依頼達成
僕達三人と一匹は、依頼人であるNPCが待つ薬屋目指して街中を歩いている。
が、やっぱりビットが目立つこと目立つこと。僕達が歩く通りにいるプレイヤー達の大半が僕達と、僕達と一緒にいるビットのことを見ている。
「見られてるね」
「そうだな」
「まあ、しかたがないよ。だって、ゲーム開始から数時間でモンスターをテイムするなんて、かなり珍しいと思うよ」
「まあ、そうだろうな」
「けど、ビット自体に驚いてる人もいない?」
僕は、僕達に向けられている視線がテイムしていること以外にも理由がある様に感じられた。
「多分、アストの感じているものはβ版プレイヤーのものだと思うよ」
「どういうことだ?」
「β版では、ハーブラビットなんてモンスターは確認されて無いらしいからね」
「β版にはいなかったの?」
「いなかったのか、見つからなかったのかは知らないけれど、僕が聞いたβ版の情報にハーブラビットなんていうモンスターはいなかったよ」
「あ~なるほどな、それならこの視線の数にも納得がいくな」
「たしかに、それなら注目が集まるのも当然だね。それにしても、薬屋見つからないね」
「そうだな。南側にあるって言ってたよな?」
「たしかに言ってたよ」
「大通りだけじゃなくて、路地裏とかも探してみるか?」
「そうだね。というか、この街の地図が欲しいよね」
「そうだね。何処かで売ってないかな」
ほんと、あるといいのにな。昔のテレビ画面の俯瞰視点と違って、今はある意味リアルだから、自分の視覚情報だけが頼りなんだよな。方向音痴の人は、下手をするとゲーム内で迷子になるなんてことも実際にあったからな。
そんな話をしたり、思ったりしつつ、僕達は路地裏で薬屋を探し始めた。
そしてしばらく探した結果、気になる建物を見つけた。
その建物は、路地裏の袋小路というかなり奥の人目につかない場所にあった。建物の見た目自体は、この街にある他の建物と同じ中世ヨーロッパ風の建物だ。しかし、他の建物とは明らかに雰囲気が違った。他の建物が光や昼に属しているとするならば、その建物からは闇と夜に属している様な感じがした。
「何かあの建物怪しくないか?」
「怪しいというか、薬屋だとすると種類が違う気がするね」
「種類が違うって?」
「薬の前に毒が付きそうな気がしない?」
「たしかに、雰囲気だけをみるとそんな気もするね」
僕もリディウスの意見に賛成だ。目の前にある建物は、僕達がそう感じるだけの何かがある。
「良し、とりあえず行ってみるか?」
「そうだね。怪しいといっても、ゲームの演出だしね」
「う、うん、わかった」
僕は、あまり近寄りたくなかったけど二人が行くなら一緒に行くことにした。
僕達は、その建物に近づいて行った。
そして、建物を近くで見ても、やっぱり怪しく感じた。さらによく見てみると、建物の扉の上に葉と鍋と本が描かれている看板があった。
「ねぇリディウス、この看板って薬屋を表すの?」
僕は、今見ている看板を指差しながらリディウスに看板が表す店について聞いた。
「多分そうだと思うよ」
「多分て何だよ、多分て」
「いや、看板の絵なんてわざわざ聞かないから、僕も薬屋の看板がどんな絵柄なのか知らないんだよ」
「ああ、ごめん。リディウスがβ版の情報を提供してくれるから、リディウスは知っているものだと勘違いしてたよ」
まあそうだよね。普通、モンスターやクエストの情報なんかは聞くだろうけど、看板の絵柄なんて普通は聞かないし、わざわざ教えないよね。
「まあとりあえず店に入ってみようぜ。探してる店じゃなかったら、また探し直さないといけないしな」
「そうだね。違っても、あの店が何かわかるのなら一歩前進したことになるしね」
「そうだよね、わからなかったものを知るのは前進だよね。今は違っても、別の場面で必要になることはあるだろうしね」
そう、こんないかにもな雰囲気の店なら今回は関係なくても、他のクエストやイベントで行くことになる可能性は十分にある。今の内に知っておいて、損はないだろう。
「じゃあ行こう」
「「うん」」
僕達は、緊張しながら店の中に入った。
扉を開けて最初に目に飛び込んで来たのは、正面にある棚に並べられている怪しげな色の液体が入った瓶達だった。さらに視線を左側に動かすと、左側には瓶詰めされた植物に、物語の魔女が使いそうな大きな鍋。次に右側を見ると、やたらぶ厚く、凝った装丁の本が棚いっぱいに並べられていた。
店内を見て僕が最初に思ったのは、看板の絵柄はそのまま取り扱っている商品を表しているみたいだということだった。
「店の中もいかにもな感じだな」
「たしかにそうだね。けど、この店ってひょっとしたらただの薬屋じゃなくて、魔法薬を売る店なんじゃないかな?」
「なんでそう思うの?」
「いや、棚に置かれている植物と本、それからあそこにある鍋の組み合わせならそうかなと思ってね」
リディウスは、僕が魔女が使いそうだと思った鍋を指差しながら言った。
「たしかにそう見えるよね」
「それにしても誰もいないな。あのNPCも、それ以外のやつも」
「そうだね、お店にNPCがいないのは違和感があるね」
「たしかにね。店に入れたいじょう、別にお休みや準備中ってわけでもないはずだしね」
「じゃあ奥にでもいるのかな?」
「呼んでみればわかるさ。おーい、誰かいないか!」
勇也は、店の奥に向かって呼びかけた。すると、
「はーい」
店の奥から返事が返って来た。そして、店の奥から依頼人のNPCが出て来た。
「あら、冒険者の方達。もうハーブラビットを倒されたのですか?」
「いや、倒してはいないな」
「では、どのようなご用件でしょうか?」
「それがだな、アストがハーブラビットをテイムしたんだ。それで、そちらがハーブラビットを倒すだけでいいのか、あるいはハーブラビットのドロップアイテムが欲しいのか確認しに来たんだ」
「ハーブラビットをテイムしたのですか?」
NPCの女性は、驚いた顔で勇也に確認してきた。
「ああ。アスト、ビットを彼女に見せてやってくれ」
「わかった。おいでビット」
僕が足元のビットに呼びかけると、ビットは彼女の前に歩み出た。
「まあ、本当にハーブラビットをテイムなされたのですね」
「それで、あなたはハーブラビットを倒してどうしたかったんですか?」
リディウスが彼女に聞いた。
「私は、ハーブラビットの背に生えている魔法ハーブが欲しかったのです」
「魔法ハーブ?」
「はい、通常のハーブよりも薬効に優れた魔力を宿したハーブです」
「じゃあビットに実っている唐辛子を渡せば依頼達成でいいですか?」
僕が彼女に確認した。
「はい、それで問題ありません。しかし、唐辛子のハーブラビットをテイムして来るとは、本当に驚きました」
「何故ですか?」
「唐辛子を生やしたハーブラビットは、とても珍しいのです。普通なら、一年に数回見つけられるかどうかという、遭遇率ですから」
「そうなんですか」
一年に数回って、唐辛子タイプのハーブラビットはどんな出現率しているんだ?ひょっとして唐辛子タイプのハーブラビットって、通常のモンスターじゃなくてイベント用モンスターなのかな。それなら、珍しい理由もわかるかな。
「ええ、それに戦闘力は高くないのですが逃げ足がかなり速くて、見つけてもすぐに逃げてしまうのです。だから、そんなハーブラビットを見つけてテイムするなんて、こうして実物を見た今でも信じられません」
そう言って彼女は、僕達を尊敬の篭った眼差しで見た。
「なんか照れるね」
「そうだな」
「それじゃあアスト、ビットから唐辛子を貰って彼女に渡してくれ」
「わかった。ビット、唐辛子をもらうよ」
「キュウ!」
僕はビットの背に実っている赤くなっている唐辛子だけを収穫した。そして、
「はい、どうぞ」
僕は、収穫した真っ赤な唐辛子達をNPCに渡した。
「たしかに受け取りました。これで、私からあなた達へ出した依頼は達成です」
そう言って彼女は微笑んだ。
「よっしゃあ!初クエスト達成だ」
「やったね」
「うん♪」
僕達三人は、彼女の言葉に大いに喜んだ。
装備が無かったから心配だったけど、無事に依頼を達成出来て良かった。
「それでは報酬をお渡しします」
「「「は~い!」」」
僕達の関心は、報酬内容に移った。
「それではまずは報酬金30万ゴルドになります。お受け取り下さい」
そう言って彼女は、ジャラジャラと音のする大きな袋をいくつも僕達の前に差し出した。
「30万ゴルド!ずいぶんな大金だな」
「そうだね、三人で分けても一人10万。初期の段階で手に入れるにしてはかなりの高額報酬だね」
「こんなに報酬金が多いのは、やっぱり渡したハーブが唐辛子だからですか?」
「はいそうです。先程も言いましたが、唐辛子タイプのハーブラビットを見つけることさえ大変なんです。それなのに、これだけの量をまとめて手に入れられたのですから当然の額です」
「へぇー、そうなんですか」
「アストのお手柄だな」
「そうだね。アストが居てくれたおかげでこの依頼を達成出来たと言っても過言はないね」
「いや、そんな。クラスのおかげだよ」
「クラス?それが唐辛子タイプのハーブラビットをテイム出来たことに関係あるのですか?」
NPCは、不思議そうにこちらを見ている。
?NPCって、クエスト以外の会話も成立するものだったっけ?
「ええ、まあ。かなり特殊なクラスなんですよ、僕が持っているクラスはね」
「そうなんですか。差し支えなければ、クラス名を教えて頂けませんか?」
「構いませんよ。僕のクラス名は、《星界竜》です」
「!《星界竜》。星の化身、宇宙を統べる竜、生命の担い手、界の創造主、森羅万象の器の異名を持つユニークハイの称号」
彼女は僕のクラスを聞いた瞬間、そう口走りながら僕の前で膝を折って、頭を垂れた。
「え?え?どうしたんですか!?」
「「???」」
僕も、勇也もリディウスも彼女の突然の行動に困惑した。
「も、もうしわけありませんでした。偉大なるユニークハイ様にこの様なことを頼んでしまい、本当にもうしわけありませんでした」
「え、ええと、どういうことでしょうか?」
「ご説明いたします。ですがその前に名乗らせていただいて構いませんか?」
「え、ええ、大丈夫です」
「ゴホン。ではあらためまして、私はユニークハイのおひとかた、火変狐アラギ様の眷属でフォティアと申します。以後おみ知りおきお」
「「「こ、こちらこそよろしくお願いします」」」
僕達三人は、まったく同時にそうフォティアに向かって、返事をした。
「ありがとうございます。それよりも御三方、ここではなんですので奥へどうぞ」
そう言って彼女は、先程出て来た奥を示した。
「ど、どうしたらいいと思う?」
「俺に聞くなよ」
「とりあえず話だけ聞いてみようよ」
「そ、そうだね」
「あ、ああそれがいいな」
「お決まりのようですね。ではこちらにどうぞ」
そう彼女に言われた僕達は、店の奥に向かった。