第七話 それ無理!
この世界に来てから、既に一月が経とうとしていた。
そろそろこの国の連中も、俺達の事を一般民衆に、公表する時期になるかもしれない。
もう悠長に動いている場合では無いのだろう。公表されてしまえば、俺達の顔が知れてしまう。
そうなれば、たとえ逃げ出したとしても、下手に動けなくなってしまう。
そんな事を雪緒と相談していた時にそれは起こった。
トントン!
不意に扉をノックする音が聞こえた。
「勇者様方居られますでしょうか?」
「ああ」
俺が返事をするのを確認すると、セイナーレが部屋に這入ってきた……。
いや這入ってきたのは、セイナーレだけでは無かった。
亜麻色の髪少女――いや、幼女と表現しても良いかも知れない。
その娘が、セイナーレと伴って泣きながら、俺達がいる部屋に這入ってきたのだ。
泣いているだけならまだ良かった、ただその娘の格好が問題だった――制服に背中に背負っているのはどう見たって……ランドセルだった……。
「なあ、セイナーレ……その娘はなんなんだ」
「はい、勇者様でおられます」
「……はっ?」
耳を疑うような答えが返ってきた……今……何て云った?
「ですから、勇者さまと……」
嗚呼――頭の中が怒りで真っ赤に染まっていく……。
抑えろと理性ではわかっているが。感情がついていけそうに無かった。
俺の怒りとともに周囲が呼応するかの如く、魔力が見える程のレベルで揺らぎだした。
「ど、どう云うこと!? まさかまた勇者召喚がされたの!?」
雪緒も酷く狼狽していた。
「はい、国王陛下が偶然巨大な魔力石を入手されたらしく、それを利用して呼ばれたらしいと」
俺が調べてわかった事だが、勇者召喚には莫大な魔力が必要となる。
俺達の場合は、あの召喚の間は、元々魔力が集まりやすいらしく、その上で二百年以上使用されてなかったので、一度に二人も呼ばれたらしい。
ただ、俺達の召喚で殆どの魔力を使用してしまい、本来なら早くても、数十年以上かかる筈だったのだが……。
だから俺は――俺達はその情報を入手して、勝手に安心していた……。
ガリッと奥歯を噛みしめ、手を強く握り締めた。
強く噛みすぎたのか口から血を流していたり、爪が深く食い込み、出血する感覚もあったが、とてもでは無いが、抑えられそうに無かった。
――これは俺の考えの甘さが生み出した事だろう……俺達が逃げ出さなければ、呼ばれないだろうと……。
例え逃げ出してもまだ先の事だろうと……。
雪緒は騎士団長を圧倒した……俺だって片鱗とは言え、この国の魔術師の前で力を見せてしまった
そんな特別な力を持つ人間が……自分達に従順に動いている。形とは云え動いているのだ。
国王は笑いが止まらないだろう。そして更に欲が出るかも知れない――駒を増やそうと。
その結果がこれだ?
「あは……あははははははは――ははははは!」
怒りと間抜けさで、俺は手で顔を覆いながら笑いを零していた。
俺の見通しの甘さが、考えの甘さが、行動の甘さが この事態を招いた。
何故思い至れなかったのだ、その程度の事を。その程度の発想を……。
そうだ……偉そうな事を言いながらも、悠長に事を構えていた俺の責任でもある。
だけど呼ばれたのがこの娘だと? どう見たって子供だ。 そう、俺だって子供だ。
だけどこの娘は幼く、どう見たって小学生で……両親の名を呼んで、泣いている子供に、世界を救ってくれって叫ぶのか? 縋るのか?
この国は? この世界は? 嗚呼……そんな世界ならば滅んでしまえ!!
「ふざけ――!」
俺はセイナーレに問い詰めようとするが――俺を呼びかける声が聞こえた。
「だ、ダメ! 遥くん抑えて……お願い。」
先程まで取り乱していた雪緒だったが、怒りで自傷を厭わない俺をみかねて、俺の手を掴み止めに掛かった。
「だ、ダメ、ダメだよ遥くん、気持ちはわかるけど、お願い! 今は抑えて」
雪緒は俺を抱きしめながら、優しく語り掛ける様に言った。
「今遥くんが動いちゃダメ、下手をすればこの子を巻き込んじゃう……」
その一言で俺は一気に頭が冷えていった。
「あ、ああ……そう……だったな。
ありがとう雪緒……」
「う、うん……うん……」
そうだ、まだだ、まだ早い、今がその時ではない……怒りは噛み殺せ、今は雌伏の時だ。
俺はセイナーレに向きなおすと、訊ねた。
「その娘を俺達の前に連れて来たって事は、俺達と同じように扱うのか」
「はい、その通りでございます」
幼かろうが関係無しか……表面だけは繕っているが、どう考えたって奴隷だね。
奴隷――で思い出したが、この娘にも例の魔術をかけているのか……?
「なあ、この娘にも例の魔術はかかっているのか?」
セイナーレは例のと云われて、少し考えていたが、すぐに思い当たったのか答えた。
「はい、国王陛下の対応をみるに、恐らくは……」
また怒りで頭に血が上りそうになったが、雪緒が手を握っててくれたお蔭で、何とか抑えた。
「……そうか」
「新しい勇者様は、お二方のどちらかと共に、一緒に暮らして頂けないでしょうか」
勇者は未だ公表されていない存在だ。
だから一緒に預けてしまおうって、考えなんだろう。
この娘はまだ幼い、尚の事この国の連中なんかに預けられる訳が無い。
なので是非も無い申し出だ。
「ああ、わかった、その娘は俺達が責任持って預かろう」
「左様でございますか。ありがとうございます。
あと序でとは申しますか、事情等の説明につきましても、お二方にお任せ致します」
セイナーレは俺達に用件だけ告げると、連れて来た娘を残して出て行った。
☆ ★ ☆ ★
ここに連れて来られた少女(いや幼女か?)は、暫く泣いていたが、漸く落ち着いたので、話を訊く事にした。
「お姉ちゃんたちだれ?」
――お姉ちゃん……たち? ……たち……だと?
俺はその科白を聞くと、徐に窓枠に足をかけた。
それに気が付いたのか、雪緒は慌てて俺を止めにかかった。
「は、遥くん! ダメだよ。ここ三階だよ。幾ら遥君でも、こんな高さから落ちたら怪我しちゃうってば」
「離せ雪緒! お願いだから逝かせてください!」
「ダメだよ。危ないよ!」
「だって、俺のこと、お……お姉ちゃんって……」
「遥くんが、性別を間違えられるのを、気にしているのは知っているけど、今は我慢して!」
「それ無理!」
俺は雪緒から手を振り払うと、窓の外に飛び出した。
「ア ー イ ! キ ャ ー ン ! フ ラ ー イ ッ !」
てな遣り取りが、有ったとか無かったとか。
というわけで色々話を訊いてみたが、名前は御影絆と言い、小学二年生でまだ七歳らしい……。
絆は俺達の説明を聞いて、直ぐに理解てくれた。なんて聡明な娘なんだろう。
同い年の頃の俺を思い出すと、恥ずかしくなってくる。
ランドセルを背負って居たからわかる様に、下校の途中に、俺達と同じように、気がついたらあの部屋に居たらしい。
気がつき見渡せば、知らないジジイ共に囲まれていたら、それは怖かっただろう。
そしてなにより《隷属の魔術》だ、俺には効かなかったが、雪緒に訊いた話しでは、全身に激痛が走るらしい。
それを訊いてまたキレそうになったが、絆の前なので自重した。
「おにいちゃんどうかした?」
絆は俺を見上げてきた。
――そう、何故か今、絆は俺の膝の上に座っている。
座り位置を確かめるように、俺の太腿にグリグリとお尻を擦りつけたりしてるんだが。
……これって、何かの拷問でしょうか?
いろいろ話したり、訊いたりしてる内に……異常に懐かれた。
何か自分の事で怒ってくれていた事が、嬉しかったらしい。
他にも椅子は空いているのだが、そちらに座るのでも無く、俺の膝の上に座り、嬉しそうに見上げているのだ。
となりに雪緒がいるんだが。俺達をジッと見つめて……いや、何故か睨んでいた。
痛い、視線が痛いですよ。雪緒さん……。
「……い……いや、な、何でも無いよ……」
いや、何でも無い事はないんですよ? 具体的に言えば雪緒の視線が怖いから、膝から降りて欲しいなー。何て思っているんですが。
流石にさっきまで泣いていた絆に、言うのは憚られた。
「絆ちゃん……遥くんも困ってるみたいだし、そろそろ降りてあげたら?」
おお! ――雪緒さんよく言ってくれた。
「ヤッ!」
絆は有無を言わず、雪緒の申し出をぶった切った。
雪緒の顳口がピクピク動いている。だから怖いですって。
何で俺まで睨むんですか?
俺はその状況に、ただ苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。
しかし、これからの対応を、真面目に考えなくてはいけなくなった。
今までは何だかんだで、暫く再召喚は無いだろうと、高をくくっていたのだ。
これでは魔力石が見つかれば、また同じ事が行われる可能性が高いだろう。
そう成らないように、気をつけて行動していた心算だったのだが、そうなっては本末転倒だ。
――だったらそろそろ、力ずくと云う手段も考慮に入れて良いだろう。
魔術を掛けた魔術師に、解呪の方法を口を割らすか、もしくは殺害と云う手段もある。
なんせ此方には、連中が知らない切り札を何枚か持っているのだ。
ただこの手段をとる場合には、二人には知られ無いようにしないとな。
彼女達は巻き込まれただけだ。
あんな連中とは言え、彼女たちが態々手を汚す必要は無いだろうから。
ご意見がありましたので補足しておきますが、主人公はロリコンではありません。
意図せずグリグリ刺激されれば、ある部分は反応しそうになるものだと思い、そう表現しました。
寧ろ子供に反応しちゃ駄目だろ。