薄暗い森の奥で
作者 音無威人
『みーつけた』
奴はそう言って白い手を俺の首元に添え、残虐に笑った。奴のその笑顔は、俺の心を陰鬱な気分にさせるには充分すぎた。俺は今の状況に陥る原因になった自分の行動を思い返し……自分の顔を殴りたくなった。あーあ、何でこんなことになっちまったんだか。奴の楽しそうな顔を見て、俺は盛大なため息を吐いた。
ある休日のこと。俺はクラスメイト数人と一緒に、幽霊が出ると噂の森に探検しに入った。それが惨劇の始まりだとは知らずに。俺たちは森の奥へ奥へと入っていった。クラスメイトと話しながら進んでいくと、お札が無数に貼ってある祠にたどり着いた。
おいおいお札が貼ってあんぜ。きゃー不気味、女みたいな声出してんじゃねえよ、失礼ね私女よ、そういえばそうだった。などとみんなはしゃぎ始めた。俺も輪に入ろうとしたが、視界の端に真剣な表情で祠を見つめる一人のクラスメイトの姿が映り、そちらに歩を進め話しかけた。
「どうした氷華? その祠が気になるのか」
クラスメイト――氷華は顔を上げ俺を静かに見つめた。
「帰りましょう。ここは何か……嫌な感じがするの。駄目かしら?」
氷華は小首を傾げ、上目遣いで俺を見上げた。俺は少しドキドキしながら何かを言おうとした。だが言えなかった。悲鳴が聞こえたからだ。俺は声が聞こえた方へ顔を向け凍りついた。一人のクラスメイトがお札を手に持って――剥がしたらしい――口から泡を吐いていた。泡を吐くクラスメイトに無数の手が祠の中から伸び、首を絞めていた。そのクラスメイトのそばに、腰を抜かしてへたり込んでいる女子がいた。悲鳴はどうやらその女子が上げたらしい。呆然とその光景を眺めていると、クラスメイトに異変が生じた。泡が黒く変色し始め、口の中に逆流し始めたのだ。黒い泡が口の中に全部吸い込まれると、クラスメイトの身体は黒くなり、無数の手に引っ張られて祠の中へと消えていった。後には事態についていけず呆然と立ち尽くす俺たちが取り残された。
沈黙の中、それを破るように声が響き渡った。その声は氷華の口から発せられていた。
「みんなとりあえずここから離れましょう! 死にたくなければ……ね」
氷華の声が鼓膜を伝わり脳に届いた瞬間、一斉にみんなは逃げ始めた――バラバラの方向に。俺は声を荒げ叫んだ。
「落ち着けてめえら、一人になるな。みんな一緒に固まって……」
俺は再び凍りついた。気づくのが遅かった。俺たちは囲まれていた。祠の中の幽霊たちに。その中には泡を吐いていたクラスメイトの姿もあった。やられると奴らの仲間になるらしい。クラスメイトの何人かは奴らに捕まり同じく変色し始めていた。俺は周りを見渡し呆然と突っ立っている氷華の手を掴み、奴らがいない方向に向かって走り出した。クラスメイトたちの悲鳴を背に受けて。
俺は足を止めずに走り続けた。氷華も息を荒げながらも必死についてきた。俺は氷華の手を力を込めて握っていた。氷華もそれに答えるように、強く強く握り返してきた。俺も氷華も怖いのだ。この状況がとても。奴らは間違いなく噂の幽霊だろう。あんなにいるとは聞いていないが……。その時また悲鳴が聞こえた。どうすれば生き残れる? 考えろ考えろ捻り出せ搾り出せ生き残る方法を!
「ねえ?」
「何だ?」
話し掛けられたので俺は振り返った。氷華は顔を真っ青にし、唇を震わせ怯えていた。
「氷華?」
「わ、私じゃない。今の声私じゃない!」
「えっ?」
驚く俺を尻目に背後から声が聞こえた。
『みーつけた』
奴はそう言って白い手を俺の首元に添え、残虐に笑った。
『ニュースをお伝えします。今朝××町のはずれにある森の奥から、数名の子どもの死体が発見されました。死因は不明とのこと。警察は集団自殺として調査しています。――今、続報が入りました。生存者がいたようです。高校生くらいの少女だということです。なお、その少女は少年の死体の腕に抱かれて、意識を失ってたそうです。意識が回復次第、事情を聞くとのこと。女の子の名前は――――」




