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四章①『猫妖精の姫君』

   四章


 クラウズェアは、意を決して声を振り絞った。

「モリオン、話がある。殿下の御身から出てきてはくれぬだろうか?」

 声が小さいのは、まだ眠っているアルテミシアを起こさないようにとの(はい)(りょ)だ。東の空がようやく白み始めたばかりで、辺りはまだ静寂に包まれている。

 それに、聞かれると不味い。

 緊張で身を固めているクラウズェアの眼前、木の根元で寝具にくるまっているアルテミシアの、微かに上下する胸の上あたりに、一mほどの黒い球体が現れた。赤い光が、女騎士を見ているのかどうなのやら。クラウズェアには判別できない。

 アルテミシアの髪は、色を吸い取られたように白に戻っている。

「た、助かる」

 声が震えないように下腹に力を入れながら、クラウズェアは切り出した。

「この度はアルテミシア殿下を救って貰ったと聞いている。助かった。礼を言わせて貰う。また、以前共鳴術師に襲われた際も殿下にお助け頂いたが、それはお前の助力あっての事と聞いてもいる。重ねて礼を述べさせて貰う。ありがとう……モリオン」

 そう言ってクラウズェアは、ふかぶかと頭を下げた。そして、頭を下げたまま、言葉を続けた。

「わたしはお前を誤解していたようだ。いや、誤解と言うと言葉をごまかしているな。わたしは、お前を警戒していた。恐れていた。殿下に害する存在やもしれぬと、常に心を許さなかった」

 そこで、いったん言葉が切られた。

「だが、お前は殿下を素直に(した)い、そのぅ、母親のように想っているとか。()(たび)のように助けてもくれる」

 赤毛の頭が上がった。

「何より、お前は殿下に視力を与えてくれた。あの子を闇の世界から救い出してくれたのは、モリオン、お前だ。お前のおかげだ。お前はどんな薬師や呪い師もできなかった事をやってくれた。神ですらできなかった事をだ。いや、毎晩あの子の目が()くようにと祈りを捧げていたのだが、お前が聞き届けてくれたのか? 無学な私には解らないが、だが、これだけは言わせて貰う。ありがとう」

 緑の目が、しっかりと赤い光を見た。いつも通りの真っ直ぐな目だ。

 モリオンはふわりともせずに浮いていたのだが、やがて上下に動き始めた。まるで、空中にある見えない地面で(はず)んでいるかのよう。アルテミシアが居れば『嬉しそう』と評する動きだった。

 だが、クラウズェアには判らない。しかし、一瞬だけびくりと肩を振るわせたものの、短剣を抜くでも後ずさるでもなく、モリオンをじっと見た。

 モリオンは、アルテミシアの上から離れ、クラウズェアの周りを回り始めた。そうして一周した後、赤い光をちかちかと瞬かせて、小石が湖に落ちるように、アルテミシアの中に消えていった。少年の髪も黒く色づく。

「いやぁ、いいもん見させて貰いやした」

 そう言ってモリオンと入れ替わるように出てきたのは、影人間のジャックだった。

「良かったのやら、わたしにはよく判らないが……それより、お前にも大変な世話になった。アルテミシア殿下の事、また、ゴードンを打ち倒してくれた事、本当に助かった。礼を言う、ありがとう」

 やはり深々と頭を下げる女騎士に、ひらひらと手を振ってみせるジャック。

「よして下さいよぅ。あっしは“誓い”を守っただけですぜ? あっしは約束は守るんです。それに、あっしらは仲間でしょう? 旅の仲間は助け合わなくっちゃあ」

 目があったらウィンクでもしていそうな茶目っ気のある言葉に、クラウズェアの口許がほころんだ。

「仲間か。そうだな」

「そうですとも。ですからね、シアお嬢ちゃんの事はあっしに全てお任せなすったらそれで良いんです」

「待て。意味が解らん」

 雲行きが少し怪しくなってきた。

「シアお嬢ちゃんとあっしはね、すでに身と身を重ね合わせた深ーい仲なんです。ジャック感激!」

「待てっ、それはどういう意味だっ? だいたいお前、『お嬢ちゃん』と言っているが、殿下はああ見えて立派な男子だぞ?」

「可愛けりゃあ、男の子だっていいんです。愛の前には性別なんて関係ないんです」

「いや関係あるだろっ? 不道徳すぎる!」

「ああ、あの雪原のように清らかな柔肌に、あっしの体が覆い被さっていく時の背徳感。たまらん」

 ジュルリと舌舐めずりのような音が聞こえた。

「こ、こ、このっ、この恥知らず! なんてっ、なんて()(れん)()なっ? そこへ(なお)れっ、手打ちにしてくれる!」

 穏やかな朝日と鳥たちの鳴き声に包まれた中、二人の喧噪は眠れる王子を起こすまで続いた。



「殿下、ご機嫌がお宜しいようで」

「殿下じゃなくて、シア」

「うぅっ、ですが」

「もう一回、最初から」

 赤い目に促されて、女騎士はやり直した。

「シア、楽しそうね?」

 しぶしぶといったクラウズェアの言葉に、アルテミシアは満足した。

 朝食を()った一行は、木々の生える山中を歩いていた。昨日の戦いがまるで夢だったような、穏やかな雰囲気。春の空気に芽吹く新芽と咲く花々。ゆっくりはしていられないが、緩やかな傾斜とは言え障害物の多い場所を馬で走らせて怪我でもさせたら元も子もない。馬の手綱はクラウズェアが引いて、アルテミシアはときおりジャックの声に従って木の実などを()んでいた。

「うん、楽しいよ。今朝起きた時からずっと、楽しいんだ。楽しいというか、嬉しい? ぼくが、というより、モリオンが嬉しそうなんだけれど。【モリオン、良い事あったんだね? 良かったね】」

 起伏に乏しいが確かに弾んだ声で、アルテミシアが胸の内に語りかける。その言葉を聞いて、クラウズェアも(そう)(ごう)を崩した。彼女の言葉は、きちんと伝わっていたのだ。

「嬉しそうなシア嬢ちゃんも可愛い」

 グヘヘェという薄気味の悪い声さえ聞こえてこなければ、赤毛の少女もずっと幸せな気分でいられたろうに。

 クラウズェアは、信頼できる仲間を得た代わりに、また別の問題が発生している事を忌々しく思った。

「よもや、このように()(れつ)で不道徳で()(れん)()(せっ)(そう)なしの、チーズを作り損ねて腐らせてしまった上にハエもたからぬほどに変質した()(ぶつ)が、旅の連れに(まぎ)()んでいようとは」

 この痛烈な言葉にこたえた様子も無いジャックは、どうやってか口笛を吹いている。

「おお、アルテミシア。美しき人よ。其方(そなた)は月の女神の生まれ変わり。甘き声は花の蜜の如く、愛に()えた旅人を(いざな)い、禁断の甘露(アムリタ)を分け与える。あっしはそれで滅ぶ事の無い永遠の愛を味わい、人の知恵を捨て獣に還る。おお、アルテミシア。可憐な人よ。其方は――」

「やかましい!」

 森の中に、怒れる女騎士の声が(とどろ)いた。

「そのくだらない、(みみ)(ざわ)りな呪文をやめろ!」

「呪文たぁ失礼な。詩ですよ。お嬢ちゃんに捧げる愛の詩。昨晩、寝ずに考えたんですぜ? 五番まで」

「知るか! とにかく黙っていろ」

「ねえ、何の話? 歌なら聴かせてよ? 影の国の歌を聴いてみたいから」

 モリオンとの会話を終えたアルテミシアが、楽しそうな話題だと勘違いして、ジャックに話しかけてきた。

「よござんす。おお、アルテミシア」

「シアの名前を軽々しく呼ぶな! 汚れる!」

「何をそんなに怒っているの、ローズ?」

「シア、よく聞いて。このジャックはね、魔物の皮を被った変質者なの。危険人物なの。汚物の中の汚物なの。破廉恥の国からシアを(さら)いにやって来た、不道徳の申し子なのよ!」

「影の国改め、破廉恥の国からやってきたジャックです。好きな言葉はアルテミシア。好物はアルテミシア。将来の夢はアルテミシアと結婚する事です。今後ともヨロピク」

 ジャックのふざけた自己紹介が、怒れる女騎士を(さつ)(りく)の女神に変えるか、はたまた額の血管を切れさせるかという()()(ぎわ)に迫った時だった。

 にゃあぁぁぁっ、という、(きぬ)を切り裂く女性の悲鳴のような、もしくは猫の鳴き声のような、どちらとも取れる大声がこだました。

「なんです? ありゃあ」

「ぼく知ってるよ。猫の鳴き声だよ」

「猫、なのでしょうか?」

 三人と馬一頭が森の中で立ち止まっていると、そちらの方へどんどん物音が近づいてくるようだった。

「猫はまだ見た事がないから、楽しみだなぁ。たくさん足音がするよ?」

「これって、ヤバかったりしません?」

「逃げましょう」

 クラウズェアが守るべき主の手を引いて駆け出そうとした時、木々の間から飛び出して来るものがあった。

 それは、大きな猫だった。四歳くらいの子供ほどもある大きさであったが、その大きさよりも注目すべきは、その猫が服を着ていた事だろう。四つ足のまま、女児が着るようなワンピースを着ている。その猫は人間を見てびっくりしたらしく、一瞬どうしようか迷ったが、そのまま近くの木に登ってしまった。

 その直後、今度は猫が走ってきた方角から、人型の影が飛び出してきた。

 五体。大きさは人くらい。毛むくじゃらの体に皮でできた服のようなボロを巻いている。手には棍棒。筋肉質で、力は強そうだ。

(るい)(じん)(えん)……じゃあない。ゴリラやオランウータンにゃあ見えねぇし。(げん)(じん)?」

山鬼(バグベア)だ、恐らくは」

 (すで)にダガーを抜いているクラウズェアが、緊迫した声で答えた。

「バグベア、ってなんですかい?」

 猿にも似たバグベアの顔を見ながら、ジャックが(のん)()に質問した。

「山に住む妖精の一種だ」

「妖精っ? あれが?」

「妖精であり、魔物だ。詳しくは知らん。学者ではないのだ」

「狂暴なんですかい?」

「伝承では人を襲って食うと聞く。そもそも、魔物とは人を襲って食うものだ」

「あっしもモリオンも人は食ってやせんが……ともあれ、こりゃああっしらの出番ですぜ。シア嬢ちゃん、合体ですっ、融合ですっ、肌と肌の重なり合いですっ、いざっ、愛の変身(メタモルフォーゼ)!」

「き、貴様ぁ! モリオンは違うが、貴様はっ、貴様だけは魔物だ! バグベアより先に(せい)(はい)してくれる!」

 そうやって二人が騒いでいる頃、アルテミシアはバグベア五体と見つめ合っていた。向こうも、現れた当初は興奮していたようだったが、今ではじっとアルテミシアを観察しており、黙って立っている。

「どうしたの?」

 呼びかけたアルテミシアの声に、ゥオォッゥオォッ、と思ったよりも高い声が返ってきた。その声に、アルテミシアは目をぱちくりさせる。

「家の近くに変な人が居たの?」

 アルテミシアの声に、またゥオォッという声が上がる。

「まさかとは思いますが、嬢ちゃん? あのお猿さん達とお話し(トーク)してやすかい?」

 ジャックの声に、アルテミシアが肯定の意を返した。

「うん。なんとなくだけれど。……そっかぁ、子供が怖がるから、追い払ってきたんだ」

 乏しい表情にクラウズェアだけが判る納得顔を浮かべた少年に、そのクラウズェアがダガーをもてあましたまま尋ねた。

「シア、大丈夫なの?」

「うん。あ、そうだ。これあげる。おうちの人たちと食べてください」

「ちょっ、シア?」

 摘んだ木の実や野苺の入った小袋を渡そうと、ためらいなくバグベアに近づこうとしたアルテミシアに、クラウズェアの手が通せんぼした。

「だめよ、危ないわ」

 視線はバグベアに向けたまま、手と体でアルテミシアを(さえぎ)る。

 女騎士は(ひそ)かに恐れていた。昨日はなんとかなったが、またいつ主を危ない目に()わせるかもしれないと。それに、アルテミシアのおかげで精神的に持ち直したが、(てのひら)に残る二つの感触は、忘れた訳では無い。

 そのアルテミシアは、クラウズェアとバグベアを交互に見比べていたが、やがて、

「投げるね? はい」

 小袋を真ん中のバグベアに放った。飛んできた袋をうまく(つか)んだバグベアは、袋の中を(のぞ)いた後、人がするみたいに頭を下げた。残りの四人も頭を下げ、一声オォッと低く鳴くと、もと来た方へ走って行ってしまった。

「話が……本当に通じてたの? 信じられないけど」

「自信は無いけれど、たぶん通じてたよ」

 クラウズェアの呆然とした声に、未だ通せんぼで横に突き出されたままの腕をそっと手に取り、優しく撫でるアルテミシア。

 女騎士は自分の髪と同じくらい顔を赤くして、腕を引っ込めた。

「で? そろそろ降りてきたってよござんしょ?」

 ジャックが唐突に声を上げた。

 その呼びかけに応えるように樹上ががさがさと鳴ったが、やがて、服を着た猫がするすると降りてきた。

 さっきは四つ足だったが、地に降り立った姿は二本足で直立する猫だ。身長は一mほどで、毛色は焦げ茶、くりくりした目は赤っぽい銅色で、水色のワンピースとの対比が鮮やかだ。耳をアルテミシア達の方へ向け、ヒゲをめいっぱい左右に開いている。緊張しているのだ。

猫妖精(ケット・シー)?」

 クラウズェアの呟きに、ジャックが反応した。

「また妖精ですかい? まあ、さっきの連中に比べりゃあ、よっぽどメルヘンチックで妖精の雰囲気を損なっていやせんがね」

 そうやって会話する二人の事を、前へ向けた耳をぴこぴこさせながら聞いていた猫妖精は、可愛らしい牙が並んだ口を開いた。

「そういうそっちは、人間と、魔物と、魔精(フェイ)なのね。なんだか変な組み合わせ」

 高く、可愛らしく、伸びる声だった。

「フェイ?」

 アルテミシアの疑問にクラウズェアが答える。

「魔の法に精通した妖精(シー)の事を、とりわけ〈魔精(フェイ)〉って呼ぶのよ」

「そうなんだ? モリオンの事かな?」

「アンタ、黒水晶(モリオン)って言うの? その毛色なら納得だわ。アタシはルクルク。銅目族(カッパー)よ。アタシ達、目の色が似てるわね」

 くりくりした赤銅色の目でアルテミシアの赤い目を見つめながら、猫妖精は自己紹介をした。少しだけ緊張がほぐれたのか、ヒゲの張りが心なしか柔らかくなった。

「自己紹介が遅れて申し訳ない。わたしはクロード。そこの魔物はジャックだ」

「ジャックでーす。破廉恥の国からやって来やした」

 相手の誤解を幸いと、アルテミシアの名前を教えず、自己紹介を済ませてしまう女騎士。ジャックの扱いが酷かったが、本人は気にした風は無い。

 だが、アルテミシアの方は気になったらしく、じっと緑の目を見上げて口を開こうとした。

「ダメよ」

 先んじて意図をくみ取った女騎士がすかさず却下する。

「まだ何も言ってないよ? どうして解るの? それより、ぼく達の事情はルクルクさんには関係ないんじゃないかな?」

 人間社会の(よし)()(ごと)は猫の世界には関係ないだろうと、訴える黒髪の少年。決して自分たちの置かれた状況を忘れた訳ではなかったが、関係のなさそうな者にまで嘘を吐きたくなかったのだ。

「もう、本当に困った子ね」

 自分自身ではアルテミシアに対し厳しいと自己評価を下している女騎士だが、端から見れば甘すぎると言わざるを得ない。(かん)(らく)寸前で踏みとどまりながら、少年への説得の言葉を考えあぐねていた。

「そこの子はね、モリオンじゃあなくってアルテミシアって言う、さる高貴な出の御方なんですよ、ええ」

 この唐突なジャックの言葉は、クラウズェアを仰天させた。

「貴様っ、不道徳に飽き足らず密告の罪まで犯すとは! もう許せん!」

 そう言って拳と蹴りを繰り出すが、影の身にはどこ吹く風。ジャックは言葉を続けた。

「『()(ぎょう)天地に()じず』って言葉があります。殿下は、天にも地にも何ら恥じるところの無い、まことに清らかで正しき御方。何を隠す事がありましょう? どこに恥ずべき事があるのです? これこそが(まこと)の道、真実の人の姿。どうして神々のご加護が得られない等という事があるでしょうか?」

 朗々(ろうろう)と言葉を紡ぐジャックに、クラウズェアは見えない雷にでも打たれたかのように、動きを止めた。そして叫んだ。

「ジャックすまないっ、わたしが(おろ)かだった!」

 そうして、今度はアルテミシアの前に右膝を突いた。

「殿下っ、わたしは何と()(れつ)(いや)しい人間でしょう! どうかお許しください! 今この時より心根を改め、必ずや殿下に相応しい騎士となって見せます! どうかそれまで、見捨てる事なくお側に置いてください!」

 ダメだと言えば、ダガーで自分の首を一突きにしそうな勢いである。

「もう……ジャックさんが変な事を言うから、騎士道精神に火が点いちゃった」

 少しだけ眉根を寄せたアルテミシアは、跪く女騎士の手を取って、優しく声を掛けた。

「ぼくがローズと離れるなんて、また目が見えなくなる事よりも嫌な事だよ? ぼくの方からお願いするよ。ずっと一緒に居てね、ローズ」

 少年の優しい言葉が、堅物騎士を感激させた。

「ああ、シア。わたしは幸せ者よ」

 幼なじみ同士の主従劇場が繰り広げられる中、ルクルクの困惑した声が発せられた。

「あの……よく解らないんだけど、なんか事情があって名前を(いつわ)ってるのね? それでもアタシを助けてくれた。お礼をしなくっちゃあね」

 この言葉に、ジャックは自分の計略が上手くいったと、のっぺらぼうの顔の下でほくそ笑んだのだった。



 お礼がしたいから家に案内すると言うルクルクの後に続いた一行は、(うろ)の空いた巨木の前まで来た。

「なんとか馬も入りそうね。いい? これから中に入るけど、注意しておくことがあるの」

 ルクルクが真剣な声で言った。

「皆で手をつないで。そうしてアナタ、アルテミシアはアタシとつなぐのよ? クラウズェアは馬の手綱だけじゃなくて、体のどこでも良いから触っておいて」

 本当の自己紹介を()ませておいたので、ルクルクはそっちの名前で呼んでいる。

「あっしはどうすりゃよござんす?」

 ジャックの問いに、

「アナタはすでにアルテミシアと繋がっているも同然だから、そのままでいいわ」

 この返答に、クラウズェアは眉をひそめ、ジャックはウヒヒと笑った。

「じゃ、ついて来て」

 その声に促されて入った虚の中には、一行の思いもよらぬ風景が広がっていた。

「なんだ、これは」

 呆然と漏らすクラウズェア。

(いま)(がた)、あっしらはでっかい木の中に入ったと思ったんですがねぇ」

 言いながら振り返るジャックの視界には、確かにくぐったのと同じような虚と巨木があった。だが、全く同じではない。それよりも、周囲の風景が問題だった。

「森がなくなってる」

 アルテミシアの呟きが、見晴らしの良い丘を吹く風に(さら)われていく。

 一行は、大木が一本きり生えた丘の上に立っていた。周囲は背の高い草が生い茂り、草いきれが立ちこめている。

「つか、(あつ)っ?」

 ジャックの言葉に、違和感にようやく()()んできた者達の体から汗がしたたり始めた。

「山火事でも起こっているのか」

 警戒するように辺りを見回すクラウズェアの視界には、燃え盛るものは何も見えない。遠くの方に、緑に包まれた街らしきものと城のような大きな建物が見えるばかりだ。だが、

「あっちよ」

 そう言って差し出された猫の手が示す方を見てみると、街とは反対の方角にある山の(てっ)(ぺん)から、もうもうと(けむり)が立ち上っているのが見えた。

「あの山の頂上が燃えてるのよ」

「活火山ですかい」

「火山ではないんだけどね」

 あいまいな返答のルクルクに訝しむ一行だったが、そんな事よりと居住まいを正すルクルクは、このように口上した。

銅目族(カッパー)の治める(よう)(せい)(きょう)にようこそ。王族の一人として皆さんを歓迎します」

 そして、一転。

「あー、寒かった! 妖精境と違って、外は寒いのね」


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