初めての出会いは薄紅
この物語は青年と人形の平凡な日常を淡々と描くものです。過度な期待はしないでください。
ものには魂が宿ります。
ここでいう「もの」というのは生き物以外の、無機質のものです。
存在こそ不安定ながらも確かにものには魂が、命が宿るのです。
しかしなんにでも魂が宿るというわけではありません。魂が宿るにはそれ相応の「想い」が必要です。
一緒に遊べたらいいのに、話せたらいいのに、散歩出来たらいいのに……。そんな些細な想いが募り集まり魂として具現する。
最も顕著な例えが人形でしょう。
中でも人を模した人形。これには魂が宿りやすいと言われます。人形師が一体一体想いを込め、命を込めて作り上げる人形。丹念に焼き上げた陶磁器に光沢を放つ艶やかな髪。一つ一つ丁寧に造られた眼球。そして人間が着るものにも劣らない優雅で可憐な高級感溢れる装飾品。人の想いが詰まったその人形は、もはや「もの」ではありません。
「そうは言ってもやっぱりちょっぴり動きにくいわね」
手足を動かしながら私は声を出します。まあ元々の体がフローズンシャーロットなのだから仕方ありません。こうして自立して手足を曲げることが出来るだけでも奇跡です。
「奇跡といえば、人形である私にどうしてこんな魔法を?」
机の上に立ち正面へ目を向ける私。そこには椅子に座った一人の青年がいました。
曇ったようなくすんだサフラン色の髪。暖炉からの明かりを受け暖かな光を映す月草色の瞳。着ている服はよれよれのシャツに膝下までのズボン。少しだけ人生に疲れたような雰囲気を漂わせています。
「どうして……か。ごめんね。特に理由はないんだ。ただ友達が欲しくて……」
弱々しい声でそう言うと青年は視線を落としてしまいます。人形の私が言うのはなんですけれどこの子、ちょっと暗すぎませんか? ある時ふらっといなくなって翌々日新聞の隅っこに死亡記事が出ているような感じの子です。まったくよくこんな性格でこの年まで生きてこられたものです。
私は関心と呆れを混ぜたため息を口から漏らしました。
「あの、あなたのお名前は?」
相手の名前がわからないのでは意思の疎通に不具合が生じかねません。ここはお互い自己紹介と行きましょう。
「僕? ……僕はリュカって言うんだ。……よろしくね」
そう言うとリュカは右腕を机の上へ持ってきて人差し指を私へ差し出してきます。両手で彼の人差し指に触れながら私も名前を名乗ることにします。
「私は――――、」
けれどそこで私ははっと目を見開きます。
私、名前が無い。
だって今の今までこうして誰かと会話することなんてなかったんですもの。ただ店に並べられ薄暗い店内で何年も何十年も。だから、私には名前が……。
私は彼の人差し指から両手を離すと下を向いてしまいます。
名前が無いなんて……。こんなに悲しいことはないわ。人形とは言えこの世に生を受けているのに個体を識別する通し番号すらないなんて。
「ごめんなさい、私、名前が無いわ。だからあなたに名乗る事ができない……」
両腕を下ろしドレスの脇をギュッと握り締める。怖くて彼の顔が見られませんでした。
「……いいんだよ。ないのならつければいい。僕でよかったらきみに名前をつけてあげたいのだけれど……」
落ち込む私に素敵な提案をしてくれる青年。私は顔を上げると彼の顔を見てうんうんと頷きました。
「うーん。……そうだなあ」
指に顎を乗せ考えるように唸り声を上げる彼。私の期待は時間が経つにつれてどんどん高まっていきます。
だって生まれて初めての名前。誰かにつけてもらう名前。なにもかも初めてなんですもの! 期待しない方が無理という話です。
「……綺麗な赤いドレスに赤い瞳。…………そうだ、ローズとかどうかな? 見た目の色からで申し訳ないんだけど……」
ローズ……。私の名前……。
「……ローズ! 素敵です! ではそれが私の名前ですね!?」
彼の指先に両手を置き跳ねるように喜ぶ私。子供じみていると自分でも思いますが仕方ありません。なんたって名前をつけてもらった! 今生まれたようなものなんですから。
「……じゃあローズ。改めてよろしく」
優しく微笑んで再度指を差し出してきます。私は迷わず彼の指先へ自身の手を重ね、
「よろしく! リュカ!」
私に初めてのお友達ができました。
誤字脱字の指摘・感想なんでも待ってます。
フローズンシャーロットでローズのようなドールは実際にはないと思いますが設定ですのでご容赦ください。