクルクは恥ずかしそうに笑う。

「だって、少しでも早く皆に会いたかったんですもの」

 そう言ってから、少し不満げに頬を膨らませる。

「お昼だって、城で食べたらいいのに。そうしたら、昼食から一緒に居られるのよ?」

 ルクルクは、それだけが不満だった。彼女は習い事があるので、午前中は予定が埋まっている。午後からの時間をめいっぱいに使いたいのだ。

 だが、少年達が外で食べている理由も理解できるし、朝晩は城で食べるようわがままを言った手前、あまり強くは言えない。

「お言葉は嬉しい限りなのですが、働かざる者食うべからずという言葉もあります。立場に甘えて(ごく)(つぶ)しのような生活を送るのも、心苦しいですから」

「グサッ?」

 クラウズェアの言葉に、ジャックがヘンテコな声を上げた。

「ごくつぶしですんません! 許して下さい!」

 道中、さんざん『ごくつぶし』だの『ドングリ以下』だの言われていたので、反射的に体が動いてしまったのだ。クラウズェアの足下で土下座までしている。随分と飼い慣らされてしまっていた。

「ちょっと待てっ? いや待って! 今のはジャックに言ったんじゃない。そうじゃないから!」

 (おう)(らい)の真ん中でみっともないことはできないと、クラウズェアは焦って止めようとする。だいいち、本当にジャックの事を責めた訳ではないのだから。むしろ、今ではとてもお世話になっており、色んなことを頼っているのだ。止められているので口には出さないが、剣術の師匠として尊敬もしている。

「あらら、どうしましょ?」

 事態を招いた一因のあるルクルクは、半分困りながら、けれど半分は楽しみながら、頬に手を当てた。

 その時だった。

「ひったくり! 誰かーっ、捕まえて-!」

 女性の悲鳴が遠くで上がった。

「ひったくり?」

 耳慣れない言葉を、アルテミシアが繰り返す。

「物取り、泥棒よ。あっちから聞こえたわね」

 ルクルクが教えてやりながら、褐色の手で指さした。その方向で、騒ぎが起こっている。

「固めようか?」

 《視線》の力を使えば捕まえやすいと提案するアルテミシアに、立ち上がったジャックが待ったを掛けた。

「いえ、ここはクラウズェア姐さんにとっ捕まえて貰いやしょう。姐さん、いいですかい?」

「うむ。心得た」

 鍛錬の成果を見せろという意味だ。馬鹿騒ぎを止め、クラウズェアは気を引き締めた。

「〈薄紅〉は使っちゃあダメですからね?」

 クラウズェアは、まだ薄紅を使いこなせていなかった。人の多い場で振るうには危険だ。

「わかった。ここは木も多い。火事になれば(おお)(ごと)だ」

 女騎士は解っていると頷いた。

 そうして、こちらから向かう必要もなく、ひったくりは通りの向こうより騒ぎを巻き起こしながら走ってきたのだった。



 (はや)い。その一言に尽きた。

 露店の並ぶ通りの人混み。その人の波を()って進む様は、四つ足の獣に相応しく人には真似し得ない動きだった。まるで、網をすり抜ける風だ。すばしっこい猫妖精の中でも、取り分け敏捷であった。毛色は暗灰色。細く引き締まった体としなやかな四肢は俊敏を絵に描いたよう。

 その暗灰色の風が、人混みを抜けた。

 向かう先には赤毛の女騎士。素早く動けるように腰を落とし(かかと)を浮かせ、待ち構える。

 ひったくりは人間の姿に一瞬だけ驚いたが、足を止めずにそのまま駆けていく。そして、クラウズェアの手前で地を蹴り、右へ動いた。

 抜ける。そう思うに足る速度。だが、彼の思惑は裏切られ、クラウズェアは素早いサイドステップで進行方向を塞ぐ。

 しかし。

「くっ」

 地を蹴る四つの(あし)は急激な方向転換を易々とやってのけ、逆へ――左へ動いた。クラウズェアも反転、逆方向のサイドステップに切り替える。素早い動きだ。修練の賜だった。

 それでも。

 人外の捷さには追い付けない。

「へへっ」

 そう笑ったひったくりの目に飛び込んできた映像への驚きは、先程の人間を見た時の比ではなかった。

 奇妙な服を着たそいつは、さっきの人間がまとう物とは色違いだ。だが、果たして人間なのか。彼には判然としなかった。

 陽光に煌めく黒い髪は、地に届かんばかりに流れ落ちている。反面、同じ黑なのに何の光も反射しない肌は、さながら影のよう。そして不気味な事に、顔は目も鼻も口も無いのっぺらぼうだ。

 ひったくりは一瞬ひるんだ。だが、やる事は一緒だ。抜き去ってしまえばいい。捕まらなければ良いのだし、捕まる訳が無い。

 暗灰色の風が迫った。

 のっぺらぼうの手前で、左へ動く。黒い人影も動いた。

 気付けば(、、、、)、動いていた。

 気味の悪さを感じたが、考えている時ではない。こいつはフェイントに引っかかったのだ。後は逆へ動いて抜き去るだけだ。瞬発力を備えた筋肉が収縮する。体を一瞬沈め、解き放つ。爆発的な力が生まれ、暗灰色の体を逆方向――右へ打ち出すように動かした。

 それなのに。

 (せつ)()も置かず、白服の黑人間は動いた。動いていた。

 まるで幽霊のように、静かに、いつの間にか。いつ反転したのか判らなかった。予兆が無かった。予測が立てられなかった。彼は、混乱した。だが、体は動く。

 もう一度、反転。フェイントの連続。それを可能にする瞬発力、四つの(あし)、地を掴む鋭い爪。それは、人間には無いモノ。

 にも関わらず。

「なんでっ?」

 思わず叫んだひったくりの、その眼前には、()(ぜん)としてのっぺらぼうが居た。背筋を(おぞ)()が走る。悪夢のようなそいつを振り切ろうと、咄嗟とっさに地を蹴り、身を跳ねさせた。

 一五〇㎝ほどのそいつを飛び越える……はずだった。

 だが、しかし。

「ぅぶばッ」

 頭上を軽々と飛び越そうとしたその自慢の足が、空中でつかまれ、振り下ろされたのだ。黒い人影を飛び越していた勢いそのまま、進行方向に。

 結果、(したた)か体の前面を地に打ち据えられた。

 端から見れば、のっぺらぼうの頭上を飛び越そうとしたひったくりの足に、無造作に上げられた黒い手が(むち)のように巻き付き、くるりと綺麗な軸を作って身が回った。

 自然、足にヒモなりが絡みつけば着地もできず地に転ぶに決まっている。ひったくりは、自分の勢いで勝手に地面とぶつかったのだ。

 男は、呻きながら地面にのたうっている。

 遠巻きに見ていた猫妖精達は、しばしの間を置いて歓声を()げ、手を打ち鳴らした。

 けれど、まだ終わりではなかった。歓声が、悲鳴に変わる。

「てめぇっ、ブッ殺す!」

 鼻血の(あふ)れる顔を押さえながら、男が立ち上がる。それと共に、暗灰色の体がふくれあがり始める。

 百四十㎝ほどだった身が、百八十㎝ほどへと。

 細かった体が、はち切れんばかりの凶悪な筋肉を宿す。バイガン将軍には遠く及ばないが、それでも巨体であることにはかわりがない。クワリと(あぎ)()が開き、人の手足など食いちぎるであろう凶器が覗き見えた。


「シア!」

 ひったくりとの接触からこれまで、わずか数秒しか経っていない。クラウズェアが駆け寄るひまもなかった。駆け寄ろうとした相手――ジャックが()()くアルテミシアへ向けた一歩を踏み出そうとした時。

「そこで見ててください! ……お嬢ちゃん。これまで通りあっしを信じて、力を抜いて、身を任せてくだせぇ」

「うん。わかったよ」

 影の下で目を閉じ、だらりと力を抜いたアルテミシアが答えた。

 クラウズェアは一瞬だけ迷ったが、現在の師匠であるジャックの言葉を信じることにした。少しも見逃すまいと、これから起こる戦いに集中する。

「あれって、アルテミシアなの?」

 それまで事態を見守っていたルクルクが問いを発した。

「はい。ジャックが身を(おお)っていますが、中身はシアです」

「か、勝てるの?」

 猫妖精の姫は、恐る恐る訊いた。

 街中での《(へん)()》は御法度ごはっとである。盗みよりも罪が重い。何故なら、振るわれる力が強力すぎ、被害が大きすぎるからだ。警備兵でない者が抜き身の剣を持ち歩くよりもなお、異様な事態である。

 その異様が、そんな危険が、アルテミシアに迫ろうとしていた。

「わたしの師匠は、強いのです」

 女騎士の脳裏に、ミッドノール子爵を一撃で仕留めた情景がよみがえる。

 ルクルクは、警備兵達が来ていないか周囲を見回した。だが残念ながら、まだ騒ぎを聞いて駆けつける者は居ない。クラウズェアを見上げ、アルテミシアの方を見た。


 グルォオオオッ、という恐ろしい声を上げながら、巨体が迫る。恐ろしい力が、恐ろしい勢いに乗ってジャック=アルテミシアに飛びかかった。

 (たくま)しい後ろ足が地を蹴立て、爪が土をえぐる。(どう)(もう)な力と(さむ)()のする爪を持つ腕が、唸りを上げて振るわれる。

 丸太のような(ごう)(わん)がのっぺらぼうの辺りに振るわれた時、

 ひょい、

 という気軽さで黒い両手も動いた。そっと包み込むような柔らかさで暗灰色の手を挟んだ瞬間、

「ぎゃッ」

 と叫びながら後ろへ吹き飛んだのは、華奢きゃしゃな体ではなく巨体の方であった。

「えっ?」

 (さん)(まん)な意識と、まだ慣れない人の目を使っているルクルクには、何が起こっているのか解らなかった。

 一方、注意して見ていた分、クラウズェアには少しだけ判るものがあった。

 ジャック=アルテミシアがひったくりの手を両手で挟んだ時、その豪腕が真っ直ぐ棒みたいに伸ばされ、その瞬間に、ぽーん、と後ろに吹き飛んだのだ。

「ぃいぃ、いでぇ」

 呻きながら立ち上がったひったくりの手首は折れ、肩の関節は外れている。だが、赤銅色の目は血走って赤い。怒りに燃える狂気の目が、小さな体に向けられた。

「喰ってやる……許さねぇ……喰ってやる……ゆ、ゆる」

 もう完全に、正常な思考を失っていた。

 狂気が、再度飛びかかる。無事な方の左腕を振るう。

 黒い人影も、すっ、と動いた。左の豪腕に右手右肘を沿わせながら、丸太みたいな腕の横を、回転しながらすれ違う。

 それでひったくりの左肘は折れた。

 そのまま腕沿いに回転しながら敵の斜め後ろに回り、両掌でがら空きの背中を押してやると、自らの前進エネルギーで前に吹っ飛び、暗灰色の巨体は地面と激突した。

 そうして、ひったくりは気絶した。

 まるで、舞でも見ているようだった。美しき舞、異形の舞。(ゆめ)(うつつ)に垣間見る、(ゆう)(げん)

 回転に従い()(せん)(なび)いた黒髪が、うねりを打つ川の水が滝壺に流れ落ちるように、とっさりと流れ落ちた。

 髪の流れたその向こうで、影もとろりと流れ落ち、白き(かんばせ)(あら)わになる。

 今度は、歓声は上がらなかった。周囲に満ちる空気の種類は、()()。……人々は、遠巻きに眺めている。近寄る者は居ない――この二人を除いて。

「シア!」

「だ、大丈夫っ?」

 赤と焦げ茶の髪をした少女達が、畏怖の中心に駆け寄った。

 声に応え、白い(まぶた)が上がり、赤い(きら)めきが二人を捉える。

「うん」

 口数は少ない。たおやかな手の触れた先で、ゴキリと折れた手首と肘の感触が、少年の心を沈ませていた。

「シア嬢ちゃん、許して下さい。あれでも手加減したんですが、ヤロウの突進力が思いのほか強くて……。てめえの未熟さに恥じ入るばかりです」

 気遣いと後悔の入り交じったジャックの声に、

「ううん、そんなこと言わないで? 悪い人を捕まえたんだもの。りっぱなことだよ」

 健気な言葉が返った。

「お嬢ちゃん」

「待って! 『手加減』ですって?」

 興奮気味のルクルクが、普段であれば礼を失するような愚を犯すはずのない王女が、会話に割って入る。

「こりゃあ、王女殿下にも恥ずかしい所をお見せしちまって。あぁ、穴があったら入りてぇ」

「待って待って! あれで手加減ならっ、本気だったら……どうなってたの?」

 気が高ぶりすぎ、声も大きくなったのが自覚できたので、意図的にトーンを落とすルクルク。

「そいつは……」

 だがジャックは、アルテミシアのことを気にして、口ごもる。

「あんなに強いんだもの。本気のジャックさんだったら、どうしてたの?」

 アルテミシアが促すように言った。

「ん……まあ、本気でヤルつもりなら、ふところに入って肘でも入れますかねぇ? 上手く入れば心臓止まるし。外れても肋の数本は持って行けますから」

 殺すという直接的な単語を使わないだけ、ジャックも言葉を選んでいる。

 そして、ルクルクはこの言葉に、心の底から仰天した。

「す、凄い! そんなの強すぎる。ジャックって、凄いのね。達人なのね」

 王女の褒め殺しに、いつものお調子者はなりを潜め、ジャックは弱り切った。

「勘弁してください。だいたい、あっしが強いんじゃあねぇんです。シア嬢ちゃんが強ぇんです。実際、戦ったのはシア嬢ちゃん。あっしはちょいと体を拝借はいしゃくしただけ。いずれ、クラウズェア姐さんもこれくらいはできるようになりますからね。ってか、もっと軽傷で取り押さえて、姐さんにでけぇ(ツラ)する予定だったのに……」

 はあ、と重い溜息が漏れた。

「これくらい……か」

 緑の目が、倒れ伏して動かない巨体へ向けられる。

「場所を移しましょう。後はいつもの中庭で」

 王女の声に従い、一行は現場を後にした。

 その背後で、遅れて駆けつけた警備兵達が群衆をかき分けてやって来ている。

「遅い! ま、でも、そのおかげで良いものが見られたわ」

 不機嫌と上機嫌の入り交じった言葉が、ルクルクの口から零れた。

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